494食目 もこもこぽんぽ
迫り来る鬼の大群、その数一万五千。対する俺たちの数は、その十分の一だ。まともにぶつかって勝てる見込みなどありはしない、皆はそのことをよく理解し器用に立ち回ってくれた。
だが……その状況をまったく理解していない一部の連中がいた。
ぶっちゃけると俺たちのことである。壊れるなぁ……作戦。
「逃げるヤツは鬼だ! 立ち向かってくるのはよく訓練された鬼だ!」
「なんだっていい! 退治しろっ!」
「出し惜しみなどしない! 全力でいくぜっ!」
あぁ、もう。滅茶苦茶だよ。
新たなる力を得た者が多い『元祖』の彼らは、鬼相手にその力を試してしまっていたのである。その結果、鬼どもの注目を一手に集めてしまい大混戦状態だ。
どうしてくれるの、これ。
ズビュゥゥゥゥゥゥン!
「ふきゅん、掠った!? ダース単位で魔導ライフルをぶっ放すのは止めろ! 繰り返す! ダース単位で魔導ライフルをぶっ放すのは止めろ!」
鬼たちが警告を理解してくれるかは別として、大切なことなので二回言った。
俺のGDリベンジャーは回避前提で制作された機体だ、一撃でも攻撃を受けようものなら瀕死の重傷に陥ってしまう。
なので、回避する隙間もないくらいに弾幕を張られてしまっては、どうしようもないのである。
「回避する場所がないなら、やられる前にやりなさい」
俺の悲鳴とも言える警告を聞いていたユウユウが強烈な一撃を鬼たちに喰らわせた。
密集して攻撃をしていた彼らは回避する間もなく彼女の拳圧に押し潰され、すぐさま物言わぬ物体へと変じる。
「あわびゅっ!?」
あー!? シーマがユウユウ閣下の攻撃の巻き添えを!?
……まぁ、たぶん大丈夫だろう。
『エルティナ、一度大勢を整えろ。いくら能力が高い子供たちとはいえ、危険なことに変わりない』
少しばかり脳が沸騰しかけていたが、桃先輩の低く落ち着いた声で冷静さを取り戻す。
確かに鬼たちを押しているかのように見えるが、その実、戦線が伸びてしまっており、包囲されて各個撃破される危険性が露呈していた。
これは桃先輩の忠告に素直に従うべきであろう。
「わ、わかったんだぜ! おいぃ! おまえらっ! 一度、引くぞっ!」
「「「え~?」」」
「え~、じゃないっ! ほれ、さっさと後ろに向かって前進だっ!」
「「「ぶー、ぶー」」」
彼らはブーたれながらも俺の指示に従い後退を開始した。当然、鬼たちはそれを見逃すはずもなく追撃の姿勢を取る。
だがそれは後方支援であるグレー兄貴のレンジャー隊によって阻まれる結果となった。
雨あられと降り注ぐ桃力が籠った矢に貫かれる鬼たち。その堅牢な魔導装甲をも貫く特別な矢だとドゥカンさんは説明してくれた。
ただ、コストが非常に高く、使いどころを絞って使うようにと忠告を受けている。流石にバンバン放っていたら破産してしまうからな。
よって、特殊な矢である『桃矢』は俺たちが後退する際の牽制として使用してもらうことにしたのだ。
「エルティナ様! ここはお任せを!」
「頼む、ミカエル!」
戦線を維持するためミカエル率いる『聖光騎兵団』と入れ替わる。これで暫くは維持できるだろう。
『入れ替わりで『聖光騎兵団』が前線を受け持ってくれている。十分ほど休憩の後に彼らと交代だ』
「わかったんだぜ、桃先輩」
たった十分の休憩だが、できるのとできないとでは雲泥の差が出る。今回の戦いは俺たちにとっては未知の領域だ、どんな不具合が発生するか分かったものではない。
そのような心配をしていると〈テレパス〉による連絡が入った。デュリーゼさんだ。
『エルティナ、鬼たちが我らを囲むように部隊を展開しています。このままでは包囲されてしまい、全滅の危険性もあります』
そらきた、数による包囲殲滅作戦か。俺が鬼の大将だったら間違いなく、その作戦を取るもんな。
『わかったんだぜ、俺たちで叩く』
『お願いします。それと、そろそろ全軍の撤退も視野に入れておいてください。部隊の損耗率も十五パーセントに達しようとしていますから』
『十五パーセントか……戦死者は?』
『今のところなし、GDの半壊、そして重傷者は多数おりますが命に別状はないとことです』
なるほど、やはりヒーラーがいてくれると格段に戦死者の数が減るな。包囲作戦を阻止した後は撤退した方が無難か……。
『分かった、包囲作戦を阻止した後は撤退する。その旨を皆に伝達してほしい』
『了解しました、ご武運を』
俺は腰を上げて、クラスの皆に包囲作戦を阻止した後に撤退することを伝え、進軍を開始した。
戦闘が開始されてから三十分が経過しようとしている。だが、アランの姿はいまだに確認できていない。
ヤツのことだから、真っ先に俺を狙ってくるものだと踏んでいたのだが、とんだ肩透かしだ。
強大な力を手に入れたというのに、何を慎重になっているのだか。
先を急ぐ。部隊が縦に伸びてしまっているが気にしている時間はない。
急ぐこと十五分、鬼の部隊が見えてきた。数はおよそ五百。対する俺たちは四十名。
「一人あたりのノルマ、十二体な」
俺の無茶振りに答えたのはGDモモチャージャーを身に纏っているダナンだ。
「全部やってしまっていいのだろう?」
支援型とはいえGDを身に纏って気持ちが大きくなっているのだろう。普段は彼が口にしないような言葉をドヤ顔で言ってきたのである。
「どうぞ、どうぞ」
それに対して俺は寛容な心で対応してあげたのだ。ダナンが全部倒すのであるのなら、俺は楽をさせていただくとしよう。
「すいませんでした、調子ぶっこいてました」
現実は非情であることを察したダナンは僅か二秒で謝罪に及んだ。過ぎたる自信はひっそりとこの世を去る原因になるので注意しなくてはならない。
「戦うだけが取り柄のヤツはノルマ二十だ! いくぞっ!」
そう言って猛然と鬼たちに殴り込みを掛けたのは獅子の獣人ライオットだ。
いくら親父さんが来ているからってハッスルし過ぎじゃないですかねぇ?
「あら、別に全部仕留めても構わないのでしょう?」
その彼の発言に答えたのはユウユウであった。彼女はあの戦いの後に、父親であるユウゼンさんにみっちりと稽古をつけてもらったそうだ。
チラッと稽古の風景を覗きに行ったが……あれは決して『稽古』ではない、稽古という名の何かだ。
優雅に、だが疾風のごとく鬼の部隊に切り込み暴虐の限りを尽くすユウユウは瀟洒と言うべきか、はたまた新たに『デストロイガール』の二つ名を与えるべきか。
取り敢えずは、彼女が楽しそうで何よりである。
「ユウユウ閣下が言うと説得力があるなぁ」
無論、俺は棒読みの上に震え声である。まともに感想なんて言えるはずがない。見ろ、鬼がゴミのようだぁ。
「ぎぎぎ、くやしいのぅ、くやしいのぅ」
ダナンはユウユウ閣下の余裕とも取れる発言に嫉妬の炎を燃やしていた。敢えて言うなら、百万年早いと言わざるを得ない。というか、百万年でも無理くさい。
「おにぃ……」
「分かるか、この悔しさ。俺はこの負の力を糧にビッグな男になってみせる!」
「おにぃ! おにぃ!」
まてまて、小鬼が会話に紛れ込んでいる。というか、語り合ってないで退治してくれ。
「あー! こおにさんだよぉ! ぽんぽ、やっつけて!」
ダナンと謎の友情を交わしていた小鬼に攻撃を仕掛けたのは、プリエナのホビーゴーレム、ぽんぽだ。
狸のぬいぐるみのような外見をしたぽんぽは、見た目どおり戦闘能力は皆無。いったいどうやって小鬼を倒すというのだろうか?
現在、プリエナはGDモモチャージャーを身に纏っている。寧ろ、戦闘能力はぽんぽよりも彼女の方が高いのだが……あれ? まてまて、サブコクピットからぽんぽがわらわらと……!?
「お、おにぃ!?」
もこもこと飛び出てくるぽんぽ、その数二十体。いったい、どうなっているのだろうか!?
いくらコットンゴーレムだといっても、あの狭いコクピット内に収まる数ではない。
「ようじゅつ〈ぽんぽだいかぞく〉だよぉ!」
どうやら、この異様な数のぽんぽは、プリエナの妖術によって生み出されたものらしい。
そう言えば、彼女の父親は妖術の名手だと聞いていた。それならば、彼女が父親の手ほどきを受けていてもおかしくはない。
きっと彼女は才能もあったのだろう。見事なものだ。
「たぬぅ」「たぬぅ」「たぬぅ」「たぬぅ」「たぬぅ」
「おにぃ!?」
会話するな。
思わず、そうツッコもうとする前に、ダナンが彼らにツッコミを入れた。
「きぇあぁぁぁぁっ!? 喋ったぁ!?」
そっちかい。
俺がダナンに呆れ顔を向けている間にも、ぽんぽは小鬼に対して一斉攻撃を仕掛けていた。
それは、まさかの抱き付き攻撃。つまり、抱擁である。
ぶっちゃけ、攻撃でもなんでもない。
「お、おにぃ……」
だが……小鬼、昇天。完膚なきまでに浄化されたのだ。
「「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
あまりの出来事に俺とダナンは思わず叫んでしまった。抱き付いて鬼を倒せるなら、こんなに苦労することはない。いったい、ぽんぽは小鬼に何をしたのだろうか。
『ふむ、なるほど。ぽんぽの分身に桃力を仕込んでいたのか。それならば納得だ』
この状況の中、冷静に分析をおこなっていたのは、我らが桃先輩だ。
流石、ツッコミマスターは動じないお方。
「それじゃあ、ぽんぽも戦力に数えられるのか?」
『そうなるな、戦場をちょろつく小鬼の牽制に使えるだろう』
確かに、もう相手にならない小鬼ではあるが、それでも鬼であることには変わりはない。一般市民にとっては、いまだ脅威な存在である。
よって、弱かろうが強かろうが一匹残らず退治しなくてはならないのだ。
弱い分、小鬼は数が多い。その彼らを対処するのに、ぽんぽは大活躍してくれることだろう。
「プリエナ、ぽんぽは今、何匹くらい分身できるんだ?」
「うんとね~、がんばると、ひゃっぴき。でも、それをしちゃうと、わたしが、ばたーんしちゃうから、おとうさんが、やっちゃだめだって。だから、ふだんは、にじゅっぴきだよぉ」
それでも十分だ、二十匹のぽんぽで目障りな小鬼を退治できるのであれば、俺たちはその分、魔導装甲兵と変異種に専念できる。
俺はプリエナにその旨を伝えると快く承諾、再びランドセルのコクピットから、もこもことぽんぽが飛び出してきた。
このぽんぽは彼女の妖力を使用して、本体であるぽんぽが作り出しているそうだ。よって、生み出せる数も限りがあるのは当然と言えよう。
今の小鬼を退治するのに一体が桃力の光となって消えたことから、小鬼一体につき、ぽんぽ一匹となるだろうか。上手く行けば二体はいけそうにも思える。
「ふっ……どうやら、俺の時代は終わったようだ。ダナン・ジュルラ・ジェフトはクールに去るぜ」
最初からダナンの時代は来ていないし、クールに立ち去ろうとするな。
「ほらっ、拗ねてないで行くぞ、ダナン。おまえの役目は桃力の供給と、魂の絆の維持だるるぉ?」
「男には戦わなくてはならない時があるんだ」
知っているが、こんなしょうもないことに言うようなセリフではない。
埒が明かないので、ララァにダナンをまる投げすることにした。よくよく考えれば、最初からこうしておけばよかったのだ。
「……ききき……お許しが出た……」
ぼぬん、ぽよよん、ぽよよん。
「あばばばばばばばば……耐えろ、俺の理性! そ、総員! 戦闘配置ぃ!!」
ただし、戦闘中はイチャつかないように!
「あぁ、もう。だいぶ出遅れてしまったんだぜ。急ぐぞ、ムセル!」
『レディ』
俺はローラーダッシュを使用して戦場を駆け抜ける。やはり小鬼が鬱陶しい。最早、障害物以外の何ものでもない。
例えるのであれば、連中はコース上に置かれたバナナの皮だ。
ごめす。
「おにぃ~~~~~~~~~~っ!?」
あー! 小鬼君、ふっとばされた~~~~~~~~~~!!
……なんか、すまん。避けきれなくて轢いてしまった。まぁ、これも鬼退治だから仕方がない。
というか、やる気がないなら戦場に来ないでくれ。まさか、戦場のど真ん中で砂遊びを敢行するヤツがいるとは思わなかった。フリーダム過ぎるだろ。
うちの連中でも、そんなことするヤツはいないぞ。
「バカめ、砂崩しとはこうやるのだ!」
「おにぃっ!?」「おにぃ」「お、おにぃ……」
居たよ、そのバカが。
小鬼を相手に取り、砂崩しをおこなっているのは、元上級貴族シーマ・ダ・フェイであった。
マジで何やってるの!? というか砂山を半分持っていくとか残酷だな、おい!?
「お、おにぃ」
ぷるぷると震える手で、ちょいちょいと砂の山を崩す小鬼。辛うじて砂山の旗は倒れることはない。
同様に次の順番の小鬼も慎重に事を進める。額から流れる汗は砂地に吸い込まれて消えた。
何この緊張感? 一応これも戦いなのか? 解せぬ……。
「ふん、小心者め」
がばぁっ!
!?
次順、シーマは砂山を豪快に抉り取る。既にそこには砂山ではなく、砂の柱が残るのみという鬼畜さだ。
このシーマのあまりの残虐非道さに、小鬼たちは戦慄を隠せなかった。彼らにできる事、それは敗北を認めること以外になかったのである。
「お、おにぃ……」
それでも果敢に攻める小鬼。その勇気を別なところに使ってほしかった。
ぱた……。
「「「おにぃ!?」」」
敗北……! 完膚なきまでに敗北っ!
砂の柱は崩れ去り、その小さな赤い旗は無情にも大地に倒れ伏した。
そして敗北を受け入れた小鬼たちは、桃色の粒子にその姿を変え、天へと……。
って、それでいいんかい!? やっつけにも、ほどというものがあるだろうがっ! 小鬼どもっ!!
「ふっ……元上級貴族に、できぬことなどないのだ」
そう言ってドヤ顔を決める彼女。それはもう、上級貴族とかの問題ではないと思う。いや、ツッコんだら負けだ、ヤツの挑発に乗るな……。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
「戦場で遊ぶなっ!」
ぽこん!
「あぴゅん!?」
結局、我慢できませんでしたとさ。がっでむ。