464食目 出撃、モモガーディアンズ・冒険者連合軍
皆が戦いに向けて準備をする中、桃使いたる俺もまた、戦いに向けて準備を抜かりなくおこなっていた。
「がつがつがつがつ! じゅるじゅるじゅる。ぞぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ! ごくん!」
トンカツ、ナポリタン、ラーメン、おにぎり、鶏のから揚げ、野菜の天ぷら、ピザ、コンソメスープ。
テーブルに並ぶ美味しそうな料理の山。それらを片っ端から胃に収めてゆく。
「うおっ!? 聖女様、戦いの前に何をなさっておいでですか?」
そこに熱血という言葉がよく似合う、つんつんヘアーの騎士候補クラーク・アクトが待機室に設置されている食事スペースにやってきて、俺の食事風景を見て仰天した。
そう言えば、彼は俺が本気で食事をする姿を見ていない。この異常とも言える料理の量に、さぞかし驚いたことだろう。
遠巻きに見ている冒険者たちも、俺の食いっぷりには、口をあんぐりと開けてお間抜けな顔を見せていた。
「やぁ、クラーク。これは胃を満タンにしているのさ。この戦いは俺の桃力がどれだけ持続するかがカギとなるからな。しっかりと食べて、桃力を蓄えなくちゃ」
「そ、そんなことができるんですか」
そう、今回の作戦は鬼との直接戦闘になるため、鬼に対抗手段がない者には俺が桃仙術〈桃光付武〉をおこない、手持ちの武器を対鬼用に昇華しなくてはならないのだ。これを百人近く、それも戦闘中持続させるとなると恐ろしく桃力を消費することになる。
そこで、あらかじめ胃袋に食べ物を詰めれるだけ詰め込んでおき、少しずつ桃力に変換しながら戦い抜こうという作戦である。
この方法は後方で援護を担当する桃使いの常套手段であるそうだ。俺もそれに倣い、こうしてもりもりと料理を口に運んでいるというわけだ。
まぁ、俺の場合は最前線で戦うんだがな。
うん、チゲの作ってくれる料理は美味しいなぁ。
「うっきー」
そんなチゲにずっとくっ付いているのはお猿……もとい、炎の上位精霊であるイフリートの炎楽だ。どうやらチゲも親だと思っているようで片時も離れない。離れる時は俺の懐に入り込んで寝る時だけである。
どうやら俺の魔力を吸い取りながら寝ているようだ。まったく、こんなご飯の食べ方をするなんて、いったい誰に似たのやら。
「がつがつがつがつ! ごくごく、がふがふがふがふ! がりがりがりがり! おかわりだ!」
俺の隣には猛然と料理を胃に収めてゆく獅子の獣人ライオットが、俺に勝るとも劣らない食いっぷりを披露していた。
年端もゆかぬ少年少女が揃って大食い大会をおこなっているのは非常にシュールな光景と言えよう。先ほど俺の食べる理由を聞き納得したクラーク少年であったが、ライオットが食べる理由がいまいち分からないようで、夢中で食べる彼に済まなさそうに訊ねた。
「……で、食べてる途中で悪いけど、ライオットも何かを溜めているのか?」
「いや、俺はただ単に腹が減っていただけだ」
「さっき食べたばかりだろ!?」
クラークの質問に、とんでもない答えを返すおバカにゃんこのライオット。彼は先ほど、どんぶり飯を五杯ほどたいらげていた。それでも彼は満腹にならないのだという。
「いやぁ……エルの食べっぷりを見ていたら腹が減ってきてさ」
「た、確かに聖女様の食べっぷりは見事だけど、それは理由にならないだろ」
特大のハンバーガーに齧り付くライオットを見て、クラークはひとつため息を吐いた。
「しかし、二人ともよく食べれるなぁ。俺は緊張して食べれませんでしたよ」
「ふきゅん、騎士たるものはきちんと食べないといかんぞぉ。肝心な時に力が出なくなってしまうからな」
「そうだそうだ。男なら食いたくなくても胃に詰め込んでおけ。腹が減ったら帰るってヤツだ」
いや、それは真理ではあるが微妙に違うぞ、ライオットくん。
「それを言うなら『腹が減っては戦ができぬ』だろ?」
「リックじゃないか。いいもんもってるな」
俺たちの会話に入ってきたのはリザードマンのリック、彼はクラークの親友だ。また、ダナンともよくつるんでいるのを見かける。リックは意外にも交友関係が広いのだ。
彼はその手にホイップクリームがてんこ盛りに載ったホットケーキを持っている。それを見て反応したライオットがはしたなくも涎を垂らした。
そして、そろりそろりと手を伸ばすが、リックに迎撃されてしょんぼりした表情を見せる。
「うはっ、リック、おまえもか」
クラークは親友のもつホットケーキに苦笑するも、リックはそれを否定した。そして、そのホットケーキをクラークに突き付けて言う。
「バカ野郎、これはおまえのだよ。全然、食べてなかったじゃねぇか。甘いのならいけるだろ? 少しでもいいから腹に詰めておけ」
「うぐっ、よく見てるなぁ、おまえ」
クラークをテーブルに就かせてホットケーキを食べさせるリックは、まるで彼の女房だ。渋々ながらもホットケーキを口にするクラークであったが、徐々にそのフォークは加速度的に早まり、結局はかなりの大きさのホットケーキを残すことなくたいらげてしまったではないか。
「あ……全部食べれた」
「緊張が解れていたからだろ。聖女様とライオットに感謝しろよ? 柄にもなく緊張しやがって」
緊張が解れたこともあるだろうが、ホットケーキの出来栄えも見事な物だった。きっと、あま~く優しい味に仕上げたのだろう。流石、チゲは格が違った。
更に彼は良い香りのする紅茶をさりげなく淹れて持ってきてくれたのだ。
ううむ、できる男は違うなぁ。
「ぐぬ、仕方がないじゃないか。五千だぞ、五千」
「たかが五千だろ」
「リック……おまえなぁ」
「五千だろうと一万だろうと、俺のやることは変わらねぇ。それは、おまえもだろうが」
リックはそう言うと、チゲが持ってきてくれた紅茶を器用に飲んだ。毎回思うのだが彼は本当によくこぼさずにお茶を飲めるものだ。
彼はリザードマンなので口の構造上、カップなどに入った液体を飲むのに苦労するはずなのだが、彼の場合は苦労する様子もなく、さもすれば上品とも言えるような飲み方をする。相当に飲む工夫をしたに違いなかった。
「そうだけど……おまえ、そういうところ妙に度胸があるよな」
「開き直っているだけさ、クラーク」
「……そっか」
クラークは紅茶をくいっと飲み干し、ふぅと一つため息をこぼした。
「そうだな、やるしかないものな」
クラークは自身の頬をピシャリと叩き、気合いを入れ直す。その後には、俺たちがよく知る熱血漢のクラークの姿があった。どうやら、もう大丈夫のようだ。
「ありがとう、チゲ。戦いが終わったらホットケーキをまた作ってくれよ」
クラークの要望に、喋ることができないチゲは親指を立てて応える。その仕草を見てクラークは笑顔を見せるとリックを伴って待機室から出ていった。
「ふきゅん、大丈夫そうだな」
「だな」
その後ろ姿を俺とライオットは見送った。クラークとリック、二人は本当にいいコンビだと思う。
「さぁ、チゲ。ジャンジャン持ってきてくれ。まだまだ俺の胃には余裕があるぞぉ」
「あ、俺も俺も!」
おまえは食い過ぎたら動けなくなるだろうが。
喉下までその言葉が出かかったが、今それを言うのは野暮だというものだ。空気を読むことも大人の醍醐味と自分を言い聞かせ黙認した俺はまさに謙虚な桃使いだ。
『……ききき……連絡、連絡……後三十分で……ドロバンス帝国軍と接触……』
スピーカーからララァのハスキーボイスが聞こえた。どうやら、戦いの時はもう近いようだ。
「いよいよか……腹八分と言うし、ここら辺で食うのを止めておくか」
「ふきゅん!? あれだけ食って腹八分ってなんだよ!?」
ライオットは俺より後から来たというのに食べた量は俺を遥かに上回る。こいつの胃袋は本当に異次元と繋がっているのではないだろうか、と思わせるには十分過ぎた。
「残りは帰ってきてから食えばいいしな」
「そうだな、じゃあ、ちゃちゃっと片付けてしまうか」
俺はぐいっとラーメンスープを飲み干した。そして俺の胃の中で桃力へと変化し、力になってくれる全ての食材たちに感謝を込めて「ごちさうさまでした」の言葉を捧げる。
「よし、行くか!」
「おう!」
俺はライオットを伴い待機室を後にした。
いもいもベース出撃口にて最後の確認をおこなう。各部隊の隊長が勢ぞろいし、鬼との戦いに赴く覚悟を確かめ合っていた。
「最終確認をおこなう、今回の戦場は砂漠地帯となる。リトリルタースとは違い足を取られる可能性が多分にあるので注意してくれ。また今回の作戦を『デザート・アロー作戦』と呼称する。作戦の達成条件は敵司令官の撃破、及びゼグラクト市民の脱出までの時間を稼ぐことだ」
桃先輩の声はいつにもなく厳しい。それは今回の作戦がとてつもなく困難なものであることを物語るには十分過ぎた。
「各部隊の隊長はエルティナを敵司令官の下まで送り届けることに専念。戦力を集中させての一点突破を狙う。尚、指揮官を撃破後の鬼は日を改めての討伐になる。本来なら桃結界陣で鬼の移動範囲を制限したいが、余力は無いと考えた。今回ばかりは、どうにもならないのが現状だ」
やはり、桃先輩も後始末までは手が回らないと判断したようだ。俺もできる事なら鬼の行動範囲を制限したかったが……こればっかりはどうにもならないのだろう。
余力が残れば少しでもいいから鬼達の行動を阻害したいものだ。
「尚、ダナンとララァをいもいもベースに搭乗させ後方に待機させる。作戦が成功、及び失敗した場合でも鬼の包囲網を突破し部隊を回収してもらう手筈だ。ただし、いもいもベースの耐久力を考慮して、この方法は一度しかおこなえない。乗り遅れた者は自力での脱出を強要されるので十分に気を付けてくれ」
いもいもベースに乗り遅れること、それ即ち『死』を意味している。だから、あえて桃先輩は乗り遅れたらどうなるかは言及しなかった。
「俺から言うことは以上だ。各員、持てる限りの力を全て出し、生きて勝利の喜びを分かち合うことを切望する」
桃先輩の締めの言葉を聞き届けた俺は大きく息を吸い、リーダーとして責任のある言葉を発した。
「出撃!!」
それは友を戦場に送りだす、とてつもなく重い言葉。俺はこの言葉に責任を持たなくてはならない。
「「「「「おう!」」」」」
俺の出撃の言葉を合図に出撃口の扉が開かれる。重々しい音と共にゆっくりと外界の朝日の光が入り込み、戦いに赴く百人の戦士と獣たちを照らす。
神聖歴千六百三年、四月二十八日、午前六時四十分。モモガーディアンズ、冒険者連合軍は激戦の地へと出撃した。
いもいもベースの出撃口はいもいもベースの口に当たる部分だ。そこがゆっくりと開き、わらわらと戦士たちが飛び出してゆく。見た感じは『やったーおとこ』のお助けロボをイメージするといいだろう。もっとも、はしごなどは使わず勢いをつけて跳躍という形になる。
出撃口と地上の高低差はかなりのものがあるが、そこはドクター・モモのとんでも技術でカバーしているので問題ない。
出撃口には魔法陣が仕込まれており、重力特殊魔法〈ライトグラビティ〉そして魔法障壁を同時に付与し、敵からの攻撃を防ぐと共に地上までの着地を安全確実なものとしているのだ。
慣れないうちは大変だろうが場数を踏めば大丈夫だろう。尚、顔面から着地しても平気なので安心してほしい。
ん? 顔面から着地したへっぽこは誰だ、だと? ばっか、言わせんじゃねぇよ!
「エルティナ、あれだけ練習したのに顔面から……」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
ふぅ、なんとか誤魔化せたな! 危ない危ない。
そんなことよりもドロバンス帝国軍だ。見た目は魔導装甲兵と変わらない。だが連中から放たれる力は禍々しさが極まったものであった。
陰の力、それは鬼のみが扱う忌むべきもの。それを遠慮なく撒き散らしているのである。こんなものを普通の生き物が放てるわけがないのだ。あの装甲の下には紛れもなく鬼が隠れているに違いない。
「うおっとっと! 不思議な感じだなぁ……」
隣にライオットが着地してきた。運動神経が良い彼でも初めての体験に戸惑っているようだ。
「どいてちょうだい!」
上空から少女の声。知っている声だ。
「え?」
ずぼっ。
その声が聞こえた方にライオットが振り向いた瞬間、彼の顔面は白い布地に包まれた。そして、その布地の主によって彼は地面に押し倒され……いや、押し潰されてしまったと言った方がいいか。
「あらやだ、思っていたよりも難しいわね」
「やっぱりユウユウ閣下でも難しいのか。改良が必要かもしれないな」
「そうしてちょうだい。やはり登場は華麗じゃなくてはいけないわ」
「もごもご!?」
ライオットを一撃で仕留めたのはユウユウ閣下のむっちりとした股間であった。運悪く着地地点に彼がいたため、スカートの中にすっぽりと納まってしまったのだ。
ラッキースケベとも言えるだろうが、視界を塞がれた彼はもがもがともがいていた。
「やん、くすぐったいわ。今どけるから落ち着きなさいな」
クスクスと笑みを作りながら立ち上がる彼女。そのスカートの中からぐったりとしたライオットが出てきた。記念すべき戦死者の誕生である。
「ライオット、死亡確認!」
「し、死んでねぇよ。あぁ、ビックリした」
ぷるぷると首を振って頭に就いた砂を飛ばすライオットは、やはり猫科だ。
「うふふ、ごめんなさいね」
そんな彼に対して、にこやかに謝罪するユウユウは、やはり淑女である。
「それで、どうだった?」
俺はさっそくライオットに気になることを問い質す。言葉足らずではあるが、きっと察してくれるだろう。
「ん? あぁ、なんていうか、ふかふかで温かくて……凄かった」
彼の答えは俺を満足させるには十分だった。
「このすけべぇめ」
俺は羨ましさ半分、妬ましさ半分で彼の偉業を称えた。だが、このような幸運の後には、決まって同じくらいの不幸がやってくるものだ。
そして、それは時間を置くことなくやってきた。
「どいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ごめす。
「あー!? ライオットがプルルに潰された!?」
「うわわ! ご、ごめん! ライオット!」
まさに天国と地獄。ユウユウ閣下のふかふかの股間の次は、プルルのビックヒップの下敷きになってしまったのだ。
いくらプルルのお尻がむっちむちのふっかふかでも、GDデュランダの総重量はかなりのものがある。現にライオットの後頭部は地面にめり込んでいる状態だ。
「取り敢えず〈ヒール〉いっとくか?」
「ふがが……がく」
危うくマジで戦死者が出るところであった。ラッキースケベも大概にしないと死ぬぞ、とライオットに説教をしておく。なんで俺が悪いんだと反論してきたが、男だから仕方がない、と諭すと彼は沈黙してしまった。
ライオット、「男はつらいよ」って有名な言葉があるんだ。ここは我慢しろ。
「よし、全員の着陸を確認した。じゃれ合うのはそこまでにしろ」
桃先輩の言葉で全員無事に着地できたことを知ることができた。一部、無事とは言えなかったが許容範囲内だろう。さぁ、いよいよ戦闘開始だ。
『各員は部隊に合流! 陣形を組め! 陣形は鋒矢だ!』
脳内に鋒矢の陣形のイメージが流れ込んできた。鋒矢の陣とは「↑」の形に兵を配置し矢印の後部に大将を置く陣形だ。イメージ的には放たれた矢のような戦い方をする。まさに一点突破の後先考えない無謀な陣形とも取れるが、そのためにいもいもベースを後方に待機させている。
いざという時は突貫して兵を回収する作戦なのだ。
本来、大将である俺は陣の最後尾に位置するのであるが、俺には重要な役割が多いので陣の中央に配置されている。
桃仙術〈桃光付武〉に始まり、〈ソウルヒール〉などの治癒魔法を広範囲で発動する場合、中央に位置した方が都合が良いのである。
『皆、配置に着いたか?』
ソウルリンクで次々に配置完了の知らせが届く。前方には鬼の軍団。既にこちらの存在に気が付いている。
そして、俺の隣には何故かチゲの姿。
「ふきゅん!? チゲは、いもいもベースで待機って言っただろ?」
「うっきー!」
俺がそう言うと彼はいやんいやんと駄々をこねた。彼にしがみ付く炎楽も、きーきーと鳴いて駄々をこねる。
正直な話、チゲはこの戦いにはついてこれないと判断したのだ。チゲも、モモガーディアンズ一員であるが適材適所というものがある。彼には厨房で美味しい料理を作っていてほしかったのだが、どうやら俺を心配するあまり付いてきてしまったようだ。
「今から帰らせるわけにもゆくまい。チゲ、ここに来たからには覚悟を持っているのだな?」
桃先輩の言葉に頷くチゲ。その様子を見て俺は彼も漢であると認めざるを得なかった。ならば、頼りにさせてもらおうじゃないか。実際、俺よりも剣術の腕前は上だしな。
俺の流した涙は誰にも覚られることなく大地へと還ったという。がっでむ。
『覚悟はいいか!? 全軍……突撃!』
勇ましき雄叫びを上げ、俺たちは鬼の大群に向かって突撃を開始した。