496食目 いもいもベース再び
◆ フィーザントの町・町役場 ◆
指揮官不在の軍とは、こうも脆いものなのか。今朝方の奇襲攻撃によって、一万以上もあった鬼の軍勢はほぼ壊滅状態になった。
一時はフィーザントの町を諦める方針であったが、結果的に護れて何よりである。
そういえば戦国時代も僅かな兵で大軍を制した、という逸話が多く残されている。やはり、鬼相手に奇襲をおこなう方法は効果的ということだろうか?
力技にも限界というものがある。俺たちも、いずれ考えねばならない時が来るだろう。
「お疲れさまでした、これでこちら側の脅威は、ほぼなくなったと見ていいでしょう」
デュリーゼさんが報告書を纏め、テーブルの上でトントンと形を整えてそう言った。やはり、几帳面な性格のようだ。
「ふきゅん、後は殲滅戦だな。まだ、鬼たちの存在を確認できている」
壊滅状態にしたとはいえ、鬼たちの存在はいまだに確認されている。流石に一度で全てを退治するには、俺たちの部隊では人員が不足しているのだ。
「はい、ですので『GDスクール隊』を残して、エルティナは向こう側と合流を果たしてください。私はこちらの殲滅が終了し次第合流いたします」
「うん、分かったんだぜ、デュリーゼさん。あと、念のためにハーキュリーさんを護衛に就けるんだぜ」
「ご配慮ありがとうございます。ラガル、エルティナを頼みますよ」
「あぁ、任せてくれ」
殲滅戦をデュリーゼさん率いる『GDスクール隊』とハーキュリーさんに任せ、俺たちは勇者部隊との合流を目指し、フィリミシアに転移した。
あの大部隊との戦いは僅か二日で集結、これならば希望が見えてくるというものだ。
だが、気になるのはやはりアランの姿が見えないという事。そして、ヤツに従う将があまりにもいなかったことだ。
また、新型の魔導装甲兵が一切確認できなかったことから、こちら側は完全に捨て石だったと思われる。
いったい何故、わざわざ捨て石の部隊を編成する必要性があったのだろうか? そして、あの時感じた強大な力はいったい……?
考えてもキリがない、そう結論した俺は転移後、ラガルさんと共にフィリミシア城へ向かった。
◆ フィリミシア城・会議室 ◆
「なんと、そちらの方はもう撃破に成功したと申すのか!?」
会議室に集まった王様、モンティスト財務大臣、ホウディック防衛大臣、そして聖女ゼアナとマーツァル副司祭は一様に驚きの表情を見せた。
「そうなんだけど……どうやら俺たちが退治しに向かった鬼の軍勢は捨て石だったみたいなんだ」
「エルティナの言うとおり、数は多かったが雑兵ばかりで指揮官はほぼ皆無だ。その指揮官も奇襲によって撃破したため、敵軍は指揮系統を失い簡単に撃破できたというわけさ」
俺とラガルさんの報告に王様は眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。その様子を見ていたホウディック防衛大臣だったが、俺に向き直り勇者部隊の状況を説明し始める。その表情は険しい。
「現在、タカアキ殿率いる部隊は四千。アクライア山頂付近に陣を張り、鬼たちを牽制しております。ですが、あまりにも多勢に無勢。しかも鬼の将らしき存在が多数確認されております」
「やはり、そっちが本命か。となると……益々、捨て石にした一万五千の鬼の意味が分からないぞ」
この報告と俺が抱える疑問に「ふきゅん、ふきゅん」と頭を抱えると、伝令兵が会議室に駆け込んできた。その表情は険しく、血の気も引いているように窺える。
「で、伝令! ドロバンス帝国より大型戦艦五隻、接近中!!」
「なんじゃと!? まだ兵を送れるのか!!」
これは大変なことになってきた。ただでさえ大軍の鬼が更に追加されるというのだ。
いったい、連中はどこから鬼を調達しているというのだろうか? 桃先輩によれば鬼穴は開いている様子はないとのことだが……。
「いずれにせよ、俺たちはタカアキと合流する。鬼たちがどれだけ来ようともラングステンを好きにさせるわけにはいかないんだ」
「うむ……そのとおりじゃ。護る者がいる限り、わしらは戦い続けなくてはならぬ。エルティナよ、いもいもベースを受領し、急ぎアクライア山脈へと向かうのじゃ」
「いもいもベース……わかったんだぜ、王様」
俺は席を立ち、いもいもベースのあるゴーレムギルドへと向かおうとした。だがそれを引き留める者がいたのだ。
「お待ちください、エルティナ様」
黒髪が美しい聖女ゼアナだ。いったい、なんのようだろうか?
「その……エドワード殿下はどちらに?」
「ふきゅん、エドなら桃先生の大樹で木刀を清めている最中だ」
「そ、そうでございましたか。お引き留めいたしまして申し訳ございません」
話の内容と態度を見るからに、彼女もエドワードに気があるようだ。というか、マーツァル副司祭による洗脳の可能性も疑われる。
いずれにしても、シーマ辺りが嫉妬めいた何かを放ちそうで面倒臭い。
「陛下、エドワード殿下をいまだ戦場に置かれるのはどうかと存じ上げます」
ここでマーツァル副司祭が聖女ゼアナを援護すべく王様に意見を申し立てた。
現在、エドワードはモモガーディアンズの貴重な戦力である。そんな彼を引き抜かれるわけにはいかない。
俺たちの事情を理解している王様は、それを弁えて答えを出した。
「あれは王子ではなく、一人の戦士として参加しておる。わしがとやかく言えるものではないわ」
「し、しかし……」
「話は以上じゃ。エルティナよ、頼んだぞ」
「任せてくれなんだぜ」
王様の有無を言わさぬ態度にマーツァル副司祭は言葉を失う。そして恨めしそうに俺を見つめてきた。
そんな目をしてもどうしようもない、素直に諦めてくれ。エドワードは王様の性格にそっくりなんだ。自分でこうだと決めたらテコでも動きやしない。俺がどうにかできるものなら、とっくの昔にやっているのだから。
◆ ゴーレムギルド・大型ハンガー内 ◆
「おぉ、来よったか。いもいもベースの整備は完了しておるぞ」
「ありがとう、ドゥカンさん。久しぶりだな、いもいもベース」
途中で桃先生の大樹に寄り祝福を受けた後に、俺はエドワードたちと共にゴーレムギルドへと向かった。 そこには、いもいもベースが以前の戦いで受けた損傷を修復し、俺たちが来るのを待っていてくれたのである。
タカアキたちがいるアクライア山には、このいもいもベースで向かうことになる。転移をおこなうには期間が短すぎてラガルさんの必要魔力が足りないし、〈テレポーター〉もあそこは繋がっていないからだ。
「それと、改修を終えたラング改と、起動を終えた『シングルナンバーズ』も同行する。無論、それらを整備するわしたちもな」
「ふきゅん、ドゥカンさんも来るのか? 危険だぞ」
「惜しむような命じゃないわい。おまえさんたちの命を護るGDを完璧な状態にするためなら尚更じゃよ」
彼のその言葉に、同行するであろうゴーレムギルド職員たちは親指を立てにっかりと笑う。
彼らは戦う力はない、だが彼らは戦場に赴き命を懸ける覚悟があった。ゆえに、彼らは紛う事無き戦士である、と俺は彼らを称えたい。
「やぁ、来たねエルティナ君」
「あっ、フォウロさんにザッキーさん」
職員たちの覚悟に感激している俺に声を掛けてきたのはホビーゴーレムギルドのギルドマスター、フォウロさんとその親友、ザッキーさんだ。
フォウロさんは相変わらず暑苦しい皮鎧を着ているし、ザッキーさんもスーツ姿でバッチリと決めていた。
「我々とブラックスターズのお嬢さん方も、いもいもベースに搭乗しサポートをおこなうことになった。GDはいまだ未完成の代物だ、それを整備する多くの者が必要になるだろうからね」
そう言ったフォウロさんの目は、燃え盛る炎が見えるかのように熱かった。対照的にザッキーさんはあくまでクールだ。良いコンビなのだろう。
「ふぇっふぇっふぇっ、そのとおりじゃ、いまや主力はGDといっても過言ではない。敵も新型の魔導装甲を開発しおったからにのう」
ドゥカンさんの口からドクター・モモの声が発せられた。二人とも高齢者のため、声の違和感が殆どない。
最近はどちらがドクター・モモだか分からなくなる時がある。お願いだからドゥカンさんはマッドな方向に行かないでほしい。
「そんなわけで、いもいもベースの一部を整備兼、GD発着用のハンガーデッキに改良しておいたぞい」
「また魔改造を施していたのか。よくやるよ」
「これも鬼に対抗するためじゃて、ふぇっふぇっふぇっ」
俺は誇らしげにたたずむ巨大な芋虫を眺めた。と……その後ろに見える戦闘機のような物が目に飛び込んできた。あれはいったいなんだろうか?
「む、気付きよったか……聡い目をしておるのう。あれはウルジェがコツコツと作っていた飛空艇じゃよ」
「飛空艇……」
「もっとも、重要機関部に必須の特殊魔法〈フライト〉ができておらんから。ミサイルのような飛び方しかできんがの」
どうやら彼女はこんなご時世であっても、自分の夢を諦めずに追い続けていたようだ。そのひたむきさには頭が下がる思いである。
早いところ鬼を退治して、ウルジェに思う存分に夢を追いかけてもらいたいところだ。
未完成の飛空艇を眺めていた俺に、生みの親であるウルジェが声を掛けてきた。その表情はとてもにこやかだ。
「う~ふ~ふ~、じつは~、あと~、〈フライト〉だけなんですよ~?」
「ほぅ……でもそれが一番難しいんだろ?」
「そのと~りです~。一番~時間が~かかるので~戦争が~終わってからですね~」
ウルジェはうっとりとした表情で、我が子とも言える戦闘機のようなフォルムの飛空艇を見つめる。いもいもベースが巨大すぎるせいで小さく見えるが、十分過ぎるほどこの飛空艇も大きい。
クラスの皆程度なら全員乗れるのではないだろうか? いや、元々それを前提に作ってあるのかもしれない。
「ほれほれ、積み込みを急げ! のんびりしている暇はないぞい!」
「あいあいさー!」
ドゥカンさんの発破にギルド職員たちは威勢よく返事を返す。今後、彼らはいもいもベースのクルーとして活躍するのだ。
時折、得体のしれない物を運んでいる職員がいるが……大丈夫な代物なのだろうか? 心配だ。
「あぁ、いたいた。どぉも、エルティナさん」
と少し疲れた声で話しかけてくる男性がいた。無精ひげを生やし胡散臭さを前面に押し出しているジャーナリスト、ルラック・ケインズだ。
普段もだらしない格好だが、現在はもっと酷い有様だった。
「あ、ルラック記者。タカアキの方で取材していたんじゃないのか?」
「えぇ、取材してましたよぉ? 何度、死に掛けたか分かりませんよ」
そう言っておどけた彼は至る場所に包帯が巻かれていた。所々赤く染まっているのは完治していない証拠だろう。
時折、本気で痛そうな表情を見せてはバツの悪い顔をする。
「それよりも酷い怪我だな。ヒーラーに治してもらわなかったのか?」
「バカな、優先すべきは戦士達でしょう? 彼らが倒れれば私も共倒れになってしまいます」
どうやら、彼なりのルールというものを持っているようだ。あるいは、そうせざるを得ないほど事態はひっ迫しているのか。
俺が治癒魔法を使えれば、問答無用で癒し倒してくれるというのに。
くやしいのぅ、くやしいのぅ。
「ところで、ゴーレムギルドへは何をしに?」
「いやなに、物資を届けに来た飛空艇に乗って戻ったところなんですよ。そうしたら、ゴーレムギルドへと向かうあなた方を偶然見かけましてね」
「ふきゅん、ということは偶然だったのか」
「えぇ、本当はヒーラー協会に向かう予定でしたから」
よく見ればルラック記者の表情が引き攣ってきている。かなり無理をしているようだ。
というかもう、顔が青ざめている。まったくもう……。
「ほれ、増血丸を飲め。即効性を強化したものだ。マフティー! 来てくれー!」
俺は改良を重ね納得いくものになった『新型の増血丸』と水をルラック記者に渡して飲まさせる。
そうこうしている内に黒髪の兎獣人、マフティーがパタパタと走ってルラック記者の容体を医療魔法でチェックした後に治癒魔法を施し始めた。
治癒魔法は〈ヒール〉を使用していることから、かなりの重傷だったと思われる。よくもまぁ、痛いのを我慢してネタを追い求めるものだ。
「記事のネタを追い求める根性は認めるが、自分を労わらんヤツは感心しないぜ」
「はは、肝に銘じておきますよ。兎のお嬢さん」
このようなヤツを放っておけないのがマフティだ。あれ以来、すっかりヒーラーとして行動している。
逆にキュウトはヒーラーとしての素質は高いにもかかわらず、いまいち乗り気になれていない。いまだに自分は男であるとの葛藤に苛まれているようだ。もう、諦めてどうぞ。
「こりゃあ見事なもんだ。本職にも劣らない」
「そりゃ、『聖女エルティナ』直伝だからな。あと、俺はヒーラーだ、資格も取ってるぜ?」
ルラック記者に褒められたマフティは得意げに胸を張った。最近、自己主張をし始めた彼女の小さな二つ山が誇らしげにアピールをしている。
「ほうほう、そりゃあ興味がありますなぁ。詳しい話を一つ……」
「ほれほれ、ゆっくり話している暇はないぞい? おまえさんはGDの調整があるじゃろうが」
「いっけね、うっかりしてた! 話は今度な」
一方的にそう告げて走り去るマフティ。それを未練がましく見送るのはルラック記者だ。
「困りますねぇ、折角のネタが行ってしまった」
「後でいくらでも話を聞けるじゃろう、今は出発を急ぐのが先決じゃ。怪我が治ったのであれば、おまえさんも手伝わんか」
「うへぇ、とんだ藪蛇だ」
青白かったルラック記者の顔は、新型の増血丸を飲み、マフティの治療を受けたことにより、元どおり健康な状態へと回復していた。
俺も新型の増血丸の効果が確認できて満足である。
ドゥカンさんによって、強引に荷物の搬入を手伝わされるルラック記者。素直に手伝っているようだから、後でネタの一つや二つを提供してあげるとしよう。
さぁ、俺も準備を始めなくては。また、よろしく頼むぞ、いもいもベース!
艦長代理に俺、そして操舵士にダナン、オペレーターにララァ。そしてエネルギー源にキュウトちゃん。
どうやら、いもいもベースのエンジンも改良を加えたらしく、その結果としてエネルギー効率が良くなったそうだ。
そのようなこともあり、キュウトちゃんでも問題なくいもいもベースのエネルギー源として活躍できるようになったというわけである。
とはいえ、以前の俺のような無茶なことはできないのであるが。
「いもいもベース、発進!」
「了解、いもいもベース、発進します」
いもいもいもいもいもいもいもいもいも……。
全ての荷物と人員を載せ終え、いもいもベースはゴーレムギルドからゆっくりと発進した。
「わぁ~、でっかい、いもむしさん!」
「きゃっ! きゃ!」
「前に出過ぎると危ないわよ。いってらっしゃい……無事に帰ってきてね」
何事かと集まってきた大勢の野次馬たちに見送られ、俺たちはフィリミシアを後にする。
「フィリミシアが……小さくなってゆくな」
「……あぁ、必ず生きて帰ろう」
遠ざかるフィリミシアを見つめる戦士達の郷愁はいかほどのものか。護らなくてはならない、俺たちの帰る場所を。大切な人たちを。
熱き心を持った戦士たちを乗せて、巨大芋虫は次なる戦いの場へひた走るのであった。いもいも!