486食目 覚醒 ~血と狂気の宴~
『前方に巨大な陰の力を感知、強いな』
「うし、突撃ダァ!」
襲い来る鬼どもを物ともせず突き進む子供たち、その戦闘能力は大人顔負けといっても過言ではない。
エルティナの敗北を機に、少年少女達は己を見つめ直していた。
ある者はその精神的な弱さを、ある者は貧弱なその肉体を、またある者は魔力の増加を試みた。そして、己を鍛え直すためにプライドを捨てて強者に指示を仰ぐ者も。
彼らは間違いなく一皮剥けていた、あの敗北を糧に新たなる進化を遂げていたのだ。それが、破竹の快進撃という結果に繋がっていた。
前方に姿を見せたのは赤髪をリーゼントにした細身の男だ。珍妙な服装をしているが、その全てがアランをリスペクトしているのは明白。ヤツの配下、あるいは熱狂的なファンであろう。
その男は我々を確認すると、いやらしい笑みを浮かべて配下の鬼たちをけし掛けた。だが、既にそれらは相手にはならない。
鬼相手であれば歴戦の兵と呼べる子供たちにとって、もう魔導装甲兵や変種では脅威にならないことは確認済みだ。
「うおっ!? なんだ、てめぇら!!」
「鬼退治軍団、モモガーディアンズだ! 光り差すこの世に汝らヤンキーの住まう場所無し! え~っと……とっとと輪廻の輪に還ってど~ぞ!」
!?
最初の段階の名乗りは完璧であったが、そこはやはりエルティナだ。後半部分はぐだぐだな台詞になってしまった。恐らくは台詞を忘れてしまたので、それっぽい言葉を言って代用としたのだろう。
結果として、その言葉は赤髪リーゼントの怒りを買う結果となった。
「上等だよぉ? アラン軍の『切り込み隊長』、カリスク・ボーゼを相手にやってみろよぉっ!?」
カリスクと名乗った男が強烈な陰の力を解き放つ。これには流石の子供たちも警戒する様子を見せた。
「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その様子を確認したカリスクが腰に収めていた二対の大型ナイフを引き抜き、猛然と襲いかかってきたではないか。
子供たちの戦闘能力を確認したにもかかわらず、この行動……この男は何かが切れているようだ。
意表を突かれた子供たちの数人が切り裂かれたが、そこは対鬼戦を何度も経験した者たちだ、いずれも軽傷であり戦闘を継続するに支障はない。
「あらやだ、元気な鬼ね。ゾクゾクしちゃうわ」
このカリスクの行動に真っ先に反応したのは、GDリベンジャーの大型ランドセルの上で優雅に構えていたユウユウ・カサラであった。
彼女は優雅に跳躍するとカリスクの前にふわりと着地し、彼に対して挑発的な行動を取った。
「うふふ、貴方……とってもいい感じだわ。私と遊んでくださる?」
「あぁ? 何言ってんだ、この糞が……ぶぎゃっ!?」
無論、ユウユウはカリスクの返事を聞く気などまったくなかった。これは彼に対しての一方的な宣告であったのだ。
ユウユウに問答無用で顔面を殴られたカリスクは、もんどり打ちながら地面を転がり、やや離れた場所でようやく停止した。
「が……がはっ!? な、なんだ、てめぇは!!」
「私の名はユウユウ・カサラ。モモガーディアンズいちの『淑女』よ」
ないないないないないないないないないない!!!
どういうわけか、少年少女たちの『心の声』が聞こえてきた。ランドセルの高感度センサーが誤作動しているのだろうか?
気になりつつも少年少女たちを観察すると、いずれも白目痙攣状態であった。無論、エルティナもそれに倣って白目痙攣状態をキープしている。
「ちっ……何が淑女だ、ぺっ」
ふらふらしながらも、しっかりと立ち上がったカリスクを見て、ぬらりと舌なめずりをする彼女の表情は妖艶だった。間違いなく『淑女』とは遥か離れた位置にいると思われる。
「さぁ、楽しい戦闘の始まりよ?」
そう言って、ユウユウはスカートの裾を指で摘まみ上げ、優雅にお辞儀を披露する。
この彼女の一連の行動は敵に対する『死刑宣告』も同然であった。余程、鬱憤が溜まっていたのか、彼女は最初からフルスロットルで戦闘を開始したのである。
カリスクとユウユウの距離はおよそ六メートル、その距離がひと踏みでなくなる。
!?
どういう仕組みかはわからないが、頭上に『!?』の記号を浮かべ驚愕するカリスクが宙に吹っ飛ぶ。だが、カリスクは咄嗟に両腕を交差させて、みぞおちへと正確無比に飛んできた拳を防御したのである。
だが、それでも衝撃はその体を貫いていた。血反吐を撒き散らしながら苦悶の表情を見せる。
そのカリスクに付いて行く『!?』が酷くシュールだ。
「グッド、良いわよ、カリスクさん? クスクスクス」
その行動に呆気に取られていた子供たちが我に返り、即座に自分たちが取るべき行動を迷うことなく選択し始める。当然、彼らが取るべき選択は一つのみ。
「ユウユウ閣下がマジ戦闘をなされるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「なんだっていい! とにかく離れろっ!」
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁっ! に、にげるんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「……まったく、僕たちは周りの鬼を退治するんだ! ユウユウの攻撃範囲には入らないように!」
「流石は『マド』! しっかりしてるぅ!」
「マドといわないでくれ、マフティ」
「わぁ、ゆうゆうちゃん、すっごいよぉ」
「ふきゅん、見せてもらおうか、ユウユウ閣下の本気とやらを」
この少女が本気で戦う、と聞けば歴戦の子供たちすら悲鳴を上げて逃げ出す、これがユウユウ・カサラという存在だ。
その戦いを見届けるのか、エルティナとプリエナはこの場に残った。エルティナの場合、万が一の事を想定しているのだろう。その声が震えていなければ格好が付いたのだが。
プリエナはよく分かっていないだけのようだ。まぁ、彼女はGD〈モモチャージャー〉を身に纏っているので、いてくれるだけで鬼に対しての抑止力になるし、桃力の供給という重要な役割を持っているので、この場に残ることに否定はしない。
そのさまを空中で確認したカリスクは、いよいよ自分の相対している少女がどういった存在であるかを認識したようだ。
地面に叩き付けられるも、しっかりと受け身を取って衝撃を緩和している辺り戦い慣れをしている。そのふざけた外観からは想像もできないが、かなりの手練れだ。
「ぺっ、そうか……てめぇがモモガーディアンズとやらの頭ってぇわけかよ?」
!?
カリスクのこの発言に反応したのは、狸少女プリエナの隣でぷるぷると痙攣しながら虚勢を張っていたエルティナであった。尚、プリエナはまったく震えていないことを伝えておこう。
「おいぃぃぃぃぃぃっ! モモガーディアンズのリーダーは俺だからっ!」
だが、その言葉は彼らには届かなかった。ユウユウとカリスクからはおよそ二十メートルほど離れている、耳の良いエルティナだからこそ、カリスクの呟きが聞き取れたのだ。
現にエルティナの発言にプリエナは『こてん』と首を傾げて不思議がっていた。
「うふふ、嬉しいけど……それは違うわ。私のリーダーは『私よりも強い』のよ?」
「……そうかい」
ユウユウの発言に、カリスクの彼女に対する態度が一変した。姿勢を低くし手に持つ大型ナイフを己の足の甲に添える奇妙な構えを取ったのだ。
彼もいよいよ本気を出してきた、といったところだろう。その表情には油断というものが無くなっていた。
「なら、前座にやられちまったら、おまえの『リーダー』とやらに申し訳ねぇなぁ?」
「あら、気にすることはないわ。私のリーダーは『寛容』だから」
両者が動いた、ユウユウは先ほどと同じく拳を振りかぶっての突進。対してカリスクは……。
「ひょうっ!!」
その姿勢のまま、空中に退避することを選択。だが、そこは身動きが取れない者にとって死地となる。
当然、ユウユウはカリスクの位置を把握しており、追撃の跳躍をおこなっていた。
「ひゃぁぁぁぁぁっはっはっは! かかったな、阿保ぅがっ!! 鬼力特性〈回〉!」
「なっ!?」
カリスクが放った陰の力を受けたユウユウが、突如として空中で一回転したのだ。頭と足の位置が入れ替わり、彼に対して背を向ける形となった。カリスクはそこへ間髪入れずに攻撃を仕掛ける。
「ひゃぁぁぁぁぁっ! 回れ回れぇ! この回転が、恐るべき威力を産むぅ!!」
なんと己に陰の力を放ち、ぐるぐると回転を始めたのだ。やがて姿が捉えられないほどの回転になるとユウユウの無防備な背中目掛けて突撃を開始したではないか。先ほどの姿勢はこの必殺技ためだったのだ。
「必殺〈回殺演舞〉! 俺の鬼力の特性は〈回〉! 全てを回し変化させるぅ!」
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅっ! このっ!!」
ユウユウの背からおびただしい血が噴き出している、相当な威力のようだ。彼女だからこそ、切断されていないと判断した方がいいだろう。
「わぁっ!? ゆうゆうちゃんが、あぶないよぉ!?」
「ふきゅん!? まずい、援護をっ!」
そのまま地面に落下、ユウユウは受け身を取るものの、その衝撃はかなりのものであったようで、すぐに身体を動かすことができないようだ。
「褒めてやるよ、俺に鬼力を使わせるヤツなんて、そうそういないんだからなぁ?」
「あらそう、嬉しいわ」
なんとも呑気な返事であるが、彼女の額には脂汗が滲んでいた。虚勢であることは疑いようがない。
更には、そうしている間にもカリスクのナイフはユウユウの背中にずぶずぶと沈み込んでいる。このままでは心臓にナイフが到達するまで時間の問題になるだろう。
もう猶予はない、戦闘に介入するべきだ。
「桃先輩、もう限界だっ! 武力介入をおこなうっ!」
「あぁ、まさかカリスクがここまでとは……まてっ、エルティナ! この膨大な『陰の力』は……!?」
ここで、もう一つの『陰の力』を感知した。発生源はあろうことか、カリスクと『重なる』。これはつまり……。
バキンっ。バキンっ。
ユウユウがツインテールを纏めていた髪飾りを外した。その物々しい音は髪飾りが壊れた音ではない、現に髪飾りは元の美しい姿を保ったままだ。では、何が壊れたのか?
ユウユウの髪飾りは彼女の両親が、彼女のために作った『リミッター』である。言い返せばその髪飾りはユウユウの能力の『封印』であるのだ。
つまりは……封印が壊れた、と判断するべきだろう。いやな予感が俺を騒ぎ立てる、これは間違いなく焦燥感だ。
「あぁ、嬉しいわ。久々に死闘べる相手が見つかるなんて」
「っ!? な、なんだ、てめぇは!? 人間のガキじゃねぇのかよぉっ!?」
それは恐怖。カリスクはユウユウから飛び退いた。その行動は正しいと言えた。もし、そのまま止めを刺そうとしていたものなら、今頃は塵と化していたのだろうから。
肉眼でも確認できるほどの濃い陰の力、それは一本の巨大な柱となって天を突く。
「うふっ……うふふふふふふふ! あぁぁぁぁぁぁぁぁっはっはっはっは!!」
純白のドレスを己の血で染め上げた少女が狂気に染まる。その身体からはおびただしいほどの陰の力……この波長、俺は……俺たちは知っている!! この嫌な予感は正しく、俺たちに危機を報せていた!
「ふ、ふきゅん!?『鬼の角』が勝手にっ!!」
特殊加工したガラスケースにしまわれた鬼の角が、エルティナの腰に備え付けられたサイドポーチから飛び出した。その様子はまるで『あるべき場所』に還るかのようだ。
「ふふん、半分は『あの子の中』か……今はこれで『十分』ね」
鬼の角を我が子のように抱きしめたのはユウユウ・カサラ。もう疑いようがない、彼女こそは……!
「この身体も、ようやく受け入れの体勢が整ったわ。後は回収するだけ」
鬼の角は闇の粒子へと解け、彼女の魂へと還ってゆく。そして変化が表れた。
メキメキと音を立ててユウユウ・カサラの右頭部から黄金の角が生えてきたではないか。その瞬間、全ての鬼たちが竦みあがった。いや、鬼だけではない、この戦場にいる者全てが竦みあがったのだ。
そんな中、エルティナとプリエナはユウユウの異常な変化に対して平静を保っていた。プリエナはいつものように、状況が分かっているのか分かっていないか判断が付かない。
だが、エルティナは『理解』した上で平静を保っていたのだ。
「ユウユウ閣下……」
果たして、ユウユウ・カサラはどうなってしまうのか? それは俺たちでも計りえないことだった。