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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
477/800

477食目 さらば友よ

 ◆◆◆ デュリーゼ ◆◆◆


 光に包まれ転移した先はゼグラクトの町の入り口付近。町での戦闘はなかったはずであるが、町は見る影もなく荒らされていた。もう人が住むには適さないほどにだ。


 町の入り口付近を徘徊しているのは新型の人造鬼たちだ。いずれも共食いをして大幅に強化された個体を増援としてドロバンス帝国から送らせているようである。


 私は特殊な技術で制作した『鬼避けのアミュレット』を持っているので彼らには気付かれてはいない。私が下等な鬼の群れの中にあって襲われないのは、そう言った理由があるからだ。これも長年の研究の賜物であると言えよう。


 私がここに来た理由はただ一つ、アランとの決別を彼本人に直接伝えるためだ。それは私なりの彼に対する誠意でもあるし、そして自分の気持ちに区切りをつけるためでもある。


「なるほど、彼らしい趣味ですね」


 アランのいる場所は嫌でも判別できた。エルティナから奪った強大な魔力を隠すことなく放っているからである。


 そこはゼグラクトの中枢とも言えるゼグラクト軍司令部の基地であった。ただ、以前の面影は見られない。アランの趣味とも言える飾りつけでゴテゴテしており、なんとも奇妙……よく言えば個性的な外見へと様変わりしていた。

 だが意外にも、彼のこの趣味に共感する者も少なくないことは驚きである。


 私は何の躊躇もなく建物内へと入り込んだ。内部はそれほど手を加えられた様子はない。一部、壁が破壊されているが移動に不便だと考えた何者かが破壊したのだろうと推測する。

 やがて私は大きな扉の前に辿り着いた。この中に間違いなく彼は居る。


「どうした、遠慮せずに入れよ」


 部屋の中からアランの声が聞こえた。どうやら、私の気配に感付いたようだ。

 私としたことが、どうやら中に入るのを戸惑っていたようだ。自分では自覚できないほどに。


 自分を皮肉って部屋の中に入ると、そこには王座とも認識できるほど巨大な椅子に腰掛け俯いているアラン・ズラクティが居た。

 彼は私が部屋に入りドアを閉める音を確認した後に顔を上げた。


「……なんて顔をしているのですか?」


 彼は一目見て分かるほどに衰弱していた。頬はこけ落ち顔色も悪い。だが、その眼だけはギラギラと強い輝きを見せていたのである。


「はん……やっぱり、そんな顔になっちまっていたか?」


「えぇ」


 それから暫しの沈黙の時が訪れた。分かっていたことだ、だが私から口を開くことはない。彼の言葉を待つ。


「……ここに、おまえが来たってことは本気なんだな?」


「はい」


 何が本気とは聞かなかった。彼は分かっている、私の目的がなんであるかを。当然だ、それを彼に教えたのは他ならぬ私自身なのだから。


「いつか、この時が来るのは分かっていた」


「そうですね」


 再び沈黙の時。彼と初めて出会った時のことが走馬灯のように思い浮かんでくる。

 初めは使い捨ての手駒が欲しかっただけだった。チンピラでもなんでもいい、ある程度指示を理解し行動できれば猿でも良いとすら考えていた。


 そんな折にアランを見つけたのだ。出会いは本当にただの偶然、特殊魔法〈ウォッチャー〉で適当に手駒を捜索していた時、任務の失敗で処分されかけていた彼を発見した。


 一目見て、私は彼を手駒にしようと決断した。能力云々はどうとでもなる、私が気に入ったのはその眼だ。

 全てに抗わんとする反抗的なその眼。当時、復讐に狂っていた私は共通の仲間を発見したかのような感覚に陥ったのだ。

 事実、私が介入しなければ刺し違ってでも雇い主であるグラシを殺害していたであろう。


 私は彼とその姉弟を招き入れ、タイガーベアーに会わせて私の手駒にすることを伝えた。

 と言ってもタイガーベアー本人はこの地より離れ、遥か遠い世界へと赴いていた。なので、アランが会っていたのは彼の幻影だ。


 タイガーベアーはアランを見るなりニヤリとほくそ笑み、鬼の種をアランに植えるように私に指示した。ここでタイガーベアーに異を唱えるのは得策ではない、と判断した私は彼に鬼の種を手渡し、こうも伝えた。

『これを受け入れれば後戻りは決してできない』と。


 対してアランはこう言った。

『何を今更、後戻りしたら俺は幸せを手にすることができるのか?』と。


 そして彼は鬼の種を受け入れ鬼と化した。種を受け入れてすぐに発芽したのは彼が初めての事だ。その様子を見てタイガーベアーも大層に満足していた。


「何度も助けられた」


「えぇ、貴方は弱かった」


 アランは鬼と化したが、その能力は極めて脆弱。腕の立つ冒険者に敗北して瀕死になることなどざらであった。

 鬼の特性である陰の力をまともにはなてず、理不尽とも言える防御特性を発揮できなかったのである。結果、私は彼を何度も救出し再生カプセルにて治療を施してきた。


 だが、彼は治療し回復する度に強くなっていった。そして学習していった。強者には狡猾に罠を張り巡らせ弱らせてから仕留める、ということを実践するようになったのだ。チンピラを卒業した、といえようか。


 それからは、ある程度の重要な任務を遂行させるようになっていった。これはタイガーベアーの意向も大きい。どうやら、タイガーベアーはアランが気に入った様子だったのだ。


 アランはタイガーベアーの期待に応えようと無茶な行動を取り瀕死になることが多かった。その度に私は出向いて彼を救出し治療を施す。こんな日々が十年ほど続いた。


「あの頃はよく死にかけていたっけなぁ……今も大して変わらねぇが」


「そのようですね」


 やはり、エルティナの強大な能力を奪った彼は体調を崩しているようだ。無理もない。

 理由としては常識を逸した魔力の量ではなく、彼女の能力を奪う際に一緒に付いてきてしまった『陽の力』……すなわち『桃力』が原因と思われる。


 鬼にとって陽の力である桃力は有害なものに他ならない。特にエルティナの桃力は強力であり、アランにとっては超猛毒となんら変わりないはずだ。

 人間や人造の鬼から能力を奪うのとは違う、桃使いから能力を奪うということは鬼にとって生きるか死ぬかの大博打だ。

 彼はそれを、あの瀕死の状態でおこなったのだ。そのおこないが、どれほどの覚悟を必要としたことか。


「でも、強くなりました……貴方は」


「そうか、そうだと思いてぇな」


 その言葉のやり取りを最後に私は彼に背を向けた。アランに攻撃されればひとたまりもないが、もしされたとしても、それが運命だったと私は納得することだろう。


「……いくのか?」


「えぇ」


「今ならまだ間に合う」


「遅かれ早かれ、別れの時はやってきます。それが多少早まっただけのこと」


「そうかよ」


 私はドアノブに手を掛けた。もう、彼とこうして話を交わす機会は訪れないと予感させながら、ドアノブを回す。


「七月だ」


「……」


「俺は七月にラングステン王国に攻め入る」


 私はドアを開いた。通路から流れ込む風が汗で濡れる額に荒々しく衝突する。恐らく、彼の言葉は正しく実行されるだろう。

 やはり、アランは甘い男だ。敵に回る裏切者を始末するどころか情報を与える始末。


 だが、私はそんな彼が好ましくあった。少しばかりぬけており、お人好しとも言える性格。敵と認識した者に対しては残虐極まりない行動を取るが、身内……特に心を許した者に対しては極めて寛容な態度を取る、それがアラン・ズラクティという男だった。


 だが裏を返せば、これは私がまだ彼にとって友である証拠。私は彼と袂を分かちに来たのだ。


「アラン、敵に情報を与えてはいけないと教えたはずですよ」


「……そうだったな」


 私は部屋の外に出た。そして彼に対して最後となる言葉を贈る。


「貴方と過ごした日々は悪くないものでした。さようなら……我が友よ。次に会う時は、敵としてでしょう」


 返事はない、でも……それでよかった。私は決意が鈍らぬ内に部屋を後にした。



 ◆◆◆ アラン ◆◆◆


「我が友……か」


 デュリンクのヤツと決別した俺は天井を仰ぎ見た。染みと埃だらけの小汚い天井だ。まるで俺のようにな。


 エルティナの能力を取り込んだ俺は確かに強大な力を手に入れた。その代償が体内を焼くかのごとき熱だ。俺の陰の力とエルティナの陽の力が反発し合っていやがるために起こる現象。

 取り込んだ直後は何の問題もなかった、問題が起こったのは戦場を焼き尽くした直後のことだ。


 俺は大量の血反吐をぶちまけて膝を突いた。最初は何が起こっているのか分からなかったが、とにかくやばい状況になったのは確かだと認識した俺は、マジェクトにすぐさま連絡を入れて回収してほしいと頼んだ。

 すると、弟はすぐさまやってきた。流石は俺の弟だ。


 マジェクトの鬼仙術〈闇渡り〉は仲間内では群を抜いて性能が高い。どんな遠くにいようとも一瞬の内に転移可能という反則じみた能力を持っているのだ。

 以前、〈闇渡り〉を戦術に組み込んでみてはどうかと提案したが、どうやら発動までに少し時間が掛かることと、連続使用ができないとのことで断念しているようだ。


 マジェクトに担ぎ込まれた先が、このゼグラクト軍司令部だ。内部は既にひと気がなかったことから完全に放棄されたのだろう。このことは俺にとって好都合だった、もう我慢の限界だったからだ。


 マジェクトに適当な部屋に入るように伝え、応接室と思わしき部屋に連れて行かれた。その部屋の中で俺は大量の血反吐と共にあるものを吐き出したのだ。


『あ、兄貴……これは!?』


『ぜぇぜぇ……エルティナの……能力の結晶さ……ごふっ』


 俺の体内から飛び出してきたのはピンク色の輝きを放つ小さな宝玉だった。大きさにして飴玉サイズと言えようか。こんな小さな宝玉が俺の体内を焼いていたのだ。


 俺はこの宝玉を杖の先に埋め込みイミテーションの宝玉を被せて、その有り余る力の流出を防ぐことを考えた。まぁ、実際にそれを作ったのはマジェクトなのだが。


 マジェクトは四苦八苦しながらも俺の期待どおりの杖を仕上げてくれた。手渡された杖を手にすると俺はエルティナの能力を行使することができたのだ。


 だが、マジェクトが杖を持って能力を振るおうとしても何の変化もなかった。つまりは俺のみが、この杖を持つことを許された存在なのだという証だろう。


 そして、危惧していた桃力による浸食もある程度抑えられた。これならば戦闘が長引かない限り問題はないはずだ。


 だが俺の体内に残留するエルティナの桃力はいまだに俺を蝕んでいる。こればかりは時間を掛けて慣らしてゆくしかない。

 徐々ではあるが陰の力が陽の力を中和していっているのが分かる。それは血反吐を吐き出す回数が減ってきているからだ。

 つまり回復のための陰の力を急いで蓄える必要が無くなってきたのである。


 そんな折にデュリンクの離反が起こった。いつかは行動に移すとは予感していたが、やはり俺がエルティナに接触し戦闘に至ったのが切っ掛けと見ていいだろう。


 ヤツとは長い付き合いだった。エリスとマジェクトを抜かせば、最も長い月日を共に過ごしてきた。俺はデュリンクを友だと思っていたのだ。


 当然、仕事以外にも話を交わす機会が何度もあり、時には酒を酌み交わすということもあった。

 俺にとって、デュリンクは鬼に変じた後でも変わらずに接してくれる貴重な存在だったのだ。


「力を手に入れても、護りたいものは失われ、友と思っていたヤツは去って行く。ままならねぇなぁ」


 どんなに力を手に入れても、俺は理不尽ってヤツに大切なものをどんどん奪われてゆく。それは人であった頃も、鬼となった今でも変わることはなかった。


 変えたかった、変わりたかった、これは少しずつ変わり始めた矢先の出来事。


「あばよ……ダチ公。俺はそれでも……おまえを友と思い続ける」


 俺以外は誰もいない部屋の中、独りデュリンクに別れを告げたのだった。

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