500食目 獅子皇拳
「あ、あなた方は……!」
太陽に照らされ黄金の輝きを纏いし者はかの桃使い、ガルンドラゴンのシグルド。誇り高き怒竜にまたがるは、彼に見劣りしないほどの存在感を放つ青き戦士。
「よぉ、大賢者様。慣れねぇことはお勧めしないぜ?」
「言ってやるな、ダイク。寧ろ、我は汝を称賛する。あとは我らに任せるがいい」
大地に転がる巨大な左腕、それはあの巨大な鬼の腕に相違ない。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
残った腕で傷口を抑え苦しむ鬼、それを意図も容易くおこなう彼らにエルティナとは違う畏怖を感じ取った。いや、それよりも何故、彼らがこの場に来たのだろうか? 確かめなくては。
「何故……あなた方がここに?」
私の問いに、彼らは答えた。
「我の後ろには、護るべき者がいる……それだけだ。行くぞ、ダイク!」
「おう! まぁ、そういうこった」
「いやっはー! こりゃあ、随分とBIGなヤツだぜ、ブラザー。退治のし甲斐があるってか? HAHAHA!」
桃使いシグルド、その桃先輩であるマイク、そして……闘神ダイク・オオシマ。ティアリ王国にて、憎魔竜フレイベクスを退治せしめたコンビが再び我々の前に姿を見せる。それは否応無しに戦士達を奮い立たせた。
『あれは……あれはっ!!』
『青き竜使いと黄金の竜だ!』
『ヴォォォォォッ! マジパネェ!』
『補給を急げ! 獲物を横取りされてしまうぞ!?』
彼らの登場で勝利は我らに傾きつつある、その桃力の純度が桁違いであるのだ。闘神ダイクの振るう青き大剣は桃色に輝き、鬼の圧倒的な耐久力を誇る肉体を意図も容易く切り刻んでゆく。問題は鬼の肉体の再生速度だが、それすらも彼らにとっては問題にならなかったのだ。
「桃力特性〈固〉! 汝の受けた傷は、我の能力で完全に『固定』した!」
止まらない血液がそれを証明している。全身を己の血で染め上げた鬼が、受けた傷を無視して落とし穴から這い出てきた。対して私は身動きが取れない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」
増える傷、その痛みに抗うかのように雄叫びを上げ、鬼が再び町に向かって歩を進める。
戦士達の補給はまだ終わらないのか? 上空の桃使いたちは積極的に攻撃をおこなってくれてはいるが、その分厚い皮膚に阻まれ致命的なダメージを与えるには至っていない。やはり、先ほどの鬼の腕を切り落とすほどの大技は、不意打ちによる一撃だったのだろう。
そうなると全戦力による連携攻撃に賭けるしかない、そのためにも一刻も早く、ここから離れなくては。
「ぜぇぜぇ……がはっ!」
無様でもなんでもいい、私は這うようにのろのろと移動を開始した。
「軍師様っ!」
その時のことだ、半壊したGDを纏った一人の兵士がヒーラーを背負って駆け付けてくれた。霞む目には青いお下げが確認できる。エリスン・ファイムであろうか。
「エリスンちゃん、早く軍師様を!」
「……あれは……ガルンさん?」
彼女は空で戦うガルンドラゴンに目を奪われていた。人を乗せる怒竜が珍しいこともあるが、どうも彼女が目を奪われる理由は別にあるような気がしてならない。
「エリスンちゃん!」
「あ……は、はい! すみません、すぐに治療します!」
温かい光が私を包み込んだ。徐々に痛みが和らいでくることを確認した私は、治療を引き続きエリスンに任せ、〈テレパス〉による命令を全兵士に下す。
『桃使いが援軍に来てくれました……ここで勝負を決めます。全軍は……補給を終え次第出撃、作戦は先ほどと同じ……です。鬼のダウンを狙い、全ての力を以って、ぐ……! これを撃破せよ!』
私は上手く伝えたであろうか? 疲労と血液の不足によって意識が朦朧としている。
「だ、大賢者様、もう魔法は使用なさらないでください! 血液も魔力も足りないんですよ!?」
彼女の注意も、どこか遠くから聞こえるような感覚だ。もう目を開けているのも辛い。そう考えた後、私の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
「エリスン……」
眼下に見えるはシグルドの妹、エリスンだ。彼女には我の姿を見てほしくはなかった。約束を果たすまでは決して帰らぬ、会わぬ、と誓ったこの身。いかに護るためとはいえ、誓いを破るなど言語道断である。
「我も度し難いな」
「それは言いっこなしだぜ、ブラザー。俺っちも誓いを破ったことになるからさ」
「そうそう、固すぎるぜ? 相棒」
我にまたがり愛の剣……否、シグルドの大剣を振るうは闘神ダイク。正確にはオオクマ・シイダを名乗る歴戦の戦士だ。
◆ ~シグルドの回想~ ◆
我とダイクは打ち合わせて、この鬼との戦いに参加したわけではない。我は仲間を求めない、それは甘えだと考えているからだ。仮にも最強を目指す身であるのであれば尚更である。
そんな我の心のドアを無造作にノックし、返事もせずに入ってきた非常識な男が、現在我の背に乗っているダイクだ。
かつてティアリの地にて鬼と化したハーインを共に倒した間柄……ヤツとの関係はその程度だったはず。だが、我らは出会った。フィリミシアの東部に位置する名もなき草原、ダイクは仁王立ちにて我を待っていたのだ。
それは運命、我は特に何かを感じて草原に向かったわけではない。またマイクに何かを言われて向かったわけでもない。
『よう、相棒。待ってたぜ』
『……ダイク』
完全装備、その姿を見れば彼が何を成そうとしているか察することができた。ゆえに、続く言葉はいらない。我はダイクを乗せて空に戻る。目指すはゼグラクト、欲するはアランの頸。
だが……ゼグラクトにアランの姿はなかった。残っていたのはゼグラクトに残された木っ端どもの群れ。我らに敵う理由はない、瞬く間に殲滅せしめる。
『ハズレか』
『そのようだな』
ダイクの落胆の声を受け、最後まで抵抗していた鬼の頭を踏み抜く。鬼は淡い光の粒となり天へと昇っていった。その直後の事、聞き覚えのある声が朽ち果てた黒き鎧より流れてくる。
『くははは、くそトカゲ、久しぶりだな?』
『その声はアランか! どこにいる!?』
宿敵、アラン・ズラクティの下卑た声、すぐさまマイクに周辺を探らせるも反応はないとの答えが返ってくる。
『律儀に正義の味方ごっこか? ご苦労さん。そんな、おまえらに俺からのプレゼントだ』
『なんだと?』
『ここから北に位置するフィーザントに贈り物をしておいた。きっと気に入ってくれるだろうぜ。もう派手に騒いでるかもなぁ? くっははははははは!』
その言葉を最後に黒き鎧はボロボロに朽ち果てた。もうアランの声も聞こえない。問題なのはヤツが言い残したプレゼントとかいうものだ。恐らくは碌なものではあるまい。
『相棒、ヤツがアランか』
『そうだ、ダイク。我らの不倶戴天の敵。決して野放しにはできぬ』
『……そうか、それよりもフィーザントへ向かおう。ヤツの言葉が事実ならば、放っておくと大変なことになりかねない』
『フィーザント……エリスンが住む町か』
やはり向かうには躊躇われた。最強になってから戻ると誓った身である、そのこだわりが我の行動を阻害したが、やはりそれを取り除いたのはダイクであった。
『何を迷ってんだ、おまえさんは最強を目指してんだろ? 最強ってのは躊躇わないことだ。いいから、手遅れになる前に行くぞ』
『無茶な理屈を』
『……失っちまってからじゃ遅いぜ、相棒』
ダイクの言葉は我の頑なになった心に突き刺さる。ダイクは自身が言った言葉の重さをよく知っている男だ。それゆえに、その言葉は果てしなく重く切ないものだった。
『フィーザントへ向かう。振り落とされるな、ダイク』
『あいよ、相棒』
『道案内は任せてくれ、ブラザー』
フィーザントへ到着した我らが見たもの、それはアランが言うところのプレゼントであった。規格外の大きさを誇る鬼がフィーザントの町へ向かい進撃していたのである。
『これまた悪趣味なプレゼントなこって』
『俺っちなら、即座に返品するZE?』
ダイクとマイクが悪態を吐く、現在、鬼に抵抗をおこなっているのはたった一人の白エルフの男だ。懸命に鬼の顔に向かって攻撃魔法を放っているのが確認できる。だが援護するにはまだ遠い。
『ダイク、準備を』
『あいよ! 頼むぜぇ、シグルドの大剣!』
ダイクの手に光りが集いて刃と成す、それはシグルドの魂が形となったもの。鬼を退治せしめる愛の剣、シグルドの大剣だ。我以外にはダイクしか、その身を預ける事をしない。ゆえに、ダイクはシグルドに認められし存在である証拠となる。
『おいおい、魔力切れか? あの白エルフの兄ちゃん息切れしだしたぞ!?』
マイクの報告どおり、白エルフは肩で息をし攻撃魔法を中断してしまった。黒煙が減れて視界を確保した巨大なる鬼が、披露しきった彼に向けて大足を落とす。
その瞬間、白エルフの姿が消えた。大鬼の足はそのまま大地に突き刺さり、沈み込んでゆく。
『あれはっ!?〈落とし穴〉かっ!』
よもや彼がエルティナの小細工を使用しているとは思わなかった。我も何度も体験していることだから分かる、あの罠の厄介さ。もがけばもがくほど沈み込んでゆく巧妙なるカラクリには相当に苦しめられた。だが……。
『小さい、あれでは簡単に抜け出せる』
『ワッツ? なんだって!? OH、ジーザス! 本当に抜け出してきた!』
案の定、大鬼は落とし穴から抜け出し、大きな拳を白エルフの青年目掛けて振り下ろす。青年は先ほど見せた瞬間移動をおこなうかと思いきや、自身に向けて風の攻撃魔法を発動し、その爆発の余波を利用して攻撃を回避。しかし追撃の風圧によって高く舞い上げられた後に地面に叩き付けられた。
『ありゃ、やべぇぞ!? 受け身も取ってねぇ、ド素人だ!』
ダイクの言うとおり、地面に叩き付けられた青年は血反吐をぶちまけ動くこともできない様子だ。そこに大鬼の止めとなる拳が振り上げられる。最早、一刻の猶予もない。
『ダイク、突入する!』
『おう!』
翼を折り畳み強襲の構えを取る、速度は十分……後は行くのみ。
『うおっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
ヴンっ!
シグルドの大剣が強い光を放ち大気を震わせる。それは必殺の一撃となりて大鬼の腕を切り落とす結果となった。
「さて、こっからどうするかだな。流石に肉が分厚くて致命傷を与えられていない」
「不意打ちは一度きり、後は隙を突くしかないが……やはり警戒して守りが堅くなっているようだな」
空を旋回しつつ大鬼の隙を窺う、それゆえに戦いは膠着状態となった。鬼の再生能力は我の特性で固め発動を阻止できるも、その異様な耐久力はいかんともし難い。
ここは〈暴虐の音玉〉といきたいところであるが、フィーザントの町が近いため、余波による被害が懸念される。我の力は基本的に無差別であるため使用し難いのだ。
「怒竜、援護する! 隙を窺え!」
赤い塊が異様な軌道を描き空を飛んできた。それは飛ぶというには滑稽過ぎた、全ての起動が直進では身体が持たない、何を想ってそのような飛び方を選んだのか。
「レッドリーダー、エンゲージ!」
「グリーンリーダー、エンゲージ」
「ブルーリーダー、エンゲージ! おらおら、撃って撃って撃ちまくれっ!」
赤い塊が大鬼を攻撃したのを皮切りに地上の戦士達も鬼目掛けて発砲、その攻撃に鬼は苦々しい表情を浮かべる。片腕となったために防御も完全におこなえていないようだ。
「ブラザー、チャンスだぜ! 鬼にダメージが蓄積している、もうすぐダウンが奪えるから、そこを仕留めるんだ!」
「分かった。ダイク、準備はいいか!?」
「……ははぁん、なるほど。相棒、俺たちはもう片方の腕を狙えばいい、それで決着だ」
ダイクは思わせぶりに語り、標的を鬼の残った腕とした。
「それはどうしてだ?」
「すぐにわかるさ。おまえさんが乗り越えないといけねぇヤツが、すっ飛んでくるぜ?」
我には理解ができぬ事、だが今はダイクを信じて鬼の腕を狙う。やがて鬼が膝を突き絶好の機会が訪れた。迷うことは何もない、我は翼を畳み標的に向かって滑空する。
「せいっ!」
裂帛の気合いと共に振られるシグルドの大剣、やはりその一撃は必殺となりて、大鬼の太い腕を切り落とすことに成功する。その時のことだ、そしてダイクの言っていたことが我にも理解ができた。
「待たせたな、ひよっこども!」
それは山をも凌駕する巨大な獅子と錯覚させるほどの力の塊、彼を覆う強大な力がそれを実現させる。その事実に気が付いた時、我は途方もない力を意のままに操る武人に畏怖を感じざるを得なかった。
「……何者だ」
「ハーキュリー・デイル。カーンテヒル最強の格闘家さ」
「デイル? あの獅子の少年と同じ姓か」
「あぁ、あの子の父親さ」
やはりそうか。もっとも、その力は比べ物にならないほど父親の方が上であるが。
「我が越えるべき強者……やはり世界は広い」
「うひょう、あれを乗り越えないといけねぇのか? クレイジーにも程があるZE」
ハーキュリーが動いた、それに合わせて大気が震える。否、大気は黄金に輝く獅子を受け入れ、彼の動きに支障がないように立ち回るではないか。そればかりか風が彼を押し、その移動速度を加速度的に上げてゆく。大地は彼の障害になるものを排除し鬼までの道を開拓する。そのさまはまるで星自体が彼の味方であるかのようだ。
ハーキュリーの拳に光りが集まってゆく、それは見間違いようがない力。
「桃力が集まってゆく」
「スゲェ……あれ自分で集めているのか?」
祝福、その言葉が我の脳裏に浮かび上がる。この力、決して武のみで習得はできまい。力だけでも想いだけでも届かぬ境地へと辿り着いた者だけが手にできる。きっと、そのような力だ。それはまるで……。
「彼の者もまた、重き荷を背負っているというのか?」
その拳には数々の傷、決して消えぬ想いが刻まれているに相違ない。それは彼の人生の記憶の数々。それを見て湧き上がってくる感情はただ一つ。
彼と拳を交えたい、それ以外の感情は無粋とまで思えるほどの欲求。
「獅子皇拳奥義〈獅子皇牙〉」
いつ鬼の下に到着したのか、それを認知させないほど彼は静かに穏やかに移動を終えていた。そしてハーキュリーは緩やかに優しく鬼に向かって拳を放つ。その行為はまるで赤子をあやすがごとし、虫すらも殺せぬ非力な拳、誰しもがそう思うことであろう。だが、それは拳が命中するまでの僅かな時間のこと。
我らは見た、獅子の牙を。あの異様な耐久力を持つ鬼が、その牙に引き裂かれ貪り食われるさまを。そこには怒りも、憎しみも、優しさも、慈悲もない、あるのは『砕く』という明確な意志と結果のみ。
粉々に砕け散った鬼に向かって合掌の構えを取る黄金の獅子。彼は言い放つ。
「この奥義が決まりし時、戦いは終決する。それ即ち……獅子皇、決着」
ハーキュリーが語り終えると同時に、大鬼はその身を光の粒へと変え輪廻の輪へと還っていった。彼の言うとおり、この大鬼との戦いは決着を見せたのであった。




