466食目 暴走
「くたばりやがれ、エルティナ!」
だがアランの陰の槍が俺に届くことはなかった。
すぼっ。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ふっきゅんきゅんきゅん。俺特製の魔法技〈落とし穴〉の味はどうかね? 特別に深く掘ってやったぞぉ……喜べ、アラン。おっ、そうだ。コショウ入りのシャボン玉もご馳走してやろう。
「ぶえっへ!? なんだこりゃ……はっくしょい! ぶえっくしょい!! コショウか!?」
このエルティナ・ランフォーリ・エティル、鬼に対しては容赦はせぬ! ありとあらゆる手を使ってでも必ずや退治してくれるわっ!!
「そろそろ楽にしてやる」
「完全に悪役の行動ではないか」
「愛があるからいいんだよ」
そう、全ては愛なのだ。だから、とっとと輪廻の輪に還っちまえ、アラン。
「そうれ、桃力のジュースですよ~。沢山召し上がれ」
俺は落とし穴の中に大量の桃力を流し込んだ。桃色の輝く液体っぽい何かが綺麗である。やがて穴は桃力で満たされたが、アランの陰の力が消えることはなかった。ということは……。
「野郎、鬼力〈溶〉で地中を溶かして移動してやがるな!?」
「そのとおりさぁ! エルティナぁ!!」
今度は俺の背後を捕ってきたアラン。だが、背後を捕られる対策はきちんと取ってきた。その成果をご覧に入れようではないか。
「魔法障壁! 八百連!!」
「大した魔力だよ! だが、どこに張っているんだぁ? 周りを囲ってよぉ!」
俺は自身とアランを囲うように魔法障壁を張った。全てはこの戦場で俺の必殺の魔法技を炸裂させるための下準備である。軽口を叩けるのも今の内だと知るがいい。
「〈アースボール〉!」
「だから……無駄なんだよぉ! くたばれっ!」
アランが陰の力を凝縮して作り上げた黒い槍を小さな山と化した俺に突き入れる。その瞬間を待っていた俺は「ふっきゅん」とほくそ笑む。
阿呆が、くらい……やがれぇ!
俺は小さな山の中で火属性下級攻撃魔法〈ファイアーボール〉を発動させた。それ即ち……。
「魔法技〈岩山発破〉!!」
しかも桃力をブレンドした特別製である。ふっきゅんきゅんきゅん……桃力入りの石は痛かろう。
「ぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
更には強力な魔法障壁で覆ったために跳弾が発生している。魔法障壁内は弾丸の雨あられと化した危険地帯と化し、同時に周りで戦っている仲間に被害が及ばないようにする、という隙の生じぬ二段構えだ。
尚、俺自身は理不尽なほどの魔法抵抗力で魔力にて発生した岩片が届くことはない。やったぜ。
でも、科学の力で発生した岩片は魔法抵抗力では防げないので、魔法障壁を張らなければ風穴があいてしまう。見極めが難しいのが難点だ。
「やったか!?」
「御屋形様っ!? そのセリフはいけませぬ!」
機転を利かせて桃力の液体っぽい何かの中に潜り難を逃れたザインが俺に警告を発した。それは、ほんの僅かな気の弛み。あろうことか俺は決して口にしてはいけないワードを唱えてしまったのだ。
「ぷはっ! チゲ、大丈夫ですか!?」
どうやらルドルフさんとチゲも桃力液の中に逃れて無事だったようだ。一応は彼らにも魔法障壁を付与しておいたのだが、それでも自発的に回避してくれるのであれば、ありがたいことだ。
とういか……桃色の液体に濡れたルドルフさんの身体が色々ヤヴァイ。あ、チゲどいて! ルドルフさんのおっぱおが見えない! あー、隠しちゃった。
「やってくれるじゃねえぇか……」
やはり、アランは倒せてはいなかった。体中が穴だらけになってはいるが致命傷には至っていない。
「あぁ、痛ぇなぁ。そう、これは痛いんだよ。でもな……体の痛みはいずれ癒える」
アランはゆらりと、まるで幽鬼のように立ちあがり、俯きながらぶつぶつと何かを呟きながらゆっくりと近付いてくる。
見た感じは瀕死の男に見えなくもない。だが、そのボロボロの肉体の奥底から溢れ出てくる陰の力はただ事ではない。
良くないことが起こる前触れだと判断し、いつでも行動がとれるように身構えた。
「でもなぁ……心の痛みが癒えねぇんだよ。いつまでも、いつまでも、じくじくと痛むんだ」
俯いていたアランが顔を上げた。
「っ!?」
それは、果たして鬼がする顔であっただろうか? 無論、人ですらしない顔だ。彼は憎しみ、怒り、そして愛情が混在した例えようのない顔をしていたのである。
「ハーイン……覚えているよなぁ?」
ハーイン。ティアリ解放戦争においての黒幕であり、愛を追い求めて鬼へと落ちた漢。彼の愛情はあまりに深く、そして悲しいものであった。
彼は鬼であるエリスを心から愛し、彼女のための国を作るためにティアリ王国を乗っ取ろうと画策する。だが俺たちにその野望を阻まれ、最後は戦友であり、親友でもあるオオクマさんに倒され輪廻の輪の中へと還っていった。
「俺の弟になるはずだったんだよ。嬉しかったなぁ……新しい弟ができるんだぜ?」
ベキベキと音を立て、アランの肉体がビルドアップしてゆく。いったいヤツに何が起こっているのだろうか。
『これは……気を付けろ、エルティナ。先ほどまでのヤツとはまるで違う』
『あぁ……分かってるよ。どうやら、本気でやるつもりのようだ』
尚もアランの独白は続く。それは恨み言のようにも聞こえるし、自分に言い聞かせる戒めの言葉のようにも聞こえた。
「だが、ハーインは死んだ。殺されたのさ、おまえらになぁ」
「……」
アランは血の涙を流していた。鬼の目にも涙とかそんな生易しいものではない。溢れているのは憎悪、口から漏れ出すのは呪い、身体から解き放たれているのはドス黒い殺意だ。
でも、それなのに、例えようのない深い愛情を感じ取ってしまう。俺は、おかしくなってしまったのだろうか?
「そうさ、俺が弱かったから弟たちを助けに行けなかった。悪いのは俺……俺なんだよぉ」
その言葉と共に一気に陰の力が溢れ出してきた。とんでもない密度の陰の力だ。息をするのも苦しい。
「だから……俺は……強くなった!」
「なっ!?」
アランのその姿が一気に変貌を遂げた。背中から蝙蝠の翼が生え、頭からは禍々しい角が二対、指からは人を易々と切り裂くであろう鋭い爪が生え、棘がびっしりと生えている長い尾までも有していた。
パッと見で説明するなら『悪魔ヤンキー』といったところか。
「エェェェェェェルゥゥゥゥゥゥティィィィィィィィナァァァァァァァッ!!」
アランが咆えた! 来るっ!!
『桃先輩! とんぺー!』
『桃力〈幻〉!』
『わんっ!』
咄嗟に桃先輩が俺のダミーを複数作り出しアランを幻惑させる。アランは構わず攻撃を繰り出し、ダミーの一体を切り裂いた。
その隙を突いてとんぺーに距離を取らせる。だが、仮にダミーではなく本体である俺に攻撃が来ていたら、防ぐこともできずにバラバラにされていたに違いない。早過ぎて対応できなかったのだ。
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「こいつっ!!」
中華包丁では分が悪い、と判断した俺は中華包丁を無数の〈小出刃〉に変換し、アランに向けて発射する。更に小出刃は桃先輩の操作によって不規則に起動を変えて回避を困難なものへとした。
次々にアランの身体に突き刺さる桃色に輝く小出刃たち。だが、次の瞬間、その小出刃たちは黒く染め上げられ消滅してしまったのである。
『なんという憎悪だ!? 桃力が陰に染められてしまうとは!』
『尋常じゃねぇぞ、こいつは!』
ゆらりと俺を見つめるアラン。その濁った瞳には何が映っているのだろうか。とてつもなく悲しい顔をしているが、見ようによっては憤怒の表情にも見える。こいつはいったい、今までどのような体験を経て、ここまで至ってしまったのだろうか。
「理不尽な略奪が俺を強くした」
アランの姿が書き消える。次の瞬間、腹部にとてつもない衝撃が走る、と同時に俺は宙に舞っていた。
「ぐはっ!?」
『エルティナ、意識をしっかり持て! 気を失えば魔法障壁を張ってやることもできん!』
どうやら桃先輩が魔法障壁を張って攻撃の衝撃を緩和してくれたようだ。それでも意識が飛びそうになるほどの威力に恐怖を感じる。
「投げかけられる罵詈雑言が俺を強くした」
今度は背中に衝撃が来た。もう吐く息などない、さっきの一撃で全部出ちまった。
「弟たちの絶望が俺に生きる意味を与えてくれた」
追撃、地面に叩き付けられバウンドする俺に上空からの蹴りが入る。
「……かっ!?」
そして、そのまま顔を踏み付けられた。
「憎い……俺はおまえが憎い! 桃使いが憎い! 殺しても殺し足りない! 絶望という絶望を、おまえに与えてやる!」
俺を踏み付けていた足が視界から消えた。その瞬間に聞こえるザインの悲鳴。
「なっ!?」
アランはザインの右腕を引き千切り、その右腕を喰らっていたのである。断面から飛び散る大量の血を抑えようと残る左手で傷口を抑えるザインに、アランは容赦なく蹴りを入れ吹っ飛ばした。
なんという残虐な男だ。こいつには、もう人としての心が残っていないのだろうか?
「てめぇっ!」
すぐさま立ち上がろうとするも足に力が入らない。先ほどの攻撃で身体が痺れて動かないのだ。芯まで響く攻撃とはこの事だろう。
「あぁ、不味い。ガキとは言っても男じゃダメだな」
アランはザインの腕を放り投げると今度はルドルフさんに標的を変更した。対するルドルフさんも迎撃の構えを見せる。右手にメイス、左手にはおっぱい。要は隠しているということだ。
「来るなら来なさい! ただでは……」
「もう、ここにいるさ……お嬢さん」
早過ぎる、もうアランの動きが視認できない。気が付いた時には既にルドルフさんの背後を捕っていたのだ。驚愕の表情をみせるルドルフさんが口から大量の血を吐き出す。
「が……がふっ!」
アランの右腕はルドルフさんの背中を貫き、その豊かな乳房をわし掴んでいたのだ。もし、もう少し上から貫かれていたら心臓を潰されて即死だっただろう。
ヤツのスピードが早過ぎてとてもじゃないが反応できない。このままじゃあ、何もできないで嬲り殺しにされちまう!
いや、それよりも治療を優先しなくては! このままではルドルフさんが危ない!!
「がぼっ……エ、エルティナ! 治療よりも、こ、ごぼっ、こうげ……」
「健気だねぇ、ん~牝牛か。殺すにはちと惜しかったなぁ。ははっ、良い乳だ……堪能したよ」
アランの殺意が膨れ上がるのを感じ、俺は震える足に無理矢理力を籠めて立ち上がり叫んだ。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「じゃあな」
ビシャッ。
その瞬間、ルドルフさんの上半身と下半身が無残にも分かれてしまった。まるでスローモーションのように、ゆっくりと地面に落ちて転がる二つのルドルフさん。
その光景を見て、俺の大切な何かが音を立てて千切れ飛んだ。一瞬にして頭の中が真っ白になり、視界が赤く染まってゆく。心臓は破裂しそうなくらいに鼓動を刻み、息をすることも困難になる。
「……やってくれたナ、アラン」
その言葉は果たして自分が言った言葉であろうか? もう、自分を抑えつけることができない。
「ははぁ、その顔だよ。俺が見たかったのは!!」
ゆルさなイ、ぜッたイに。こドモが、ウまれタばかリダったんダぞ。
『止めろ! エルティナ!! その力を使ってはならん!!』
なニかきコえル。ダれだッケ、オもイだせなイ。
「ムサぼリつくス……」
ムサぼリつクス、ムサぼリつくす、むサぼリつくス、ムサぼリつクす、ムサぼリつクす、ムさボリつくス、ムサぼりツくス、ムサぼリつクス、むさボリツくス、ムサぼリつくス、ムサぼリツくス、ムサぼリつくス、ムサぼリつクス、ムサぼリツくス、ムサぼリつクす、ムサボリつクス、ムさぼリつくス、ムサぼリツくす、むサぼリツくす、ムサボリつくス、ムサぼリつくス……。
おレの、タイせつナもノヲ、ウばウやツハ、みンな、むサボりつくシてヤル。