49食目 珍獣天使
「みんなっ!」
俺はドアを勢い良く開け放った。古くなったドアが軋みを上げて俺の乱暴な開け方に抗議をする。
「ヴァァァァァァァ……」
「ヴォォォォォォ……」
だが、その薄暗い部屋には、数体のくっさい方々が突っ立っておられるだけであった。ふぁっきゅん。
そんなくっさい方々が恨めしそうに、俺たちをじ~っと見つめている。見ないでくだしあ。
「ふきゅん……間違いました」
俺はそっとドアを閉めた。ぱたん。
どこだ? どこにいる! やっべ、みつかんねぇ!? どこですか~!? ゴミ箱の中には……?
『ごきごき』
失礼したんだぜ。いませんよねっ!? やだ~ど~こ~?
「落ち着け、後輩」
分かっていても焦ってしまうのが人の常だ。意味のない行動と分かっていても、おこなってしまうのは仕方のないことなのである。
そんな俺の行動を桃先輩が窘めた。
「お前の、耳は飾りか? 落ち着いて耳を使え、神経を張り巡らすんだ。きっと、そこにお前の友人がいるはずだ」
「桃先輩……」
「エルティナ、大丈夫ですよ」
震える俺の肩に、フォクベルトがそっと手を置いた。その温もりに段々と心が落ち着いてゆく。
フォクベルト、ありがとな。凄く落ち着いたんだぜ。
俺は目を閉じ、神経を研ぎ澄ました。あらゆる音を、この大きな耳で拾い上げる。なんでもいい、何か情報を……。
『ぶぅるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……』
何かの野獣の声か? いや違う、この声は! リンダ?
「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
「うわわっ!? どうしたのですか、エルティナ!?」
野獣の声の主が誰だか判明し、俺は思わず噴き出してしまった。
リ……リンダさん、何という勇ましい声を……だが、これで場所が分かった。
「げほげほっ、この上の階だ! フォク、急ごう!」
「分かりました! 急ぎましょう!」
迫り来るくっさい方々はフォクベルトにお任せして先を急ぐ。とにかく一秒でも早く皆と合流しなくては!
◆◆◆ ダナン ◆◆◆
「どこだよ、ここ?」
お宝求め彷徨った末に、俺は奇妙な装置が置いてある場所に辿り着いた。所狭しと並べられる見た事も無い奇怪な装置の数々、それはまるでどこかで見たような光景だ。
ここの連中に話しても理解はしてくれないと思うが。まぁいい。
その部屋の中心にある装置にポツンと置いてあるのは……卵か?
「なんだこりゃ?」
俺はその装置に安置されている、炎の文様が描かれたLLサイズの卵を手に取った。すると途端に全ての装置が機能停止してしまったではないか。いやな予感しかしない。
「うはぁ……嫌な予感! 長居は無用ってかぁ?」
俺が嫌な予感を感じ、その場を離れるとのと同時だった。奥の巨大なカプセルを割り、黒い服に身を包んだ巨大な化け物が姿を見せたのは。
俺は慌てて身を隠す、気付かれていないことを祈りながら。
冗談じゃない、俺ではアレの相手は務まらない。三秒も持たないだろう。
なんとか見つからないように、匍匐前進でこっそりと別の物陰に移動し隠れる。訓練しておいて良かった匍匐前進。まさか親父からこっそり逃走するのに習得したものが役に立つとは。
やがてドアが開き、化け物の気配が消える。十分に時間を取り静かに行動を開始することにした。
「どうなってるんだ? この施設は……」
この施設の存在に疑問を抱いてこそこそと歩いていると足元に資料が床に散乱しているのを発見した。俺は無意識にそれを取りパラパラと目を通すと、そこにはとんでもないことが書き記されていたではないか。
「!? これは不味いぞ! 一大事だ!」
なんということだ、軽はずみでやってきた場所がとんでもない事件が起こっている場所だったなんて。どこぞの小説物語でもあるまいし、俺たちに事件解決能力なんてあるわけがない。
すぐにでも皆と合流して、アルフォンス先生に事の次第を伝えなければ!
慌てた俺は部屋の外に黒服の化け物が出ていったことをすっかりと失念していた。案の定、ヤツは通路でうろうろしていたではないか。
とっとと、どこかへ行ってしまえばよかったのに! そう悪態を吐かざるを得ない。
化け物が獲物を見つけその巨大な拳を振り上げ突撃してきた。もちろん、獲物とは俺のことだ。
やっべ、俺死んだかも。
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
……暖かい。私はとうとう死んでしまったのだろうか? と言う事は……ここは天国?
私はゆっくりと目を開けた。そこには、どういうわけかエルティナがいたではないか。
エルティナは天使様だったのだろうか? うん、特に違和感はない、決定。
「おいぃぃぃぃぃぃっ、しっかりしろぉ! ヒーちゃん!」
エルティナの小さな手から暖かな光が放たれている。それは命の力だと感じることができた。
冷たくなってボロボロになった私の身体を包み込むように、そして労わるかのように、光は私の中に入り込みその力を惜しむことなく解き放ってゆく。
この力は間違いようがない、彼女の〈ヒール〉の輝きだ。私はまだ、生きている……。
「エ、エル……」
「! よかった、間に合った! 本当に、本当によかった……!!」
エルティナは安堵したのか、目からぽろぽろと涙が溢れ出し、遂には私の頬にこぼれ落ちた。
私の体はすっかり元通りになっていった。ゾンビ達に食われた個所も、もう分からない。相も変わらず、彼女の治癒魔法は常識を軽く凌駕する。
「……ありがとう、エル」
「これくらい、ど、どうという事はにゃお!!」
エルティナが私に抱き付いてきた、その温もりが私の生きる力を蘇らせる。私はまだ生きていたい、エルティナとクラスの皆と生きてゆきたい。
「よがっだぁぁぁ! ヒーちゃんが、だずがっで、よがっだぁぁぁぁ!!」
リンダが大泣きして私の回復を喜んでくれた。もし彼女が勇気を振り絞って助けに来てくれなかったら、私はエルティナの到着を待たずして死んでいただろう。彼女は私の命の恩人だ。
「……」
私の肩に優しく、ポンと大きなハサミが置かれた。
彼の名はヤドカリ君、エルティナがそう名付けたシーハウスだ。彼は何故か私達を助けてくれている。彼が助けに来てくれたからこそ、私の今があるのだと思う。
「……皆、ありがとう」
長らく流してなかった感謝の涙。私は皆の優しさに心から感謝した。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「……と言うわけで、俺はSランクヒーラーなのであったんだよもん」
「説明をはしょるんじゃねぇ、エル」
ガンズロックの鋭いツッコミに俺は「ふきゅん」と鳴くハメになった。なかなかやるじゃない。
「詳しく語ると、お偉方が『ぷんすこ』するから詳しくは言えないんだぁ」
「ふん、そうかい……まぁ、いいさぁ」
まったく説明になっていないのだが、これでガンズロックは理解を示してくれた。きっと察してくれたのだろう。流石はパーティーの大黒柱だ、素敵すぐる。
「しかし、エルティナに、このような素質が……いえ、だからこそですか」
「ああ、知られると狙われる。エルの身体能力じゃ、魔法封じられると手も足も出ないだろう? だから秘密にしてるんだとよ」
ライオットは、ガルンドラゴンの件で、俺の事情を既に知っているので落ち着いている。逆に酷く興奮しているのは先ほど大活躍を見せたリンダである。
「しゅ、しゅごいよぉ! エルちゃぁぁぁぁん!! はぁはぁ」
もうその顔は『うわぁ』としか言いようのないものであった。リンダは強大な力と引き換えに、何か大切なものを手放してしまった可能性が否定できない。
ヒュリティアの治療を終えた俺は、続いて皆を治療することにした。殆ど軽傷のようだが小さな傷も放置しておけば取り返しのつかないことになりかねない。特にくっさい方々は動く雑菌のお家だ、〈クリアランス〉でキレイキレイして差し上げなくてはなるまい。
もうSランクヒーラーであることは暴露済みであるので、気にすることなく治療に専念できるというものだ。広範囲治癒魔法〈ワイドヒール〉で纏めて癒してくれるわっ!
竦め、怯えろっ、「ふきゅん、ふきゅん」鳴きながら癒されるがいいっ!
と口には出さずに治療する俺は瀟洒だと思う。
「これは……とてつもない回復力ですね」
「逆に言うと、それしか能がないんですがねぇ?」
フォクベルトはそう感心する様子を見せたが、寧ろ俺は彼のような能力がほしかったということは言うまでもないだろう。
俺はヒーラーではなく、ヒーローに憧れているのだから。
護られているだけというのは心苦しいものである。だが、大切な友達を助けれる、治癒魔法には感謝してるのも確かなことだ。
「これで、全員か?」
状況が落ち着いたところで、低く落ち着いた声が俺の小さな口から発せられた。
当然のことだが、皆は驚きの表情で俺の顔を覗き込んでくる。例外は事情を知っているライオットとフォクベルトだけだ。というか、そんなに見つめられるとはずかちぃ。
俺は小さな手で顔を隠し、皆の視線を『しゃったあうと』した。
「こら、しょうもない事で時間を無駄にするな。それよりも……」
「桃先輩、後はダナンが見つかってない」
ライオットの説明で「ふむ…」と桃先輩は考え込んだ。そんな桃先輩の声をリンダがを気にしているみたいで、事情を知っていそうなフォクベルトを質問攻めにしていた。
「…今のって、エルちゃんが喋ってるの? それとも腹話術? ねえねえ、おしえてよ、知ってるんでしょ?」
「えっと、ですね」
フォクベルトが分かり易く、桃先輩の存在について説明してくれた。皆は驚いていたが「エルだし仕方ないね」と言って納得していた。解せぬ。
その時のことだ、建物が大きく揺れた。何事かと皆が構え揺れに備える。
「な、なんだ、この揺れはっ! かなり大きいぞ!?」
やがて揺れは収まったが俺の大きな耳はこの建物の地下で起こったであろう爆発音をしっかりと拾っていたのである。
「ふきゅん、下の方で爆発音がしたんだぜ。たぶん魔法かな?」
「ダナンか? いや、彼は火属性の攻撃魔法は苦手だったはず」
フォクベルトはダナンの仕業かと仮説を立てたが、ダナンは火属性の攻撃魔法が苦手であることを思い出し、それを否定した。
いずれにしても様子を見に行った方が手っ取り早いという結論に至る。皆は行動派すぐる。
「いずれにしても、何かあった事に変わりはない、残る一人を回収して速やかに脱出だ。だが、ヒュリティア君はまだ動けない。従って、救出部隊と脱出部隊に分けるいいな?」
「戦力的にきつくなるが仕方にぃな。ダナンめ……見つけたらお尻ペンペンの刑だな!」
もちろん刑の執行は、ライオットである。彼にはお手製のバットをプレゼントしなくてはなるまい。
ん? それだとケツバットの刑になるか……まぁ、誤差の範疇だろう。
「脱出部隊はガンズロック、フォクベルトに頼みたい、ヒュリティア君を頼む。脱出が困難場合は無理をしないで安全な場所に一時退避すること、理解できたか?」
桃先輩の指示に頷く、ガンズロックとフォクベルト。
彼らがおこなわなくてはならないことは、正面玄関にたむろするゾンビを強行突破して脱出することにある。二人の戦闘能力と連携であるなら不可能ではないだろう。たぶん、きっと、おそらく。
……大丈夫だよね?
「救出部隊はライオット、リンダ君、そして後輩だ」
頷く俺達。そして、ハサミをパチンパチン鳴らせて、自分も行くぞとアピールするヤドカリ君。彼が男前過ぎて、俺のハートが熱血する。やってやるぜ!
「そうか、君も協力してくれるか。では、よろしく頼む、ヤドカリ君」
ヤドカリ君は「任せろ!」と言わんばかりに雄々しく両手のハサミを上げて意思を示した。
さあ、いくぞ! まってろよ、ダナン! その額に『肉』と書いて差し上げるわっ!