476食目 誓いの咆哮 ~エルティナの決意~
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
彼女は沈みゆく太陽に向かって叫んだ。いや、それは最早、叫びとは言えない。そう、言うなれば……。
「咆哮」
「シグルド……」
「そう、あれは咆哮だ……誓いの咆哮だ」
シグルドは静かに目を開きエルちゃんを見据えた。その目は驚くほど優しく、そして……悲し気だった。
私には彼の想いは分からない。どうして執拗にエルちゃんとの勝負を付けたがるのかも。でも、これだけは分かる。
彼とエルちゃんは『似ている』と。
それは姿形ではない、そして性格でも。確かに、そう感じ得てしまう何かが二人にはあったのだ。
シグルドは腰を上げ空を見上げた。日は完全に暮れ、空に輝く星の光が大地を優しく照らしている。
ふわりと優しい風が私の頬を撫でた。それは彼が空へと駆けあがった名残だ。
「いくのか、シグルド」
「うむ、最早、我がここにいる理由はない。獅子の少年よ、次に会う時は恐らく戦場になる」
「あぁ、分かった」
「……さらばだ。心強き子らよ」
彼は黄金の軌跡を残し、彼に負けないほど輝く星空の彼方へと飛び去っていった。その姿を美しいと感じたのは、きっと私だけではないはずだ。
畏怖の象徴である黄金の鱗を纏いし怒竜を、美しいと思えるほど私たちは成長したのだと思うべきか、それとも先の戦争で恐怖心が壊れてしまったと考えるべきか。悩むところだ。
「リンダ、行くぞ。エルを迎えに行こう」
「えっ? でも皆がまだ……」
「何言ってんだよ? 後ろ後ろ」
ライオットに指摘されて後ろを振り向けば、そこにはクラスの皆の姿があったのだ。中にはまだ療養しなければならないガンちゃんやガイリンクード君の姿もある。それだけ、エルちゃんのことが心配だったのだろう。
「えへへ……これで皆揃ったね、行こっか? エルちゃんの下へ」
全員が揃った私たちは、叫び終えて空に浮かぶ月を眺めるエルちゃんの下へと向かったのだった。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
絶望に押し潰された俺は無意識の内に崖の先に踏み出そうとして何者かに肩を掴まれた。
そんなはずはない、ここには俺しかいないのだ。でも、確かに俺は肩を掴まれ踏み留めさせられた。
いったい誰だろうと振り向けば、そこにはチゲとクラークの姿。
そんなはずはない、二人はもうこの世にはいないのだ。今見えているのは、俺の作り出した都合の良い幻影、幻の二人。俺の生きたいという欲が生み出した抑止力。
もう、俺には二人に応えられる力も気力もないんだ。お願いだから許してくれ。
だが、肩に込められる力は先ほどよりも強くなっている、そんな気がしたのだ。首を振るチゲとクラークの幻。これは俺の都合の良い幻のはず、何故……俺の邪魔をするのだろうか。
カシャン。
俺の足下に転がった首飾り。始祖竜の証、俺がカーンテヒル様にいただいた大切な……大切な……。
始祖竜の証を手に取る。かつては輝きを放っていた三つの宝石はダミーの宝石同様に輝きを失っていた。それは俺の魂から初代、ヤドカリ君、いもいも坊やの魂が抜き取られてしまったからだろう。
「……みんな」
彼らは俺を待っていてくれているのだろうか? こんな俺を信じて、こんなにも情けない俺を。
……そうだ、そうだとも。きっと待っている、俺が迎えに来るのを待っている! こんなところで、燻ぶっている暇などなかったんだ!
失われていた熱が蘇ってくる、失われていた勇気が湧きあがってくる、努力を怠るまいという向上心が俺に生きる力を与える。愛を取り戻せと、心が轟き叫んでいる!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
聞けっ! 沈みゆく太陽よ! 聖女エルティナは死んだ! もういない!!
そうだ、かつての俺はあの時に死んだ。チゲとクラークと共に。なんの覚悟もできていなかったがために、多くのものを失い地獄を見た。俺はもう死んだのだ。だとしたら、今更何を恐れることがあろうか? 何を遠慮することがあろうか?
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
怠惰に耽っている時間はもう過ぎた、立ち上がれ! その足に力を籠めて大地を踏みしめろ!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
太陽は沈み月が夜空に昇った。俺は誓う、もう決して諦めることはないと、あの月に向かい叫んだ。
それは咆哮……そう、これは『誓いの咆哮』だ。
必ず取り戻す、俺の大切な家族を。掛け替えのない平穏な日々を日常を。
肩にかかっていた力が消えていることに気付き振り向けば、そこにはクラスの皆の姿。
そうだ、確かに俺は能力を失った。でも俺にはこんなにも俺を想ってくれる仲間が沢山いてくれるではないか。恐れることはない、彼らにお願いしよう。
俺に力を貸してほしいと。
◆◆◆
次の日から俺は行動に移った。パパンやママンたちの反対を押し切って、俺は少しでも力を蓄えるべく町中を奔走したのである。
まず、桃師匠に稽古をつけてもらう。ただし、時間はそう残されていないので実戦的な稽古となる。
これがなかなかに死ねる。常に白目痙攣状態をキープするのは生まれて初めての経験となった。
次はデュリーゼさんに魔法をみっちりと仕込んでもらう。俺の憶えている魔法は全て奪われてしまったので一から憶え直しとなったのだ。
彼の教えはかなり厳しい、流石は大賢者というだけあって有用な魔法を数多く教わった。それにどうやら俺が抱えていた魔法の暴走が失われているようで、真っ直ぐ飛んでいった〈ファイアーボール〉を見て感動したものである。
そして、ゴーレムギルド。ここには俺の失われた能力を補完すべく訪れた。ずばり、俺専用のGDを作ってもらうためである。それとは別にもう一点、依頼することがあるのだ。
「死ぬほど痛いぞ? それでもいいんじゃな?」
「あぁ、頼む。やってくれ、ドクター・モモ」
手術が始まった。失われた俺の右腕を蘇らせるのである。その素材に使った物……それはチゲの右腕だ。
人とゴーレムを繋げる初の試み、それは試練となった。ゴーレムの配線と人の神経を繋げるという無茶を麻酔なしでおこなわなければならなかったのだ。
医療魔法〈ペインブロック〉は神経の接続に支障をきたすために使用は不可であると告げられ、麻酔もまた使用不可であることを告げられた。
だが、そんなことで諦めるような俺ではないことを告げ、手術を断行する。そして手術は始まった。
メスで塞がった傷口を切り開き神経をチゲの配線に繋げてゆくという、ある意味狂気とも言えるおこない。そして、その代償に襲い掛かる度し難い痛み。
俺は口にタオルを咥え呻き声を出しながらも耐えた。ここで挫折してしまっては何も始まりはしない、何よりも俺の決意がそれを許さなかった。
そして、手術から三時間後。俺は手術の完了と同時に気を失ってしまった。
目が覚めたのは、次の日の朝方だった。ゴーレムギルドの仮眠室にて寝かされていた俺は右腕の肘から先に違和感を覚える。
「……チゲ、俺に力を貸してくれ」
それは俺の新たな右腕。真っ赤なゴーレムの右腕が自分の意思で動くようになっていたのだ。力強く握り込む、それが無意識でおこなえた。流石はドクター・モモとドゥカンさんの技術だ。
痛みはそれほど感じなかった。よく見ると治癒魔法を施された痕跡がある。つまりは完全に俺の肉体の一部である、と俺の身体がチゲの右腕を受け入れた証であった。
「ふぁっふぁっふぁ、目が覚めたようじゃな。どうじゃ? その右腕は」
「あぁ、良い感じだ。ありがとう、ドクター・モモ、ドゥカンさん」
「礼を言うならチゲにじゃな、その子の意思が右腕に宿っているかのように、おまえさんの腕を迎え入れた。同様におまえさんもな」
「そっか……」
俺はチゲの右腕を撫で『これからよろしく』と感謝の気持ちを込めた。文字通り、これから俺の右腕として働いてもらうのである。
「さて、おまえさんのGDを作るぞい。おまえさんはちっこいから完全に一から作らんといかん」
「よろしくお願いするんだぜ」
俺は稽古をつけてもらっている時間以外はゴーレムギルドに殆どいた。俺の要望を詳しくドクター・モモとドゥカンさんに伝えるためである。
このGDは俺にとって要とも言える装備だ。妥協することなど考えられない。
それから暫しの時が流れた。季節は初夏、六月一日のことだ。遂に俺専用のGDが完成を見たのである。
「やはり、GDラングスの基礎データがあると完成も早いわい。何よりも、おまえさんの案でかなりピーキーな機体に仕上がったから満足じゃて、ふぁっふぁっふぁ。さぁ、これが、おまえさんのGD……その名も〈リベンジャー〉じゃ」
そこには燃えるような真っ赤なGDがハンガーに安置されていた。配色はチゲの右腕に合わせて真紅。装甲部分は申し訳程度。
これは俺が機動性を重視し、出来うる限り機体の重量を軽くしようとした結果である。
これでムチムチボインなお姉さんが着込めば『やった、大勝利!』とでもなろうが、残念ながら着るのはつるぺったんな俺である。
背中のランドセルに乗り込むのは、もちろん俺のホビーゴーレムであるムセルだ。彼にはこれからの戦闘の際の重要なパートナーとなってもらう。
そして、もう一ヶ所……ランドセルに増設されているサブコクピットには防腐加工された桃先輩が搭乗する。
少しばかり大型化したランドセルは、その分大型のブースターと燃料タンクが設置されており、GDラングスと比べて倍近くの推進力と桃力の貯蔵を得るに至っている。
ただし、装甲を削っている分リベンジャーは脆弱であるので、その分をテクニックでカバーしなくてはならない。この辺はもっとも重要な課題となろう。
また、足にはローラーダッシュが組み込まれており地上での走破性は非常に高くなっている。これもムセルがパートナーだからこそ組み込めたギミックだ。
武器はヘビィマシンガン。そして、左腕にパイルバンカーを固定装備している。これらはランドセルに貯蔵されている桃力を使用して放たれるので鬼に対して効果抜群だ。
尚、桃力は桃先生の大樹から常に放たれているので、それをランドセル内のタンクに貯蓄している。
特徴的なのが上下に可動する頭部バイザーだ。そこにはムセルのように三つのスコープが設置されており用途に応じて使用することが可能だ。
一つは狙撃用の拡大スコープ、熱を感知するサーモグラフィー、そして陰の力を可視化させるスコープだ。特に最後に説明したスコープは鬼との戦いにおいて重要なものになることだろう。
なお、赤外線機能はオミットした。俺自身、種族特製で暗い場所でもしっかりと物を捕らえることができるからだ。どうせ俺以外にはリベンジャーを使わせる予定はないので、これでいいのである。
そして超重要なのが『頭部バルカン砲』である。これは外すことができない男のロマンなのだ。俺は是非とも言いたかったのである。『ぶぁるぅかんっ!!』と。
まぁ、実弾ではなく桃力を打ち出す装備に変更されているが多少の誤差には目を瞑るしかない。そもそも実弾なんか撃ち出そうものなら鼓膜が破れる上に反動で首の骨を折りかねないからな。
俺はさっそくGD〈リベンジャー〉を身に纏う。以前のように無駄にあり過ぎる魔力のせいで暴走することもない。
一瞬にして身体に装着されるGDリベンジャー。その真紅の姿はまさに復讐者に相応しい風貌だ。ううむ、ここは『赤いまふりゃ~』を装備して更に迫力を増すべきか……悩むところだ。
姿的には申し訳程度のビキニアーマーを着込んだ少女、ということになるのだろうか。マフラーを身に付ければ、どこぞのゲームの暗殺者かスナイパーに見えないこともない。
「よし、それでは早速動作テストをおこなうぞい。プルルのGDデュランダもアップデートしたから一緒にテストをおこなうとしよう」
こうして俺はGDを初体験することになった。プルルも一緒ということで心強い。彼女も初体験は戸惑った姿を見せたので、ここで俺がドジを見せても笑わないで共感してくれるはず。
もし笑われたら、俺は「ふきゅん」と鳴いて隅っこでいじける。
「まずは自由に動き回っていいぞい」
「そんな適当でいいのか?」
「いいんじゃよ、どこに問題があるか分からんから、色々と試してもらいたいんじゃ」
そう言われた俺はなんの考えもなしに行動を開始させた。まずはローラーダッシュからだ。
前々から体験してみたいと思っていたローラーダッシュが実現するとあって、俺は少なからずとも興奮していたのである。
制御はムセルがやってくれるはずだ。スッ転んで痛い目に遭うことはない……はず。
俺はローラーダッシュを起動させて前進を試みた。なんと頭で起動と考えた瞬間にローラーダッシュが起動したのである。これはかなりの感度だ、気を付けて行動を起こさないと大惨事になりかねない。
「おぉ……これは凄いぞぉ!」
俺は地面を滑走した。なんという速度、そして滑らかな動きだろうか。これがムセルが体験していた動き、そして景色なのか。
凄まじい速度で流れてゆく景色に最初は戸惑うも、やがて慣れ始めた頃には正確に物を捉えることができるようになる。これもムセルが制御してくれているお陰だ。
「うわわっ、とんでもない速さだねぇ。デュランダじゃ、とてもじゃないけど追い付けないよ」
そういうプルルのデュランダも、かなりの速度で地上を駆け回っている。時折、跳躍して三次元的な行動をおこなっているところを見ると、恐らくは各部の関節を重点的に見直したと思われる。
以前、GDデュランダの関節が『きぃきぃ』鳴っている、とこぼしている彼女を見掛けていたからだ。
「ふむ、各機とも問題はなさそうじゃの。それじゃあ、今度は射撃テストに移ってくれい」
ドゥカンさんの指示で今度は射撃テストへと移行した。俺は銃を撃つのは初体験だ。しかも手にしているのは、かなりゴツイ部類に入るヘビィマシンガンである。
トリガーを引いたら反動でまともに的に当たらないのではないだろうか? 不安要素がいっぱいで困る。
やはり、ここもムセルに『ぽいっちょ』するのが妥当だろう。
「それでは撃ちかた始めい」
俺は合図と共に的に狙いを定めて銃の引き金を引いた。銃を持つ手は右、つまりはチゲの手で俺はヘビィマシンガンを持っている。
予想以上の銃の反動、それでも俺は手離すことなく引き金を引き続けた。
初めの内は的にかすりもしなかった弾が、徐々にではあるが的に命中し始めた。流石はムセルのサポートだ、運動音痴の俺でも、これならば戦うことができるようになるだろう。
「よし、テスト終了じゃ」
「えっ、もう?」
調子が上がってきたところでテストは終了となってしまった。正直、もっと練習がしたいところだ。
「まだ撃ち足りんという顔じゃの? じゃが初日で欲張り過ぎると後々に響く。おまえさんが気付かない内に相当量の魔力を消費しておるんじゃからの」
ドゥカンさんの言葉はGDリベンジャーを脱着したことで理解できた。大量の魔力を消費したことによる立ちくらみで立っていられなかったのである。
「ふきゅ~ん」
「わわっ、大丈夫かい、食いしん坊?」
咄嗟にプルルが俺を支えてくれた。彼女の支えがなければ、そのままぶっ倒れていたことだろう。流石は元祖GDパイロットだ。格が違うと感心するがどこもおかしくはない。
「ふぁっふぁっふぁ、少しずつ慣らしてゆけばええ。鬼どもが来るまで、まだ暫しの時はあるじゃろうからの」
俺はドクター・モモの言葉に頷いた。情報元のデュリーゼさんの言葉を信用するのであれば、ラングステンに鬼たちが攻め込んで来るのは七月辺りになるそうだ。
それまでに俺は……俺たちは備えなければならない。鬼と戦う力を。
俺は新たなる相棒GD〈リベンジャー〉を迎い入れ、着々と力を蓄え始めたのであった。
◆ GD-E-03・リベンジャー ◆
ドゥカン・デュランダとドクター・モモが作り出した、エルティナ専用戦闘アシストゴーレム。
装甲を必要最低限に抑え、機動力を極限まで追求した特殊なGDとして開発された。
またローラーダッシュ機能を備えており地上での走破性は群を抜いて高い。
頭部には用途に合わせて使用できる特殊な三連スコープを装備している。
ランドセルにはサブコクピットが二つ設置されており大型化しているが、その分タンクも大型化しているので活動時間はGDーM-A・ラングスの三割増しなっている。
またGDでは初の『頭部バルカン砲』を固定装備している。
リベンジャーの外見は、エルティナによれば某ゲームの暗殺者及びスナイパーの外見に似ているらしい。
チゲの右腕に合わせてカラーは真紅。決して『赤い〇彗星』のようなカラーではない。
メインパイロットはエルティナ・ランフォーリ・エティル。
サブパイロットはムセル。トウヤ少佐。
全高・百五センチメートル。
本体重量・三十八キログラム。
魔導出力・1630MP。
センサー有効範囲三千八百キロメートル~六千キロメートル。
装甲材質・ネオダマスカス合金。ライトフェザー複合材。
武装・頭部・桃バルカン砲。
桃力式・ヘビィマシンガン。
ハイパー・モモパイルバンカー。