499食目 誤算
『各部隊は鬼の膝を狙いなさい、ヤツの移動を封じることを優先するのです』
『レッドリーダー、了解! 攻撃を開始する!』
『グリーンリーダー、了解』
『ブルーリーダー、了解! あばばばばっ!? あぶねぇ、今掠ったぞ!』
GDスクール隊の部隊長に直接指示を出す。レイヴィとハーキュリーには、とにかく鬼の攻撃を命じる。鬼の動きを止めても時間が経てば回復し、また動き始めるのは明白。動きを封じる事と撃破を同時におこなわなくてはならない。
この鬼の厄介な部分は、そのタフネスさだ。いくら攻撃を加えても、その途端にダメージ箇所が再生してゆく。この能力を上回る攻撃を延々と続けなくてはならないのだ。
その方法はレイヴィのカナザワ改、ハーキュリーの攻撃、そしてGDスクール隊による一点集中攻撃しかない。その内、レイヴィのカナザワ改による攻撃は水蒸気爆発の危険性があるため最大威力で海に放てない。そのためか、どう計算しても火力が決定的に不足しているのだ。さて、どうしたものか。
私が思案に暮れていると地響きが起こり呻くような声が聞こえた。それは鬼が膝を突いたことによって起こった小さな地震だ。どうやらGDスクール隊による攻撃が功を奏したようである。
『GDスクール隊は鬼の頭部に一斉攻撃を! ハーキュリー殿は待機!』
『なんだと!? 軍師殿、今攻撃しなければ……!』
ここが好機とばかりに、兵たちが鬼の頭部に攻撃を加える。鬼は巨大な二本の腕を使い、頭部を防御し始めた。私が狙っていたのは鬼のこの防御行為である。
『今です! ハーキュリー殿、鬼のがら空きの腹部に攻撃を!』
『おぉ、これが狙いであったか! 任されよ! ぬぅんりゃぁぁぁぁぁぁっ!!』
鬼のがら空きの腹部にハーキュリーの掌底突きが突き刺さる。激しい衝撃音、そして攻撃の余波は遠く離れた私にまで届き、最近手入れができない黄金色の長い髪を乱した。
苦悶の表情、鬼は身体をくの字に曲げ口から赤い液体を吐き出す。あの体格差でよくもやるものだ。大陸一の格闘家の名は伊達ではないということか。
『軍師殿の考えは理解した。奥義〈獅子掌打浸〉!』
だが彼の行動は私の理解の上を行った。掌底突きからの第二波、攻撃性の気による体内への直接攻撃。金色の輝きを放つ獰猛な気が鬼の体内で荒れ狂う。鬼は堪らず腹を抑え込み、苦痛に歪む顔を大地へ押し付けた。
効いている、外は驚異的な再生速度を獲得しているようだが内ならどうであろうか、と思い立った策であったが、どうやらそれは的中していたようだ。これはハーキュリーが私の考えを察してくれたことも大きな要因である。
『効いています、一気に倒せずともいいので、鬼にダメージを蓄積させてください。フィーザントの町に辿り着かせないためには、その動きを制限させる他にありません。各員の奮闘を望みます』
ダメージの蓄積による撃破、非常に時間が掛かり損耗も激しい。私が最も嫌いとする作戦だ。戦いはスマートでなければならない、そう常々思っている。
だが、現在の戦力では一気にせん滅するなどあり得ないことだ。現にハーキュリーの苛烈な攻撃を受けたにもかかわらず、鬼は再び立ち上がりフィーザントの町へと移動を開始し始めたのだから。
『なんてぇタフな野郎だ! 殴り甲斐がある!』
『こちらグリーンリーダー、被害拡大、一時撤退する』
『レイヴィだ、カナザワの弾薬が残り僅か、補給を要求する』
『こちらブルーリーダー、桃力が全然足りないよ! モモチャージャーは何やってんの!?』
〈テレパス〉による情報が飛び交う、戦闘開始から二十分を過ぎようとしていた。やはり決定打に欠ける長期戦では、さまざまなものが不足してくる。ここは一旦仕切り直ししなくてはならない。
『各員は鬼を攻撃しつつ後退。防衛ラインを下げます。エリスン、聞こえますか?』
『は、はい! 聞こえます!』
『負傷兵は動けますか?』
『はい、自力での歩行には支障がないかと』
なるほど、良い判断をしているようだ。退避を視野に入れて、足からの治療を優先しているのだろう。頭が切れる少女のようで大いに助かる。
『では防衛ラインを下げます。貴女は負傷兵と共にフィーザントへ向かいなさい』
『フィーザント……もうそこまで……了解しました!』
エリスンの言うとおり、既に肉眼でフィーザントの町が見え始めている。もう防衛ラインを下げることはできないだろう。正念場、その文字が頭を過る。
「ぶはぁっ! 歳は取りたくはないものだ!」
私の隣にハーキュリーが降り立った、というよりは落ちてきた、と言った方がいい。彼に踏み付けられた大地は無残にも砕かれバラバラになっていた。
「まだ、そのような歳ではないでしょうに」
「いや、息子たちを見ていると老いを感じる。そう思うほどに、あいつらは輝かしい」
そう言うと彼は地面に座り込み休憩を開始した、それは座禅と呼ばれる座り方。彼が独特の呼吸法を取ると周囲に変化が起こった。辺りに漂う『力』としか言いようのない特殊なものが、次々とハーキュリーの体内に入り込んでゆくのだ。
「奥義〈想磨〉森羅万象の欠片たちを取り込む技だ。三分時間をくれ」
「三分……長いですね」
「うむ」
三分もあれば鬼はフィーザントの町へと到達する可能性がある。加えて現在GDスクール隊による迎撃も補給のためにおこなうことができない。レイヴィも同様である。
「……私が前に出ます。三分間の時間を稼いでみせましょう」
「無茶をするな、とは言わん」
「えぇ、お任せを」
私は〈ショートテレポート〉で鬼の傍へと転移した。ハーキュリーの回復まで三分、GDスクール隊の補給終了まで五分といったところか。これは、なかなかに厳しい。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
転移した私を確認した鬼が雄叫びを上げて威嚇する。なるほど、こうして間近で見るとその巨大さが良く理解できる。そして、この鬼がどうしてここまで巨大になったかも。
その身体を作るもの全てが、私たちが退治した鬼たちであったのだ。退治した鬼たちは輪廻の輪に回収されることなく、この鬼に吸収されていたと考えれる。
原因は桃力の薄さであろう。モモチャージャーを用いた桃力の圧縮、それにも限度というものがある。また、継続戦闘時による桃力の消耗、それによる中途半端な退治は、この鬼が持つ特性に都合が良いものだったのだろう。結果として、ここまで巨大な力を得ることになった。
つまり、アランが送り込んだ一万五千もの兵は捨て石ではなく、一つに纏め強大な鬼を作り出すための布石だったのだ。
「よもや、このような策を講じてくるとは。やってくれますね、アラン」
だが、私もここで引くことはできない、何よりもプライドがそれを拒んだ。この鬼はここで退治せしめる。
巨大な鬼が、その剛腕を振り上げ私に振り下ろしてきた。だが、その行為は非常に緩慢であり、短距離転移のできる私に当たりはしない。この鬼の脅威は、やはりその耐久力だろう。私の攻撃魔法を物ともせず歩みを進める姿には絶望を感じざるを得ない。
だが私は効果が薄くとも攻撃魔法を放ち続ける。攻撃魔法は炎属性の〈ファイアーボール〉を選択、攻撃箇所は鬼の顔だ。これは決してダメージを期待しての行動ではない、一人でできることなど、たかが知れていることを私は心得ている。
よって、この〈ファイアーボール〉による攻撃は爆炎による視界封じが目的であり、本命は別のところにある。それはエルティナが得意とするある魔法を完成させるためだ。そして、それは間もなく完成となる。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
あまりにしつこく顔面を攻撃された鬼が怒りをあらわにする、そのタイミングを逃すわけにはいかない。私はわざと攻撃魔法を中断し黒煙を晴らさせる。当然、私の姿は鬼に捉えられることとなるが、それ自体が目的であるので僥倖と言えよう。さぁ、来るがいい。
このタイミングで私は鬼に向かって手招きをおこなう。それは鬼のちっぽけなプライドを刺激、激昂した鬼がまさに鬼の形相で迫り来る。
流石に大迫力だ、私の額から冷たい汗が流れ落ちる。鬼の誘導はギリギリまで引き付ける必要性があるので短距離転移も間に合うか間に合わないかのタイミングでおこなう。無論、タイミングを誤れば死を免れない。
私は早まる心臓の鼓動を感じながら、その時を待った。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん! がばぁぁぁぁっ!」
「!」
来た、鬼が私を踏み潰そうと大きな足を向けてきた。接触まで、あと僅か……!
「転移っ!」
目と鼻の先まで迫った鬼の足の裏、間一髪のタイミングで短距離転移を発動させ、辛くも脱出に成功する。転移が無事に済んだことを認識すると大量の汗が吹き出し、着ているローブを汗まみれにしてしまった。
このような無謀とも言える策に、自分自身を晒すのはいつ振りであっただろうか? あまりやりたくはないものだと確信に至り、引き攣りながらも笑顔になることを止められなかった。それは私の本命に鬼が嵌ったからである。
「ぐががががががぁぁぁぁぁぁっ!?」
エルティナの最も得意とする『魔法技』、その名も〈落とし穴〉である。もがけばもがくほど穴に嵌ってゆくという極悪なトラップだ。今回はその規模の大きさからこのような回りくどい方法を取らざるを得なかったが、どうやら効果は抜群であるようだ。これで十分時間を稼げるであろう。あとは戦士達の役目だ。
『これで少しは時間が稼げたはずです、後はお任せいたしますよ』
〈テレパス〉にて時間を稼いだことを知らせる。だが返ってきたのは悲鳴のような警告であった。
『軍師様っ!』
いやな予感、私は確認をすることなく短距離転移を試みる。だが、発動せず。
「ぬかった! 魔力残量が……!!」
誤算。GDスクール隊への魔力供給、落とし穴への布石としてはなった攻撃魔法、そして〈落とし穴〉の生成。これらによって私の魔力は限界まで消費していた。
計算では落とし穴に鬼が嵌った時点で私の安全は確保されていたはずである。そのため、大規模な落とし穴の作成を決断したのだが、どうやら計算を誤ったのか落とし穴の規模が少々小さかったようだ。鬼は僅かながらも這い出て、私に目掛けて拳を振り下ろしている最中であった。
やはり慣れないことはするものではない。エルティナであれば彼女に憑いている桃先輩が緊急回避用の魔力を残しておいてくれるであろう。
だが、私は一人なので全て自己管理しなくてはならない。これは明らかな経験不足。その経験の浅さがこの失態を生んでしまった。
魔力を限界まで消費した私に、この攻撃を回避する手段は残されていない。鬼の拳の速度がゆっくりになる。この現象は自身の命が危険に晒され、極限まで集中力が高まった証拠。つまり、この攻撃を受ければ私は死ぬ。
戦士達の補給はまだ終わらない、このままでは私どころか戦士達も、そしてフィーザントの町も潰されてしまう危険性がある。全滅、その言葉が頭を埋め尽くした。
鬼の拳が目前に迫った、打開策は浮かばない、これまでかと諦める自身がいる一方で、諦めの悪い自分もいた。
「ウィンドボール!」
風属性下級攻撃魔法〈ウィンドボール〉を最大威力で発動、ターゲットは私自身だ。この際、魔法抵抗力は極限まで下げる。風の暴風はその場で炸裂し、私を切り刻みながら爆ぜた。
吹き飛ぶ私、その直後に鬼の拳が大地を蹂躙する。その追加の風圧で私は更に宙高く舞い上げられる。暫しの浮遊感の後、地上に吸い寄せられるように落下。
度し難い激痛に意識が飛びそうになるも、これをなんとか堪える。正直な話、死んでいた方がマシだと思える程度には痛い。
「がはっ……! げほっ、げほっ!!」
吐血、内臓がやられている。そして痛みによる集中力の阻害、これでは簡単な魔法も発動できない。更に迫る鬼の拳、もう身体も動かない、魔法も発動できない、万策尽きた。これまでか……。
ざんっ。
何かが切れる音、その後に何かが落ちる音、そして振動。鬼の拳はいまだ来ず。私は顔を上げ何事が起こったかを確認する。
「あれは……!」
そこには太陽にも劣らぬ黄金の輝きと、空にあって尚も青き風が、その存在感を誇示していた。