465食目 宿敵
ここに人と鬼との戦いは幕を上げた。ティアリ解放戦争とは違い、とんでもない数の鬼にどう立ち向かうのかがカギとなるのだが、俺たちはただ突っ込んで鬼をボコることしかできない脳筋集団だ。
「やっちまえぇぇぇぇぇぇっ!」
「うるぅあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きえあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
奇声を上げながら鬼と思われる魔導装甲兵に躍りかかるのはやたらとゴツイ鈍器を手にした冒険者達だ。メイン武装を鈍器や重量のある斧などに変えたらしい。サブとして腰に短刀を差してはいるが、あまり武器としては期待していないのか安物ばかりだ。
そのため、見た目は世紀末ヒャッハー共にしか見えず、どちらが悪者なのか判断に困るだろう。
「初っ端だから派手にいこうかしら」
先陣を切ったユウユウ閣下が拳を握りしめ、天高く上げた後に魔導装甲兵の集団のど真ん中目掛けて跳躍した。普通に考えるなら自殺行為。だが、彼女の場合は『それ』でいいのである。
「そうれ、〈大金槌〉!」
握られた拳が振り下ろされ哀れな魔導装甲兵の一体がペシャンコになった。だが、被害はそれだけには収まらない。衝撃の余波が周りの魔導装甲兵を巻き込み次々と彼らを砕いてゆく。
「エルティナ、衝撃に備えろ!」
「おごごごごご!? ユウユウ閣下、飛ばし過ぎだ!!」
衝撃波が来る前に自軍の正面に魔法障壁を張る。層は三百だ。それでもパリンパリンとお煎餅のように割れてゆく魔法障壁に戦慄を覚える。
これでも日々の修練で一層当たりの耐久力を高めてきたつもりだ。それが容赦なく破壊されてゆくさまを見て、鬼と同等の理不尽さを覚えざるを得ない。なんじゃそりゃ、と。
だが、ユウユウの無茶振りによって魔導装甲兵の連携が崩れた。突撃するなら今だろう。
『いけっ! 我らの矢をねじ込ませろ!!』
ソウルトークによる桃先輩の指示に従い最前線で戦う部隊が突撃する。
ブルトン、ガンズロック、ガッサームさんといった攻撃力が高い部隊が最前線で突破口を開く。その後ろに俺とフォクベルト、エドワードの部隊が続く。尚、ユウユウ閣下はフリーだ。
彼女をどこかに所属させることは不可能に近い。よって、好きなように暴れさせるのがベストだ、と満場一致で採択されたのである。仕方がないね。
「む、やはり魔導装甲の中身は人ではないようだな」
大地に倒れ伏す帝国兵の魔導装甲が剥がれ中身を晒しているのを目撃し、桃先輩はそう判断した。既に力尽きているのか、その兵士の肉体は桃色の光の粒子となって天に昇っていっている。
やがて肉体は消滅し、魔導装甲だけがその場に残された。諸行無常である。
「鬼ではある……だが、どうも人に近い性質を持っているようにも感じる。いったい、なんなのだ……こいつらは」
「人と鬼のハーフ?」
「……考えたくはないが。いや、今はこの戦いに集中しよう」
桃先輩は一つの結論に辿り着いたようだったが、今はこの戦いに集中すると言って議論を終わらせた。とにもかくにも、この難局を乗り越えなくては明日は来ないのだ。それは俺も十分に理解している。
戦闘から二十分が過ぎた頃になると、流石の快進撃も鳴りを潜めだした。その圧倒的な数に飲まれまいと前へ前へと歩を進めるも、次から次からくる魔導装甲兵に立ち阻まれ思うように事が進まない。
『エルティナ、兵たちのHP管理は徹底しろ。一人でも倒れれば、苦しくなる一方だ』
『分かってるんだぜ……おわっ! あっぶね!? 直撃を喰らったな!?』
注意された傍から冒険者の一人が死にそうになって慌てて〈ソウルヒール〉を飛ばす。チユーズ達五十体は総出撃な上に大忙しだ。
『桃先輩! 鬼の司令官のいる場所まではまだかかるのか?』
『まだ遠い!』
焦りが出始めたその時、場の流れが変わった気がした。遠くから聞こえてくる勇ましい声。
『ラングステン騎士団か!』
俺たちの突撃に気付いたラングステン騎士団が勝負どころを感じ取り、全戦力を持って総攻撃をおこなったのである。
『ラングステン騎士団が総攻撃を仕掛けた! 場の流れが変わる!』
桃先輩の情報に疲労してきていた戦士たちの瞳に再び熱き炎が灯る。ここがターニングポイントになるだろう。
「ルドルフさん、ザイン、チゲ! ここが正念場だ! 覚悟はいいか!?」
俺の問いかけに三人は頷いて応えとした。
ラングステン騎士団の猛攻で鬼達の防衛網が緩む。そのタイミングを待っていた桃先輩がここぞとばかりに突撃の指示を出し、俺たち連合軍は持てる力の全てを使い鬼の司令官までの道をこじ開ける。
『見えた! ヤツが鬼の司令官だ!』
桃先輩が鬼の司令官らしき存在を捕らえた。俺はここからでは見ることができない。そこで上空を飛んで戦場をリアルタイムで観察している、うずめと、もっちゅトリオの視界をジャックする。魂の絆で繋がっているからこそできる芸当だ。
「あ、あいつは!?」
その鬼の司令官は俺が知っているヤツだった。忘れようにも忘れられない、そいつの名は……。
「アラン・ズラクティ!!」
一気に頭が沸騰する。込み上げてくる怒りの炎に身が焦がされようになる。忘れたい痛みが心を締め付けてくるのだ。
心臓の鼓動が速まり、頭の中が真っ白に染まってゆく。その白を更に忌まわしき黒が染め上げようと迫ってきたところで、桃先輩の声が俺を引き戻した。
『エルティナ! 心を持ってゆかれるな!!』
『っ!? お、おれは……?』
『憎悪では何も解決しない! 本当に全てに決着を付けたければ……己の宿敵を救え!!』
そうだ……俺は桃使い。憎悪で相手を滅ぼしてはいけない。でも。それでも……!
『俺に、俺にできるだろうか……俺は、あいつが憎い!』
『おまえは言ったはずだ!「やれる、やれないではない、やるんだ」と! だったら、やってみせろ! 桃使いエルティナ!』
『そうだった、俺……弱気になってる!』
『おまえには俺が憑いている、だから大丈夫だ!』
『応!!』
俺は抑えていた桃力を解放した。それは無駄に桃力を溢れさせる行為ではなく、桃力を体全てに循環させる行為。
「回れ桃力、愛と勇気と努力の風を受けて!」
俺の髪の毛が桃色に染まる。スーパー桃使いエルティナの誕生だ。
「……行ってこい! エルティナ!」
「勝ってこいよぉ! エル!」
「黒子になってやるんだ、ドジったらただじゃおかねぇぞ、嬢ちゃん!」
ブルトン、ガンズロック、ガッサームさんが道を維持してくれる。行くなら今を置いてない。
「とんぺー! ライド……オォォォォォォォン!」
ぶっぴがん!
「ユクゾっ!!」
「「応!!」」「わんっ!」
とんぺーの背にまたがり宿敵アラン・ズラクティ目掛けて突撃する。後に続くのはルドルフさん、ザイン、チゲだ。
「あぁ? てめぇは!? そうか、そうか……おまえから会いに来てくれるたぁなぁ!」
金髪のリーゼントを櫛で整え卑屈に歪んだ笑みを見せるのは初代から明日を奪った宿敵、アラン・ズラクティだ。二人の兄妹同様に鬼に堕ちた哀れな人間。
ヤツを輪廻の輪に帰すことこそ、初代の無念、そしてヤツの手に掛かった人たちの手向けとなるはずだ。
「アラァァァァァァァァァァン!!」
「エルティナァァァァァッ! 会いたかったぜぇっ!!」
禍々しい陰の力が物質化するほどの密度で解き放たれる。いったいなんだ、この異様な力は!?
『エルティナ! 桃結界陣!』
『応!〈桃結界陣〉発動!』
アランは物質化した陰の力を槍のように伸ばしてきた。それを〈桃結界陣〉でもって無力化を図る。
だが、その陰の槍は無力化どころか弱まりすらしなかったのである。
「闇の枝っ!」
「フキュオォォォォォォォォォォォォォォン!!」
直撃を受ける寸前で辛うじて、全てを喰らう者・闇の枝を出現させ、黒い槍を食わせ無効化する。あのままでは何もできずにやられていた。
「なんという陰の力だ。〈桃結界陣〉が、まるで効果を成さないとは!」
「けぇっ! 人のことが言えるのかよ! なんだその蛇はよぉ!?」
桃先輩はアランの持つ陰の力の強大さに驚きを隠せないでいたが、それは陰の槍を無効化されたアランも同様だったようだ。
「あぁ、そうか。そいつがマジェクトが言っていた、全てを喰らう者かぁ? はっはぁ、いいじゃねぇか、悪くない」
不気味な笑みを浮かべ、尚且つ舌なめずりをしながら近付いてくるアラン。まるで隙だらけに見えるのだが、本能が迂闊に飛び込むべきではないと警鐘を鳴らしまくっている。
『それでいい、相手の出方を待つのも戦法の一つだ』
『でも、性分じゃないんだぜ』
『左様、拙者もでござる。先陣を切らせていただきまする!』
「エルティナ・ランフォーリ・エティルが家臣、ザイン・ヴォルガー! いざ参る!!」
ザインがアランに切り込んだ。俺とルドルフさんは、いつでもカバーできるように身構える。
「お~、お~、いきがってるじゃねぇか。嫌いじゃねぇぜぇ、そういうの」
アランは避けることもせずにただ、手を刀に向かって突き出しただけだった。当然、それは桃力を纏った刀に両断される……はずだったのだ。
「なっ!?」
「残念だなぁ? 俺にはそんなちんけな刃は通らねぇ」
なんと、アランは桃力で覆われた刀を素手で掴んだのである。
「鬼力〈鋼〉! 俺の肉体は鋼と化す!」
攻撃の反動で身動きが取れないザインに向かってアランは拳を放った。当然それは鬼力の特性でもって鋼の硬度になっているはずだ。
「させません!」
それを読んでいたルドルフさんが既に行動に移っていた。二人の間に割って入り強固な盾でもってアランの拳を防いだのである。
「ぐあっ!?」
完璧に防いだ、そう見えていたのは果たして俺だけだったのか? それはルドルフさんの悲鳴を聞いて理解した。防いだと思っていた盾に不自然な変形が見られたのである。
「くっくっく……鬼力〈溶〉! 全ての物は俺に溶かされる!」
そう、ヤツの鬼力によってルドルフさんの盾は溶かされ役目を果たせなかったのだ。そしてアランの拳はルドルフさんの肩に命中していた。
「まずはひとぉり。溶けちまいなぁ!」
「そうはいきませんよ!」
ルドルフさんはアランが能力を発動する前に鎧をパージして難を逃れる。だが、その代償として彼の鎧は一瞬にしてドロドロに溶けてしまった。恐ろしい能力だ。
しかし、ルドルフさんもただではやられなかった。鎧をパージした瞬間に、もう片方にもっていたメイスでアランのどてっぱらをぶん殴って吹き飛ばしたのである。
しかし、鋼と化したアランを吹き飛ばすとは恐ろしいほどの怪力だ。
「ちっ、振動までは抑えきれねぇな。おぉ、痛ぇ……」
アランは痛いと言っている割には、たいして効いている様子を窺わせない。実際に効いていないのだろうと思われる。それよりもルドルフさんの治療をしなくては。先ほどの攻撃で肩をやられているはずだ。
「ふきゅん! ルドルフさん、いま治療を……」
「はっ、治療なんざ、やらせ……」
「「でけぇ!!」」
不覚にも俺とアランの声が重なった。それほどまでの衝撃的なものを見たからだ。
鋼と化したアランを吹き飛ばすほどの筋力をルドルフさんは持ちえていない。では何故、それができたのか?
答えは簡単だ。牝牛獣人に変態して筋力を高めてから、ぶん殴ったのである。
「うぐっ、母乳が漏れる。だから、この形態は嫌なんですよ」
ただ殴った反動で母乳が溢れてしまうそうで緊急時にしか利用しないようだ。もったいないから、ある程度飲んであげた方がいいだろうか?
エレノアさんの母乳はまろやかで優しかったが、ルドルフさんの母乳は、どんな味がするのか気になるところだ。
「ええい、見とれている場合か! 畳みかけろ!!」
「ふきゅん、そうだった! アラン! おまえを退治して、ルドルフさんのおっぱいを堪能する!」
「欲望がだだ漏れでござる」
だが、ルドルフさんの見事な超乳に見とれている内に、吹き飛ばされたアランが立ち上がり叫んだ。
「おっぱい!!」
貴様もか、アラン。そして恥ずかしくもなく股間をエキサイティングさせるな。
「はっはぁ! やっぱり女だったか! いいねぇ、おまえはこれでもか、とヤッてから食ってやる! いや待てよ? 四肢をもいでペットとして飼うのもいいかもなぁ。支配者は余裕を持たねばならないからなぁ」
その余裕のある態度は自身を強者として認識している証。にやにやとルドルフさんのおっぱいを舐め回すように見つめるこの変態には、油断している間にきつい一発を食らわせてくれよう。
『桃先輩、〈中華包丁〉は?』
『いつでも出せる。だが気を付けろ、鬼力に二つの特性を持つ者など、いまだかつていない。何かが引っかかるのだが、それが分からないのだ』
『分かった』
俺は桃力と魔法障壁を組み合わせ、巨大な中華包丁を作り出す。この包丁に切れないものはそれほどない。さぁ、我が刃を受けてみろ。
「とんぺー、こっそりと、あの変態の後ろに回り込んでくれ」
「わん」
小声でとんぺーに指示し、俺たちはこっそりとアランの背後を捕った。
ふっきゅんきゅんきゅん……後ろからバッサリだぜ!
「かくご~」
「あ? うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? なんだそりゃ!?」
「中華包丁だっ! ぶった切られろよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は容赦なくアランの背後から切りつけた。
ん、卑怯だって? おっぱいに気を取られている方が悪い!
「きたねぇぞ! それが自称正義の味方かぁ!?」
「勝てばよかろうなのだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そんなの関係ねぇ! 勝ってしまえば、こっちのもんよぉ!! 桃力も「ユーやっちゃいなよ」とGoサインを出してくださっているのだぁ。だったら、やるでしょ?
だが小癪にもアランは陰の槍を出して中華包丁の一撃を防いだではないか。
「これだから桃使いは油断ならねぇ! おまえが今まで戦ったどの桃使いよりも小賢しい!」
「なんだと!? おまえは今まで他の桃使いと戦ったことがあるのか!?」
「るせぇっ!」
アランの振る陰の槍の一撃を華麗に回避する。もちろん回避できたのはとんぺーのお陰だ。
「くそがぁ! どこまでも桃使いってヤツぁ邪魔しやがる!」
アランの憎悪がヤツの放つ陰の力を増大させてゆく。どうやら勝負に出るつもりのようだ。
「上等だ! 受けて立ってやる!」
俺は中華包丁を中段に構え、陰の槍を持って突撃してくるアランを迎え撃った。