498食目 巨大なる脅威
◆◆◆ デュリーゼ ◆◆◆
エルティナがフィリミシアに転移し、いもいもベースを受領して別動隊に合流するために出立して三日ほど経過。その間、我々は鬼の殲滅に専念していた。
幸いにして残存している鬼たちは強くもなく、GDスクール隊によって次々と退治されている。何もかもが順調。この事は喜ぶべきなのだが、どうも私は素直に喜ぶことができなかった。
それは隣に立ってGDスクール隊が戦っているであろうフィーザント港を眺めている獅子の獣人格闘家、ハーキュリー・デイルも同様のようだ。
「順調、良いことであるのだが……」
「えぇ、あまりに順調過ぎます」
私の言葉に彼は眉間にしわを寄せることで応える。互いに感じる嫌な予感、それはエルティナも感じていたであろうものだ。だからこそ、ハーキュリーをここに残したのだと私は推測した。
彼女は自分の勘を信じるタイプだ。そして、その勘はかなりの確率で的中する。まるで予定調和のごとく。彼女は常々、嫌な勘は外れてほしいと願っているが現実はやはり厳しい。
『こちらレイヴィ、海中から超大型の鬼が出現した。数は一、これより応戦する』
GDスクール隊のレイヴィから〈テレパス〉による連絡が入った。海中より超大型の鬼が出現したというのだ。それは我々の視界に入ることによって確認に至る。
その大きさはおよそ十五メートル、いやもっと大きいのかもしれない。ここからでも分かるほどの巨体、それが今まで海中にて息を潜めて機会を窺っていたという事実に、我々は驚愕する事となった。
「今の今まで海中にて機会を窺うか。見上げた根性よな」
「根性でずっと海にいられるはずがありません。何かしらの方法が……と今はこんな論議をしている場合ではありませんね。ハーキュリー殿、お願いできますか?」
「無論だ、この時を待ちわびていた」
彼はニヤリと笑うと爆ぜるように飛び出していった。口から覗く大きな牙が印象に残る。子が子なら親もか……と思ったところで順序が逆であることに気付き苦笑した。
「さて、私も向かうとしましょうか」
馬にまたがり港を目指す、潮風が心地よい。これで化け物退治でなければ、尚良かったであろう。
現場に近付くほどに被害状況が悪化していることに気付かされる。GDスクール隊は既に半壊状態だ。大地に横たわる少年たちのGDは中破、あるいは大破といった酷い有様である。
しかしながら死者の数は驚くほど少ない、これも厳しい訓練の賜物であろう。
「軍師様、俺たちはまだいけます! 動けなくても固定砲台としてなら……」
なんという覚悟で戦いに臨んでいるのだ、そう思わせる言葉に私は言葉を失いかける。だが、未来ある若者たちを、ここで死なせるわけにはいかない。その想いが、彼らに冷徹な言葉を浴びせる勇気を私に与えた。
「動けない者が戦場にいては邪魔になるだけです。すぐさま退避、これは命令です」
「く、くそっ……了解であります!」
私は即席で魔法生物を生み出し、負傷者を載せて退避させた。退避するだけであるのなら、軍馬のような能力を持たせなくてもいいので数多く生み出す。これで無駄死にする者はいなくなるはず。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
鬼の雄叫びが当たりに響き渡る。その巨体ゆえに、雄叫び自体が音波攻撃のようになるのは必然。そのため、私は鬼の叫び声に耳を塞ぐはめになる。
耳の良い私には酷な声だ。何よりも品性が無い。下劣でおぞましい、まるでドワーフのような……おっと、昔の悪い癖だ。気を付けることにしよう。
「あまり叫ばれては気分が悪くなりますね」
私は攻撃魔法の詠唱に入る。だが、それを遮る者の声が入った。フィーザントの町長を務めるオデロ・マッケインである。
『テレパスにて失礼いたします。フィーザント町長オデロでございます。大賢者様、あの化け物はなんでございましょうか!? 話によれば、この町の安全はもう約束された、とお聞きいたしましたが……?』
『確かに王宮には、そのように伝えました。ですが安全確認のために、数日間は情報を控えるように伝え……まさか!?』
嫌な予感、それは現実となった。オデロから語られた内容は到底聞き入れようのないものであったのだ。
『なんですって、フィーザントの住民が町へ帰ってきている!?』
『は、はい。わたくし共もマーツァル副司祭様に大丈夫だ、とお墨付きをいただいたものでして。何より住民たちの不安と不満がピークに達しており、私ではもう止めようがございませんでした』
なんということだ、これでは撤退しつつ大勢を整え最終的に鬼を退治する、という手段が封じられたばかりか、退路まで断たれたということになる。そればかりか、町を護るために、ここで必ず超巨大な鬼を仕留めなくてはならなくなったのだ。
だが、悲観してばかりもいられない、被害を最小限に抑えるために、できる事は全ておこなわなければ。
『オデロ町長、ただちに住民の避難を。今はまだ安全が確保できておりません』
『し、しかし、次々にテレポーターから住民が……!』
『ならばテレポーターを封鎖しなさい。これ以上、住民を危険に晒したいのですか』
『わ、分かりました。やってみます!』
そう告げた後、彼は〈テレパス〉を終了し、住民の避難及びテレポーターの封鎖作業に入った。これで余計な犠牲を増やすことはないだろう。
私は最悪、フィーザントに戻ってきた住民たちには犠牲になってもらうことも辞さない覚悟だ。確かに非戦闘員を護ることは軍にとって重要であり義務である。だが、私は軍師として大局的な物の見方をしなくてはならない。
つまり、私が最も優先すべきは兵の命。彼らが死ねばそれだけ鬼を倒す者がいなくなり、最終的には非戦闘員を護る術は失われる。
ただでさえ少ない兵だ、手続きのミスか、それ以外であるかは分からないが、私は王宮に『まだ来るな』と伝えてある。それを無視、および確認不足で住民を戻させたのであれば、それは王宮側の失態だ。こちらが責任を持ついわれはない。
「はぁ……それでもエルティナであれば、住民を優先するんでしょうね。つくづく、損な性格をしています」
深いため息が思わず漏れる。彼女に任せろといった手前、あの厄介な鬼の退治と、それから住民を護らなくてはならないだろう。まったく、やってくれるものだ。
『デュリンクです。不測の事態が発生しました。王宮側の手違いでフィーザントの住民たちが町に戻ってきています』
『なんだとぉ!? 王宮は何をやっている!』
私のもたらした情報に、いの一番で食い付いたのは、先ほどから超巨大な鬼に果敢に攻撃を加えているハーキュリーだ。
圧倒的質量の差ながら、彼の一撃に鬼は苦々しい表情を浮かべている。それでも決定打には届かない。なんというタフネスであろうか。
『町長のオデロ殿にはテレポーターの封鎖と住人の避難の指示を出しましたが、避難が終了するまでには、かなりの時間が必要になるでしょう。我々はなんとしてでも、この鬼を仕留めなくてはなりません。撤退も不可、増援も望めません。ですが私はあなた方に命じます……全軍、総力を持ってあの鬼を退治せよ!』
この命令は兵に死ねと言っているに等しい、だが返ってきた返事は私の予想とは大きく違った。
『よっしゃあ! その言葉を待っていたんだ!』
『へへっ、冷血な軍師様だと思っていたが、熱いところがあるじゃねぇか。いいぜ、やってやらぁ!』
『GDスクール隊陣形を整えろ! ヤツに目にものを見せてやれ!』
〈テレパス〉越しに伝わる彼らの熱い想い、これは長い時を生きる定めの白エルフにはない感情だ。理解できないとは言わない、だが違和感のようなものを覚えるのは確かである。
「ふふ、驚いたな。まさか軍師殿が、そのような熱い心を持っているとは」
ハーキュリーが私の隣に降り立った。所々が血に塗れているが、本人はなんということはない、といった表情だ。
「ハーキュリー殿、これはただ単に後のことをエルティナに任されたからに過ぎません」
「分かっている、みなまで言うな。今はこれでいい。見ろ若き獅子たちを」
彼に促されGDスクール隊を見やると、先ほどまでの動きとは打って変わっていた。動きにぎこちなさを感じた戦い方から、しなやかで滑らかな動きへと変化していたのだ。それはたとえるのであれば、野生のカモシカの動きに例えられようか。
だが一転して攻撃に移れば、それは放たれた矢のごとし。ヒット&アウェイ、あの巨大な鬼相手に戦法を変え柔軟に対応し始めている。
「これは……」
「覚えておくがいい、上に立つ者は冷徹さだけでは務まらん。戦うのは血の通った戦士たちなのだ。その心のありようで、いくらでも化ける。若い者なら尚更だ」
彼はそう言うと両こぶしを叩き付け、獰猛な笑みを浮かべた。
「ふふふ、久しぶりに血がたぎるわ! 相手にとって不足無し、我が拳を思う存分に食わせてくれようぞ!」
ハーキュリーの踏み込みによって大地が悲鳴を上げ砕ける。その瞬間には数キロメートル先にいる鬼の下へと到達し拳による一撃を与えていた。その衝撃音がここにまで届くというありさまだ。
これには圧倒的なタフネスを誇る鬼も苦悶の表情を浮かべ膝を突く。
「なんという不合理な、感情でこうも変わるというのか? 彼女は……エルティナはこの事を知っていたというのだろうか。私の理解の範疇を超える」
この現象に少しばかり思考が混乱する。だが今はこの現象について考察している場合ではない。我らの戦いいかんでフィーザントの住民の生死が決するのだ。この状況下で私にできる事は二つ、攻撃魔法による支援攻撃、そして魔力の供給だ。
このよう状況下の場合、私は下手に攻撃魔法を放つよりかはGDスクール隊への魔力供給による戦闘継続時間を増加させた方が、より良い戦果を挙げることができるはず。
『GDスクール隊、これより五分間隔で数回にわたって、あなた方に魔力の供給をおこないます。遠慮はいりません、全力で事に当たりなさい』
『レッドリーダー了解! おまえら、訓練の成果を見せろ!』
『グリーンリーダー了解。これより全力で攻撃を開始する』
『ブルーリーダー了解! うっひょう! 漲ってきたぁぁぁぁぁっ!!』
次々と〈テレパス〉による応答が入ってくる、その中には不穏な応答もあった。
『レイヴィ了解。ナイン、リミッター解除、システム起動』
『セントウシステム、キドウシマス』
『……この力は大き過ぎる……修正が必要だ』
拙い、そう思った瞬間には遅かった。目も眩むような閃光と轟音、彼の持つ魔導技術の粋を結集した現時点での最高傑作『カナザワ改』が火を噴いたのだ。
その威力は鬼の身体を容易に貫通し海に着弾、予想どおり水蒸気爆発を引き起こしたのだ。どちらかといえば彼の力の方が大き過ぎる。
『レイヴィ、カナザワを海に着弾させないように。GDスクール隊の陣形が乱れます』
『む、レイヴィ了解。ナイン、出力を絞れるか?』
『リョウカイ、セッテイヲヘンコウイタシマス』
大型のブースターを常時使用して疑似的に空を飛ぶGDノインであるが、それは着用者に大きな負荷を強いることになる。恐らくレイヴィは鬼と同時に、負荷による痛みとも戦っているはずだ。
レイヴィはGDスクール隊の指揮官であり、彼なくしてはGDスクール隊の士気は著しく低下してしまう。それゆえに、彼には何があっても生き残ってもらわなくては困るのだ。
「問題は彼の好戦的な性格ですか……御し難いものです」
確かに命令は聞く、だが彼は限られたルール内で過剰にその牙を剥く性質があった。敵は徹底的に叩く、それこそが自分の存在価値である、と自ら言い切るのだ。まるで飢えた狂犬だ。
だが、この状況下では頼もしい、と思ってしまうのは仕方のないことだろう。
「負傷者はいませんかっ!?」
私がレイヴィの扱いに苦慮していると若い女性に声を掛けられた。青髪をおさげで纏めている少女だ。少し足取りがおぼつかないようだが、この少女は目が悪いのであろうか?
「待ってください、目が悪いのになんでそんなに早いんですかっ!? はひぃ、はひぃ!」
彼女の到着から少しばかり遅れて、憶えのある少年がここに到着した。紫色の癖のある髪、そしてソバカスが印象に残るヒーラー、マキシード・ズイクだ。
彼はフィリミシアのヒーラー協会に所属するヒーラーであり、ここ最近は新人の教育を任されるほどに成長したとスラスト氏から聞き及んでいる。その彼が、どうしてこの少女と行動を共にしているのであろうか?
「はぁはぁ……だ、大賢者様っ! お久しぶりです! ふひぃ、ふひぃ!」
「マキシード、取り敢えずは呼吸を整えなさい。報告はその後で構いません」
「は、はひぃ……」
私がそう伝えると、彼は深呼吸をおこない乱れた呼吸を整え始めた。これで暫くすれば正常に活動できるようになるだろう。この場に一人ではあるが、ヒーラーが来てくれたことは非常に大きい。これでレイヴィの力を最大限に活かせる。
気になるのは、このお下げの少女だ。彼女は何を好き好んで危険な戦場に参じたのであろうか?
「ところで貴女は?」
「あ、申し遅れました。私はエリスン・ファイム、フィーザントのヒーラーです」
「ほぅ」
彼女の説明に私は目を細めた。この場にヒーラーが二人、戦略の幅が広がるというものだ。だがマキシードの治癒魔法の腕前は認知しているが、エリスンと名乗った少女の腕前は確認が取れない。であれば、彼女には後方で負傷者を治療してもらうのが得策であろう。
「ここに来た、ということは命を失う覚悟があると認識します。よろしいですね?」
「は、はい! これでもヒーラーの端くれ、負傷者を見捨てて自分を優先するなど、できるわけがありません!」
エリスンの瞳に強い輝きを見た、それはエルティナの輝きによく似ている。この少女の覚悟は本物であると認識してもよさそうだ。
「また、エリスンさんは……少し目が良くなったからって、自由に動き過ぎですよ。大賢者様、自分はフィーザントへ戻る住民たちの健康管理を任されて一時的に赴任されました。まさかこのような状態になっているとは思いませんでいたが」
彼はそういった後に巨大な鬼を見て、あからさまに嫌な顔をした。
「これ以上、ケガ人が増えるのはごめんです。さっさと退治してしまいましょう」
それでも、しれっとこのような言葉が出るのはエルティナの教育の賜物であろう。彼もまた、何度も戦場を渡り歩いてきた貴重なヒーラーだ。頼りにさせてもらうことにしよう。
「分かりました、ではエリスンには後方にて負傷兵の治療を命じます。マキシード、貴方は鬼の攻撃範囲を見切って兵たちに治癒魔法を。特にレイヴィは損耗が激しいので留意しておいてください」
「「了解しました!」」
「よろしい、では行動に移りなさい」
私の指示を受けたヒーラーたちが、各々に与えられた戦場へと向かう。これで少しは作戦の成功率が上がったであろう。だが、それも所詮は確率、僅か数パーセントの確率で作戦の失敗もあり得る。その逆も然り。
「それもまた、運命。ですが……それに抗うのが軍師の務めです」
私は残存戦力を把握し、彼らにとある命令を下した。