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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
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474食目 デュリーゼの不覚

 ◆◆◆ デュリーゼ・カーン・テヒル ◆◆◆


 神聖歴千六百三年、四月二十六日。ラングステン王国はミリタナス神聖国とドロバンス帝国に対し宣戦布告をおこなった。その僅か二日後にミリタナス神聖国の最北に位置するゼグラクト付近にて、ラングステン王国とドロバンス帝国との大規模な戦闘がおこなわれたのである。

 双方の陣営に多くの戦死者が出たことから激戦と言っても差し当たりないだろう。


 結果としてはラングステン王国側の大敗、ラングステン王国は国家戦力の大半を失った形で戦いは終わった。

 だが、ラングステン王国は当初の作戦自体を完遂しており、ミリタナス神聖国教皇、ミレニア・リム・ミリタナスを救出……否、この場合は形式上『拉致』と言った方がいいだろう。

 そして彼女に随伴した従者達、ゼグラクト市民も同様にラングステン王国へと拉致することに成功している。


 一方、ドロバンス帝国も突如起こった大爆発にて『ミレニア追撃部隊』五千が壊滅するという事態に発展。追撃部隊の最編成を迫られる形となり、ラングステン王国はドロバンス帝国の追撃を免れる形となった。


 更には追撃部隊を指揮していたアラン・ズラクティが重傷を負い、占領したゼグラクトにて療養中との情報がラングステン王国にもたらされる。

 これを聞いたラングステン王国は即時追撃はないと断定。騎士団の再編成を急ぐも、ラングステン王国はあまりにも人材を失い過ぎた。


 生き残った騎士は五百にも満たない、更には頼みの綱であった『聖女エルティナ』は、その強大な能力を失っている。

 この事態を重く見たラングステン王国国王ウォルガング・ラ・ラングステンは一時的に聖女エルティナの情報を規制しようとした。

 だが……その矢先に聖女エルティナが力を失った、という情報が世界各国に広まったのだ。


 暗躍。どこの国にでも反勢力は存在する。


 だが、ラングステンに存在する反勢力はウォルガング国王に対しては敵意を向けていない。寧ろ、その善政に敬意を払い服従していた。

 では、彼らが敵視する存在とは何か? 答えは諸君も既に理解しているとは思うが敢えて言おう。


 それは聖女エルティナだ。


 そして、反勢力の彼らはマイアス教団の『マーツァル一派』と呼ばれる集団あり、いわゆる『過激派』と呼称される者たちで構成された組織だ。

 マイアス教最高司祭、デルケット・ウン・ズクセヌが長きに渡って抑え込んできた者たちであったが、これを良しとはせず着々とマイアス教の権力の奪取を目論み、とある計画を進めていた。


『聖女養成計画』


 それは聖女エルティナが降臨したことにより一時凍結したが、彼女の能力が失われたことを知り得た結果、計画は再び実行に移された。

 その結果、エルティナは聖女の権限を剥奪されることとなったのだ。


 マーツァル一派の擁立した少女、ゼアナ・フリエンの能力は非凡なものであった。全盛期のエルティナほどではないにせよ、たぐい稀なる魔力保有量、治癒魔法の素質、そしてその人柄、品性、容姿、どれをとっても非の打ち所のない少女だったのだ。


 これには流石のウォルガング王も納得せざるを得なく、結果としてエルティナは聖女の地位を追われることとなった。


 この事により、マイアス教最高司祭、デルケット・ウン・ズクセヌの立場は危うくなった。マーツァル一派の長、マーツァル・カウ・ツツアムが副司祭へと上り詰めたのである。

 これによりデルケット最高司祭はマーツァル副司祭に強い発言をおこなうことができなくなってしまったのだ。


 だが、この傾いた均衡に待ったを掛けた人物がいた。ヒーラー協会ギルドマスター、スラスト・ティーチである。彼は前聖女エルティナの監督責任者であり、『鉄拳』の異名を持つ現役のヒーラーだ。

 そのラングステンのヒーラー達の長が、とある条件をウォルガング国王に提示したのだ。


『聖女の役目は国政に携わることだけではありません、ヒーラーとしての役割も重要不可欠。そこでゼアナ・フリエン嬢を我らヒーラー協会預かりとさせていただきたい』


 当然、マーツァル・カウ・ツツアムはこれを拒絶するも、ウォルガング国王はスラスト・ティーチの提案を条件として、ゼアナ・フリエンに聖女の地位を授けると言い渡した。


 マーツァルも、これ以上食い下がれば後ろめたいことでもあるのではと疑われかねない。そう判断した彼は、この条件をあっさりと飲んだ。


 事実、彼にとってもゼアナにとっても、この条件は悪いものではないと判断したのだろう。

 マイアス教団の治癒魔法の技術は旧態依然のまま、それに対してヒーラー協会の治癒魔法はエルティナの研鑽により、遥かに高度な技術、魔法、知識を獲得していた。

 それを丸ごと己の傀儡であるゼアナに習得させて聖女の地位を盤石なものに仕上げようと目論んでいるのは見え見えであった。


 これにより、一時的にマーツァルと聖女ゼアナは引き離されることになった。これこそがスラスト・ティーチの目的であったとは知らずにだ。


 こうして、エルティナは数々の功績を残したにもかかわらず、その立場を追われた。公式的には引退と告知されている。


 私としてはエルティナが聖女の立場から追われることになったのは寧ろありがたい。傷付き心を消耗し過ぎた彼女に必要なのは、聖女としての責任ある立場ではなく『考える時間』なのだ。

 何よりも今の彼女は一般人であり、その時間を自由に使える。それがどれほどの価値があることか。


 ヒーラー協会の彼女の自室、そのベッドに横たわる痛々しい姿の少女。右腕は肘から先が失われ、体中傷だらけになったエルティナが、木の根で覆われた部屋の天井を虚ろな目で見つめていた。


「……」


「エルティナ……辛いでしょうが、少しは食べないといけませんよ?」


「うん、でも……食欲が『湧かない』んだよ、デュリーゼさん」


 彼女は二人きりの時は私の真の名を呼んでくれる。これが堪らなく嬉しい。

 もっとも、彼女の周りには常に人がいるので滅多なことでは二人きりにはなれない。残念だ。


「俺みたいなのが……美味しいご飯を食べていいのかな……?」


「エルティナ……」


 あの日、エルティナはアラン・ズラクティにその能力を奪われた。それだけではない、彼女の大切な友人たちを多く失った。全て自分の奪われた能力が原因だと思っているのである。


「エル……デュリンクさん、まだエルは食べれないのか?」


「はい、精神的なダメージが強過ぎるようです。こればかりは私でもどうしようもありません」


 獅子の獣人ライオット・デイルがエルティナを案じて部屋に入ってきた。だが、ノックくらいはするものであることを彼にたしなめる。仮にも女性の部屋に入るのだから紳士としては当然の行為だ。


「さ、私たちは部屋を出ましょう」


「で、でも……」


「今のエルティナに必要なものは『時間』です、ライオット」


「……わかった」


 私とライオットは静かに部屋を出た。だが、私の耳はエルティナのすすり泣く声を捕らえていたのだ。


 私はエルティナ救出の際に二つの決断を下した。一つは私という存在を公の場に晒すという事。つまり、『デュリンク博士』としてではなく、世間的に知れ渡っている『大賢者デュリンク』として、公式にエルティナに力を貸すということである。


 エルティナのパートナーである、トウヤ殿には私の情報を与えていたがエルティナの信頼する仲間たちには一切の情報を与えていない。そこに突如として私が現れたものだから酷く驚かれた。

 だが、フードを脱ぎ顔を晒し状況を説明をすると、子供たちは更に目を丸くして驚いたのである。


 これは、私にもエルティナのような少し垂れ気味の大きな耳が付いていたからだろうと推測される。突然の登場で余計な説明をしなくて済んだのは、これが初めてのことだ。


 ウォルガング国王はトウヤ殿を通して私の存在を伝えていた。と言っても、彼には過去に三回ほど、国政について対話しているので信用に値する情報として捉えてくれていたようだ。


 残る一つは……みなまで言わずとも理解できるだろう。






 

 敗北から既に一週間が過ぎようとしている。あの日、私は不測の事態に備えて特殊観察魔法〈ウォッチャー〉にて戦場を観察していた。

 それはエルティナの身を案じ、万が一の場合に即時対応するためである。何よりもアランがエルティナに接触することは分かりきったことであったからだ。


 この時、私の心境は複雑なものであったと言えよう。アランは鬼だ、私の倒すべきタイガーベアーと同種の男。元々は私の手駒とすべきために招き入れた捨て駒。

 だが、誤算だったのは私が復讐者になりきれていなかったという点だ。


 情が移る……愛玩動物でもあるまいし、と私は自分を皮肉った。だが、私は他者を裏切れても自分を裏切ることはできない男だった。

 アランもまた、私に近い性格の男であり、彼は身内に対しては私よりも情が深いことが徐々にではあるが理解できた。そのことは私に興味を抱かせるに十分な素材であったのだ。


 鬼であるにもかかわらず、愛情を持ち合わせている。この矛盾、鬼が自壊するには十分な要素である。だが、彼にはそのような兆候は一切現れなかったのだ。


 それが研究者としての一面を持つ私の判断を鈍らせた。憎しみと愛との狭間で揺れる彼の行く末を見届けたい、何よりも私は彼と『良き友人関係』にあったから。

 その想いが愛するエルティナと友人たるアランの激突に置ける処置を誤らせた。


 エルティナがアランを倒した時に私はアランの状態をよく調べるべきであった。私はアランが長い苦しみから解放されたものと勘違いし観察を怠ってしまったのだ。

 よく観察してさえいれば、アランを即座に回収し再生カプセルにて監禁状態にできた。余計な被害も出ずに事は収まったのだ。


 エルティナの能力がアランによって奪われる光景、それは私の平常心を乱すには十分過ぎた。痛恨のミス、その言葉が私の頭を満たす。

 そしてアランがエルティナを手に掛けようとした時、私は一気に頭に血が上った。ここでも私はミスを犯したのだ。

 この時、私はアランの攻撃を阻止しようと光属性最上位攻撃魔法〈ヘブンズレイ〉にて成層圏からのピンポイントレーザー狙撃をおこなおうと溜め込んでいた魔力を解き放ってしまった。


 結果として、もう一人の桃使いたる怒竜がアランを攻撃してエルティナの危機を救ったことにより、私は正気を取り戻し〈ヘブンズレイ〉の発動を中止、結果として大量の魔力を失っただけとなった。

 これは私が特殊空間魔法〈ロングテレポート〉を使用していつでもエルティナの下へ転移できるように溜め込んでいた大切な魔力だったのだ。


 自分の過ちに気が付いた私は急いで魔力を補充するため『マナポーション』を服用し、魔力タンクに貯蔵しておいた魔力を吸収し始める。これは大きな時間ロスだった。


 すぐさま〈ロングテレポート〉し、エルティナを含む戦場に取り残された者たちを特殊空間魔法〈ターゲットテレポーター〉で転移させれば良かったのだ。


 特殊魔法〈ターゲットテレポーター〉は指定した人物、及び物体を予め指定しておいた場所に転移させることができる魔法。私は転移先をヒーラー協会前に設定しておいた。

 これならば負傷者を即座に運び込むことができるし、エルティナが負傷者を治療し易いように、と配慮した結果であった。だが、これが皮肉にも能力を失ったエルティナを救う形となったのだ。


〈ウォッチャー〉で逃げるエルティナ達を観察しつつ、魔力を補充する。焦る気持ちが私の身を焦がすかのようだった。だが、特殊魔法を使用するには、ほど遠い魔力量。


 暫しの逃避行を観察していた私がアランの膨大な魔力を感知したのは、彼が怒竜に圧され始め右腕を食い千切られたその後のことだ。

 業を煮やしたのであろう、彼は奪った魔力にて辺り一面を吹き飛ばす決断をしたようだ。彼の配下には〈テレパス〉にて連絡していることから、熱くはなっているが冷静な思考は残している様子であり、数々の戦いが彼を成長させていることは明白であった。


 そして、アランを中心として凄まじい爆炎が砂漠を飲み込んでゆく。それはまるで地上に太陽が生まれたかのような光景であったが、怒竜はそんな中にあって冷静であった。


 すぐさま大きな翼を使って空に舞い上がり、迫り来る爆炎を桃力で『固定』し、まんまと逃げおおせたのだ。明らかに『慣れている』感じがした。間違いなくエルティナとの交戦が活きた結果だ。


 怒竜は逃げおおせたものの、肝心のエルティナはアラン配下の鬼に行く手を阻まれて爆炎の範囲内に留まっていた。私の魔力もまだ溜まっていない。このままではエルティナは爆炎に飲み込まれて灰になってしまう。


 最早これまでかと諦めかけた時、赤いホビーゴーレム、チゲが秘めたる力を解き放ちエルティナを護ったのだ。


 チゲ……彼にはエルティナと二人きりで面会する際に、いつもお茶を淹れてくれた心優しい人形だ。言葉を喋ることができないという点で、あの時点での最高の協力者だった。

 私も彼の心遣いに何度となく感謝した。接する度に硬くなった私の心が解れてゆく気がしたのだ。


 だが、映像から判別できたことがある。チゲは……彼はもう長くはない。残された最後の力をエルティナに捧げようとしていることはすぐに判断できた。


 私は急いだ、魔力の充填に。私はなんという愚を犯したのだろうか。今……私は再び友人を失おうとしている。彼に力を使わせなければ、後十数年は穏やかに生きてゆけただろう。


 そして、崩壊してゆくチゲの赤い大きな身体。彼は立派に勤めを果たした。主を、大切な友人を守り抜いたのだ。

 であるならば、私も彼の想いに応える事は当然であり、そして……それは彼に対する贖罪でもあった。


 彼の作った僅かな時間、それは私の魔力を満ちさせるに十分だったのだ。私は即座にエルティナの下に転移し、〈ターゲットテレポーター〉を使用するために戦場に取り残された大部分の者を指定し転移した。

 救えた者は多くはない、転移したとしてもその後に息絶えた者も多いのだ。この魔法は生きている者も死んでいる者も関係なく転移させるのだから。






 ヒーラー協会のエルティナの自室を出た私はもう一つの決断を実行する。それはアランとの決別。

 あの時行使した特殊空間魔法に彼は感付いているはずだ、言い逃れすることは叶わないだろう。

 何故ならば、あの魔法の波長は私だけのものだから。そして、その魔法を何度となく行使してアランを救ってきたのだから。彼が私の魔法の波長を間違えるはずがないのだ。


「さて、彼とは長い付き合いでしたが……ここまでのようですね」


 大樹の中から外に出れば、そこは満天の星空の下だった。空だけは、あの日から変わらない。私たち白エルフの国が滅ぼされた、あの時から、ずっと……。


 私はライオットに別れを告げると、アランの下へと向かうためにゼグラクトへと転移した。

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