492食目 ネオモモガーディアンズ
◆ フィリミシア城・中央広場 ◆
神聖歴千六百三年、八月二日。この日、俺を総大将とする新ラングステン騎士団が結成された。その名も『ラングステン王国所属・ネオモモガーディアンズ』である。
だが名前が長すぎるので、単にモモガーディアンズでオッケーとのことだ。名前が長すぎると呼びにくいし舌を噛みかねないからな。特に俺が。
もともとモモガーディアンズに入隊していた冒険者たちは総じてラングステンの騎士に取り立てる、という破格の待遇だ。それに加えて礼儀作法などは、ある程度免除する、という配慮をおこなっている。
これは礼儀作法を知らない冒険者たちには大好評であり、大いに士気の向上に貢献してくれたことは言うまでもない。
無論、ラングステンの騎士を辞退することもできる。ミリタナス神聖国の『聖光騎兵団』や出日の侍たちがそうである。彼らはこの戦いが終われば祖国に戻り己の務めを果たさなくてならないのだから。
フィリミシア城中央広場につどいし七千七百三十八名の勇士たち。その大半は本土決戦の気運が高まる中、鬼の大群が押し寄せてくる、との情報を聞き立ち上がった義勇兵、そして『少年兵』たちである。
少年兵たちはなんと、ラングステン王立学校の生徒たちだ。俺の先輩、後輩がゴーレムギルドのGDを受領し訓練を経て、この戦いに志願してきたのだ。
もはや、王様には彼らを止める術は持ち合わせていなかった。ラングステン騎士団の壊滅はそれほどまでに深刻な状況であり、何よりも彼らの愛する家族、国を護りたいという情熱には抗うことができなかった。
彼にできる事はたった一つ、励ましの言葉と感謝、そして無事を祈ることだけだった。
「……余は切に願う! 生きて勝利の喜びを分かち合えることを!」
絞り出すような王様の演説に涙するのは旧ラングステン騎士団所属の騎士たちだ。己たちの不甲斐なさに悔し泣きしているのである。
自分たちに力が無かったばかりに敬愛する王様に辛い選択をさせてしまっている。そう自分を責めているのだろう。
王様の演説が終わった、次は俺の番だ。
俺は王様が用意してくれた救世騎士の衣装を身に纏い演説台の上に立つ。騎士と言っても鎧などは身に纏っていない。恥ずかしい話だがそんなクッソ重い物を着て歩くことなどできないからだ。
それにしても、なんでレオタードみたいな衣装を選んでくれやがったんだ。俺なんぞのセクシー衣装を見たがるヤツなどいやしないというのに。
この衣装は白と青を基調とした涼し気なものだが、見ようによってはレースクイーンが立っているようにしか見えない。つまり、結構食い込みが激しいということだ。
まぁ、今日は特に暑いから涼しくていいのだが……やはり違和感というかなんというかが付き纏う。慣れてゆくしかないのだろうが、なるべくなら着たくはないものだ。
さぁ、気を取り直して演説といこう。
「ラングステン王国所属・ネオモモガーディアンズ団長、エルティナ・ランフォーリ・エティルだ! この戦いに面して俺は国王陛下より、『救世騎士』の称号を賜わった!」
救世騎士とは初代聖女ミリタナスに付き従い、最期まで彼女と共に戦い続けた誇り高き騎士を称えて設けられた特別な称号だ。
それが時代を重ねる度に細かく意味を変更されてゆき、今ではラングステン王国『国王の剣』という意味を持つ。つまり、俺は王様の代わりに戦場へと赴き『王の代理』として戦う使命を与えられている。従って、今の俺は王様に継ぐ権力者ということになるのだ。
ぶっちゃけ、そんな過剰な権力はいらない。だが、戦いにおいて強力な戦力である勇者やグロリア将軍に命令できる権限を持つ、というのはありがたいことではあるが。
ざわ……ざわ……。
ざわ……ざわ……。
どよめきが広場に広がり兵士たちは互いに顔を見合わせる。この救世騎士はお芝居などでも頻繁に扱われる有名な騎士が持つ称号だ。まさか実在しているとは思わなかったのか半信半疑の者が大勢いるようだ。
そんな中、誰かが言った。
「救世騎士!? かつて聖女ミリタナスを助け、世界を邪悪から救ったとされる伝説の騎士!! その位を嬢ちゃんが賜わったってぇ!? がっはっは!! そりゃあ傑作だ!!」
ガッサームさんの声、超でけぇ。ありゃわざとだな。恐らくはデュリーゼさん辺りが根回しをしていたのだろう。流石に抜け目がない人だ。
事実、彼の情報を聞いた兵士たちの表情が色めき立っている。希望を見いだした者が見せる特徴的なものだ。
さぁ、調子付いたところで演説を続けよう、セリフは頭の中に叩き込んだ。身振り手振りを交えて戦意を高めるのだ。
俺の演説は長くはない、簡潔にまとめ分かり易く伝えることに重きを置いて作成している。兵士や義勇兵、それに少年兵の皆も俺の言葉に頷き理解を示してくれている。
いい感じだ、ここいらで締めくくりといこう。最後まで気を抜かないように気を付けながら、俺は自分の誓いとも言える言葉を、集まってくれた勇気ある者たちに宣言した。
「俺は改めて誓おう! 必ずや諸君らと邪悪なるものを退けると!」
そういって、俺は『救世の剣』をチゲの右腕で抜き、黄金に輝く刀身を発生させ掲げた。
するとどうだ、輝ける刀身が発生すると同時に炎の紋章が空に広がり、俺たちを温もりで包み込んだではないか。
「勇士たちよ! この世界は今、滅びに向かおうとしている! それを救えるのは、神桃の大樹の加護を受けている俺たち以外にはいない! 共に戦い、愛するものを護ろうではないか!」
まただ。どこかで聞いたことのある女性の声が聞こえて、救世の剣がより一層に眩い輝きを放った。
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
それに呼応するかのように雄叫びを上げる勇士たち。士気はこれ以上なく高まっていた。
「いよいよですね、我が友エルティナ」
「あぁ、タカアキ。なんとしてでも俺たちは鬼に勝たなくてはならない。大切な人たちを護るために」
今回の戦いにおいて、遂に王様は勇者タカアキの首都防衛の任を解き、この決戦に参戦させる決断を下した。つまり、こちらは二人の勇者を戦力として加えることができるのだ。
「ようやくか……これで気兼ねなく、おまえに手を貸せるというわけだ」
「アルのおっさん先生、よろしく頼むんだぜ!」
「おう、任せとけ! 今まで協力できなかった分、倍以上にして返してやる!」
勇者タカアキの参戦ということは勇者パーティーの一員であるアルのおっさん先生、フウタ、エレノアさんも解禁ということだ。ただし、エレノアさんは子育ての最中なので参戦は難しいか。
俺がそのように思案していると肩をやんわりと叩かれた。誰かと思い振り向くと、そこには……。
「エルティナ様、仲間外れはいけませんよ?」
「ふきゅん!? エ、エレノアさん、どうして……」
そこには完全武装して、穏やかな頬笑みを携えるエレノアさんの姿があったではないか。
「どうしてではありません、弟子がこんなにもがんばっているのに、師匠である私がぬくぬくと家で子育てをしているわけにはまいりませんよ。ね? タカアキさん」
「エレノアの熱意には勇者である私も敵いませんでした」
ギラリと分厚い眼鏡を光らせるタカアキはどこか誇らしげだ。だが、彼女はかなりの期間戦いから離れていたはず。急に戦場に立っても、その長いブランクで身を危険に晒すだけではないだろうか。
「でも、戦いからは相当に遠のいていたんじゃ?」
「ブランクはあるでしょうが治癒魔法での支援なら問題ありませんよ。それに、私はタカアキさんが護ってくれますから」
「はい、エレノアは私が護ります。何故なら……私は夫だからです」
そう言って『すうぃ~』と奇妙なポージングを取る勇者タカアキ。そして、その彼に寄り添うエレノアさんと嫉妬の炎を燃やすチート転生者のフウタ。そんな彼らを、アルのおっさん先生は苦笑いで見守っている。
このやり取りを直に見ると、俺は帰ってきたんだなと思う。彼らと同じ位置に。
このやり取りを見て、肩の荷を下ろした者がいた。それはエレノアさんの代理で一時的に勇者パーティーの一員となっていたディレジュ・ゴウムである。
「くひひひ……どうやら私はお役御免のようね。なによりだわ」
その豊か過ぎる乳房を抱え上げるようにして、不気味な笑い声をあげる彼女はコキコキと首を鳴らした。
「ディレ姉、お疲れさま」
「くひっ、何を言っているの? 本番はこれからよ?」
「ディレジュの言うとおりだ」
俺の労いの言葉に彼女はニヤリと意味深な笑みを返してきた。その直後、やはり俺の後ろから声を掛けてくる者がいた。ここの連中は俺のバックを取ることが趣味なのだろうか? だが、この声は……。
「えっ?」
その懐かしい声に振り返ると、そこにはヒーラー協会の皆が完全武装して立っていたではないか。スラストさんを筆頭にビビッド兄、ルレイ兄、エミール姉、それに、それに!
「ティファ姉!」
子育てに専念するためにヒーラーを引退していたティファニーがこの場にいたのである。俺は驚きのあまり「ふっきゅん、ふっきゅん」と鳴くことしかできなかった。
「久しぶり、エルティナ様。私もヒーラーとして参戦するわ」
「でも、子供は……」
「あら、エレノア司祭だって、子供がいるのに参加するんでしょう?」
「うぐっ」
このツッコミに俺は思わず呻いてしまう。もう既に子供がいるからと言って説得することは不可能だ。
「大丈夫、子供はお父さんに預けたから。甘やかせ過ぎないか心配だけど」
そう言ってウィンクするティファ姉はあの頃と変わってないように見えた。
なんという心強い仲間たちなんだ。俺はこれほど仲間の大切さを思い知ったことはない。
「エルティナ、我々ヒーラー協会のヒーラーは、ネオモモガーディアンズに従軍する。ヒーラー協会はヒュースにに任せてあるから安心してくれ。そして……」
「大丈夫ですよ、スラスト。久しぶりですね、エルティナ様」
「あ……ああっ!? レイエンさん!!」
スラストさんの後ろから姿を見せたのは、ヒーラー協会前ギルドマスターであるレイエンさんだった。最後に見た時よりも更に痩せており、ヒーラー協会の受付嬢ペペローナさんに支えられていた。
「スラストがいない間、私が一時的に復帰してヒーラー協会を受け持ちます」
「でも……身体が」
「私はもう治癒魔法も労働にも耐えることができませんが、経験を生かして相談を受け持つことくらいはできます。だから残った若手ヒーラーの面倒くらいは見れますよ。それに、指導の方はセングラン先輩がやってくれるそうです。貴女が帰ってくる頃には逞しく成長した若手ヒーラーの姿が見れるでしょう」
そう言って微笑む彼に、俺は涙を堪えることができなかった。
「俺は……! 仲間に恵まれ過ぎている……!!」
「泣くのは、この戦いに勝ってからだ」
スラストさんは『ドシッ』と、その大きな手を俺の肩に載せ、周りには聞こえないくらいの声で言った。
「よく耐えたな」
「……っ」
それで十分だった、その短い言葉に全てが込められていた。彼は俺が必ず立ち上がると信じ待っていてくれたのだろう。こんなに嬉しいことはない。
であるなら、涙を見せるわけにはいかなかった。ぐいっと目から出る汗を拭う。汗だからセーフ。
そんな中で感じる違和感、どこか懐かしく……そして切ない感じ。これは今まで感じたことのない気配であり、俺は酷く困惑した。
そんな力を放つ者は城の中から静かに現れたのだ。
「時は来たれり、始祖竜の子よ」
その力の持ち主は、毛むくじゃらの爺さんだった。そしてやたらと体格が良い。老人マッチョばかりだな、この国は。
そんな彼に対して王様は敬意を示した。その様子を見ていたデュリーゼさんは驚きの表情を見せ、毛むくじゃらの爺さんを見つめ、改めて驚愕した。
「ま、まさか、貴方は……!?」
「古き者じゃよ、カーンテヒルが眷属『白竜人』よ」
「……やはり、貴方様でしたか。森の隠者殿」
何を言ってるのかさっぱりわけワカメ。
俺は彼らの会話内容は解析できないが、気になる毛むくじゃらの爺さんの気配を徐々に解析し判別していった。すると、この気配の持ち主は、あの方ではないか、というところに落ち着いたのである。
桃使いとしての能力は失っていても、一度知った気配くらいは判別できるというものだ。
「ふきゅん、ひょっとしてグレオノーム様?」
「ふふっ……やはり、そなたにはバレるな。左様、ワシはグレオノーム、この姿は仮の姿じゃ」
やっぱりそうだった。でも、どうして彼がこんなところにいるのだろうか? 森のことはほったらかしでいいのだろうか? う~む、考えても分からん。
というか、人間の姿になることができたのか。だったら、あの時も人間の姿になってくれればよかったのに、ふぁっきゅん。
「ワシが人の姿を借りてここまで来た理由はただ一つ、『真なる約束の子』エルティナのためじゃ」
「エルティナのために?」
デュリーゼさんが眉を顰める。他の賢者たちも一様にグレオノーム様を怪しんでいたが、直後に彼が言い放った言葉に態度を一変させた。
「『殉ずる者』」
「……」
『殉ずる者』という言葉を聞いた四賢者たちは揃って口を噤んだ。
「この言葉、知らぬわけでもあるまい。ワシはこのために老い恥を晒して生き延びてきた」
グレオノーム様が何を言っているのか見当もつかない。それにデュリーゼさんに聞いても答えてくれるかどうかわからないだろう。彼の表情が優にそれを物語っていた。
きっと、グレオノーム様が語っているのは白エルフの根幹に当たることだろう。
「エルティナ、改めて名乗ろう。ワシは『土のグレオノーム』。古き約束に従い、そなたの力になろうぞ」
「でも……今の俺は『真なる約束の子』じゃないんだ」
そう、俺の能力は全てアランに奪われてしまい、今の俺はただの搾りカスだ。
「そんなことはない、たとえ鬼に能力を奪われたとしても、そなたが始祖竜に選ばれし者であることに変わりはないのじゃよ。なにより、我が母の子であるのだからな」
「えっ?」
「……全てを語るのは、この戦が終わってからでもよかろう。のう、カーンテヒルの子らよ」
「えぇ、我々はグレオノーム様の意思に従います」
うおっ!? あのデュリーゼさん達がグレオノーム様に敬意を示している! ひょっとしてグレオノーム様ってこの中で一番年上且つ偉い存在なのか!? こいつはたまげたなぁ。
初めて出会った時は単なる森のクッソでかい熊さんだったのに。言葉使いには引き続き注意しなくては。
「さて、エルティナよ。始祖竜の証は持っておるか?」
「はい、ここに」
始祖竜の証は肌身離さず持っていた。首に掛けているペンダントをグレオノーム様に渡すと……。
「ちろちろ」
あ、違った。さぬきを渡してどうする。こっちだ、こっち。
彼は始祖竜の証を受け取ると、呪文のようなものを唱え始めた。するとペンダントがほんのりと発光し始めたではないか。
「うむ、これでよい。エルティナよ、始祖竜カーンテヒルを信じよ。そなたの父は常に見守ってくれている」
「わかりました、グレオノーム様」
彼から返された始祖竜の証を受け取ると身体の中心が熱くなっていくのを感じた。まるで体の奥底にマグマでも急に発生したかのような熱さだ。
「ふきゅん!? 身体が熱い!」
うぉん! 今の俺は白エルフ火力発電所だ! とかいうネタを挟んでいる余裕はなかった。いやもう、身体が熱くて熱くてかなわない。どうなってるんだ!?
そうこうしている内に今度は着ている服が小さくなってゆくではないか。どうなってるんだ!? あ……違う、服が小さくなっているのではなく、俺が大きくなっているんだ。
「うおぉ……身体が成長したぞぉ」
またしても俺は急激に珍成長を遂げてしまったのだった。まただよ。
成長したとは言ってもヒュリティアと同程度の肉体的な成長だ。身長もほぼ同じなので、どチビからの脱出は割と嬉しかったりする。
ただし、ケツと乳もこっそりと自己主張するのはNGだ! 引っ込んでどうぞ!
「グレオノーム様、おっぱいとおケツは小さくできませんか?」
「無理じゃな、そなたの母もその部分は極めて豊かであったゆえ」
「絶望した、極めて絶望した」
悪夢だ、これから戦に赴こうとしているのに、俺だけ戦意がガタガタに落ち込んでしまったのだ。
どうしてこうなった……誰か教えてほしい。さぬきは何も答えてくれない。
「……エル、諦めが肝心よ?」
「ヒーちゃんの優しさが苦しい」
ヒュリティアに慰められた俺は気力が消沈しガクリと膝を突いてしまった。その瞬間だ。
びりっ。
「……あ」
何かが破れる音、それは俺にとって大切な何かだった。というか部分。えらいこっちゃ。
「……阻止」
「「「了解」」」
めこっ。めこっ。めめたぁ。
鈍い音が三つ聞こえた。たぶんそう言うことだろう。
ロフト、スラック、アカネ……安らかに眠れ。
「取り敢えず、野郎共! 出陣だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
もうグダグダになってきたので、何もかも忘れて出陣することにした。ナイスな判断だと思う。
こうして、強力な仲間を加えたネオモモガーディアンズは決戦に向けて、王都フィリミシアを後にしたのだった。