47色目 後悔なんてまっぴらだ!
◆◆◆ リンダ ◆◆◆
はぁ……はぁ……。
私は暗い通路を駆け抜けていく。どこをどう駆け抜けてきたのか思い出せない。
そろそろ息が切れてきて走ることが困難になってきた私は、すぐ傍にあったドアを開け中に入り込む。幸いにも内部にはゾンビらしき人影はなかった。
私は激しく上下する胸を押さえ、どうしてこうなってしまったのか思い出す。
どうして、こんな事に……? ただの肝試しだったはずなのに。そうだ、エルちゃんはどうしたのだろうか?
「あ、あぁ……」
私は、私は……エルちゃんを置いて逃げてしまった。必死に走るエルちゃんを置いて、自分だけで逃げてしまった!!
「はぁ……はぁ……ふぐっ……ううぅ……」
ゾンビたちが追って来てない事を理解すると……もうダメだった。
何故……置いてきてしまった。
何故……自分より遅い彼女を置き去りにした。
何故……一番の友達になりたかった彼女を!! 護らなきゃって思っていたのにっ!
「うあぁぁぁぁぁ……」
私の口から声が漏れ出した。声を出せば彼らに感付かれるというのに、もう自分で止めることができなくなっていたのだ。
「ひっ……ひぐ……うぅ……」
どうして、いつも私はこうなのだろうか? あの時も……そして、今も。
「………………」
いつの間にか私は部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。物音ひとつしない部屋で何もない場所をただ見つめているのだ。それは、とても無意味な行為であった。
暫くそうしていると頭の中に声が聞こえてきた。私が良く知る声だ。
『無意味だ。行動するべきだ』
うるさい。
『こうしてる間に仲間たちが危険な目にあっている』
聞きたくない。
『自分だけ、助かれば良いの?』
やめて。
『あの子は……貴女に、助けを求めて手を伸ばしたよ? 大切な……大切な『ともだち』なんでしょう?』
「いやぁぁぁぁ……」
怖くて……怖くて、どうにかなりそうだった。
その声は私の声と瓜二つであり、いつも意地悪なことを囁いてくる。特にこういった悪い出来事があった時は必ずといっていいほど囁いてくるのだ。けれども……この声は的を射ていた。
いつもそうだった。他の人よりも優秀な素質と能力。成績だっていつも上位。でも肝心な時に結果を出せない。
私はそんな自分を変えたかった。そんな時に……彼女に出会ったのだ。
全ての素質にそっぽを向かれ、でも……ほんの僅かな素質に希望を見出し全力で困難に立ち向かう。小さな、小さな勇者様。
でも、彼女は一人では何もできないって笑っていた。皆に頼って初めて半人前だって笑っていた。ふざけて泣き言は言うけど、本気で泣き言なんて口にはしなかった。
私より遥かに劣る能力しかないのに。
「ごめん……ごめんねぇ……エルちゃん」
でも……怖いんだ! 体が……動かないよっ!! 死ぬのは……イヤッ! 痛いのは……イヤッ!! 辛いのは……!!
「あぁ、そうか……わたしは」
自分の事しか考えてなかったんだ。
そのことに気付くと、もう涙が溢れ止まらなかった。気力を失った私は膝を抱えて考える事をやめた。
もういい、どうでもいい。疲れた。どうせ、もう皆も……。
膝を抱えどれくらいの時間が過ぎたのだろうか? 流れていた涙は止まり、濡れていた頬はすでに乾いている。
やがて何かを引きずるような音が聞こえてきた。恐らくはゾンビが足を引きずっている音だろう。暫くしてガチャリとドアが開く音がした。どうやら、きちんとドアを閉めていなかったようだ。
ゾンビは部屋の隅で膝を抱えて蹲っている私を見つけると、足を引きずりつつゆっくりと近付いてきた。そんな腐り果てた怪物を、私はただ見つめていたのだ。
丁度ゾンビも来たし、そろそろ終わりにしよう。この空っぽの人生に。自分勝手な自分に……。
ごめんね……皆。エルちゃん。
ゾンビが私に覆い被さってくる。私は動かない。人生が終わる、その時まで……。
だが、その時は来なかった。私に覆いかぶさったゾンビが突如として吹っ飛んだのである。
「え……?」
ゾンビは壁に叩き付けられバラバラになってしまった。私は何が起こったのかわからず、目をパチパチさせて呆然とするしかできないでいる。そんな私の肩にポンッ、と何かが置かれた。
「あ、ああ……」
私の目から再び涙が溢れ出した。
そこに立っていたのは……エルちゃんが『ヤドカリ君』と名付けたシーハウスだった。彼の体にはゾンビ達と戦ったのであろうか所々に痛々しい傷が見受けられる。それでも彼は私を助けてくれたのだ。何故だろうか?
何も語らないヤドカリ君はしゃがみ込み、ジッと私の目を見つめた。彼の瞳はあくまで優しく、そして私に語りかけている気がした。「まだ遅くないよ?」と。
私の凍りかけた心に、ほんの僅かなヒビが入った。冷たくなった心に温かみが生まれたのだ。
ヤドカリ君が立ち上がる。彼は「行こう!」と言ってる気がした。
ただの願望、と言ってしまえばそれまでだ。でも……それでも、私は行かなければ。
「もう一度……私は立ち上がれるかな?」
ヤドカリ君は何も語らない。でも、力強く頷いてくれたのだ。
凍りかけた心は砕け、代わりに燃え盛る心が姿を現した。私には、それがはっきりと分かったのである。
もう、後悔はしたくない! 皆と胸を張って歩ける友達になりたい!
「エルちゃん……今、私が行くからね!!」
私の……リンダ・ヒルツの戦いが始まった。もう迷わない! 後悔して生きるのなんて……まっぴらだから!!
◆◆◆ ダナン ◆◆◆
「やれやれ、こりゃ割に合わんな」
面白いもの好きのあいつらに、ちょっとしたプレゼント的なつもりで教えたボロ屋敷が、まさかこんな危険な物だったとは……。
「こりゃ、何かお宝でも手に入れないと合わす顔がないぞ」
特に、エルティナ辺りは、ほっぺを膨らませて文句を言って来るだろう……うん、良いかもしれない。
いやいや! そうじゃなくて!!
信用問題になる! 商人にとって大問題だ!! これは、まずいぞ! エルティナは戦闘に関しては戦力にならないが交流関係においては無類の顔の広さだ。
エドワード殿下に、クリューテル様も。挙句の果てに勇者タカアキ様とまでも知り合いだという。いや、もっと親しいのかもしれない。エルティナは明らかに国の上層部となんらかの繋がりがある。
「今、ここで信用を失う訳にはゆかない!」
将来の莫大な儲けがパーになる。商人志望としては絶対に避けなくてはならない。なんとしても、彼女が納得する一品を手に入れなくては。
それに……。
「へへ、大切な友達だしな! ちょっとくらい無茶してみますか!」
まあ、怒られるだろう。何故、無茶をしたと。
無茶するのが男なのさ。お前さんが一番知ってるだろ? エルティナ。
でも、俺は同時に安全をとる欲張りな男なのだ。決して怖いからではないぞ?
俺は薄暗い廊下を駆け出した。未来の商人としての意地と、友人の笑顔の為に。
ダナン・ジュルラ・ジェフト! やってやんよ! ……なんてな。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
ぴかー。
俺は相変わらず神々しく輝いていた。腐った方々も相変わらず近寄っては灰になってた。最高に灰ってやつだ。何かが違うがたぶん間違ってはいない。
「フォク……疲れた」
ちょっと弱音を吐く。目が見えるのに目を閉じて歩くのは非常に苦痛を伴うことが分かったのだ。盲目の人の辛さとはこんなものではないのだろう。健康に生まれたことを深く感謝する。
「あ……すみません。気が付かなくて。安全な場所で少し休憩しましょうか」
フォクベルトが手を引き、手短な部屋に誘導してくれた。
ガチャ、とドアが開く音。今の俺は音だけが頼りだ。音にスッゴイ敏感になってるのが分かる……ビクン、ビクン。
「どうやら、ここは大丈夫なようです。魔法を解除しても大丈夫そうですね」
「ふぅ……やっと、目が開けられるな」
俺は暫くぶりに目を開けることができた。しかし、きつく瞼を閉じていたためか、久々に見ることができた光景は酷くぼやけていたのである。
「……ぼやける」
「まあ、仕方のないことですね。少し経てば元に戻りますよ」
それから少しの間、俺達は休憩を取った。
フォクベルトは汚れがない場所を選んで誘導してくれたらしく、二人並んで床に腰を下ろして緊張を少しだけ解いた。視界はまだ不鮮明であるが、隣に武芸に富んだ友人がいてくれるので心強い。
皆は無事であろうか? 余裕が出来ると急に心配になってくる。
「皆……無事かな?」
俺は膝小僧を抱え、ぽつりと呟いた。
「ええ……きっと無事ですよ。僕らが思う以上に皆は強いですから」
「ふきゅん、そうだな」
フォクベルトの思いやりに感謝しつつ、魔力回復のために桃先生を食べることにした。少しの時間も無駄にしない俺は褒められるべき存在であろう。
そうだ、今の内に桃先輩と身魂融合しておこう。何かあってからでは遅いからな。
「おいでませ! 桃先輩!」
俺の小さな手に暖かな光が集まり未熟な桃が姿を現した。俺のパートナーたる桃先輩である。
「うむ、何用か? 後輩よ」
「……え? 果物が喋った!?」
まぁ、普通はそうなる。だが安心してほしい、俺もライオットも同じ反応をしたから。予想外の出来事にはまともに対処なんてできないのだ。
「少年とは初めてだな、俺は桃先輩。桃使いエルティナを導く者だ。この先、何度となく顔を合わせる事になろう。よろしく頼む」
「は……はい! フォクベルト・ドーモンと、申します! よろしくお願いします!!」
おおぅ。まさに先輩と後輩の挨拶だ。ま、それは良いとして……。
「桃先輩……詳しい事は」
「うむ、了解した。では身魂融合だ」
流石、桃先輩は分かっておられる!!
「応! 身魂融合!!」
俺は桃先輩をたいらげ身魂融合を果たす。青春の味は癖になりそうだった。
「……また、厄介な事に巻き込まれているな」
「さーせん」
身魂融合をおこない、情報を一瞬にして共有した桃先輩の一言だ。まったく言い訳のしようがないので僅か二秒の速さで謝罪することを決断した。
尚、俺の口からは低く落ち着いた男性の声が発せられている。まさに怪奇現象だ。
これにはフォクベルトも驚いていたが……安心してほしい、それが正しいリアクションだ。
「とにかく仲間との合流を最優先だ。合流後、改めて指示を出す。十分に休憩を取ったら出発だ」
「了解です、桃先輩」
「だったら、急いで桃先生を補給せざるを得ない!」
俺は〈フリースペース〉から、ピンク色の果実『桃先生』を取り出す。少し腹が減っていたので、更に美味しそうに見えた。いつ食べても美味しい桃先生に心から感謝だ。
「フォクに桃先生を、奢ってやろう」
「ありがとう、美味しそうだね」
俺は、ちっちっちっ……と、指を振り。彼の言葉を訂正した。
「美味しそう……ではない。美味しいのだよ!!」
と言いつつ、シャクッと桃先生をいただいた。
そう、この美味しさは力になる! 皆と合流したら、この美味しさを分かち合おう!
フォクベルトは珍しそうに桃先生を眺めていたが、その甘い香りに耐えれなくなったのか、その瑞々しい果実に口をつけた。小気味良い音と咀嚼音がこの部屋に俺たちしかいないことを認識させる。
「美味しい、こんな果物があるなんて……」
彼は目を細め、本当に美味しそうに桃先生を食べていた。なんだか自分を褒められているみたいで嬉しく感じる。…まぁ全部、桃先生の人徳のなせる業なのだが。
「さぁ、食べ終わったら皆を探しに行こう!」
「えぇ、そうしましょう」
俺たちは薄暗い部屋の中で気合を入れ直したのであった。