495食目 闇に紛れて
◆ フィーザントの町役場・夜 ◆
包囲作戦の阻止は成功に終わった。モモガーディアンズは鬼の軍勢にある程度の打撃を与え撤退。現在はフィーザントの町に立て籠もり、鬼の動向を窺っている。
「勇者タカアキ殿にお願いした部隊は鬼側との激しい戦いに勝利し、現在はフィリミシア西方にそびえ立つアクライア山の山頂付近に陣を張っているそうです」
「ふきゅん、流石はタカアキだ」
「はい、ですが被害も少なくはなかった模様です。鬼との戦いに不慣れであるとはいえ、歴戦の兵たちを圧倒するとは……勇者を二人あちらの部隊に所属させたのは賢明な判断でしたね」
町役場の事務室にてデュリーゼさんと話し合っていた俺は、彼から伝えられた被害状況を知り戦慄した。別動隊……勇者部隊と呼称しようか、その部隊の三分の一が今日の戦いで戦闘不能、あるいは帰らぬ者になったというのだ。
「そんなに……やはり数には勝てなかったのか?」
「いえ、数も数でしたが……バッハトルテの報告書に魔導装甲兵の記述が載っていますので目を通してください」
テーブルに置かれた報告書を手に取り記載された文章を読むと、そこには驚くべきことが書かれていたのだ。
「新型……!? こんなに短期間で!?」
「はい、最初はマイナーチェンジ版だと判断したようですが、どうやら違ったようなのです」
「俺たちは、そんな魔導装甲兵を見掛けていないぞ!?」
今日の戦闘でかなりの鬼を退治したが、その中には一体とて新型の魔導装甲を身に纏った鬼は存在していなかった。
こちらに所属する部隊長からの報告書にも、そのような記載はなかったのだ。
「いったい、どういうことだ……こちらが本命じゃなかったというのか?」
こちらではアランが鬼たちを指揮しているはず。向こう側に新型を配備しているのであれば、アラン側にも送ってくるはずではないのか? それとも、こちら側は新型が必要ない程度の戦力と侮られているのだろうか?
「姿を見せないアランも気になる……明日、こちらから仕掛けてみるか」
「奇襲ですか? では、少数精鋭を集めて部隊を編成いたします」
もし、こちら側が完全に囮だとするなら、勇者部隊側にアランがいることになる。いくらタカアキが規格外の強さを誇るといっても、それはあくまで一対一の戦いに置いてだ。
戦争に一対一の勝負なんてものは通用しない、隙あらば柔らかい横腹をぶすりとしようと狙っている輩など腐るほどいるはずである。
向こうにアランがいるとならば、タカアキが出向くしかないだろう。そうなれば、タカアキが抑えていたであろう鬼たちが味方部隊に押し寄せる。
つまり、その分被害が多くなるということだ。
俺たちもタカアキ側も戦死者が多くなれば敗北がすぐ目の前までやってくる。俺たちは常に綱渡りでの戦いを強いられているのだ。
◆ フィーザント港・未明 ◆
俺たちはデュリーゼさんによって編成された少数精鋭による奇襲部隊にて、敵陣深くまで侵入を果たしていた。
港を警備する魔導装甲兵の中には、やはり新型の存在は確認されていない。見慣れた黒い甲冑の兵士たちだ。
「明かりが見えるな……あの倉庫を根城にしているようだ」
デュリーゼさんが編成した奇襲部隊は基本的に夜眼が効く者を集めていた。つまり、獣人や亜人である。
構成員はGDを装備した俺、ヒュリティア、フォリティアさん姉妹。忍者の景虎にフォルテ副委員長だ。
フォルテ副委員長は亜人でもなんでもないけど「こまけぇこたぁいいんだよ!」ということで採用となったそうだ。デュリーゼさんも結構適当な部分がある。
とはいえ、景虎とフォルテ副委員長はこの部隊の主力だ。景虎は忍者であり、この手の作戦には適任であった。
隠密行動……敵に覚られることなく接近し排除する。それを彼女は難なくやってのけるのだ。
そのカバーに入るのがフォルテ副委員長だ。彼は景虎が仕留めにくい変異種を担当している。
フォルテ副委員長が持つ個人スキル〈加速〉が驚異的なタフネスを誇る変異種の排除を可能としていた。
というか、変異種相手に素手で首を刎ねるとか……おまえ絶対に忍者だろ? 白状しろっ!
そして、ここまで辿り着けたのは、ヒュリティアとフォリティアさんの力であることは否定のしようがない。
いかれた数の鬼たちの厳重な警備を掻い潜ることができたのは、レンジャーの技術を仕込まれたヒュリティアと、特殊部隊での経験を持つフォリティアさんが姉妹で協力し合った結果だ。
あんな道とは言えないルートをチョイスするとは思わなかったぜ。おパンツの代えを持っておいてよかった……。
「……倉庫の入り口はここしかないわ」
「ご丁寧に、そこ以外はがっちがちに封鎖してるわね~」
俺が黒エルフ姉妹に戦慄していると、そのヒュリティアとフォリティアさんが倉庫の外周を偵察し終えて戻ってきた。報告からして正面の入り口から侵入するしかないようだ。
「入り口に魔導装甲兵二体。警備にしては少な過ぎる」
ここからはまだ遠い倉庫の入り口に立つ兵士を正確に把握するフォルテ副委員長。人間であれば暗過ぎて、とてもじゃないが自信をもって断言できないはずだ。
彼は本当に人間なのだろうか? もしかしたら『忍者という種族』なのかもしれない。それなら納得できる。
「そうだな、昨日の戦いに勝利して浮かれているのか……フォルテ副委員長は右を、左は私がやる」
「了解」
まるで阿吽の呼吸だ、その僅かな作戦確認の後に彼らは音も無く移動を開始。そして、あっという間に倉庫の入り口を護る魔導装甲兵の死角に入り込み一撃を加えた。
その一撃で魔導装甲兵たちは事切れ、その身を桃色の粒子へと変える。まさに神業。
『ダナン、もう少し港に接近してくれ。〈魂の絆〉の効果範囲外になっている』
『了解、桃先輩。でも、これ以上は見つかっちまいそうだ』
桃先輩の能力をフルに活かすには、どうしてもダナンが持つ宝具〈魂の絆〉が必須になる。そうでなければ、核が個々によって別な場所にある魔導装甲兵や変異種を一撃で屠ることは難しいのだ。
『ふっきゅんきゅんきゅん……お邪魔するんだぜ~』
無事に倉庫内に入り込んだ俺たちは慎重に行動を開始する。ここからは個別に行動をおこなうことになっていた。もちろん、会話は全て〈テレパス〉でおこなう。喋って敵に感付かれるわけにはいかないからな。
俺は倉庫の入り口付近にて待機、鬼の動向を窺いつつ皆の情報を待つ。それ以外は手分けしてアランを発見する役目を担う。
『明かりがついている部屋は全部で五つ。それ以外は三つ』
『フォルテ副委員長は明かりの部屋を。暗視能力が高いヒーちゃんとフォリティアさんは明かりが点いていない方を頼む。景虎は〈テレパス〉が使えない彼女たちの耳と口になってくれ』
『『了解』』
彼らに指示を与えた俺は敵に発見されないように〈フリースペース〉からダンボールを取り出し、ふきゅんと上から被った。
これは歴戦の傭兵も愛用した隠遁術である。これで、そうそう見つかりはしないだろう。完璧だ。
『……クリアー』
暫くすると報告が〈テレパス〉にて送られてきた。慎重に事を進めているため、報告までの時間は先ほどと打って変わって長い間があった。
『くりゅあ~』
景虎の発音が微妙におかしいが、ここで笑うわけにはいかない。もし、こんなところで笑おうものなら、たちまちの内に発見されてしまう。
『ぷぃ~~~~~~~~~ん……』
!?
この音はいったい!? 決して俺の『おっぷぅ』ではないことを伝えておく!
『あ、すまん。屁が出た』
この音の犯人はすぐさま自白した。なんと犯人はダナンであったのだ!
『いちいち、屁の音まで〈テレパス〉で送ってくるんじゃねぇ!』
ダナンのヤツ、狙ってやっていたとするなら断じて許すまじ。危うく笑うところだったぞ。
再び俺は心を平静に保ちフォルテ副委員長たちの連絡を待つ。今の俺は道端のお地蔵さま、どんなことにも動揺せず、穏やかな心を……。
『はっ、はっ……』
!?
な、なんだこの息遣いはっ? 今度はいったい何ごとだっ!?
『……ダナン……もう我慢できない……』
これはダナンに同行しているララァか? 彼女にはダナンが発見された場合、彼を緊急退避させる重要な任務が与えられている。
その彼女になんらかのトラブルが発生したのだろうか!?
『ラ、ララァ、もう少し我慢してくれ』
『……はっ、はっ……私のここ……もう、びちゃびちゃ……」
まてまて、おまえら何をやっているんだ!? まさか……お子様が決してやってはいけないことを!?
『うわっ……凄いことになっているな。分かったよ』
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……。
!?
何かを舐める音が聞こえる。いったいどこを舐める音だろうか? しかも、その音は段々と激しくなってゆくではないか!
『おいぃ……おまえらはいったい何をやってるんですかねぇ?』
『あ、聞こえていたのか?』
『……ききき……ユキが私のほっぺたを……舐めすぎるから……ダナンに代わってもらった……』
『きゅ~ん、はっ、はっ、はっ……』
紛らわしいにもほどがある。実はここに来る途中で、彼らに雪希と炎楽を預けていたのだ。先ほどの激しい息遣いは雪希のものだったのだろう。そして、あのぴちゃぴちゃ音も。
あぁ、いかん。なんだか、不条理に対して叫びたい気分になってきたぞ!?
くっ! 落ち着け、俺! まだ、慌てるような時間じゃない! 心を無にして己の役目を果たすのだ!
『クリアー』
フォルテ副委員長の抑制のない声が聞こえ、俺は僅かながらも冷静さを取り戻す。真面目に仕事をしている彼のためにも、おれがここでしくじるわけにはいかない。
俺は己の使命をまっとうするために、努めて心の平静を保つことにした。
『くららぁ』
『っ! っ~~~~~~~~!!』
だから、絶妙なタイミングで笑わせに来るんじゃねぇよ!
景虎、おまえはアルプスの少女なのか!? ちくせう、今のは危なかったぞ!!
『少し落ち着け、エルティナ』
『ふきゅん、皆が俺を笑わせようとしてくるんだぜ』
桃先輩の低く落ち着いた声が俺の乱れた心を落ち着かせてくれた。やはり、桃先輩は頼りになる大人だ。
『ひぎぃぃぃぃぃぃぃっ! そこはらめぇぇぇぇぇぇっ! ひろがっちゃうにょぉぉぉぉぉっ!!』
『っ!?』
その直後に淫らな女性の叫び声、俺は思わず吹き出しそうになり両手で口を塞いだ。若干、空気が漏れたが大事には至っていないはず。
忘れていたのだ、彼のすぐ傍には頼りにならない大人がいたことを! がっでむ!
『ええい、トウミ少尉を黙らせろ! 作戦中だぞ!』
ずぶぅ!
『ぽひ……』
どしゃっ。
『たった今、黙らせたわ』
『せめて尻に突き刺さったハイヒールを抜いてやれ……』
会話をしているのは桃先輩とマトシャ大尉、そしてあの酷い叫び声はトウミ少尉だろう。彼女はいったい何をやらかしたんだぁ……?
その怒涛の責めに俺は白目痙攣状態だ。残念ながら限界はもう近い。
くっそぅ、皆して俺を笑わせようとエゲツないネタを披露してきやがる! 果たして俺は耐えることができるのだろうか!? 早くアランを発見してくれ! 俺はいつまで耐えられるか分からない!!
『くるあぁ~』
「ぶふっ……!」
またしても、きみか……こわれるなぁ。
『エルティナ、声を出すな』
『頼むから、絶妙なタイミングで変な発声をする景虎をなんとかしてくれ』
『……後で発声練習でもさせてみるか?』
必要なのは今なんですがねぇ?
『こちらフォルテ、指揮官らしき鬼を発見』
『きたっ! フォルテ副委員長きたっ! これで勝つる!』
いろいろとヤヴァイ状況に晒されていた俺であったが、遂にフォルテ副委員長がやってくれた。指揮官らしき鬼を発見したという報告を寄越してきたのである。
『だが……アランという男ではないようだ』
『なんだって?』
では、あの強大な力はいったい誰のものだというんだ?
『くれあ~』
だから、それはもういいって! 頼むから不意打ちは止めろ!
『……どうする、仕留める? かなり油断しているみたいだ』
『……』
ここの鬼を率いているのがアランではない? ではヤツは本当に向こう側へと行ってしまったのか?
だとするなら、ここの鬼たちは早急に退治して別動隊と合流しなくてはならない。
それよりも、今日感じた巨大な力の持ち主が、ここにいる指揮官のものだというのだろうか?
それにしては、まったく脅威に感じることがないのだが。なんだろうか、この違和感は。
『エルティナ、指揮官を潰すのは有効な手だ。このチャンスを逃す手はないぞ』
『分かってる、フォルテ副委員長、できるか?』
『ご命令とあらば』
『じゃあ……頼む』
『了解』
フォルテ副委員長が行動に移った。俺は景虎にそのことを伝え、ここから脱出する準備をするよう指示する。幸いにも入り口付近に鬼の存在は確認できない。
『任務完了、敵司令官の浄化を見届けた』
『早い、もう終わったのか。流石に見事だと感心するんだぜ』
フォルテ副委員長が強過ぎるのか、はたまた敵指揮官が弱過ぎるのかは分からない。いずれにしても、これでここの鬼たちは頭を潰され混乱状態に陥るだろう。
『こちらエルティナ、敵指揮官を撃破。デュリーゼさん、敵指揮官はアランではなかった。これより、港を脱出する』
『了解しました、あなた方の脱出を確認後、モモガーディアンズを投入し敵勢力に大打撃を与えます』
そうなれば、もうここには用がない。速やかに脱出し、本隊との合流を果たそう。
無事に皆と合流を果たした俺たちは闇に紛れて港を後にする。薄っすらと明るみが差す夜空。それが完全に明ける頃、戦いは終結を迎えていた。
戦いの後に残ったのは確かな違和感。指揮官がたったの一人しかいないという有り得ない状態。
まるで狐につままれたかのような感じに、俺たちは戸惑いを隠せなかった。




