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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十章 激震する世界
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471食目 代理

 生き残るために俺たちは最後の突撃を敢行した。群がる鬼の群れ、できる限りの戦闘を避けて、ひたすらに走り抜ける。

 照り付ける太陽、それに晒され続け高熱を帯びた砂地が俺たちの体力を容赦なく奪い去る。だが、この悪条件を乗り越えて脱出することを俺たちは強いられているのだ。


「つぇあっ! せいっ!」


 障害になる鬼の排除はライオット任せになる。もう他のメンバーの武器に残された桃力は殆どないのだ。持って後一~二回が限度だろう。それ以降はただの鉄の塊になってしまう恐れがあった。

 それ故に焦りが生じるのは必然、特に年端もゆかない少年では尚更だ。


「くそっ! 全然、前に進めやしない!」


 リックは普段、冷静に物事を判断できる少年であったが、やはりこの極限の状況下に置かれ冷静さを失いつつあった。無理もない、寧ろこの歳で戦場に立って生き残っていること自体が奇跡と言えよう。


 逆に普段は熱血で熱くなりやすいクラークが妙に冷静であったのは驚きだ。いや、ただ単に俺が彼をよく知らなかっただけなのかもしれない。


「愚痴るな、リック! できる事をするんだ!」


 どうやら、彼は熱くなりながらでも理性的な行動を取ることができるように成長していた、と考えるべきだろう。

 クラークは直接、鬼を攻撃するのではなく足元の砂を攻撃し陥没させた。すると鬼は急になくなった地面に足を取られて転倒してしまったではないか。


「上手い、それなら俺たちでもできるじゃねぇか。やるな、坊主」


「クラークです、ガッサームさん」


 それでも俺には何もできない、日常魔法も使えなくなっているのだ。これではくっそ貧弱な赤ちゃん黒エルフとなんら変わりない。外見だけが白いだけの珍獣と化してしまっているのだ。


「よぉし! これなら俺にだってできるぞ、そらそらっ!」


 リックは地面に深い穴を作り出した、とそこに小鬼がやってきて間抜けなことに深い穴に落ちてしまったではないか。


「間抜けがっ、埋めてやるぜ!」


 すかさずリックは小鬼が落ちた穴に砂を被せてしまった。この間、僅か二秒の出来事である。


「おにぃ! おにぃ!」


 そして、僅かな時間で穴に落ちた小鬼の姿は消え、悲鳴? も聞こえなくなってしまったのだった。


 なんというか……普通に小鬼が可愛そうになったのは内緒だ。


 クラークの機転から順調に物事が進むかと思われた矢先のことだ。先頭を走っていたライオットが急に立ち止まった。そして、俺たちに向かって声を張り上げたのだ。


「っ!? なんだ、この気は? でかい……皆、気を付けろ!」


 ライオットが警告を発してきたその直後だった。まるで壁のような鬼たちが一斉に横にずれて一本の道を造ったのである。

 その奥には一人の大男が立っていたではないか。


「ほぅ、こりゃあ大物だ。ラングステンの聖女様とはなぁ」


 ゆっくりと黒髪のリーゼントの大男が近付いてきた。その男は余程自信があるのか鎧を一切身に着けていなかったのである。

 だが、そのはち切れんばかりの筋肉がそのような物は不要と雄弁に語っているかのようであった。

 手にした金棒には大量の血が付着しており、何人もの命を奪ってきた証と見て取れる。つまりは、冒険者、および騎士団の皆の血だ。許せない。


「ベルカス……ラザニーク!」


 ガッサームさんにベルカスと呼ばれた大男は愉快そうに彼の姿を確認した後に大笑いをした。


「野獣の牙のガッサームが、なんともまぁ無様な姿になったもんだ。こりゃ傑作だぜ」


「ぬかせ、三流冒険者。どうせ、今回もおこぼれを狙ってドロバンス帝国に近付いたんだろうが」


 どうやら、ベルカスは元々は冒険者だったようだ。三流とガッサームさんに言われている辺りCランクの冒険者だったのだろうか? だが、この見た目からは、とてもCランクとは思えない。


「くっくっく、そのとおり……と言いたいが今回ばかりは違う」


「なんだと?」


 大男は俺たちという敵が眼前にいるというのに空を見上げて感慨に耽りだしたのだ。それは己が強者と認識している証拠であり、俺たちを摂るに足らない弱者と決めつけている証だ。


「夢だ、俺は夢を見にいったのさ」


「夢?」


「そう、夢だ。俺は今、夢の中にいる。掴みたくとも掴めなかった強者の立場、俺は今、そこにいる」


 ベルカスがいやらしいオーラを解き放った。きっと陰の力だと思うがはっきりと認識できないのは俺が完全に桃使いとしての能力を失っているからだろう。

 ただ、並々ならぬ邪悪な物であることは理解できた。


「アランは言った、俺のような『はみ出し者』に夢を見せてやると! そして、俺たちはヤツの言葉どおり夢を掴み、今その中にある! アランこそが『俺たち』の待ち望んだ漢だった!!」


「バカな! その夢の果てにあるのは破滅という目覚めだ! 何故、理解できん!?」


 桃先輩がベルカスに対して声を荒げた。だが、ベルカスは冷めた目付で話を続ける。


「破滅ぅ? 破滅なら、とっくの昔にしていたさ。どんなに努力をしようとも報われない、どんなに信用を得ようと足掻いても結局は無駄。終いには親友だと思っていたヤツには土壇場で裏切られた」


 その濁った目からは憎悪の暗い炎が見て取れた。間違いない、何度も裏切られてきた男の目だ。


「死の淵から辛うじて生還した俺に待っていたのは多額の借金。そして半身不随の身体。これが破滅と言わずしてなんだ? 俺は生きながらにして地獄を見てきたんだよ」


 ベルカスの言っていることが確かならば、これは破滅と言ってもいいのかもしれない。そして、地獄を見てきたことも頷けることだ。


「だから、おまえは世界を食い潰すかもしれない男の下へいったのか? 今度は命を失うかもしれねぇってのによう」


 ガッサームさんがベルカスにそう問うた。彼は平静を装って入るが、額から流れる汗がそれを否定しているように見える。


「ガッサーム、言ったろう? 俺は既に破滅していたと。命くらい差し出すつもりで赴いたに決まってるだろうが!」


 ベルカスが感情をむき出しにして語り始めた。その顔はまさに狂気に憑りつかれた男の生れの果ての顔。


「これは最後の掛け、大博打! チップは己の命! このまま惨めに生きるか、でかく当てて胸を張って生きるかの二択! 身体が不自由になった俺がドロバンス帝国にいたこと……それこそが人生において最も幸運な出来事だと言っていい!」


 とここまで激情のまま語っていた彼が急に冷静になった。どうやら感情の起伏が激しい性格のようだ。


「でもなぁ……アランは無様な姿を晒してまでやってきた俺を笑わなかった。それどころか、俺の事情を親身になって聞いてくれたよ。そして、俺に言ってくれたんだ」


 今度は語りながら涙を流し始めたではないか。いったい、なんなんだこいつは?


「『俺についてこい』ってなぁ……その瞬間、俺はアランに付いて行く決意をしたんだ。惚れたのさ、アランという男の器によぅ」


「貴様、まさか……鬼の種を受け入れたのか!?」


 桃先輩がベルカスを睨み付けているかのような勢いで怒号を上げた。対してベルカスはさも愉快そうに笑顔を見せる。そして大袈裟なジェスチャーを交えて語り始めた。


「あぁ、すぐに芽吹いたぜ? それからはアランのために働くことが生きがいになった。なにしろ、今の俺に敵う相手なんざぁいねぇからよ。だが、今回は少しばかり苦戦した。久しぶりに痛いって感触を味わったぜ」


 爆笑、そして血に塗れた金棒をわざとらしく俺たちに突き付ける。明らかな挑発、そして、この行為を俺たちは宣戦布告と見なし戦闘態勢に移行する。


「この野郎……!!」


「さて、それじゃあ、そろそろ死のうか? あまり時間がねぇみたいだしな」


 ベルンストが動いた。その巨体に見合わない速度に皆の反応が遅れる。この砂漠にあって、なんという踏み込みの速度だろうか、やはりこの男はただ者ではない。


「させるかよっ!」


 これに対応したのはリックとクラークの二人。彼らは協力して足元の砂を巻き揚げ砂の壁を作り出したのだ。鬼に投げ付けても消滅し目潰しにならないのであれば、自らの姿を見えなくさせればいい、との判断だろう。


 上手い、これならば……!


「リック、クラーク! ごにょごにょ……」


「「うわっ、えげつない」」


 俺はこっそりと二人にとあることを提案、すかさずその提案をリックとクラークは実行してくれた。


「小賢しいマネを!」


 対してベルンストはお構いなしに砂の壁へと突っ込み大穴を開けて突破。だが、その先に地面は無く、代わりに大きな穴が開いていたのだ。当然、ベルカスは、ぽっかりと空いた大穴に落っこちる。


「ぬぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ふっきゅんきゅんきゅん……たとえ能力を失っても、俺の小賢しさまでは奪われていないのだよ。


「ふきゅん、かかった! ライオット!」


「おうっ!〈獅子咆哮波〉!!」


 ライオットの組み合わせた手から輝く獅子が飛び出し、穴の中でもがくベルカスに食らいついた。光の粒子を撒き散らしながら抵抗する鬼、そして一切の容赦をしない輝く獅子。このまま事が済むかと思われたが、やはりそう上手くいかないようだ。


「ぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! バカにしやがって!!〈憎しみの爆光〉!!」


 ベルカスを中心として赤黒い光が広がり砂漠の大地ごと喰らい尽してゆく。今の俺たちには防ぎようがない攻撃のため素早く距離を取る。幸いにも速度はそれほど早くないが、なかなか消滅しないところから持続性の強い鬼仙術のようだ。

 もし、迂闊に飛び込めば、たちまちの内に貪り食われてしまうだろう。厄介な技だ。


「くそっ、ダメだったか!」


「ライオット、『シャイニング・レオ』にはなれないのか!?」


 俺はライオットに輝く獅子への昇華を提案する。だが、彼は提案を拒絶した。


「そいつを使っちまったら、俺はもう戦えなくなっちまう! この場をしのいでも小鬼にすら勝てなくなるんじゃ意味がないだろ!?」


 予想よりも遥かにライオットの消耗が激しいようだ。ライオットの言うとおり、彼が戦えなくなればもう鬼に対抗する手段がなくなるのである。

 かと言って、ベルカスも『シャイニング・レオ』なくして勝てる相手かと言えば……答えは否。


「く……俺の桃力も桃使いとソウルリンクして初めて使用可能な技。口惜しい」


 そう、桃先輩の桃力〈幻〉であればこの場を凌げた可能性もある。だが、今の俺たちにはあまりにも手段が少な過ぎるのだ。


「調子に乗りやがって! まずは、てめぇからだ! 死ね、糞がき!!」


 ベルカスの金棒がリックに襲い掛かる。対してリックは防衛手段がない。ベルカスを足止めするための穴を掘ろうにも、ベルカスは跳躍しての攻撃を実行していたのだ。

 しかも不幸なことに、リックは砂漠の砂に足を取られて行動が遅れている。万事休すか!?


 ガッキィィィィィィィィィィィィィィン!!


 金属音、その音に俺たちは目を見開いて驚くこととなった。

 リックの絶体絶命の危機から救ったのは中華鍋。そう、チゲが身に付けているあの中華鍋だ。


「な、なにぃぃぃぃぃぃぃっ! この俺の金棒を受け止めただとっ!?」


 有り得ない、チゲは確かに大きな体をしているが、その中身はすかすかの空洞になっており、見た目よりも遥かに軽いのだ。しかもゴーレムコアに至っては普通のホビーゴーレムサイズであるため、馬力がまったくないのである。

 そんな彼がどうやって中華鍋でベルカスの超重量級の一撃を防ぐことができたのだろうか?


 ぎゅおぉぉぉぉぉ……。


 チゲのおたまを握る音がここまで聞こえてくる。そして振るわれる、おたま。それは圧倒的な桃色のオーラに包まれ、キラキラと光の弧を描きながらベルカスの眉間へと叩き込まれた。


 ぱこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!


「ぶべっ!?」


 チゲが振るうおたまを顔面に受けて吹っ飛ぶ巨漢の鬼ベルカス。いったい、チゲに何が起こっているのだろうか? それに、あの圧倒的な桃色の輝きは〈桃光付武〉では出せない輝きだ。


「た、助かったよ、チゲ!」


 すっ……と親指を立ててリックに応えるチゲ。そのスマイルマスクは、いつもより笑顔に見えた。


 ルドルフさんが持っている未熟な果実から、カタカタと音がひっきりなしに聞こえているのは桃先輩が調べ物をしているからだろうが、こうして客観的に見ると地味にホラーだと思う。音が出る果実って……ねぇ?


「こ、これは……チゲの体内に大量の桃力が満ちている!?」


 桃先輩が驚愕の事実を伝えた。まさか、この土壇場でチゲが桃使いに目覚めたというのか!? と考えたところで俺は気付いた。


「あっ、もしかして桃力が満ちた落とし穴に潜った際に体内に入り込んだのか?」


 そう、チゲの体の内部は殆どが空洞だ。それならば俺の桃力が流れ込んで蓄えられたのも理解できる。


「どうやらそのようだ。だが、これで希望が見えてきた。ルドルフ殿、俺をチゲの頭に載せてくれ」


「えっ、頭にですか?」


 チゲにしゃがんでもらい頭に載っていた炎楽を俺の肩に載せ、代わりに桃先輩がチゲの頭頂にドッキングした。


 ブッピガン!


「桃使い代理、チゲ……頼むぞっ!」


 桃先輩がチゲに満ちた桃力を使用して〈桃光付武〉を全員に施した。これで攻防ともに鬼に対抗できるようになったのである。

 なんだか、今日のチゲは輝いて見える。流石、桃使い代理は格が違った。


「チゲに満ちた桃力はそれほど多くはない、一気に勝負をつけるぞ!」


 桃先輩の指示に従い、俺たちは生き延びるためにベルカスに突撃した。

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