46食目 光る珍獣
ぶぅあぃお、はずわぁあどぅ! 痛!!
はい、どうも! 白い珍獣が駆け抜けますよ!
ほらほら、どいたどいたぁ!
現在、俺達はとてつもなく臭い連中に追いかけ回されていた。
どうして、このようなことになってしまったのだろうか?
思い返してみよう……それは今から一億二千万年前のことだ。
いや、違う。そんなに昔の出来事じゃない。
少し冷静になろう。
え~っと……確か十五分前くらいだっただろうか?
「何もねぇなぁ、そろそろ帰るかぁ?」
「それについては、極めて賛成だと言わざるを得ない」
先頭を歩くライオットが、早くも飽きだしていた。
無理もない。
ここは埃っぽくてカビた臭いがして、
ただただ不快であるだけだったのだ。
歩き回っていくつかは入れない部屋があったが、
ほぼ回りつくしたと言ってもいい。
現在は二階にある、一番奥と思われる部屋の前まで来ていた。
ビックリするイベントも何もない。
それでは、子供達はすぐに飽きてしまうだろう。
事実、あまりに何事も起こらなかったので、
皆は完全に油断しきっていたのである。
「じゃあ、ここを開けて中を見たら帰るか」
ライオットが壊れかけたドアノブに手をかける。
しかし、その時のことだった。
油断して集中力が散漫になっていた俺の耳に、
奇妙な音が飛び込んできた。
何かを引きずった後に聞こえる水っぽい音。
どこかで聞いたことのある音だ。
しかも、何か気味が悪い……あ、思い出した!
「ライオット! そのドアを開けるな!」
「え?」
俺はこの音を良く知っているのだ。
何故なら、テレビゲームに登場した化け物の足音にそっくり……
いや、まったく同じなのだから。
「その回したドアノブを元の位置に戻して、
そこからゆっくりと離れるんだぁ……」
「お、おう。ゆっくりだな?」
ライオットはゆっくりとドアノブを元の位置に……
いや、その速度はゆっくりとはいわない、
おまえの中のゆっくりの速度はおかしい。
しかも、今『バキッ』という音がしたぞ!?
「よし、元の位置に戻したぞ。
それじゃあ、浜辺に帰るか~」
ライオットが振り返り俺達に笑顔を見せた時、
音を立ててドアがゆっくりと開いていった。
やはり、あの時にドアノブを破壊していたのだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~!?」
ライオットを除く全員が、声なき悲鳴を上げることになった。
その部屋に幽霊のように佇んでいたのは、
濁った瞳でこちらを恨めしそうに見つめてくる、
大量の動く死体であったのだから。
死後からだいぶ時間が立っているのだろう。
皮膚は腐り落ち、至る部分からウジ虫が湧いていた。
むき出しになった白い骨が不気味だ。
肉が付いている分、スケルトンよりも不気味である。
彼らの正体は『ゾンビ』であった。
「ライオットぉ! 後ろだぁ!」
ガンズロックの声に反応したライオットは、
間一髪のところでゾンビの攻撃を回避した。
「な、なんだ! コイツらは!?」
「彼らはゾンビです!
リンダ、火属性攻撃魔法は、
我々の逃げ場がなくなりますので使用は控えてください!
光属性か風属性で対処を……リンダ?」
フォクベルトが冷静沈着に指示をおこなうも、
肝心のリンダというと……。
「あばばばばばばばばばばば」
このように、完全に錯乱状態に陥っていたのである。
現在は緊急事態であるので、
いつまでもこの状態でいさせるわけにはいかない。
早急に再起動させなくては!
「この野郎!!」
いや~な掛け声と『ぐちゃっ』という音が聞こえた。
案の定、ライオットがゾンビを素手で殴り飛ばしていたのである。
吹き飛んだゾンビの頭が壁に当たり、
粉々に砕け散って中身を撒き散らした。
時間が経ち、相当にゾンビの体は脆くなっているようであるが、
問題はその数である。
この狭い部屋にどれだけ詰まっていたかは知らないが、
ざっと数えただけでは軽く三十体はいるのだ。
おまえらは満員電車に乗るサラリーマンか、
と思わずツッコミそうになってしまう。
「うぇ~、くっせ~~~~!!」
ゾンビの色々な物を体に浴びつつも倒してゆくライオットであるが、
その物量に苦戦し始めていた。
「……数が多過ぎるわ、
一旦、引いて玄関ホールで対応しましょう」
「おい、聞いたな!?
玄関ホールだぁ! おまえらぁ、先に行けぇ!!」
ヒュリティアが状況を判断し、
ガンズロックが、後衛の俺達に指示を飛ばす。
ライオットはゾンビ相手に奮闘しているが、
このままでは数に押し潰されてしまう。
「……ガンズロック、武器を貸して」
「おう、使いなぁ!」
ガンズロックは『フリースペース』から、
見事な剣を取り出しヒュリティアに手渡した。
その剣を受け取った彼女は、
勇敢にもゾンビに立ち向かっていったのだ。
「リンダ! しっかりしてください、撤退しますよ!」」
フォクベルトの声にも反応がなく、リンダはただ震えるのみであった。
このままでは埒が明かない! こういう時は……こうだ!
「ふみゅ!?」
俺は両手でリンダのほっぺをぶみゅっと押し付けた。
ほれほれ、変な顔~!
このことにより、錯乱状態のリンダは再起動を果たすこととなった。
これなら大丈夫だろう。
「くっさいの来るから逃げるぞ、リンダ~……」
「エルちゃん、言い終わる前に逃げないで~!」
リンダも再起動を果たしたので俺達は玄関ホールに向かう。
ライオットとガンズロック、そしてヒュリティアは、
ゾンビ達を食い止めるために殿として残った。
向かった先の玄関ホールは、既に臭い方々でごった返していた。
まさに悪夢のような光景だ。そして臭い。
「何故ここに大量のゾンビが……?」
フォクベルトは、この光景に怪訝な表情を見せた。
そして、俺はこの悪臭に顔を顰めてしまう。とにかく臭いのだ。
この空間に溜まった悪臭を何とかしなければ。
そうだ、窓を開けよう。
そうすれば、少しはまともになるだろうから。
ん? 窓……? そうか、その手があった!
「なぁ、窓から逃げれないか?」
「それが……窓が開かないんですよ」
フォクベルトが窓を鉄の剣で切るが、見えない力で防がれてしまった。
俺も窓に手を伸ばすが……俺の身長が低くて届かない。がっでむ。
「ゾンビの出現タイミングがおかしいです。
それにゾンビが湧き出ているあそこのドアには、
鍵が掛けられて開かなかったはず……人為的な何かを感じますね」
「くそっ、どうするよ?
ライオット達と合流して正面突破してみるか?」
フォクベルトとダナンが話し合っていると、
一体のゾンビがこちらの存在に気が付いてしまった。
低い呻き声を上げながらこちらに向かって来ると、
それに従って次々と他のゾンビ達も動き出し、
遂には雪崩のように押し寄せてきたではないか。
まさにゾンビの雪崩である。
「うっ!? 気付かれました、逃げてください!」
「に、逃げるったって……どこに逃げればいいのっ!?」
「散らばって逃げるんだ!」
「おいぃ! 散らばるのは全滅フラグだぞっ!!」
あまりのことにパニック状態になり、
リンダとダナンは散らばるように逃げ出してしまった。
俺も逃げないといけないのだが、
俺の走る速度はあまりに遅く、そして体力もなさ過ぎた。
ヒーラー活動のしわ寄せが今になって響く形となったのだ。
俺、足遅過ぎ……笑えない。
ゾンビの手が俺に迫ってきた。
このままではやられる! やむを得ん……爆ぜるか!?
「エルティナ、走って!『ウィンドボール』!」
フォクベルトがゾンビの大群に向けて、
風属性下級攻撃魔法『ウィンドボール』を放ち足止めに成功する。
しかし、それは一瞬のことであり、
ゾンビ達は再び侵攻を開始し始めた。
その僅かな時間を作り出したフォクベルトは、
俺を抱えて走り出したのである。
「おぉん……心の友~!!」
「喋ると舌を噛みますよ! しっかり掴まっていてください!」
……そんなわけで話は冒頭に戻るのであった。
「ハァハァ……上手く彼らを撒けたでしょうか?」
「今のところは大丈夫だろう。
ここは、いったいどこなんだろう?」
大量のゾンビ達から逃げることで必死だった俺達は、
どこをどう通ってきたのかわからなくなっていた。
開かなかったドアも開くようになっていたから、
それが原因で現在位置が把握できなくなってしまったのだろう。
落ち着いたところで部屋を確認したところ、
どうやら個人が使用していた書斎のようであった。
最近まで誰かが使用していたのか、
意外に綺麗な部屋である。
所々に付着した血痕を除けば……であるが。
「ここは書斎ですね。
落ち着いてよく見ると血だらけのようです。
ここで、何があったのでしょうか?」
「そのようだな。
血の乾き具合からして……
何かあってから、かなりの時間が経過しているみたいだが」
ゾンビが侵入してこないことを祈りつつ、
俺達は少し休憩することにした。
その間に、これからどうするか話し合う。
「さて……これから、どう行動する?」
「まずは皆と合流ですね。
それから、この建物から脱出しましょう。
二人でできることは限られます。
皆と協力することが、最も有効的な手段だと思いますね」
そして、することがもう一つあった。
この建物がこのようなことになった証拠を集め、
王様にチクることである。
この建物の存在は決して許されるものではない。
自然発生した物ではないと思われるからである。
よし、これによって大義名分ができた!
アルのおっさん先生に怒られることはないだろう。
……たぶん。
書斎探索なう。
「エルティナ、これを……」
フォクベルトが持って来たのは、血に塗れた日記だった。
何か証拠になるようことでも書いてあればいいのだが。
こういった書物は某テレビゲームでも重要なアイテムだ。
しっかりと目を通しておこう。
えーと……何々?
うぬぬ、血で汚れていて読めない部分が多過ぎる。
仕方がない、読める部分だけでも読んでおこう。
「今日、本社から……はか……ウィル……実験を開始す……
対象……屋敷の住人を……閉鎖……」
断片的ではあるが、内容を把握することができた。
というか、某ゲームの情報とほぼ同じである。
俺は日記のページをめくった。
「騙された! 住人だけでなく私達も、実験の……
もう手お れ だ! ああ! 体がくさっ く」
次のページをめくる。
「……かゆ…………ぬめんちゃ」
………。
「『ぬめんちゃ』ってなんじゃぁぁぁぁぁっ!?」
俺は血に塗れた日記を、思いっきり床に叩きつけた。
パクるんなら最後まで貫けっ!!
「ヴァァァァァァ……!」
近くのタンスが勢いよく開き、中から一体のゾンビが出てきた。
お約束過ぎて、どう反応すればいいのかわからない。
あぁ、もう……滅茶苦茶だよ。
フォクベルトさん、やっちゃってください。
ヒュン! ……ドサッ。
あっけなくフォクベルトの鉄の剣によって、
縦に真っ二つにされる哀れなゾンビ。
「ふぅ、突然のことで驚きましたよ。
エルティナは驚いていない様子でしたが?」
「鍛え上げられた俺の精神は、この程度ではビクともしないのだ」
「そうなんですか」と感心しているフォクベルト。
ツッコミがないと俺は困ってしまうのですがねぇ?(困惑)
動かなくなったゾンビを観察するとその服装には見覚えがあった。
某テレビゲームの研究員の服装であったからだ。
これはもう世界観ぶち壊しである。
何故ならここはファンタジー世界であるからだ。
銃器で以って、ゾンビ達を撃ち殺すゲームと一緒にしないでほしい。
俺はこのような遊びをするヤツを断じて許さない。
必ずや報いを受けてもらう。
「しかし、一体一体は弱いですが、数で来られると対処できませんね」
「そうだなぁ……いっそ、俺がドカーンとやっちゃうか?」
「それは……」と言いかけ、フォクベルトは考え込んだ。
そして、妙案が浮かんだのか、
俺にある魔法を発動するよう頼んで来たのだ。
その魔法とは……。
「まぶちぃ」
光属性特殊魔法『シャイニングボール』である。
しかし、俺の魔法は正常に発動することはなく、
俺を中心として光を放つだけのしょうもない魔法に成り下がっていた。
本来は光の玉を投げつけて攻撃する魔法であり、
アンデッドに対して絶大な威力を発揮する。
その代わり、生きている者に対してはまったく効果がないのが特長だ。
それを今俺は使っているのだが、
眩し過ぎて目を開けていられないので、
フォクベルトに手を引いてもらい俺は目を閉じながら歩く、
という作戦に打って出たのである。
その効果は絶大だった。
「ヴァァァァ……」
ジュッ……!
「ヴォォォォ……」
ジュッ……!
ナニ コノ クソゲー ツマンナイ。
といった状態になってしまった。
俺光る、ゾンビ来る、灰になる、その繰り返しであったのだ。
ただ、『シャイニングボール』が効くということは、
彼らは生きたまま腐ったのではなく、
死後なんらかの方法でアンデッド化したということだ。
「これは凄い。対アンデッドの切り札になりますね」
「そろそろ、目を開けたいんだぜ」
眩し過ぎて目を開けられないのが難点だ。
もしも、アンデッド以外が来たら非常に危険なのである。
そこで耳を頼りにし、警戒レベルを最大にする。
ぴこぴこ……クリアー!(安全)
早く帰って晩飯を食べたいなぁ、
と考えつつも探索は続くのであった。