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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
480/800

480食目 白エルフの賢者たち

 ◆◆◆ デュリーゼ ◆◆◆ 


 神聖歴千六百三年、七月一日早朝。遂にドロバンス帝国がラングステン王国に向けて軍を動かした。私はその様子を特殊魔法〈ウォッチャー〉にて確認したのである。

 兵力はおよそ三千、先鋒隊の司令官はカリスク・ボーゼ。アランに忠誠を誓う『切り込み隊長』を自称する男だ。


 ただちにエティル家に連絡を入れ、今はそこに住んでいるエルティナの下に赴いた。

 直接、転移することも考えたが、流石にそれは失礼だと思いとどまり、人間の礼儀作法を尊重し、屋敷の正面玄関前へと転移した。

 まったく、人間という生き物は面倒なことだ。

 

 そしてメイドに案内されて通された応接間に、エルティナとヤッシュ伯爵、その後継者であるリオットとルーカス兄弟が控えていた。

 エルティナはピンク色の寝巻姿、ヤッシュ伯爵はステテコに腹巻、リオット兄弟に至っては下着姿で堂々とした態度で私を待っていたのだ。


 私の行動があまりにも早かったせいで着替える時間が無かったのか、それとも気にしない性質なのかは不明である。

 だが、その姿はあんまりだとも思った。決して口には出さなかったが。


「朝早くから申し訳ない、火急の報せでしたので」


 気を取り直して私は口を開いた。もう彼らはこうなのだ、と納得し話を進める。


「いえ、お気になさらず。それで火急の知らせとは、やはり……」


 ヤッシュ伯爵の表情が険しくなった。やはり彼も私の来訪で察した様子だった。これできちんと服を着ていればさまになるのだが、ステテコと腹巻の姿ではいかんともしがたい。


「はい、ドロバンス帝国が動きました。兵力は三千、司令官はカリスク・ボーゼという男です。彼は非常に攻撃的な男なので、侵攻上の町や村の住人を非難させた方がいいでしょう」


「海を越えるとなると二日は掛かるな……その間に避難勧告を発令するしかないか。分かりました、その件は私がただちに陛下に伝えましょう。リオット、ルーカス、エルティナを頼む」


「「お任せを、父上」」


 二人の声が重なった。なんとも息の合った兄弟である。


「ふきゅん、遂に動いたか、モモガーディアンズの決起集会をおこなわなくては」


「はい、会場の準備は私がおこないましょう、貴女は演説の準備を進めてください。演説場所はフィリミシア中央公園の噴水広場にしておきます。演説開始は午前十一時としましょう」


「ありがとう、よろしく頼むんだぜ」


 私は演説会場の準備をすべくエティル家を後にした。とは言っても、既に下準備は終えており、後は魔法を起動するだけとなっている。

 この日が来ることは分かっていたので、前もって用意しておいたのだ。






 遂にエルティナが今までおこなってきた努力の結果が問われる日が来た。果たして、どれほどの者たちが集まってくれるのだろうか。

 私も各地に散った同胞たちに声掛けをした。いずれも屈辱を胸に秘め再起の機会を窺っていた者たちだ。


「遂に待ちに待った日が来ようとしている」


「そうですね」


 私の新たなアジト、フィリミシアの神桃の大樹の頂上付近に建てた簡素な小屋の中に、シュートヘアーの若い白エルフが転移してきた。見た感じは少女に見えるが、れっきとした男である。残念。


「久しぶりですね、ラガル」


「あぁ、久しぶりだ、デュリーゼさん」


 少し幼さが残るこの少年の名はラガル。生き残った白エルフの中ではエルティナを除いて最年少である。とは言っても既に齢は六十を超えるが。


 我々白エルフに年齢は関係ない、それは基本的に肉体が老いることがないからだ。老いるのはその精神だ。精神と肉体は密接に繋がっており、精神が老いれば肉体もそれに合わせて見た目を変える。


「ほっほっほ、この醜態を晒し生き永らえた甲斐があったというものよ」


 次に転移してきたのは豊かな髭を蓄えた老人の姿をした白エルフ、バッハトルテだ。

 年齢は私より若いはずなのに精神が老いているのか、その姿も老人のようになってしまっている。

 だが彼は自分の姿が気に入っているようだ。なんでも貫禄があるから、というしょうもない理由だったはず。


「機は熟した、といいたいところだが……あまり兵は集まらなかったようだな」


「えぇ……ですが、それを決めるのは彼女の決起集会が終わってからでもいいでしょう、バージェス」


 生き残った白エルフの一人、バージェスが転移を終えて肩の凝りを解した。

 彼は白エルフの中にあって筋肉をこよなく愛する暑苦しい男だ。白エルフいちの筋肉と自慢するだけあって見事な物だが、いつも上半身裸なのはとても見苦しく耐えがたいので、ただちにやめて欲しいものである。女性であるのなら話は別だが。


「これで全員が揃ったのう。白エルフも随分と少なくなったもんじゃ」


「しょうがねぇよ、バッハ爺さん。たった一匹の鬼に、なんもできずにやられちまった報いさ」


 そう、当時は鬼に対しての知識が無く、なんの対抗手段も見い出せぬまま蹂躙されてしまった。また、生態系の頂点という自負も判断を誤らせ、結果……白エルフ絶滅の危機を招いてしまったのだ。


 生き残った白エルフの男のみ、という絶望の中で数十年が過ぎた頃、突如として現れたのがエルティナという白エルフの少女だ。これが、どれほど我々に希望を与えたことか。

 後は鬼という脅威を取り除きさえすれば、再び白エルフの王国を再興することも不可能ではない。


「それで、あなた方が用意できた兵はいかほどのものですか?」


「魔法生物兵七百、ゴーレムが二百、といったところかのう」


 合計にして千程度、彼らが用意した兵は決して強くはない。だが、その分、維持コストが低燃費であるため運用し易い。使うのであれば囮や防衛の際の捨て石といったところだろうか。


「やはり、というか質が悪いですね」


「しょうがねぇよ、俺たちは頼みごとをするには年を取り過ぎている」


 これもプライドの高さゆえの弊害か……まぁ、これは予想どおりなので特に問題はない。


「それよりも、デュリーゼの用意した兵はどれほどだ?」


「バージェス、私が用意したのは兵ではありません、馬です」


「馬? あぁ、あの試作型の魔法生物のことか。確かに機動力の確保は重要だな」


 私の開発した馬型の魔法生物『マホース』は魔力さえ補充すれば維持できる。それに生産も容易い。だが、その代償として数は三百頭を限度とする『制限』が課せられてしまった。この制限の解除が今後の課題となろう。最低でも千頭はほしいところである。


「遠距離攻撃はわしらの広範囲攻撃魔法でどうにでもなるが……本当に大丈夫なんじゃろうな?」


 バッハトルテが危惧するのも無理はない。あの時のトラウマが、いまだに我らを呪縛するのだ。

 だが、これに関しては既にモモガーディアンズの少年少女達が結果を残してくれているので問題ない。特に狐獣人の少女は有意義なデータを大量に残してくれた。これならば私たち白エルフの本領を発揮できるはずだ。


 ただ、やはり神桃の大樹の加護範囲内であることが絶対の条件となるため、現時点では受け身の戦いが強いられることになる。本土決戦が必要不可欠なのだ。

 それは決して負けることが許されない戦いを延々と続けるという事。長い戦いになる……この未曽有の試練を、彼らは耐え忍ぶことができるだろうか?


「えぇ、これが実証データです」


「ふむ……なるほど、このデータを信用するのであればワシらでも役に立てるというもの。しかし、このキュウトという少女はなんじゃ? 呆れるほどに有能な人材ではないか。将来が楽しみじゃわい」


「まったくだなぁ……あ、俺が育成してやろうか? 攻撃魔法が得意だし」


「ううむ、この子は男にもなれるのか……不思議なものだ。筋肉に興味がないか訊ねてみるか」


 どうやら三人はキュウト・ナイリに興味を持ったらしい。これは良い傾向だ、彼らがキュウトに構っている間に私はエルティナとの関係を深めてゆくとしよう。

 最早、表舞台に立つ私に、陰から彼女を支えるという選択肢はない。彼女の横に並び立ち、支えてゆくということが公の場で許されるのだ。ふはは、勝ったな。


「……」


 ……いけない、いけない。過ぎたる欲望は身を亡ぼす、それを鬼たちを通して私は何度も見てきたではないか。大賢者たるもの己の欲望を抑えられなくてどうする? それにエルティナはまだ幼い、執拗に迫れば周りから『ロリコン』のレッテルを張られかねない。事は慎重に進めなくては。


「ところでラングステン王国は侵攻に対してどうしておる?」


「騎士団の再編成をおこなっておりますが、やはり上手く行ってはいません。この侵攻に対して用意できた騎士は僅か三百程度、しかも練度が低い若い見習い騎士ばかり。更に各地に散らばった兵を掻き集めている最中ですが、到底鬼たちが進行してくるまでに間に合うとは思いません」


「実質、丸裸同然にされちまっているわけか。二ヶ月じゃ、こんなものだろうな」


 ラガルの言うとおりである。寧ろ、あの大打撃を受けて、まだ戦う気力が残っていること自体が称賛に値する。この国の騎士、戦士たちは本当に打たれ強い。


「戦いの要であるGDゴーレムドレス隊も先の戦闘で大打撃を受け、その数を半数以下にまで減らしてしまった。先鋒隊三千を相手にするには、あまりにも戦力が足りな過ぎる」


 ラングステン王国は戦う力を失い過ぎた。最早、僅か三千の兵力に抵抗が困難なほどに。

 だが、希望はいまだ失われてはいない。ラングステン王国が培ってきた精神は困難に直面するほどにその真価を発揮すると見込んでいる。

 何よりも、可能性を秘めた子らが多く育成されているのだ。


「後は彼が決断できるかどうか……いや、王の許可を待たずして、子供たちが立ち上がる方が先か」


 白エルフが蓄えてきた財は全てモモガーディアンズに投資した。そして、エルティナはそれをゴーレムギルドへと惜しみなく提供している。今現在、工場を全稼働させて量産型のGDを製造している真っ最中だ。


「さぁ、そろそろエルティナの真価を見届ける時間です。行きましょうか」


 私は三人の白エルフを従えて、フィリミシア中央公園の噴水広場へと転移をおこなった。

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