48食目 リンダの力
◆◆◆ アルフォンス ◆◆◆
「まったく……あのガキンチョどもめ!」
俺は姿の見えないエルティナたちを探し、海岸を駆け回っていた。そろそろ夕食の準備をする時間なのに彼女を含めた数名の姿が見当たらないのだ。危ない事をしていなければいいのだが。
食事の時間にうるさいエルティナが、時間を過ぎても来ないことに不安を覚えた子供たちが騒ぎ始め出した。内数名は既にパーティーを組んで捜索に出ている。ここの子供たちは行動力があり過ぎて少しばかり頭が痛かった。
「せんせー! でっかい、しーはうすがー!」
甘えたような可愛らしい声で駆け寄ってきたのは狸型の獣人の少女、プリエナ・マックスナンだ。
茶色の癖っ毛のショートカットで狸耳がキュートだ。人間寄りの顔であり、ぷくぷくほっぺに麻呂眉。まん丸とした目には茶色の瞳。エルティナの次に小さい身体をしており、また体と同じくらいの大きな尻尾が印象的だ。
この異常に精神年齢が高い我がクラスで唯一、年相応の精神を持つ少女である。これは間違いなく希少価値だ。うん。俺は嬉しいぞ。
「で、シーハウスがどうしたんだ?」
「きゃんぷじょうにすわって、だれかをまってるの」
プリエナは「せんせーおねがい」と言って俺の手を引っ張りキャンプ場へと誘導した。その連れて行かれた先には件のシーハウスが大人しく座っていたのである。
「はぁ~、本当に大人しく待っているな」
「うん」
そして感じる友情の灯火。俺には一目見て分かった。彼だ。先ほど友情を交わした彼だ。
エルティナが『ヤドカリ君』と名付けた、人懐っこいシーハウスに違いない。
「どうしたんだ?」
俺はヤドカリ君に問いかける。返事が返って来る事は期待していない。だが彼は、こちらの言っている事を理解してる節がある。ならば、それに期待するのは道理であろう。
俺の問いかけに反応しヤドカリ君は立ち上がった。大きなハサミをくいっと振り上げ移動し始める。付いて来い、と言う意味で間違いないだろう。
確信に近い物があった。きっと、彼はエルティナ達の居場所を知っている。
俺はエドワード殿下に事情を話し後を頼む。本来なら護衛対象に留守を任せることなどあってはならないことであるが、この場を任せられる適任者が彼しかいないのだ。聡明な彼はこの要求に快諾してくれた。何よりも行方が知れないのが、この国の聖女であることを彼もまた知っているからだろう。
やれやれ……これで二回目だ。また陛下に小言を聞かされるハメになる。
ヤドカリ君の後を付いて行くと、いかにもといった朽ちた洋館が存在していた。だが、この事実に俺は違和感と戦慄を覚えることになる。
俺の記憶に間違いがなければ、周辺を調査した際にはこのような建物はなかったはずだ。こんなに大きな建物を見逃すはずがない。何故なら、俺は上空から周辺を調査していたのだから。
「バカな……こんな建物なんて、調査時にはなかったぞ」
建物に近付くと違和感を感じた。それは現実であり幻にも似た魔力の波長。それを認識した時、俺はしてやられたと後悔した。
「〈カムフラージュ〉か。それもかなりの練度だ。くそっ!」
『カムフラージュ』光属性特殊魔法。
光を屈折し姿を隠す特殊魔法だ。人あるいは小さな物を隠すのがやっとの発展途上中の魔法なのだが。イカれたことに巨大な建物を隠蔽することに成功していたのだ。こんなことができる者が敵であれば、厄介になることは目に見えていた。
「だが、何故こんな場所を? この建物を隠さなければならない理由でもあるというのか?」
考えても始まらないことは承知しているが、それでも俺は考えてしまう。悪い癖だ。
ヤドカリ君はすでに建物内に突入してしまったようだ。姿が見えない。
考えるのは後回しだ。俺も突入しよう。
「やれやれ……トラブルの女神に愛され過ぎだろ、うちの聖女様は!」
俺は愚痴りながらも正面玄関から突入した。俺は魔法使いではあるが小細工は好きではない。よって正面突破が基本行動である。フウタには直すように言われているが性分なので仕方がない。
場合によってはせこい行動を取るから勘弁してほしいものだ。
突入した玄関ホールにはおびただしい数のゾンビがひしめき合っていた。そのあまりにも酷い腐敗臭に思わず顔を顰める。そして俺は重大な勘違いをしていたことに気付かされた。
「あぁ、エルティナはトラブルの女神に愛されているのではなく、トラブルの女神そのものだったんだなぁ……納得、納得」
まったく、とんでもない教え子を受け持ったものだ。でもまぁ愚痴ってもしょうがない。可愛い教え子たちを迎えに行くとしようじゃないか。
「待ってろ、悪ガキども! 今行くからな!!〈ファイアーボール〉!」
俺は炎の爆弾でゾンビ共を爆破処理しつつ薄暗い通路を駆け抜けた。
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
「……ぐ! まだ、やられない!」
不覚……腕を噛まれた。血が止まらない。でもまだ動く、だから問題はない。
「ヒーの字ぃ! 無理すんじゃねぇっ!! 下がれぇ!!」
ガンズロックはそう言ってくれるが、私より傷だらけなのだ。女だからといって甘えるわけにはゆかない。それにゾンビ以外にも新たな化け物が戦闘に加わってきた。ライオットはその新手と交戦中だ。
「このっ!」
ゾンビではない何か。人の顔に何かが張り付いている。驚異的な力と素早さを兼ね備えた得体のしれない化け物だ。
「ち……鬱陶しい! うおっ! あっぶねぇ!? 掠ったぞ!」
「油断するなぁ! ライ!」
そいつは体中から触手を生やし鞭のように振り回して攻撃してきた。不規則に蠢く触手はいつ攻撃してくるか予想を立てにくい。私では後手に回ってしまう。その動きについて行けるのがライオットしかいないのが現状だ。
格闘主体のライオットには不利な相手だが、ガンズロックと私では対峙すら叶わない。
「……このままじゃ」
ゾンビは減るどころか増える一方だ。なんとかしなければという焦りが私の戦い方を雑にさせていることに気付いた時にはもう遅かった。足元を這いずっていたゾンビに右足首を掴まれバランスを崩してしまったのである。
「……しまっ! あぐっ!?」
太ももに激痛。ゾンビに噛まれてしまったのである。加えて押し倒され無数のゾンビ達が私に覆いかぶさる。
塞がる視界、体中に走る激痛。噛み千切られている、このままでは死んでしまう。抵抗しなければ!
だがこの重さに抵抗できるほど私は力持ちではない。やがて聞こえてくる、ぶちぶちと肉が千切れる音。自身の耳の良さがこんな形で悪影響を及ぼすとは。
自分の身体が原型を保たなくなる最悪の結果を思い浮かべ、まったく力が入らなくなった。最悪だ。
「ヒュリティアッ!! くそ! 邪魔すんな!!」
「チクショウがっ! 邪魔だぁ、おめぇらっ!!」
ダメだ。二人とも私に構わずに逃げて。そう口に出そうとしたが、もうそんな余力もないようだ。
ごめん、皆。あぁ……最後にエルティナに会いたかったな。
「うにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
甲高い声が聞こえたと思うと、私に掛かっていた重みが急になくなった。私に覆いかぶさっていた無数のゾンビが吹き飛ばされたようなのだ。視界が晴れた私が見たのは、大きな椅子をその両の手に握りしめるリンダであった。彼女の二の腕は華奢であり、到底そのような大きな椅子を振り回せるとは思えない。
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
だが次の瞬間、予想だにもしない光景が繰り広げられたのである。
片手で悠々と椅子を持ち上げ粉々になるまでゾンビ達を打ち据える彼女。当然、ゾンビはその攻撃に耐えられるわけもなく、たちまちの内に物言わぬ肉塊へと変貌する。
相手が沈黙すると即座に次の獲物へと標的を定め襲い掛かる。一切の容赦は窺えなかった。やがて椅子は耐久力を越えてしまいバラバラに砕け散ってしまうのだが、彼女はすぐさま次の獲物を手に取っていた。
彼女の次なる獲物はなんと大きなテーブルであった。その大きさはリンダよりも遥かに大きい。
だが、彼女は軽々とテーブルを振り上げゾンビ達を薙ぎ払った。下半身だけを残し上半身を血煙に変えたゾンビ達は暫く痙攣した後に力なく崩れ落ちる。
もはや今の彼女は鬼神といっても差し支えない存在になっていたのだ。そのように変貌してしまった彼女に、私は言いたい。
貴女……魔法使いじゃなかったの?
「ヒーちゃんからぁ! 離れろぉぉぉぉぉっ!!」
リンダの活躍によって私を喰らっていたゾンビ達は全て排除された。どうやら、私はまだ生きていていいようだ。
「リ……リンダぁ! その能力は使わねぇって、言ってただろうがぁ!?」
「ガンちゃん! あのハンマー頂戴!」
リンダの言葉にギョッとする、ガンズロック。普段はそのような表情を決してしない彼だが、この時ばかりはその顔を晒したのである。
「でも、おめぇさんよぉ。ありゃぁ……」
「いいの! 早くっ!! テーブルも壊れちゃった!」
渋々といった顔でガンズロックが〈フリースペース〉から取り出したのは一個の巨大な塊だった。とてもハンマーと言ってもいい物ではない。それはただ大きく、出鱈目な形の石の塊にしか見えなかったのだ。
リンダはそれを手に取り、問答無用で残りのゾンビ達を殴り始めた。血も涙もないとはこのことだろう。最早、ゾンビでは相手にもならない。殺戮劇の始まりであった。
「くそっ、よもやこんな形で『オーガハンマー』が復活しちまうたぁなぁ」
「……オ、オーガ……つぅ!」
痛みが走る。出血も激しい。寒い、血が足りない。意識が朦朧としてきた。
「リンダの不名誉な二つ名さぁ。五歳の時だったか……盗賊に襲われてなぁ。その時、偶然にも運んでいたあの塊でよぉ、盗賊数人を滅多打ちにして殺しちまったんだぁ」
加えて「圧倒的だったぜぇ」と応急処置をしてくれるガンズロックは悲し気な顔を覗かせる。
「そん時にリンダの本当の両親は殺されちまったがなぁ。それ以来、鈍器を持つとトラウマが蘇るのか一切鈍器を手にしなくなっちまったぁ」
「……それで魔法にこだわるようになったの? でも、何故? 私たちの為に? はぁはぁ……」
「無理して喋るんじゃねぇ、ヒーの字よぉ。っと、いけねぇ! 離れるぞぉ!」
少し乱暴に私を担ぎ上げるガンズロック。この痛みで手放しそうになっていた意識を引き留めることに成功したのは不幸中の幸いであった。
「わたしのぉ! ともだちにぃ! 手をぉぉぉ出すなぁぁぁぁぁぁっ!!」
リンダから何か…ドス黒いオーラみたいなのが見える。
血が足りないのかしら…?
「やべぇ、完全にフルパワーになってやがるっ! ライッ! 離れろぉ!!」
「離れろって……うわわっ!?」
異形の怪物と交戦中のライオットが宙に浮いた。いや、誰かに持ち上げられている。そしてそのまま異形の化け物の触手の攻撃範囲外へと退避したのは巨大なヤドカリのモンスターだった。
私は、いや、私たちは彼のことを知っている。知らないはずがない。
「……ヤ、ヤドカリ君!?」
ライオットを掴んだヤドカリ君はリンダに向けて、空いている方のハサミを振り上げた。それを見てリンダは力強くうなずき触手人間に突撃した。
「うおしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
リンダが歪な巨大な塊を振り上げる。その際に空気を切り裂いたのか悲鳴のような音が聞こえてきた。
そして標的に叩き付ける。その速度はありえないほどの速さだ。
触手人間も迎撃しようと触手を巨大な塊に向けるが無意味だった。その圧倒的な質量に貧弱な触手ごときが敵うはずもない。ぐしゃりという嫌な音を立て、続いて流れ出る紅い液体が戦いの終わりを告げていた。その一撃は容赦なく、触手人間を挽肉に変えてしまったのである。
「そこで一生、潰れてなさいっ!」
これがリンダの本当の力。私なんかじゃとても及ばない。
「……う……あぁ……」
「お、おい! しっかりしやがれぇ!」
ガンズロックの声が遠くに聞こえる。もうダメなのかもしれない。ここで私の意識は途切れた……。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「む……こるは!?」
「何か感じ取ったのですか? エルティナ」
その時、俺の頭に電流が走った。
何か嫌な予感。理由は分からない、とにもかくにも嫌な予感としか言いようがない。悪い予感と嫌な予感に定評のある俺がそう感じたのだ。悲しいことに間違いないだろう。
「ふきゅん!」
「あ! 待ってください! 一人では危険です!」
無意識のうちに俺は走り出していた。勘を頼りに走る。その間にもチリチリと背中を焼かれる感じが止まらなかった。これが焦燥感と言うものなのだろうか? それが止まらない。
急げ! なんでもいいから、とにかく急げ!
俺とフォクベルトは暗い通路を疾風のごとく駆け抜けていった。