493食目 モルモット
◆ フィーザント周辺・ベースキャンプ(夜明け前) ◆
部隊を二手に分けた俺たちは鬼の軍勢が攻め込んでくるのを待ち構えた。巨大戦艦が攻め込んでくる方には勇者タカアキを筆頭に歴戦の兵たちを配備してある。その数六千。
モモガーディアンズの大半の戦力を勇者タカアキに預けたのである。
残りの兵は俺たちの部隊に配属された。俺が預かる兵は主にGDを身に纏う少年兵だ。そして『聖光騎兵団』とクラスメイトの皆である。勇者サツキもこちらの方へ来てほしかったのだが、タカアキがいると聞いてそちらの方へと行ってしまったのだ。
というわけで、この面子でフィーザントから向かってくる鬼一万五千と相対することになる。
「エルティナ、今回の戦いは長丁場になる。危なくなったら迷わずに撤退するようにな」
「うん、分かったよ。リオット兄もルーカス兄も気を付けて」
「あぁ、もう以前のようにはいかないさ。みっちり父上に鍛え直されたからな」
「えぇ、もう後れを取ることはないでしょう」
そう言うと二人の兄は馬にまたがり颯爽と駆けて行った。彼らはあの戦いの後にヤッシュパパンに相当しごかれたらしく、数日間ほどげっそりとしていた。だが、その甲斐あってか自信と実力を取り戻したそうだ。後日、彼らの自信に満ちた笑顔を見れば、それがよく分かった。
「ふむ、問題なさそうだな。ではエルティナも無茶はしないようにな」
「分かったんだぜ、ヤッシュパパンも気を付けて」
「あぁ、行ってくる!」
そう言い残すとヤッシュパパンも馬にまたがり駆けて行った。
今回はエティル家も総出撃だ、家で待ってくれているディアナママンと観賞魚のトーマスのためにも、全員無事に帰らなくては。
「今回はスゲェ面々だな」
「ライオット……あぁ、俺も正直なところビビってる」
隣に立つライオットが今回の参加メンバーに対する素直な感想を述べた。彼の言うとおり、今回戦いに参戦する者たちは歴戦の兵ばかりだ。
ヒーラー協会からはビビッド兄、ティファ姉、エミール姉が参加。そしてレンジャー隊員たちも噂を聞き応援に駆け付けてくれている。グレー兄貴の参戦は俺たちを大いに勇気づけてくれた。
「ま、得物が弓なだけに後方からの援護がメインになるがな。んじゃ、配置に着くぜ」
颯爽と馬を走らせるグレー兄貴は絵になる。流石は野獣……もとい野生的な人だ。その後ろにぴったりついて行くのは彼の部下でホビーゴーレムのチーム仲間モッスさんとブブオさんである。
今の彼らには普段の情けない態度など微塵もない。頼れる大人として戦いに参加してくれているのだ。
「……師匠がいれば百人力だわ」
「うふふ~そうね、ヒュリティア」
そう話をするのは黒エルフの姉妹、ヒュリティアとフォリティアさんだ。その後ろで欠伸をしながら彼女らを見守っているのは『元』シャドウガードのグレイさんである。
「ふぁ……徹夜明けで戦争ってねぇよなぁ」
「仕方ないじゃない、原稿がギリギリだったんでしょう?」
「あ~、早く売れっ子になって引退してぇ」
俺の身に安全を護るために結成されたシャドウガードは、俺が聖女をクビになったことで解散されたそうだ。
そのことを口実にグレイさんは引退しようとしたのだが、ホルスートさんが新たに結成した『ナイトバグ』という部隊に強制的に入れられてしまい今に至っている。
よって作家と特殊工作員の二足の草鞋を、いまだに続けているのだそうな。
「それにしても、この面子で戦うだなんてねぇ? あの時のことを思い出さない?」
「うへっ、ガルンドラゴンを思い出すから止めてくれ」
どうやらグレイさんはシグルドが苦手のようだ。両腕を擦る仕草を見せて露骨に嫌がっている。
「さ、それじゃあ行きましょうか、グレイ」
「あいよ、フォリティア。それじゃあ行ってくるぜ、聖女様……じゃなかった、大将!」
そう言って馬にまたがり遠ざかってゆく二人を見送る。普通はグレイさんが馬を操るんじゃないですかねぇ?
「……グレイさん、乗馬が下手なんですって」
「そうなんだ?」
暫くすると薄っすらと辺りが明るくなってきた。夜明けは近い。ご丁寧なことに前回同様に鬼たちは夜明けと共にフィーザントの港に到着する予定だそうだ。
「そろそろ、鬼たちが来る頃です。エルティナ、準備はよろしいですか?」
「あぁ、問題ない」
デュリーゼさんとラガルさんは、前回に引き続き俺たちの軍師を務める。タカアキたちの方には、バッハトルテ爺様とバージェスさんが付いた。
「GDスクール隊、準備の方はどうか?」
「こちらも問題ない、いつでも出れる」
デュリーゼさんの問い掛けに答えたのは鋭い眼光の少年レイヴィ・ネクストだ。愛機GDノインを身に纏い臨戦態勢に入っている。
GDスクール隊……レイヴィ・ネクストを隊長とする学生で編成された部隊だ。大人たちよりも呑み込みが早く、柔軟に対応できる彼らは、この戦いの勝敗を決するとも言える重要な存在だ。
彼らはGDラングスを更に改良したGD〈ラングスMK-2〉を装備したモモガーディアンズの主力部隊である。
「では、出撃!」
「了解した、GDスクール隊でるぞ!」
レイヴィ先輩のGDノインに率いられて三百名の少年兵たちが出撃してゆく。俺はその様子を複雑な気持ちで見守ていた。
護るべき対象である子供たちが自ら武器を携えて戦いに赴く。俺はその彼らと共に戦わなくてはならないのだ。
「大将がそのような顔をするものではない、士気に影響する」
「ふきゅん、親父さん」
ライオット同様の武道着を身に纏った獅子の獣人が俺を窘める。言わずもがな、彼こそがライオットの父親にして武術を極めし者、ハーキュリー・デイルである。
彼はとにかくゴツイ、某格闘ゲームに出てくるような、いかつい顔に肥大した筋肉。指一本とっても俺の腕の太さくらいはある。あんな拳で殴られたら爆発四散待ったなしだ。
ライオットも大人になったら親父さんみたいになるのだろうか? 想像したら思わず「ふきゅん」と鳴いてしまった。
「親父、敵は一万五千だってよ」
「ふん、今更数などに臆するわけもなし。それよりも……今まで感じたことのない強大な『気』の持ち主が近付いてくる。用心しろ」
ハーキュリーさんが見つめる先には恐らくヤツがいる。
「来たか……アラン、決着を付けてやる。コール! GDリベンジャー!」
ブッピガン!
俺はマジックカードからGDリベンジャーを召喚し装着、そのランドセルのサブコクピットにムセルと桃先輩が乗り込んでGDリベンジャーは完全に起動した。
『システムオールグリーン……いけるぞ、エルティナ』
「応! ムセル、どうだ!?」
『レディ』
「よし、元祖モモガーディアンズ、出撃!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
俺たちは勇ましく声を上げて戦場へと向かう。今回はクラスメイトの皆もできる限りGDを身に纏って戦いに参加している。うち数名はプルルの指導も相まってエース級の成長をみせていた。正直、嫉妬ものである。
おにょれ、お尻女王の癖に。うごごごご……これが嫉妬というものか!?
『レディ』
「ムセル……尻力には勝てなかったよ」
『そんな力などない』
慰めと冷徹なツッコミで俺のハートはぼどぼどだ! 誰か優しさプリーズ!
「親父、行ってくる」
「あぁ、行ってこい!」
ハーキュリーさんは状況を見て苦戦している部隊目掛けて突っ込む役目を与えられている。この親父さんが乱入すれば鬼とてひとたまりもないだろう。
問題は味方ごと、ぶっとばしかねないということだ。
戦えば鬼神のごとき活躍を見せるが、熱くなり過ぎて力の加減ができなくなってゆくそうだ。おぉ、怖い怖い。
◆ フィーザント~港・中間地点(夜明け) ◆
作戦はこうだ、以前同様に敵を引き付けつつ各個撃破。だが今回は数が数だ、とてもフィーザントの町を護ることはできないだろう。よって、フィーザントの町に侵入された場合は市街戦も辞さない。
現在はフィーザントの町に兵を五百名ほど配置している。いずれもGDを身に纏った兵だ。ただ大人である彼らは少年兵に比べて練度が低いため、魔導ライフルモモビカリ改での遠距離射撃に専念してもらう手はずだ。
前線でガチンコするのは元祖モモガーディアンズと聖光騎兵団、そしてGDスクール隊である。その支援に当たるのがレンジャー隊とヒーラーたちだ。
基本的に作戦なんて『あってないようなもの』であるクラスメイトたちには、前線こそが最も相応しいだろう。エドワードやフォクベルトは不満そうだったが、いざという時は無駄に見事な連携を見せるから、そこまで気にする必要はないと思う。
『こちらデュリンク。先行部隊が戦闘を開始しました。やはり大軍に圧されておりますね』
『想定内だな、無理はしないように伝えてくれ』
『了解』
港内で戦闘が開始されたようだ。港に先行した者はいずれも戦闘能力が高い者で編成されている。ヤッシュパパンを部隊長にしてあるから滅多なことはないはずだ。
「エル、『魂の絆』接続完了だ。これでリアルタイムで全員に声が伝わる」
「ありがとう、ダナン。やられないように注意してくれ」
「あぁ、GDモモチャージャーを身に着けているから、滅多なことじゃやられないさ」
「……ききき……それに……私もダナンを護るから……」
ララァが言うように、ダナンは彼女に任せておけば大丈夫だろう。彼女はGDこそ身に着けていないが、ドクター・モモが制作した特別に軽い鎧を身に着けており十分な防御力を獲得している。更には武装を魔導ライフルのみに絞り、空中からの一方的な攻撃を可能としていた。
これは空を飛べない者にとって脅威である。
「……ダイブルトン、問題はないか?」
「けけけ、わららよう、なかなかご機嫌じゃねぇか」
「くっそう……なんで俺だけ、こんな格好なんだよ。ったく、テスタロッサ、具合はどうだ?」
「だいじょーぶー」
マフティたちの三人トリオもGDを支給されていた。ホビーゴーレムを連れている者には優先的にGDを渡す計画が立てられていたからである。つまり、少年兵の多くにGDが支給されていた理由がこれだ。
だが、俺たちに支給されるGDは量産型のラングスMK-2とは違い、全てが試作型であった。これには理由があり、ドクター・モモがいうには『優秀なテストパイロット』が多くいるから、だそうだ。
要はモルモットが沢山いる、と言っているのである。まったく、あの爺さんは……。
ブルトンに支給されたGD〈ル・ブル〉は紫色の重装甲が特徴の試作型突撃用GDだ。要するに敵からの攻撃など気にせずにカチコミを掛けろ、というコンセプトのGDであり、鬼相手であれば正気かと言わざるを得ない機体性能を持たされていた。
このような性能を持たされた大型の試作機であるがブルトンとの相性も良く、彼のパートナーであるホビーゴーレム、ダイブルトンの的確なサポートもあり、極めて良好な動きを見せている。
とは言っても、基本的にその動きは直線的であり、攻撃などかわすつもりもありませんと言った配置でブースターが設置されているので、機体の消耗率は段違いに高い。
ドクター・モモはなんでこんな機体を作り上げたのか理解に苦しむ。ロマンを追い求め過ぎだと思った。
基本兵装は頭部にバルカン砲二門……たったこれだけだ。後は腕部と脚部にブースターが取り付けられている。要するにこれを吹かしてドツケということだ。無茶苦茶である。
だが、ブルトンには「分かり易くていい」と概ね好評であった。
ゴードンに支給されたGD〈ワッパ〉は緑色の装甲が……と言っていいのか分からないが特徴の一風変わったGDだ。
俺は装甲と言ったな? あれは嘘だ。ぶっちゃけ緑色のロープがゴードンに巻き付いていると言った方が早い。背中のランドセルだけがまともな形状を保っているのみで、彼の身体に巻き付いている緑色のロープは、彼が動くたびにうねうねと蠢いていた。ぶっちゃけキモイ。
その攻撃方法も無数に絡み付いたロープを飛ばして相手を引っ叩く、絡める、貫く、などといった変幻自在の動きを見せる非常にやり難いものだった。
その分、攻撃範囲に難があるのは仕方がないだろう。基本的に近距離に近い間接攻撃といった感じだ。
基本兵装はそのうねうねのみという、ある意味潔いものであった。ドクター・モモはこれにどのようなロマンを感じ取ったのか……これが分からない。
だが、GD〈ワッパ〉と何度か模擬戦をおこなったが一度も勝つことはできなかった。
だって、ヘビィマシンガンをうねうねで弾くんだもん。ありゃねぇよ。近付いたら近付いたで、うねうねで絡め取られて何にもできやしない。ふぁっきゅん。
GDの性能が見た目より高いのか、それともゴードンと彼のパートナーわららの戦闘スキルが素晴らしいのか判断に困るところだ。
最後にマフティのGDだ。俺のGDの軽量化で制作技術が向上したのか、彼女のGD〈バウニー〉は超軽量高機動型として完成を見た。
なんとドクター・モモはネオダマスカス合金を、遂に服レベルの薄さにすることに成功したのである。それでいて強度は一定の水準を保つという、とんでもない物を作り上げたのだ。
その結果とも言えるのがマフティの身に着けているGDである。
ふはは、おまえら喜べ。彼女が身に纏っているGD〈バウニー〉それはぶっちゃけ白い色のバニースーツだ。彼女の足を覆う黒いタイツがヤヴァイってレベルではない。
流石は獣人だ、成長の速さが人間の比ではないわっ! メリハリも、かなりついてきている!
ふきゅん、少しばかり興奮してしまったが……これも技術の進歩というものか、と本気でドクター・モモを尊敬してしまった。これこそロマンの集大成と言えよう。
だが、やはり問題もある。見た目を重視した結果、ランドセルは小型化し出力が他のGDよりも低いのだ。ブースターの数もランドセルの一基、足底に一基ずつと非常に少ない。
ただ、その異常な軽さも相まって見た目ではそれほど加速力に差はないだろう。問題はその持続力だ。
出力が少ないせいでブースター使用が制限されてしまっている。更に桃力用のタンクも小さいので攻撃は非力なものになっているのだ。
しかしながら、彼女の役割は攻撃ではなく支援にあるので攻撃に関しては問題がない、というのがドクター・モモの考えであった。
確かに彼女は治癒魔法の使い手であり、前線でも問題なく戦える貴重なヒーラーである。マフティがいるのといないとでは安心感が段違いであるのだ。
基本兵装は太ももにマウントされている小型の魔導ピストル、ニンジンの形を模した魔導光剣だ。
更に追加武装も装備できるらしいのだが……それは現在、鋭意制作中途の事。
楽しみである。
「ふきゅん、先行部隊が鬼どもを引き連れてきたぞう! 皆、準備はいいかっ!?」
「「「おー!!」」」
なんとも軽い返事であるが、これが俺達なのだから仕方がない。
「ならば……ユクゾッ!」
俺たちは限りない勇気を携えて鬼の大群に立ち向かったのだった。