481食目 皆の知恵を集めて
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
今日は志を共にする同士諸君に集まってもらったのは他でもない、暴挙を繰り返すドロバンス帝国がラングステン王国に侵攻を開始したとの情報を入手したからだ。
ラングステン騎士団は先の戦いで、その戦力の半数以上を失い、最早この国を護ることは困難である。
我々はこのまま帝国によって、愛する国を、町を蹂躙されてもいいのか。答えは否。この国には、この町には、護るべき尊い人々が沢山いる。
国を護る騎士団の再編成には今暫くの時間が必要だ。だが、その時間は既にない。ドロバンス帝国は投降を決して認めはしないだろう。それはミリタナス神聖国が受けた侵略で証明されている。
ではどうするべきか、我々に残された選択は二つ。滅亡を受け入れるか、戦って明日を掴み取るかだ。
これは強者の弁だろう。だが皆さんが知ってのとおり、俺はその能力の全てを失った。敢えて言おう、俺は誰よりも弱者である。
だからこそ、こうして皆さんにお願いにやってきた。愛する国を、町を、人を護るために、どうか力を貸していただきたい。このエルティナ・ランフォーリ・エティルに。
「ふきゅん……こんなものかな?」
ゴーレムギルドの空き部屋にて、俺は演説のための準備を着々と進めていた。何度も試行錯誤を繰り返しながら演説内容を文字に起こし確認する。時間は既に午前十時に差し掛かろうとしていたが、なんとか形になった。これなら時間までに間に合いそうである。
問題は……この量の文章をカンペ無しで言いきらなくてはならない、ということである。
とは言っても多少はアドリブを混ぜて演説してもばれないだろう。というか、寧ろ臨機応変に対応することが求められるので、どれだけ良いアドリブができるかどうかで演説の成否は決まる。
そう考えると、おまたにあったはずのタマタマが「ヒュン」と鳴いた気がした。彼は現在進行形で行方不明であるが。そろそろ帰ってきてくれないだろうか。
「……いつにも増して緊張しているなぁ。よし、ぱぅわー補充だ、カツサンド食っておこう」
言を担ぎ、俺はカツサンドを露店街にて購入しゴーレムギルドへと赴いていた。ここからであればフィリミシア中央公園までは遠くはないし、GD〈リベンジャー〉の整備も頼める。一石二鳥というヤツだ。
俺は口を大きく開き、分厚いカツサンドをがぶりゅと喰らった。気分は闇の枝である。
分厚く切られた肉の厚さは、驚きの二センチメートルだ。それに調味料と衣、そしてパンが組み合わさる。よってカツサンドの厚さは合計で六センチメートルに達していたのである。
サービス精神旺盛なのは良いが、これでは子供は食べ難い。そう考えてしまうが、このカツサンドにはそういった不便さを吹き飛ばしてしまうほどの魔力が秘められていたのである。
その正体は自家製ウスターソースの存在だ。このカツサンドのためだけに、三十年の時を掛けて開発した秘伝のソース、というところまでは判明しているが材料などはまったく分からない。恐るべきバランスのソースであり、コク、酸味、塩分、甘みのバランスが恐ろしいまでの黄金比率になっているのだ。
その魔力たるや、主役のカツをそっちのけでウスターソースだけをペロペロできるほどである。
「はぐはぐ……じゃくじゃく……うぐうぐ……ごくん!」
美味い、揚げたてのブッチョラビのロース肉のカツレツを食パンで挟んだだけでも美味しいというのに、そこに秘伝のウスターソースと、これまた秘伝のマスタードを合わせているものだから加速度的にカツサンドに食らいついてしまう。もう止まらない。
口の周りがソースで汚れようともお構いなしに齧り付く、だがそれがいい。俺は今、何よりもカツサンドを求めているのだから。
当然の事だが口の中がカツレツの油でギトギトになる。それを野菜ジュースで一気に胃に流し込んで綺麗さっぱりさせるのが、このカツサンドの醍醐味だ。野菜の栄養も取れて一石二鳥である。
尚、この野菜ジュースはイシヅカ農園で採れた物とミルクとでミキサーを使い調理したものだ。おいちぃ!
「ぷっは~! ごちそうさまでした!」
桃使いでなくなってしまった俺では、このカツサンド一個が限界である。とは言っても、大人が食べても満足するくらいのボリュームなので、俺はもともと大食らいの素質があるのかもしれない。
「ただいま~。おや、早速やってるねぇ?」
桃色の癖っ毛をなびかせて少しばかり成長したプルルが外から戻ってきた。どこが成長した、とかは詳しく説明しない察してほしい。
「おかえり、プルル。演説内容を文字に起こして確認中なんだぜ、げふぅ」
「あ、『カッツ』のカツサンドを食べてたんだ。あそこは安くて美味しいよね。いつか、また食べたいなぁ」
プルルの言葉から分かるとおり、彼女はまだ『神の肉体』には至ってはいなかった。
桃師匠の話によればもう少しだということなのだが、俺が能力を奪われたせいで現在は桃先生しか食べていない状況だ。
基本的に桃先生の実は大樹の中か天辺に常に実っているので入手可能である。そのため大事には至らなかったのが唯一の救いだった。
彼女が飢えて普通の食材に手を出してしまったら、今までの苦労が水の泡となってしまうからな。
「これが演説内容かい? どれどれ?」
プルルは書き起こした演説内容を手に取り読み始めた。一文を読む度に頷いている。その度に桃色の髪の毛がふわりふわりと揺れて良い香りが漂ってきた。なるほど、今日はバラのシャンプーを使ったようだ。
「うん、内容は大丈夫だと思うよ。でも……」
「でも?」
「少し男っぽ過ぎるかな?『俺』じゃなくて『わたくし』、とかにした方がいいかも」
「ふきゅん、今の俺に女言葉は致命傷になりかねないんだぜ」
そう、治癒魔法が使えない今、吐血しようものなら鬼と戦う前に戦死してしまいかねない。それだけは避けねば。
「ここでしたか、いよいよ決起集会ですね」
「おかえり、フォク。これが演説内容なんだけど、どうかな?」
ぞろぞろと集まってくるクラスの皆、彼らはデュリーゼさんに頼まれてフィリミシアの町を隈なく歩いてきてもらっていたのだ。彼はその理由を教えてはくれなかったが、とても重要なことだと言っていた。
「ふむ……内容自体は問題ないかと。しかし『俺』はいただけませんね。せめて『私』とした方がいいでしょう」
「ふきゅん、やっぱりそうかぁ。ボロが出るくらいなら、と思ったけど『私』でいくかな」
「その方がいいかと思いますよ」
やはりフォクベルトのお墨付きは安心感が違う。俺は彼の指摘を採用して演説内容をより良いものへとしていった。
その様子を見ていたクラスメイト達が興味を持ったのか次々と協力を申し出てきたではないか。
「なんだ、なんだ? 俺も協力してやるよ!」
「皆で協力すれば、きっと凄い演説になるよ!」
「あはは! えんれつれろ? ぜつれろ! あははは!」
次々と書き加えられ修正されてゆく文章。白地部分は姿を消してゆき濃密な黒へと染め上げられてゆく。皆と和気あいあいと一つのことをするのは楽しいことなのだが、いかんせんこの演説は世界の命運を左右するものだ。
できあがった演説文を厳しくチェックしなくてはならない。だが、皆の案を集結して出来上がった演説文だ、早々酷いものにはなるまい。
「ふきゅん、じゃあ試しに演説してみよう」
俺は靴を脱ぎテーブルの上に立ち、クラスの皆を前にして予行演習をおこなった。
「今日は志を共にするおかゆ諸君に集まってもらったのは他でもナッシング! とってもかわゆいリンダちゃん帝国がラングステン王国に御もてなしを開始したとの情報を入手したからだっちゃ!
かつどぅん騎士団は後の戦いで、その儲けの全てを失い、最早この国をモミモミすることはにゃんにゃんである!
我々はこのままユウユウ閣下によって、愛するおっぱいを! おケツを蹂躙されてもいいのか!? 答えはくびれ! この、てけり・りには! このレバニラ定食には、襲うべき尊い女体が沢山いる!
シーマ様を護るならずどもの再編成には、今暫くのカレーライスが必要だ! だが、そのチョコレートパフェは既にない!
爆乳帝国は微乳を決して認めはしない! それはたぬ子神聖国が受けたもふもふで証明されている! ではどうするべきか!?
我々に残された選択は二つ。うんうん先生を受け入れるか、戦ってピーを掴み取るかだ!!
これは大盛の弁当だろう! だがエルちゃんは皆さんが知ってのとおり、その身長の全てを失った!! 敢えて言おう、珍獣は誰よりもチビである!!
だからこそ、こうして皆さんにお礼参りにやってきた! 愛するエドワード様を、ライトアームデビルを、大ジョッキを護るために、どうか力を貸していただきたい! このゲロシャブに!!」
………………。
「おばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! こんなもんを演説して上手くいくわけねぇだるるぉっ!?」
これは酷い、まさかこのような結果になるなんて思いもしなかった。少しばかり修正が必要になるかなぁ……とは思ったが、まさかの全文不採用であったのだ。
そもそもなんだよ!? ゲロシャブに力を貸すとかないだろ!? いい加減にしろっ!!
「う~ん、見事に酷いね」
「適当過ぎますね……エル、やはり元の演説内容で行きましょうか」
「ふきゅん……そうする」
結局はフォクベルトとプルルが指摘した箇所を修正した無難な演説内容になってしまったのだった。ふぁっきゅん。