488食目 可能性に挑む者
◆◆◆ デュリーゼ ◆◆◆
『この戦いは我が軍の勝利である。繰り返す、我が軍の勝利である』
離れたこの場所からでも分かるほどの勝どきの声。我らモモガーディアンズは、鬼の軍団の第一波を防ぐことに成功したのである。
これはエルティナの考案が功を奏したと言えよう。兵の質は実を言うところほぼ互角であり、数の差で負ける我が軍は、時間が経てば劣勢に追い込まれてしまうことは明白であった。
彼女が考案した、精鋭部隊の一点突破による敵中枢の破壊。この場合、中枢とは敵司令官がそれに当たる。
この事は本当に言うは容易いが、実際におこなうは至難の業だ。だが、彼女たちはそれを見事にやってみせた。
このことはモモガーディアンズ全体の士気を大いに上昇させる結果となったのである。
『デュリーゼさん、追撃は!?』
『彼らは船に乗り脱出しました、追撃は不要ですね。それよりも殲滅戦に移行します』
『了解なんだぜ。ふきゅん、逃げ足の速い連中だぁ』
とは言っても脱出した鬼たちはそう多くはない、精々三百程度と見ていいだろう。
「ふっ……一時はどうなるかと思いましたが、蓋を開ければ完勝でしたね、ラガル」
「あぁ、これがモモガーディアンズか……すげぇな、姫は」
取り残された鬼たちはモモガーディアンズ総出で退治し、日が暮れる頃には殲滅を終えていた。これにて完全勝利である。
◆ フィーザントの町周辺のベースキャンプ ◆
「お疲れさまでした、見事な活躍でしたよ、皆さん」
「しっかし、姫はやることが大胆だよなぁ……見ていてハラハラするぜ」
「ふきゅん、ラガルさん。その姫っていうのは止めてほしいんだぜ。背中がふっきゅんふっきゅんする」
鬼を退治し終えた我々はフィーザントの町周辺のベースキャンプに帰還し、戦闘の疲れを癒すと共に鬼の襲撃に備えていた。
船で逃げたとはいえ、引き返してくる可能性は無いわけではない。全軍をフィリミシアに引き上げるのは完全に鬼たちが引き上げたことを確認してからでも遅くはないだろう。
今回の戦闘で彼らは大打撃を被った、暫くは攻め込んでくることはないだろうと思われるが、同時に我々が被った損害も少なくはない。
戦死者が二百名を越え、ゴーレムや魔法生物も半数を失っている。これらを補填することが急務であるのだ。
「そっか……そんなに戦死者が出たのか」
「各部隊から少数づつですが、合計するとそのような人数になります。これも戦争ですから、仕方がないもの、と割り切ってください」
「分かってる、俺は死んだ彼らの志を背負い、前へ進んでゆこう」
そう言ってエルティナは目を閉じ黙祷した。戦死した誇り高き戦士達のために、哀悼の祈りを捧げているのだ。その姿はやはり、初代聖女ミリタナスと重なる。
こうして彼女の下に多くの勇士たちが集い共に戦うことも、エルティナがミリタナスと重なる要因と言えよう。
古き伝説……それが今、現実として蘇ろうとしているのだ。
「しかし……彼女はどうしたのですか? この戦いの功労者だというのに」
「死ぬほど疲れているんだ、そっとしてやってくれ」
「はぁ……そうなのですか」
テント内のベッドの上でぐったりしているユウユウ・カサラを哀れみの目で見つめるエルティナ。
ユウユウは時折「ヴァ~」と情けない声を上げて気怠そうな表情を見せている。
そんな彼女を甲斐甲斐しく世話するのは狸獣人のプリエナだ。大きな尻尾をふりふりと揺らしながら、せっせと世話をする姿には癒しの効果があるのか、彼女らを見守る者は一様に優しい表情になっていた。
「これっ、やめなさい、ラガル」
「だって、もふもふ尻尾だぜ? 触るだろ」
それは普通にセクハラだ。性的な成長こそいまだないが彼女も立派な女性なのだから。
私は手を怪し気に開閉するラガルを窘めた。そんなことだから、容姿が幼いままなのだ。
「おいぃ……ラガルさん、それは犯罪だぞぅ。触るならキュウトちゃんの尻尾にしとくんだぁ」
「きゅおん!? それってセクハラ……あ、俺って男だった! で、でも今の俺は女で……あれっ? あれれ?」
キュウトは段々と男としての存在意義を失いつつあるようだ。哀れに感じるが、男と女の能力に差があり過ぎるのが原因だろう。
というか、女性形態の能力が優秀過ぎて男性形態は必要ない。寧ろ、女性の姿の方が自然体に見えるので、わざわざ苦労して男に戻る必要性が皆無だと思うのだが。
「エルティナ、彼女も女性として扱うべきかと」
「ふきゅん、それもそうかぁ」
「うう……素直に喜べない」
そう言っているキュウト嬢ではあるが、頬を赤らめて恥じらっている様子はどう見ても少女のそれだ。その器量の良さも相まって見る者を赤面させる魔性の魅力を備えている。
ここに至り、彼女は『元々女性として生を受けた説』が現実のものとなってきた。やはり、キュウトは何らかの理由で男として生かされてきたのではないだろうか。
「それよりも、この娘に本格的に魔法を仕込んだ方がいいんじゃないのかな、デュリ……デュリンクさん」
「危なかったですね、ラガル。そうですね、キュウトには我々の扱う最上位攻撃魔法を伝授してもいいかもしれません。それだけの魔力とセンスを持っているようですし」
「だよなぁ~、正直、見ただけで『もどき』を使われた時はビックリしたぜ」
それはラガルが援護として、超広範囲の雷属性上級攻撃魔法〈ジャッジメント〉を使用した時のことだ。
この魔法は敵勢力のみに〈アークサンダー〉級の雷を広範囲に降り注がせるものなのだが、その制御が非常に難しく、並みの者では到底扱えない魔法だ。
だが、一撃の威力こそ劣るものの、キュウトは見よう見まねで〈ジャッジメント〉を行使したのである。
その内の一つがシーマ嬢に降り注ぎ黒焦げになったかのように見えたが、次の瞬間には立ち上がり何事もなかったかのように戦い始めたのを見た時は正直驚いた。
だが、剣を片手に全裸で戦場を駆け回るのは淑女としてどうかと思う。
「きゅおん、なんとなく術式が分かったというか、察したというか……理由は分からないんだよなぁ」
「ふきゅん、勘ってヤツかぁ。流石はキュウトだと感心するがどこもおかしくはない」
勘で魔法を理解できるはずがない、魔法はどちらかというと数式に近い性質をもつ。
『術式』という問題に『魔力』という方式を当てはめた答えが『魔法』という結果なのだ。
キュウト嬢がおこなったのはその真逆、『魔法』という答えを『魔力』を使って解明し『術式』という問題に辿り着いた、という極めて難しい行為をやってのけたのだ。
常人の頭脳では不可能に近く、計算処理も到底間に合わないはずである。それをやってのけた彼女には何かしらの秘密があるはず……興味深い人材だ。
「取り敢えずは三日ほど滞在し、鬼が攻め入ってくることがなければフィリミシアに撤収いたします。それまで身体を休ませてください」
「分かったんだぜ、そうと決まれば美味しい晩ご飯を作らざるを得ない!」
「「「ひゃっほー、エルティナ最高ー!!」」」
テント内の少年少女たちのエルティナを称える声が重なった。今晩の料理は期待が持てそうである。私は今回の戦闘結果を纏めるためにフィーザントの町役場へと一人向かうのであった。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
ぐつぐつぐつ……。
大鍋の中で煮え立つ茶褐色のトロリとした液体。そこから立ち昇る得も言えぬ蠱惑的な香り。その液体から恥ずかし気に顔を覗かせるのは、少しばかり大きめにカットした具材たちだ。
「ふっきゅんきゅんきゅん、良い出来だぁ……」
茶褐色の液体をスプーンですくい取り味見をする。味は想像どおりになった、満足である。
これならば、人様に提供しても問題なく喜ばれるだろう。だが、問題は量だ。
「大量に作ったつもりだが……このビーフシチューを一人で一網打尽にする『にゃんこブラックホール』の存在が一番の悩みどころだぁ」
モモガーディアンズ全軍の戦いを労うために、料理ができる者の協力を仰いでビーフシチューを作ったのだが……どうも嫌な予感がする。
『にゃんこブラックホール』こと、ライオットは確かに劇的なパワーアップを遂げていた。だが、進化を遂げたのは戦闘能力だけではない、その恐るべき食欲もまた『無駄』に進化を遂げていたのだ。
「あの~、エルティナ様。流石に、これは作り過ぎなのではないでしょうか?」
料理を手伝ってくれた赤髪の女性冒険者が、アホみたいに作ったビーフシチューを眺めて若干引きつつも、俺にそう意見してきた。その気持ちは痛いほどに理解できる。
「あまい、あまいぞぉ。この程度の量など、あっという間になくなってしまう。諸君らは、その光景を今夜目撃して白目痙攣することになる……きをつけろっ!」
「既にエルティナ様がそのような状態になっておられます」
「ふきゅん、稀によくある」
困惑しつつも出来上がったビーフシチューを運ぶ女性冒険者たち。俺はGDを身に纏わなければ貧弱な珍獣に過ぎないので、大人しくおたまを使用してビーフシチューを皿に注ぐ役目を果たす。
これはチゲが愛用していたライトフェザー鉱石製のおたまである。うん、軽くて丈夫、しかも手に馴染む。
だが、目が涙でぼやける。
「チゲ……」
俺の右腕となったチゲの赤い腕に涙がひと滴こぼれ落ちる。そのしんみりとした雰囲気を容赦なくぶち壊すのは例のヤツだ。
「超大盛でっ!」
「ふきゅん、来たな、問題児」
俺の前には皿ではなく、バケツを持って激烈な笑顔を見せているライオットがいた。知らない者が見ればこの少年がトチ狂っているようにしか見えないだろう。
俺はライオットが差し出すバケツを受け取ると数名の冒険者に手伝ってもらい、大鍋から直接バケツの中にビーフシチューを注ぐ、という荒業に打って出た。外で食べているので多少地面にこぼれても問題ないとの判断からだ。
その光景を見ていた兵士たちは一様になんの冗談だ、と思っている表情であったが、そのバケツを受け取って食事を開始したライオットの様子を見て表情を露骨に引き攣らせた。
バケツに入っていた大量のビーフシチューが、二分ともたずに彼の胃袋の中に納まってしまったからだ。
少しは自重しろ、おバカにゃんこ。
「おかわり!」
「おいぃぃぃ……ちゃんと噛んでるのか?」
「ん? ビーフシチューは飲み物だろ?」
なんという間違った認識だ。ちゃんと噛んでもらえるように大きめに具材を切ったのに、あろうことかコイツはまる飲みをしていたのだ。
きちんと噛んでいれば満腹中枢が刺激されて、これほど食べることはなかろうに。
だが、こいつにそのようなことを教えても、食べ物を目の前にすれば野生に還ってしまい、教えたことを実践することなく、飢えた野獣のように『むしゃぁ!』してしまうのがオチだ。
俺たちにできる事はただ一つ、ライオットが満足するまで食わせる。残念ながら、これに尽きるのだ。
「エ、エルティナ様?」
「みなまで言うな、なんだぜ」
結局は、あのアホみたいに作ったビーフシチューの完食、という事態になった。
少しくらいは残るかと期待していたのだが、ライオットの期待を裏切らない食いっぷりで全滅させられてしまったのである。がっでむ。
桃先輩から話を持ちかけられたのは、せっせと使用済みの食器を洗っている最中のことだった。兵士たちに雑用は我々がやる、といわれたのだがモモガーディアンズは軍であって微妙に軍ではない。
できる事は自分で進んでやることを伝えると、彼らは少し困った表情をしつつも俺の好きなようにさせてくれたのだ。
「ふきゅん、桃先輩、話って?」
「ちゅん」「ちろちろ」「うきっ」
ひと気のない場所にまで移動し、俺は桃先輩の話を聞くことにした。お供にはうずめと炎楽、さぬきだ。雪希はルドルフさんと一緒に食事の最中であるから連れてこなかった。親子の団欒を邪魔するのは野暮というものだろう。
「ユウユウについてだ、この話は他言無用で頼む」
「分かったんだぜ」
現在、桃先輩は特殊な防腐加工を施された果実から話しかけている。GDに組み込むためにカッチコチに硬くなっているのが特徴だ。当然、食べることなどできない。
人がいないことを確認した桃先輩は話を切り出した。
「まず、ユウユウの鬼化についてだが……やはり、茨木童子で間違いないと結論付けた」
「ふきゅん、そうだろうなぁ。あのヒリ付くような威圧感はティアリ城で経験している。十中八九、そうじゃないかと思ったんだぜ」
そもそもが、勝手に茨木童子の角がユウユウに飛んでいってしまい、しかもそれがユウユウに吸収されてしまったのだから疑いようがない。
「どういう経緯で彼女がここに転生、そして覚醒にいたったかは不明だ。だが、幸いなことに彼女はユウユウ・カサラとしての生を重視している、暫くは鬼として活動することはないだろう」
「そっか、そんな気はしていた」
彼女が茨木童子として生きるのなら、既に俺たちはこの世にはいないだろう。それほどまでに茨木童子の能力を行使したユウユウは圧倒的だったのだ。
少なくともカリスクはあの時点でトップクラスの戦闘能力を持っていた。俺が相手にするには手に余る、そう思わせるほどの実力をユウユウ相手に披露したのだから。
「そして、彼女の鬼化の制限時間だ」
「やっぱり制限時間があったのか。途中でユウユウの様子がおかしくなったのも、そのせいなんだな?」
「そのとおりだ。調べてみた結果、彼女の鬼化は『四分』が活動限界だと判明した」
「随分と中途半端な時間だなぁ」
カリスクが突如として現れた黒髪の女に担がれて逃げた際に、ユウユウは彼らに手を向けて能力を行使する仕草を見せたものの、結局は発動せずに彼らを逃す結果となった。
その後、ユウユウはその場に座り込み、酷く怠そうに呻き声を上げだしたのだ。普段の彼女であるなら決して見せない態度である。
頭部に生えていた黄金の角も怠そうに頭の中に引っ込んで行った様子には、俺も少しばかりクスリとしてしまった。
その後のユウユウは相当に怠いのか、プリエナに介護されるさまは本当に『寝たきりの老人』のようであり、クラスの皆は彼女の変わりように驚いている。
うん、これって普通に黒歴史に認定される予感がするのだが……どうなんだろう。
「エルティナ、俺はこの件を上層部には報告しないつもりだ」
「ふきゅん? それはどうしてだ? 茨木童子の復活って、相当なニュースだと思うんだが」
「そうだな……だが、今の桃アカデミーの上層部には外部からの監視が入り込んでいる。表向きは『鬼に対抗するための協力』となっているが、その実は『桃力の解明、及び接収』にある」
「桃力って奪えるのか……って、俺が今その状態か」
「まぁ、そういうことだ。おまえの件で桃力が接収できることが判明したからな」
「でも、一応は鬼を退治するという考えはあるんだよな?」
「一応はな、だが大半の目的は桃力の異常な汎用性の獲得が目的だ。神々は決して極陽の存在ではない、ゆえに桃力をなんとかして我が物にしようと躍起になっている」
「そんなの神様なんだから、桃使いにお願いして協力してもらえばいいじゃないか」
「他者に言えないことをするつもりなのだろう」
「桃力の制裁を受けるハメになるって知らないのか」
神とはいえ、欲の深さは人と大差ないというわけか。なんとも言えない気持ちになる。
確かに欲は生きるために必要な要素だが、食事と同じで求め過ぎると身を滅ぼすことを長い年月、人間を見てきたことで学んでいないのだろうか? 俺にはよく分からない連中だ。
「今のところは桃使いの神と桃先生、桃大佐が彼らを抑え込んでいるが微妙なバランスで均衡が保たれているため、茨木童子復活という大岩を投げ込んで波紋を立たせたくないというのが実情だ」
「ふきゅん、その方が良いと思うんだぜ。俺も黙っておくし、クラスの皆もユウユウ閣下が鬼だったと知っても『そーなのかー』程度の認識だと思うんだぜ」
「そ、それはそれで、どうかと思うが……まぁいい、今に始まったことではないしな」
「桃先輩、わかってるぅ」
「茶化すな、そういうことでユウユウの経過を観察しつつ、茨木童子の能力を完全に制御できる方法を模索してゆくのが得策だと俺たちは判断した」
「寧ろ、それ以外の選択がないんだぜ」
そうだ、ユウユウは俺たちの大切な仲間、そして友人だ。鬼だろうがなんだろうが関係ない。彼女も自身が鬼だと理解した上で、俺たちと共に歩んでゆく道を選んだのだ。鬼と人は共に歩んでゆけるという可能性を示した瞬間であろう。
……だとしたら、何故、鬼と人は争い傷付け合うのか? ユウユウが特殊な鬼であり、人と共存できる突然変異体である、と言ってしまったらそれまでだが。
だが、エリスとハーインは鬼と人間であったにもかかわらず、愛を育て共に歩む決意を持って、敵対する俺たちと戦った。
この例を挙げれば、人と鬼は共に生きてゆける可能性が無いわけではない。
「エルティナ、おまえの考えていることは分かる。かつて、その可能性を信じて『実行』したヤツがいる」
「……木花さんか」
「そうだ、あのバカは『可能性』を信じて『可能性』に殺された。それでもヤツは後悔などしていなかったがな」
「そっか」
鬼と桃使い、陰と陽、相反する力は反発し合うのが定めなのか? だが、陰と陽は一つというのが根幹にあるのではないのか? 俺のつるつるの脳ミソでは情報の処理が追いつかない。
「脳がはち切れそうだぜぇ!」
「いきなり、おまえは何を言っているんだ」
俺の心の叫びを冷静にツッコまれた。ふぁっきゅん。
「でも、俺は木花さんを心から尊敬する。俺も可能性に挑んでみるさ」
「……そうか、では俺もおまえを応援することにしよう」
「ありがとう、桃先輩。よろしくお願いするんだぜ」
満天の星々が地上に向けて優しい光を注ぐ、それはありとあらゆる者に注がれる慈悲の光。善なる者、悪しき者、分け隔てなく注がれる優しき光だ。
宿敵アランもこの慈悲の光を浴びているのだろうか?
ヤツは鬼であり恐怖と破壊の権化のはず……にもかかわらず多くの部下を従え、尚且つ、その者たちから絶大なる信頼を敬愛を獲得してるように思えた。
カリスク、そしてベルカス、ヤツらの行動はまずアランを前提としたものであり、自身はそのついでに楽しむといった感じだ。
自身の欲望を優先するという鬼の規定から逸脱している。
アラン、おまえにも『優しさ』があるというのか? だったら何故、その優しさを上手く使えないんだ。そうすれば、鬼になど墜ちずとも真っ当な道を歩けただろうに。
俺の疑問は満天の星空に吸い込まれていった。答えは返ってこない、星々は黙して静かに微笑むだけだ。
「アラン・ズラクティ……もう一度ヤツと戦えば、この答えは分かるのだろうか?」
「恐らくはな」
「ちゅん」「ちろちろ」「ききっ」
「あっ、そう言えば、食器洗いの途中だった。まだ食器も洗い終わっていないだろうから急いで戻らなくちゃ」
俺たちは星々に見守られながら、皆のいるベースキャンプへと駆け足で帰還したのだった。