472食目 騎士
優位に立った、それは儚い幻想だったのだろうか。俺たちは勘違いしていたのだ、優位に立ったのではなく、同じ土俵に上がっただけだったのに。
「クソ共がっ! 調子に乗るんじゃねぇ!」
一進一退の攻防、それは俺たちが望んだ形ではなかった。長引く戦闘、ベルカスの実力の高さは、それを俺たちに強いたのである。
そして三度目の〈桃光付武〉の付与、これで後がなくなった。既にチゲに残された俺の桃力は僅かな量。これで決着が付かなければ俺たちに成す術はなくなる。
「くっ……なんという、したたかな戦い方だ。やり辛いことこの上ない!」
ベルカスは相手が子供だからといって手を抜くようなことをしなかった。寧ろ、全力で潰しにかかってきたのである。
俺たちに攻撃のバリエーションが少ないことも決め手に掛けていた。遠距離攻撃という手段が一切ないのである。
加えてベルカスのタフネスさだ。無尽蔵とも取れるスタミナ、そして驚異的な速度で癒えてゆくダメージ、一気に倒さなければ無駄な攻撃を続けることを強要されるだけだった。
「油断が俺を破滅させたんだよ。だから……もう俺は油断なんざぁしねぇ!!」
巨大な金棒がザインに振り下ろされる。ザインはそれに対して回避を選択。だが、戦闘による疲労の蓄積で足がもつれてしまう。
「ザイン!」
そこに割って入るのはクラーク、騎士の証たる盾で以って金棒を受け止めた。
「か、かたじけない!」
だが、その自慢の盾も既にボロボロだ。後、数回で使い物にならなくなってしまうことだろう。
「はぁっ!」
上手い、ベルカスの攻撃後の硬直時間を狙い、リックの槍が空を切り裂いてベルカスの脇腹に突き刺さる。この攻撃でベルカスは僅かに怯んだ。
「ぐおっ!? このガキっ!!」
「おっと、いただきだ」
そして、ベルカスの目がリックに向けられた僅かな時間をガッサームさんは見逃さなかった。
懐に入り込み、掌底突きを彼の顎に叩き込む。大したダメージは見込めない、だが狙いは別にあったのだ。
「ぐっ……このっ!」
脳を揺さぶる、一時的にベルカスは行動ができなくなった。これが最後のチャンスに違いない。
「ライオット!」
俺は密かに気を練っていたライオットに時を知らせる。俺たちの中で最も攻撃力のある彼が戦闘に積極的に参加していなかった理由がこれだ。
「おう! 食らえ……〈獅子双光刃〉!」
光り輝く手刀でベルカスを切りつける。その残光は丁度バツの字だ。その威力は凄まじく、ベルカスの分厚い胸板を容易に切り裂いてしまった。
「ぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
ベルカスの断末魔。これが今のライオットの最大の攻撃だ。
残念ながら、彼の対鬼用の最大最強の奥義〈輪廻転生拳〉は俺と『真・獣信合体』しなくては放てないのである。
「やったか!?」
「「「それ言っちゃらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
なんということでしょうか、迂闊にもリックが悪夢のワードを言ってしまったではありませんか。
少し前にその悪夢を体験した俺とルドルフさんとザインは思わず叫んでしまった。じーざす。
「くそがぁ! 痛ぇだろうが! あぁ!?」
案の定、ベルカスはライオットの攻撃に耐えてしまったのである。そして、すかさず反撃に移った。
「なっ? がふっ!」
ベルカスの拳がライオットの腹に突き刺さり、体重の軽い彼は遥か向こうに吹っ飛んでしまった。
状況は最悪だ、もう打つ手がない。でも、諦めるわけにはいかない、どうすればこの状況を打破できるだろうか? 俺はもう、諦めたくはないのだ。考えろ、考えろ!
「ちくしょう! いい加減にやられちまえっ!」
この事態が自分のせいであると勘違いしたリックがベルカスに槍を突き入れる。狙いは額、当たれば鬼といえども致命傷になる。
「甘いんだよ」
当然、ベルカスもその部分を最も警戒している。あっさりと槍を掴まれてリックの攻撃は失敗に終わり、尚且つ地面に叩き付けられて槍を手放してしまった。
「ぐ……は……」
脳震盪を起こしたのかリックはすぐに立ち上がれない。危機を察した俺はとんぺーから降りて彼をリックの下へ向かわせる。
果たして間に合うか? 俺の予想ではヤツは奪った槍をリックに投げ付けるはず!
「そぅら、忘れもんだ!」
案の定、ニタリといたらしい笑みを作ったベルカスが、倒れて動けないリックに目掛けて槍を投げ付けた。
やはり! 狙いは心臓か!? ダメだ、とんぺーの速度でも間に合わない!
ドシュ……ぽた、ぽた……。
その音は肉を貫き血を滴らせる音。ベルカスの投げたリックの槍は無情にも少年を貫いたのである。
「う……俺はっ? はっ! ク、クラーク!!」
「よぉ、遅いお目覚めだな……ごほっ!」
だが、リックの槍で貫かれたのは持ち主であるリザードマンの少年ではなく、その親友であったのだ。リックに意識がないことを察知したクラークが盾をかざして彼を護ろうとしたのである。
しかし、無情にも盾は槍を防ぐことはできず、蓄積されたダメージにより大破。その持ち主を護る事を叶えられぬまま砂漠の砂へと還った。
「クラーク! 早く手当てを!」
「リック、ダメだ! 手当などいらない! 攻撃をっ! ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
クラークは腹に刺さった槍を強引に引き抜きリックに手渡した。もう立てないのか大地に膝を突く。なんて無茶をしたんだ。
だが、その無茶をしなければリックは確実に死んでいた。自分と親友、究極の二択。彼は迷わず、倒れ動けない親友の命を選んだ。
「最後まで……諦めるな! はぁはぁ……俺たちは騎士だ!!」
彼はあまりに騎士であり過ぎた。身体を張ってリックを護ろうと動いていた。もう少し、もう少し、彼が不真面目な騎士であれば、リックの位置を少しずらせばいいや、という発想に至ったはずだ。
「ク、クラーク……!!」
「聖女様を護れ! 護る者がいる限り、騎士に……後退の二文字はない! ごふっ!」
口から大量に血を吐き出す、まずい……あの血の量は恐らく内臓をやられている。すぐに治癒魔法を施さねばクラークが死んでしまう!
クラークは再び立ち上がった。震える足を強引に前に出し、ベルカスに立ち向かったのである。その気迫にベルカスはたじろぎ少しばかり後退した後に、少し呆けた表情をしてから何故か余裕を取り戻した。
いったい、なんなんだ、こいつは?
「お~お~、泣かせるねぇ? でも、これまでだ」
そう言ったベルカスは黒い靄のようなものを作りだし、その中に入り込んだ。そして顔だけを出して俺たちに告げたのである。
「くっくっく、残念ながら時間切れさ。アランが痺れを切らせて超広範囲攻撃魔法をぶっ放す、と言ってきた。俺はこれで、ここから別の場所に転移する。まぁ、暇つぶしにはなったぜ。じゃあな、聖女様、騎士の坊主」
「まてっ! 逃げるなっ!!」
リックが黒い靄に槍を突き入れるも既にベルカスはいなくなった後であった。貫く相手を見失った鉄の槍が虚しく砂漠の砂に突き刺さる。
「ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
リックの叫びが蒼天の空へと吸い込まれ虚しく消えた。ここまで来てなんということだ。
俺はひとまずの脅威が去ったことでクラークの治療に専念する。と言っても今の俺は治癒魔法が使えないから応急処置しかできない。でも、しないよりはマシだろう。
「くそっ……血が、血が止まらねぇ!」
ヒュリティア直伝の応急処置をクラークに施すも殆ど無意味に近かった。致命傷……その症状に応急手当ではどうにもならない。あくまで応急処置にすぎないのだから。
「……聖女さ……ま、俺を……置いていって……ください」
弱々しいクラークの声、まさかこんな声を聞くことになろうとは夢にも思わなかった。
「バカなことを言うな! クラーク! 皆で帰るって言っただろが!」
「ごほっ、ごほっ! 俺は……もう……」
なんでそんなことを言うんだ! まだ、生きているだろうが! あぁ、血が止まってくれない! 頼む、止まってくれ! 頼むから! お願いだ!!
「……」
不意にクラークの声が止まった。いやな予感。既に顔には血の気は無く……。
「まて、行くなっ! 戻って来い、クラーク! クラーク!!」
そ、そんな……そんな! あんまりだ、こんな結末……あんまりじゃないか! 諦めない、諦めてなるものか!
他に何か方法があったはずだ! 思い出せ! なければ、作りだせ! 早くっ、早くっ!!
「もうよせ……エルティナ。クラークは死んだ、これ以上はどうしようもない」
桃先輩の無情な通告は、俺の最後の希望をも容赦なく破壊してしまった。
「う、うう……そんな、そんなぁ……」
俺は戦争を戦いを楽観視していたに違いなかった。相手を倒すということは、こちらも倒されるということ。覚悟を決めたなどと言って本当は覚悟などできていなかったのだ。
それが級友の死によって、はっきりと思い知らされたのである。
人の死を幾度となく見届けてきた俺であったが、真・身魂融合とは別種の、これほどまでにきつい死別を経験したのは初めてのことだ。頭の中が真っ白になって何をすればいいのかまったく分からない。
「立て、エルティナ。クラークの死を無駄にしたくなければ、立ち上がり再起を誓うんだ」
もう彼が熱い言葉を語ることはない、熱い笑みを浮かべて俺たちを鼓舞することもない。彼は遠い場所へ行ってしまったのだ。たった独りで。
「……クラーク」
そうだ、桃先輩の言うとおりだ。ここで俺たちが死んでしまったら、クラークのしたことが全部無駄になっちまう。そんなことは決して許されない。
「クラーク……俺は……」
リックがクラークの二個ある盾の一つを手にした。もう片方は無念の最期を遂げている。
「誓うよ、俺はおまえの分まで騎士でいる。聖女様を必ず守り抜いてみせる! だから、だから……!」
そこからはもう言葉にならなかった。溢れ出る涙は止まることなどないかのように俺たちの頬を濡らす。必ず再起を果たすと誓い、せめてもの供養としてクラークの顔の汚れをハンカチでふき取り綺麗にしてあげる。
ごめんな……そして、今までありがとう、友達として接してくれて。本当に……ありがとう。
「急いでここから離れるぞ! アランが超広範囲攻撃魔法を本当に放つのであれば、この場所に居続けるのは危険だ!」
桃先輩の指示に従い、俺たちは脱出を再開させる。
「よっと……ま、置き去りはな?」
大量に体力を消耗したにもかかわらず、ガッサームさんがクラークの亡骸を背負い走ってくれたのである。彼には感謝しかない。
「ガッサームさん……ありがとう」
「一緒に帰るって約束したんだろ?」
「あぁ……そうだ、そうだとも、一緒にフィリミシアに帰ろう、クラーク!」
俺たちは走った、走り続けた。必ず生きて帰れると信じて。