463食目 ウォルガング王からの報せ
いもいもベースを北に向かわせていると、王様からの連絡が届いた。しかし、音声が乱れていて聞き取れない。そこで、こちらから再度連絡を入れると、彼の重々しい声がしっかりと聞こえた。
声の質からして急を要するようだ。いったい、何に慌てているのだろうか……気になるところだ。
『エルティナ、モモガーディアンズの力を貸してほしい。ドロバンス帝国軍に鬼の存在が確認された』
『なんだって!?』
遂に恐れていた事態が起こった。帝国軍内に不倶戴天の敵である鬼が混じっているのだという。GD隊であれば、ある程度は応戦できるだろうが、それでも『小鬼』程度が限度というものだろう。現在のGDの性能では鬼の下級クラスにもなると分が悪くなってしまうのだ。
『ウォルガング国王、トウヤです。鬼の規模と強さはどの程度でしょうか?』
『うむ、鬼の数は……およそ五千。これは帝国の追撃部隊の総数と同じ数じゃ。つまり、驚くべきことにミレニアを追っていた部隊は全て鬼だということになる。強さからして、その全てが小鬼ではないと推測する。ドクター・モモがグロリアに渡した計測器がそう示した、ということなので間違いないじゃろう』
『五千!? それも小鬼じゃないだって!? どうなっているんだ!』
有り得ない、小鬼なら短期間でそのくらいには増えることも可能ではある。だが、下級の鬼ともなると、そのようにぽこじゃかと増える事はできないはずなのだ。
植え付けられた鬼の種が発芽するまでには個体によって時間差があり、植え付けられてもそのまま発芽しない場合もある。よって、下級以上の鬼の増殖には長い時間と手間暇がかかるのだ。
鬼穴を開いて鬼ヶ島から鬼を呼び寄せるのなら、この数も理解できるが鬼穴が開いている感じはしない。
桃力が成長している今の俺であれば、陰の力の凝縮物である鬼穴なんてものが開いたりすれば敏感に察知できるはずだからだ。
『現在、GD隊が応戦しているが非常に危険な状態じゃ。既に騎士団の半数が戦闘不能に陥っておる。ゼグラクトの市民もラングステンの船に載せて避難させる作業をおこなっておるが圧倒的に時間が足りぬ』
『俺たちは、その時間を稼げばいいんだな?』
『そうじゃ。だが、そなたの命を第一に考えて行動するのじゃ。そなたが倒れれば、この世界は闇に包まれ滅びを迎えてしまうのじゃからな』
『肝に銘じておくんだぜ』
『そうそう……エルティナよ』
『なんだぜ、王様』
『わしに何か報告することがあるのではないのか?』
『ぎくっ』
『……まったく、無茶ばかりしおって。帰ってきたら、お尻ぺんぺんじゃぞ』
『じーざす』
テレパスを終えた俺は、お尻ぺんぺんが確定したことによる恐怖で自身のおケツを擦った。王様のお尻ぺんぺんはマジで痛いのである。
まぁ、言いつけを守らなかったので、この罰は甘んじて受けなくてはならない。ふきゅん、聖女は辛いぜ。
そんなことよりも、五千もの鬼をどうするかだ。流石の俺でも手に余る数なのだから。
「桃先輩、取り敢えずはブリーフィングルームに主だった面子を集めて会議を開こう」
「そうだな……ところで、エルティナ。いもいもベースの魔力はどうだ?」
「あぁ、二時間くらい離れても大丈夫だ。魔力タンクの容量を、もう少し増やしてくれた方が離れ易くて助かるんだがなぁ」
「これが終わったらドクター・モモに要請するんだな」
「ふきゅん、そうする」
急遽ブリーフィングルームに集まった主要人物たち。主に先の作戦で部隊長を務めた者たちだ。今回は時間がないことから、部隊編成は前回のものを再び使用する。
「ご、五千もの鬼ですか?」
そのとんでもない数を聞き、フォクベルトの眼鏡がずり落ちる。鬼を知っているモモガーディアンズメンバーも顔を青ざめさせた。
逆に冒険者であり、鬼を知らないジャックさん、ヴァンさん、ガッサームさんは不思議そうな顔をしている。
「確かに五千は厄介だが……帝国は魔導装甲兵がメインじゃないのか?」
「魔導装甲兵はよぅ、重てぇ武器ぃ使えばぁ、割と簡単にいけるぜぇ?」
ガッサームさんとジャックさんはそう主張した。確かに普通の魔導装甲兵であるのならそれでもいい。だが、これから対峙するであろう存在は理不尽の塊みたいな連中なのである。
しかも、その理不尽の塊が魔導装甲を身に纏っているのだから、どうしようもない。
「三人には……いや、艦内にいる者全員に『鬼』の情報を与える」
「ふきゅん、それが一番手っ取り早いか」
〈テレパス〉にてダナンに魂の絆の起動要請をする桃先輩。事前の情報で鬼が存在している可能性を示唆されていたが、精々二~三匹程度だ、とたかを括っていた。だが、蓋を開けてみればご覧の有様である。
まったく、どうしてこうなった。
『ダナン、魂の絆を起動してくれ。接続は艦内にいる者全てだ』
『了解、魂の絆、起動します』
艦橋に残り、いもいもベースを操縦しているダナンが桃先輩の指示に従い魂の絆を発動した。脳内画面に次々と艦内の乗員の名前とデータが連なってるさまを見て、これ絶対に俺じゃあ管理できないなと悟った。
だが、恐ろしいことに桃先輩は、この程度であるなら管理把握が可能であるというのだ。彼の脳内はどのような構造になっているのか知りたいところである。
『皆、俺の話を聞いてほしい。俺はモモガーディアンズ専属顧問の桃先輩、トウヤだ』
ソウルリンクが成立したところで、桃先輩は鬼の脅威を簡単にまとめて説明しだした。話を聞くと相変わらず鬼の酷さがよく分かる。まさに動く理不尽だということを再認識させられた。
「……マジかよ。そんなのが五千だと? 死にに行くようなもんじゃねぇか」
「ですが、このまま放っておけば遅いか早いかの違いになりますよ? ガッサームさん」
ガシガシと頭を掻きむしるガッサームさんを窘めるヴァンさん。彼らも鬼の脅威を知り、それを退治することの困難さがどれほどのものかを理解したようだ。
鬼はただ殺せばいいわけではない。輪廻の輪に帰し『退治』してこそ勝利と言えるのだから。
「鬼を退治する方法は現在のところ限られています、僕の光の剣、殿下の神樹の木刀、ライオットの輝く拳、プルルのモモ印の魔導兵器、そしてエルティナの桃力」
フォクベルトが鬼に通用する武器を簡潔に説明してゆく。改めて話を聞くと、その種類の少なさに鳴けてくる。ふきゅん。
「嬢ちゃんの桃力ってのを、俺たちの武具に纏わせて攻撃すりゃいいんだろ? 結局、やることは変わらねぇってか」
「そういうことになる、ガッサーム殿。だが、鬼に必ずしも、この方法が通用するわけではないことを覚えておいてくれ。決して無謀な攻撃はしないように。攻撃が通用しない場合は連携を上手く取り、できるだけの情報を集めて撤退するようにしてほしい」
「おいおい、敵に背を向けろってぇのか?」
ガッサームさんが桃先輩に噛み付く。桃先輩に噛み付くということは、必然的に俺に向かって凄むということだ。
流石は実力派の冒険者だ、迫力が違う。俺のレベルが後一でも低かったら確実にお漏らししていたことだろう。
「逃げる事は恥ずべきことではない。鬼と相対した時に限っては、生き残った者こそが勝者なのだ」
「……ちっ、わ~たよ!」
まったくブレを見せない桃先輩の口調にガッサームさんは渋々ながら納得してくれたようだ。だが、彼も鬼と一戦交えれば、その考えが大きく変わることになるだろう。
まぁ、うちには一向に考えが変わらないお方がいるんですけどね! 誰とは言わないけど!
「さて、問題は百程度の僕らがどうやって五千もの鬼と対峙するかだね」
エドワードがテーブルを指でとんとんとリズミカルに叩きながら議題を揚げた。その表情は穏やかな微笑みを湛えているが、親しい者であれば、それが心からの笑顔ではないことは一目瞭然で分かった。
「……陽動を仕掛けても数で潰されてしまうわね」
「そうだな、流石に五十倍の戦力差ではどうにもならない。にもかかわらず、我々は時間を稼がねばならない」
ヒュリティアは自問自答し、シーマはそれを肯定して更に問題点を挙げた。
そう、俺たちはゼグラクト市民が非難するまでの時間を稼がなくてはならないのだ。やはり、問題はその数の差ということに集約されるだろう。
味方であるラングステン騎士団はゼグラクトの防衛で、いっぱい、いっぱい、だろうから援護は期待できないし、期待してはいけないのだ。
戦闘能力の差がこちらが高い場合は少数でも大軍を相手にすることは可能だ。だが、相手も同程度の戦闘能力を持っていた場合は数に押し潰されてしまう。やはり、戦いは数だということだ。
「……だが、俺たちはそれでもやらなくてはならない」
ブルトンの重々しい声が室内に響いた。それに呼応するようにガンズロックが発言する。
「鬼って言ってもよぉ、それだけの数がお利口さんに集団行動できるのかぁ?」
「可能だ。ただし、それを纏める『中級』クラスの鬼が必要不可欠だが」
桃先輩の言った『中級』クラスの鬼。これが大問題だ。
この中級クラスの鬼とは、ティアリ解放戦争で戦ったハーインがこれに当たる。つまり、闘神と桃使い二人の力を合わせて、ようやく勝利をもぎ取った相手が確実に存在するというわけだ。
「指揮官を潰した場合、その配下にいる鬼はどうなりますか?」
「制御不能になり好き放題に暴れ出す。そこに連携は無い」
フォルテ副委員長が桃先輩の返事を聞き、顎に手を添えて難しい顔を見せる。それを見た桃先輩は結論を伝えた。
「我々にできる最も効率の良い時間稼ぎは、敵司令官を倒し鬼達に混乱を与えることだろう」
「やはり、それしかないですね」
桃先輩の結論に納得するのはモモガーディアンズの面々だ。だが、冒険者である彼らは違う。冒険者は勇敢ではあるが無謀ではない。特に実力者は生き残ることを第一に考えるので、俺たちのような無茶苦茶ともいえる行動を取る者はほぼ皆無と言える。
「一点突破で敵司令官の下まで一気に突っ込むってか? 正気の沙汰じゃねぇな」
ガッサームさん真っ先に否定した。
「だが……嫌いじゃねぇ」
ちがった、彼は数少ない異端分子だったようだ。
ガッサームさんのその言葉はジャックさんたちを決心させるには十分だったようで、二人ともこの作戦に参加すると伝えてくれた。これにて全部隊の参加が決定したのである。
「敵指令の位置の割り出しは俺がおこなう。モーニングバードの視覚とリンクすれば、すぐに特定できるだろう。今回ばかりは犠牲者が出るかもしれない、そこのところを覚悟しておいてほしい」
桃先輩のその言葉に、今回の戦いが今までにないものになることを誰しもが感じていた。だが、それでも、俺たちはやらなければならない。この戦いに多くの命が掛かっているのだから。
『……ゼグラクト到着まで……後一時間……』
オペレーターのララァからゼグラクト到着まで、後一時間だという連絡が入った。残りの時間は戦いの準備に当て、やりのこしが無いように気を付けなくてはならない。
刻一刻と戦いの時は近付いてくるのであった。