483食目 フィーザント防衛網
「さぁ、ここからは私たちの腕の見せ所だ。いいですね?」
「分かっておるわい、腕が鳴るのう」
「ふん、ここで成果を上げて汚名を挽回してやる」
「あれ? 汚名ってすすぐものじゃ……」
一部、心配要素があるが、概ね大丈夫だと思いたい。私たち白エルフの役目は裏方であり、同時に私自身はモモガーディアンズの軍師としてエルティナを支える。
非常に責任重大であるが、私はこの世界を護るためならば、必ずや責務を全うする覚悟を持っていた。何よりもエルティナの好感度を獲得するには絶好のポジションである。他者に譲る気など毛頭ない。
ひとまず、フィリミシアの郊外に作ったベースキャンプ場へと集った戦士達を誘導する。既に噴水広場に収まるような人数ではなくなっていたからだ。
ベースキャンプには大型のテントをいくつか設置してある。魔法で制作したものだが、ちょっとした台風くらいであるならば耐えることが可能なくらいの強度を持たせてある。
尚、このテントは主に女性に使用させるために制作した。やはり女性は人目を気にするものだからだ。
「ふむ……それなりの数が揃いましたか。まだ心許ないですが」
集った戦士たちの人数は総勢六百三十七名、バッハトルテたちが用意したゴーレムと魔法生物を加えても千六百だ。我々はこの戦力で鬼と全面対決しなくてはならない。
まずは纏まりが無いであろう連合軍を上手く運用しなくてはならないだろう。そして維持費の捻出、編成を一時間で終わらせ、後にバッハトルテとバージェスとでモモガーディアンズ全軍をラングステン王国の最南端に位置するフィーザントの町付近へと転移させる。
通常の者であれば無理難題だと思われるが、我らに掛かればこれくらいの事は容易い。
「さて、後はドクター・モモがアレを完成させているかどうかですね」
「ふぇっふぇっふぇ、完成しておるぞい」
良いタイミングだ、ベースキャンプ場に白衣姿のドクター・モモが制作依頼した機器を持って現れた。どうやら間に合ったようである。有言実行してくれるとは、なかなか利用価値のある人物だ。
「なかなかに骨が折れたわい、この世界には足りない機械が多過ぎるでなぁ」
「ご苦労様でした、これで鬼とも戦いやすくなるでしょう」
「うむ、じゃが、ちと大型化し過ぎたのでな、GD搭載する形としたんじゃよ」
「かえって好都合です、前線での運用を考えておりましたので」
私がドクター・モモに制作を依頼していた物は『桃力の収集器具』である。神桃の大樹から放たれる桃力は大樹から離れれば離れるほど拡散して効果が薄いものになってしまうことが判明していた。
つまり、フィリミシアから最も離れた地で戦うことになれば、桃力の恩恵は殆ど受けれない、ということになってしまう。そこで考え付いたのがこの収集機具だ。
桃力はあくまで拡散しているだけなので、機具で掻き集めて凝縮した後に供給する、という形を取ることにしたのだ。
これは建物内での戦闘の際にも言えることなので、桃使いが圧倒的に少ない現段階では必須装置と言えよう。
桃使いであるガルンドラゴンの協力は、彼の所在がつかめないので、結局のところ作戦プランには組み込んではいない。
「数の方はどれほど用意できましたか?」
「ざっと三十と言ったところかのう。現在も制作しておるが今回の出撃には間に合わんじゃろうて」
三十もあればなんとかなる、寧ろ良く間に合わせたものだ。やはりこの男はただ者ではない。
「これがそのGD〈モモチャジャー〉じゃ。上手く使ってやってくれ」
「はい、ご期待に添えて見せますよ。運用データは後ほど」
「ふぇっふぇっふぇ、分かっておるのう」
私たちが部隊の編制を進めているとフィリミシアの町から武装した一団がこちらに向かってきた。その先頭を歩くのは三人の少年少女だ。いずれもラングステン王国では珍しい鎧を身に付けていた。
「どうやら、間に合ったようじゃの、景虎、ざいん」
「はい、咲爛様」
「決起集会には間に合わなかったでござるが……この勇士たちに免じて許してもらえるかと」
彼らはモモガーディアンズの一員、サクラン・オダ、その家臣カゲトラ。そしてエルティナの家臣、ザイン・ヴォルガー。
その後ろに控えるのは精悍な顔つきの武士たちだ。その数二百五十名ほど。いずれも腕に自信がありそうな面構えである。
そんな彼らの登場に、私と部隊編成を話し合っていたエルティナが興奮した面持ちで、慌ただしく彼らの下へと駆けて行った。
家臣のザインを心配する独り言をよく呟いていたので、無事に帰ってきた彼を見て我慢ができなくなったのだろう。ザインは良き主に巡り合ったものだ。
「ふきゅん! おかえり、ザイン! 咲爛と景虎も一緒だったのか?」
「はっ、故郷の伝手を頼って有志を募っておりましたところ、咲爛姫に捕まりましたでござる」
「ほほほ、ざいんの集め方では時間が掛かるのでのぅ、わらわが手伝ってやったのじゃ。さて、えるてぃなよ、ちと少ないが尾張国からは二百五十の兵を出そうぞ!」
「今まで姿が見えないと思ったら……ありがとう、咲爛! 景虎!」
「ほっほっほ、なんの、なんの。出日とて無関係ではいられぬわ」
イズルヒの兵二百五十名の参加は非常にありがたい、彼らは死を恐れぬ勇猛さでその名を世界に知られているのだ。彼らの参戦は大いに士気を上げてくれることだろう。
イズルヒの武士たちの合流から丁度三十分が経過した。部隊の編成も完了し、後はフィーザントへ転移するのみとなった。
「ふきゅん……やっぱりエドは来れなかったか」
「仕方がありませんよ、彼はこの国の王子です。いままで一緒に行動できたのはエルティナが聖女という立場にあり、それを護るという大義名分を掲げていたからこそできたのですから」
モモガーディアンズのメンバーであった、エドワード・ラ・ラングステンは、やはり今回の戦いには不参加という形になった。もう、彼がモモガーディアンズの一員として戦うことはないのかもしれない。
そもそもこの国の跡継ぎが、死に一番近い場所で戦うこと自体が間違っているのだが。
「あぁ、彼は来れないそうだ」
「そっかぁ……って、おまへはまさかぁ!?」
エルティナの傍に立ち、ちゃっかり肩に手を乗せている、このずうずうしい少年はどう見ても、この国の跡継ぎである。
だが、彼はどういうわけか珍妙な白い仮面で素顔を隠していた。変装のつもりなのだろうか? せめて衣服も変えないとバレバレであるにもかかわらず、彼はいつもの赤い衣服を身に纏っていたのである。
「私は『マスク・ド・エド』。エドワード・ラ・ラングステンの古い友人だ」
「そ、そ~なのか~」
これには流石のエルティナも、彼が誰であるかに気が付いているようだ。気遣うような返事が痛々しい。
「城を抜け出せないエドワードの切実な願いを聞き入れ、私が彼に代わって『害悪』からきみを護ろう」
何故、私を見た? 言え。
あろうことかマスク・ド・エドは私の顔を見て『害悪』といったではないか。たまたまであるのであれば許してやらないこともないが、明確な意志を持って言ったのであればお仕置きも辞さない。
「お、エドじゃねぇか。やっぱり、抜け出してきたんだな?」
ここでマスク・ド・エドを目撃した獅子の獣人ライオット少年が、何故か腕に大量のハンバーガーを抱えてやってきた。
確か彼は昼食を済ませていたはずだが……私の見間違いであろうか?
「ち、違う。私はマスク・ド・エドだ!」
「エド、じゃん」
「……」
ここで自分が付けたネーミングが致命的であったことを悟ったようだ。何故、愛称を仮の名に組み込んだのだろうか……これが分からない。所詮は子供といったところだろうか。
「と、とにかく! 私はエドワードではなく、マスク・ド・エドなのだ!」
「あー、わかった、わかった。んじゃ『マド』な」
「……ぐぬぬ」
マドか。ライオットの方がいいセンスをしているようだ。私も彼に習いマスク・ド・エドのことを『マド』と呼んでやるとしよう。
「ふっきゅんきゅんきゅん……まぁ、来てくれて嬉しいよ、マド」
そう言ってエルティナは腹を抱えて大笑いしたのだった。
「では、バッハトルテ、バージェス、よろしく頼みます」
「ほっほっほ、任せておけ」
「連合軍……いや、モモガーディアンズの初陣だ。勝利で収めてくれよ」
「えぇ、約束いたしましょう。では、ラガル」
「わかった、いってくるよ。バッハ爺さん、筋肉兄貴」
私は〈テレパス〉にてモモガーディアンズ全軍に集合を掛け、総員が集まったことを確認したところでバッハトルテに転移魔法の発動を申請する。
「そりゃっ! 行ってこい!」
「筋肉の加護があらんことを!」
間もなくして転移魔法発動の知らせとも言える眩い光に包まれ、私たちは遥か南方にあるフィーザントの町の郊外へと転移を果たした。
後、筋肉の加護などいらん。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
光に包まれて転移した場所は俺の知らない町のすぐ傍であった。思えば俺はラングステン王国で長いこと暮らしているが、フィリミシア以外の町を訊ねたことがあまりない。
訪れたとしても、のんびりと町を散策することができない場合が大半を占めていた。
「ここがフィーザントの町です。それでは町長に会いに行きましょうか」
「分かったんだぜ」
フィーザントの町長に鬼の軍団がやってくることを伝えるため、俺はデュリーゼさんに伴われて町に入った。護衛はルドルフさんとザインのコンビ、それに雪希と炎楽、うずめが同伴する。もちろん、さぬきはいつもの位置でちろちろしていた。
それに加えてリオット兄とルーカス兄が俺の護衛に付く事となったのだ。この有事に際してエティル家は総動員で俺の協力をしてくれることとなったのである。
フィーザントの町はとても自然が豊かであり、且つ町の人工物と良く調和していた。舗装された道路の脇には人を楽しませる綺麗な花々が咲き誇り、そこかしこで人の営みを見つめつつ囀る(さえず)小鳥たちの姿が見て取れる。
本当にのんびりとして良い街だなぁ……と感じた。なんとしても、この町を鬼の魔の手から護らなくては。
暫く歩くと一件のなんの変哲もない家に辿り着いた。ドアには町役場という手製のプレートが掛けられている。なんとも味のある掛け看板だ。
俺たちはノックをした後に町役場へと入り込んだのだった。
「そ、それは本当のことですかっ!? これは大変なことになった……!」
フィーザントの町長、オデロ・マッケインは俺の予想とは異なり、中肉中背の若い男性であった。俺はこの、のんびりとした町の町長はきっとお爺ちゃんだな、と思い込んでいたのである。
年の頃は三十代半ばといったところだろうか? 黒髪に白髪が混じっていないので俺の予想は当たっているものと思われる。
「今も尚、こちらに向けてドロバンス帝国軍が侵攻中です。ただちに避難を開始してください」
「しかし、いきなり避難しろと言われても……それにその情報は本当なのですか? 王国からは、なんの知らせも……」
とデュリーゼさんと問答していた最中のことだ、町役場の職員が慌ててオデロ町長に、王国からの報せを伝えたのである。少しばかり俺たちの行動が早かったようだ。
「どうやら、貴方たちの情報は正しかったようです。疑って申し訳ない」
「いえ、構いません。それよりも早く避難を開始してください。我々も全力で防衛に当たりますが、戦に絶対はありませんので」
「わ、分かりました。ただちに住民の避難を開始させます!」
こうしてフィーザントの住民、千五百名の避難が開始された。避難場所はフィリミシアだ。
フィリミシア城にはミリタナス神聖国の民が寝泊まりしていることから分かるように、難民が寝泊まりできる施設がある。フィリミシア城が無駄に広いのは、このためであるのだ。そこに一時的に避難してもらおうというのである。
尚、フィーザント以外の侵攻上にある村や町の住人は自主的に避難してもらう算段となっている。主な避難場所はエルタニア領となるだろう。
あそこは周りを険しい山脈で囲まれており、〈テレポーター〉無しで辿り着くことはほぼ困難であるからだ。
上空から行こうにも、凶悪な乱気流がハッスルしているため近付くこともできないそうだ。エルタニア領主のフウタが掘ったというトンネルを通ることが唯一、〈テレポーター〉を使用しない方法である。
◆◆◆
フィーザントの住民が〈テレポーター〉でフィリミシアに脱出を開始して三時間。テレポーター設備には長蛇の列ができあがっていた。中には身体が不自由なお年寄りなどがいるので、やはり避難には時間が掛かってしまっている。
モモガーディアンズも避難を手伝っているが、全員が避難を終えるのには今日一日を費やしてしまうと思われた。
「ふきゅん、もう午後五時か……後、半分以上も残っているんだな」
「仕方ありませんね、このテレポーターも旧式の術式で組み上げられているものでしょうから」
デュリーゼさんの言うとおり、この町のテレポーターは非常に古い型の転移魔法陣だったのだ。魔力があり余っていた、かつての俺ならば、ちょちょいとテレポーターを新設して終わりっ! だったのだが、今の俺はクソザコナメクジレベルの魔力しかないため、そのようなイカれたマネはできない。
改めて昔の俺は『俺SUGEEEEE!!』を当たり前のようにやっていたんだなと思うに至り、恥ずかしさのあまり「ふきゅん」と鳴いて白目痙攣した。
「大丈夫です、ドロバンス帝国軍が来る前には避難も完了することでしょう。それよりもこの町を護るために我々も準備を開始しましょう」
「うん、そうだな、デュリンクさん。やっぱり戦場は港……あるいは海上になるのかな?」
「えぇ、そうなります。ですがフィーザントの町は港と町が離れている構造をしているので、その中間地点で防衛網を展開することも可能です。私はこちらを推奨いたしますが」
「中間地点なら地上戦が可能だな……」
モモガーディアンズは地上戦に特化した軍団だった。きっと海での戦いを経験している者は少ないと思われる。であるならデュリーゼさんの提案を断る理由はない。
「よし、中間地点に防衛網を展開しよう。港には足が速くて遠距離攻撃が可能な者を配備するんだ」
「敵への迎撃と誘導役ですね? 分かりました手筈を整えておきます」
こうして、ドロバンス帝国軍を迎え撃つ準備は着々と進んでいった。この初陣はなんとしても勝利しなくてはならない。その緊張感はモモガーディアンズ全体に広まっている。
果たして、俺たちは勝利を掴み取り、フィーザントの町を護ることができるのだろうか?