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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十章 激震する世界
458/800

458食目 嵐の中を駆け抜けて

 飛び交う雷の矢。荒れ狂う風の刃、固い岩ですら破砕する火球。まさにそこは嵐の中。

 大地に横たわる人らしきもの。血の臭いと黒煙。怒号と悲鳴。怒りと憎しみ。ここは正しく戦場であった。


「ふっきゅ~ん! GO、GO、GO!」


「弓矢での応戦であれば、私が盾になりますが……魔法の応戦であれば、逆に守られてしまいますね」


 激しい魔法の応酬は俺にとって最も望むところである。何故なら、俺は魔法抵抗力が極めて高いからだ。

 並の攻撃魔法などに至っては「魔法障壁など不要らっ!」とドヤ顔を決める自信がもりもりある。


 この突入に際しては、後方に追従してきているルドルフさんたちを護る意味合いで魔法障壁を展開している。だが、それも一枚で事足りることから帝国兵の質の低さが窺えた。


 だが、それは俺だから言えることであり、普通の者たちからしてみれば、この嵐のような攻撃魔法の弾幕に突入するのは自殺行為に他ならない。良い子は絶対に真似してはいけないのである。


「な、なんだ!?子供だと!?」


「攻撃魔法を受け付けていない!?」


 突然現れた闖入者に驚きの声をあげ、一瞬嵐のような攻撃魔法が緩んだ。このチャンスを見逃す手はない。俺たちはレジスタンス陣営に強行突入を果たした。


 帝国兵が攻撃魔法を三十名ほどで放っていたのに対してレジスタンス側はたったの三人。瓦礫を盾にしながらの打ち合いだったようだが、地面に横たわるレジスタンスの人数を見れば、どれほどの苛烈な攻撃であったか想像がつく。


「あ、貴女様はっ!? あぁ、遂に私も幻覚が見えるように……」


 その男は血だらけの手を顔に当て大袈裟に天を仰いだ。随分と余裕があるように見えるが、そんなことはない。所々が破れた服からは今も血が流れており、だらりと下がったままの腕は明らかに骨折している。


「ふきゅん! しっかりしろ、ノイッシュさん!」


 たとえ重傷であっても、その大袈裟なリアクションは健在であるようだ。彼の名はノイッシュ・デュイ・アクラント。ミリタナス神聖国の白神官長だ。

 大神官たちも最後まで抵抗をおこなったと聞き及んでいるので、レジスタンスは大神官たちの残党で編成された組織の可能性がある。彼がこの場で戦っていることがその証となろう。


「こんな場所に聖女様がいらっしゃるわけがない! ふははははははははは! 私はもうダメだ!」


「おまっ!? もうダメだ、じゃねぇよ! チユーズ! なんだっていいから治しちまえ!」


『うっひょ~』『しごとだ』『しごとだ』『もりもり』『なおしてまえ』『ふっきゅん』『ふっきゅん』


 俺の魂から五十体の治癒の精霊が元気よく飛び出してゆき、地面に横たわるレジスタンス兵とノイッシュさんを治療してゆく。

 だが、横たわるレジスタンス兵を診ていた数体のチユーズが悲しそうな表情を俺たちに見せた。それは、彼女らでもどうにもできないという、無言のサインであったのだ。


「そっか……間に合わなかったか」


『かなしい』『かなしい』『もう』『うごかない』『もう』『つめたい』『もう』『わらわない』


 俺は骸となった兵のために短いながらも祈りを捧げた。この状況、否応無しにも魔族戦争時を思い出す。もう、このようなことがないように、と祈っていたが現実はやはり非情である。

 だが、悲しみに沈むのは、この作戦が終わってからだ。今はこれ以上の犠牲者を出さないようにすることが、俺たちに与えられた使命であるのだから。


「こ、これは!? 傷が瞬く間に癒えてゆく!! あぁ……まさか、まさか、これは夢でも幻でもないと?」


「あぁ、ノイッシュさん。俺たちが来た!」


「せ……聖女様ぁぁぁぁぁぁっ!!」


 彼は顔をくしゃくしゃにして跪き、縋るように祈りだした。それは一筋の希望を見いだした者が見せる顔。相当にギリギリの抵抗だったのだろう。


「聖女様、聖女様! どうか……どうか、力無き民をお救いください!」


 ノイッシュさんと助かったレジスタンス兵の六名は、俺たちにそう懇願した。当然、俺たちはその想いに応える。

 当然だ、俺たちはそのために来たのだから。


 ノイッシュさんを纏めてレジスタンスのアジトへ向かおうとすると、再び帝国兵から攻撃魔法が雨あられと降り注がれた。

 だが、そのような貧弱攻撃魔法など、桃色の魔法障壁の塊である俺には一切通用しない。全員を包み込むようなドーム状の魔法障壁を形成し、帝国兵の攻撃魔法を『シャッタアウツ!』する。


 そんなんじゃ、あまいよ?


「……コウゲキヲ、ゾッコウシマ……ス」


「……コウゲキヲ、ゾッコウシマ……ス」


「……コウゲキヲ、ゾッコウシマ……ス」


 攻撃が一切効果がない、と分かっているはずなのに無謀な行為を繰り返す帝国兵たち。そんな彼らの呟きを俺の大きな耳は逃さなかった。

 それは確かに人の声。だが、そこに感情は無く、たとえ声を出してもまるで機械が喋るような不気味な感覚……この違和感をどう表現すればいいだろうか。


「これは面妖な。まるで死者が動いているかのような連中でござるな。覇気がまったくござらん」


 ザインの呟きで思い当たる存在を思い出す。そう、ゾンビだ。

 ゾンビのように意味のない唸り声を上げているわけではないが、彼らが纏う雰囲気は動く死体そのものであり、生者特有の死への恐怖というものが微塵も感じられない。


 戦場での恐怖を紛らわせるために薬を投与する方法もあるが、これは明らかに異常だ。いったい、ドロバンス帝国は兵の命をなんだと思っているのだろうか。


 いや、そんなことは後回しでいいか。今はとにかくレジスタンスのアジトへ向かい市民を救出することを優先しなくては。


「移動を開始する。エルティナの魔法障壁の範囲外に決して出ないように」


 桃先輩の声に混じってタイピングの音が聞こえる。かなり膨大な量の情報を収集しているようだ。彼の負担を少しでも軽減できるように行動することが、最近の俺の課題となっている。

 彼の負担を少しでも軽くすることによって、速やかに、そして確実に勝利へとたどり着けるからだ。


 レジスタンス兵の傷は癒しはしたが体力までは癒せないのが難点だ。予想どおり、彼らの移動速度は常人の移動速度の半分程度となっていた。

 それでも俺より早いのが鳴けてくる。ふきゅん。


 帝国兵が移動しながらの魔法攻撃へと移行した。というか、彼らは歩いていない。


「な、なんですか!? あの移動の仕方は!」


「じ、地面を滑るように移動していますわ!」


 彼らの身に纏う魔導装甲、その太もも部分に装備されている装置がそれを可能にしているのだろう。俺はその装置を使用して勇敢に戦った存在を知っている。


 GGMグランドゴーレムマスターズに出場したチームブラックスターズ。そのチームに所属する重戦士型ホビーゴーレム、リック、ドゥ、ムゥの三体がその装置を装備していたのである。その装置の名はホバークラフト。地面を滑るようにして移動できる驚異の装置だ。


 ホバー移動は地面との摩擦がないため、非常に早い速度を得ることができる。そのため重装備であっても一定の速度を獲得することができるのだ。

 更には歩かないことによるスタミナの温存もできる。なんて物を開発してくれやがったんだ。


 だが、そのホバークラフトにも一応の弱点はある。こう見えてもGGMの後、しっかりと復習して対策を練っていたのだ。

 まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。

 

「ザイン! あの大きな柱を崩して道を塞げるか!?」


 そう、ホバー移動は障害物に弱いのである。障害物で道を塞いでしまえば乗り越えてくるのに時間が掛かるはずだ。その間に俺たちは『とんずら』をかましてしまえばいい。

 流石に見事だと自画自賛するがどこもおかしくはない。


「お任せあれ!『粉砕掌』!! きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」


 ザインはオーラを纏わせ黄金色に輝く掌底を巨大な柱に撃ち込んだ。すると掌底が纏っていたオーラがするりと柱の内部に入り込む。それを見届けた瞬間、彼はバックステッポゥ! をおこない、その場から退避した。


 その直後だ、柱の内部にて黄金色の気が爆ぜ、巨大な柱を真っ二つにへし折ったのである。

 折れた柱は大地を揺るがすほどの衝撃と轟音を立てて、帝国兵たちの道をことごとく塞いでしまった。やったぜ。


「うおっ!? 新技か!」


「ははっ! 気を送り込んで内部から破壊する技でござる。刀では刃こぼれしかねますゆえ、体術も習得しておりまする」


 ザインも人知れず鍛錬を続けているようで、このようにいきなり新技を披露して度々俺を驚かせてくる。やるじゃない。


「これで帝国兵は追いかけて来れませんわ! 今の内にアジトへ!」


「しかし、地上の道は殆ど瓦礫で道が塞がれております! ここからではアジトに着く頃には……」


 ノイッシュさんが言うとおり、ここに来るまでにも瓦礫で道が塞がって通れない箇所が多くあった。このままではアジトに辿り着く前に帝国の部隊によって制圧されてしまう可能性が高い。よって、少しばかり乱暴な手段に打って出ることにする。


「ないのであれば『造る』! 出てこい〈闇の枝〉!!」


 俺の身体が一瞬、闇の力に覆われ、直後に黒き大蛇が飛び出してきた。『全てを喰らう者』の一枝〈闇の枝〉である。


「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!!」


 今回の闇の枝は口にびっしりと鋭い白い牙が並んでいる。普段の彼は本気ではないため歯が無い状態だが今回はわけが違う。ひと噛みすれば山を抉り、ひと息吸えば黒雲を吸い尽くす。まさに全てを喰らう者として顕現しているのだ。


「瓦礫を喰らい道を造るんだ!」


「フキュオォォォォォォォォォォォン!!」


 俺の命令に従い、黒き大蛇がアジトの方向に存在する瓦礫を貪り食ってゆく!


 ガリガリ、むっしゃむっしゃ……ごくん。カリカリカリ……ころころ。ごくん。


「いやいや、なんでこんな時に限って良く味わってるんだ!? 何? 歴史の味がする? 後でゆっくり味わっていいから、今は急いでくれっ!!」


「ふきゅおん」


 どうもマイペースな闇の枝を炊き付けて、俺たちは市民が保護されているレジスタンスのアジトへと急いだ。まったくもう。



◆◆◆



 レジスタンスのアジトは町の中央に存在した大神殿から南東にある、貧困者が多く住んでいた地区にあった。

 ノイッシュさんに先導され物置の内部に入ると地下へと続く階段があり、それは有事の際の避難場所として制作された地下空間へと続く唯一の階段なのだそうだ。


「おぉ、ノイッシュ! 無事であったか!」


「ボウドス様! 聖女様に命を救われました!」


 そこにはミリタナス神聖国大神官長、ボウドス・ル・グルドスが怯え取り乱す市民をなだめていた。どうやら彼は市民を引き連れて脱出を図ろうとしていたようだ。これは好都合。


「こ、これは聖女様!? 何故、このような場所へ!!」

 

「決まっている、牙無き市民を救うためだ! 聞け、ミリタナスの親愛なる民よ! 我が名はエルティナ・ランフォーリ・エティル! 聖女と呼ばれ祭り上げられている者だ!」


 俺は少し大げさに声を張り上げた。そうした方が錯乱状態になりつつある市民たちの意識を、こちらに向けやすくなるからだ。そして、その目論見は達せられた。


「あぁっ!? ま、まさか、聖女エルティナ様!?」


「ま、間違いない! あの可憐な御姿に大きなお耳! 白エルフの姿は聖女様の証!」


「白エルフの聖女エルティナ様だ!」


 ミリタナスの市民たちが俺が聖女であることを悟ると、慌てふためていたことが嘘のように収まり、一斉に俺の方に向き直り平伏した。何これ怖い。


 だが、この状況下にあってはこれを利用しない手はない。これだけ統率が取れているのであれば、脱出の際も纏まった行動を取ることができるだろう。

 俺はボウドスさんに顔を向け頷くと彼もまた頷いた。


「ミリタナスの民たちよ、よく今まで耐え忍んできた! 現在、あなたたちを救うためにミレニア教皇は囮役を買って北へと帝国兵を誘導している!」


「ミ、ミレニア教皇様がそのような危険なマネを!?」


「私たちなんかのために……!?」


 市民たちに若干の動揺が走るも、これは許容範囲内だ。更に状況を説明し同意を得るため演説を続ける。


「北の港町ゼグラクトにはラングステン騎士団二千が到着し、ミレニア教皇と逃れてきた民、そして負傷兵を船に乗せラングステン王国に『無理矢理』にでも避難させる予定だ! あなたたちは俺……私たちと共に聖都リトリルタースを脱出し、ゼグラクト経由でラングステン王国に避難してもらう!」


「し、しかし……ラングステン王国はミリタナス神聖国に宣戦布告をおこなったと聞き及んでありますが!?」


 随分と情報通の市民がいるものだ。どこで知り得たかは分からないが、彼が語った情報は市民たちに大きな動揺を発生させるのに十分足り得た。


「そうだ、ラングステン王国国王、ウォルガング・ラ・ラングステンはミリタナス神聖国領土に騎士団を送り込むために宣戦布告をおこなった!」


「や、やはり、それでは……」


「だが、それは『義』によるものである!!」


 まずは事実を認め、市民が不安を口にする前にぴしゃりとしめる。このタイミングを逃すと、単なる言い訳だとのたまう輩が出てくる可能性があるからだ。

 人は恐怖状態が長く続くと自分を保つために不満の捌け口を求める。今がまさにその状態だ。ここで彼らの捌け口先を作ってしまうのは破滅の他ならない。


「ウォルガング国王は決して私利私欲で動く人物ではない! それは聖女たる私自らが、あなたたちを救いに来たことで証明とさせていただきたい! そして、どうか私たちの救いの手に、あなたたちの手を差し伸べてほしい! さすれば、私は聖女の名の下に、あなたたちをこの地獄の地より連れ出すことを約束しよう!」


 俺は少しばかり大袈裟に両手を使い物をすくい上げる動作をおこなった。果たして、それは効果覿面であったのだ。

 中には、むせび泣く信者の姿もある。


「あぁ……間違いない、彼女は聖女様だ」


「俺たちのためにラングステンからやってきてくれたのか……こんな俺たちのために!」


「ありがたや……ありがたや……」


 ちょろいぜ……もとい、従順な信者たちで助かった。

 桃先輩に作ってもらった説得用のカンニングペーパーを脳内に表示させて演説したのだが、殆ど間違えなくて一安心だ。一部、言い間違えたが誤差の範疇だと思われる。

 うん、誤差だよ、誤差。


「ミリタナスの民よ! 今聞いたように我らには聖女エルティナ様がついておられる! これより、聖都リトリルタースを放棄しゼグラクトへと脱出する! 聖都が失われても嘆くことなかれ! 我らが生きる場は聖都にあらず! 聖女エルティナ様の下なのだ! 聖女様がいらっしゃるかぎり、ミリタナス神聖国は何度でも蘇る! 決して希望を捨てるな! 愛しき民たちよ!」


 タイミング良くボウドスさんがミリタナスの民を鼓舞する。効果は絶大であり、生気のなかった者たちの顔に赤みが差してきた。生きる希望が生れ出てきた証拠だ。


「ボウドスさん、町の北側の郊外に脱出ポイントを設定してある。そこから大型の陸上戦艦を出発させる予定なんだ」


「町の北側ですな? 分かりました。ノイッシュ、動ける兵を纏め上げよ。ここが正念場ぞ」


「はっ、心得ました大神官長様」


 ノイッシュさんが戦える者を纏め上げているようだが、その人数は驚くほど少なかった。たったの二十八名であったのだ。


「たった、これだけか……多くの勇敢なる若者を死なせてしまった。無能の証明だな」


「そんなことはありません。皆、ボウドス大神官長を信じ、己の責務を果たして散っていったのです。そのようなことを仰らないでください。死んでいった彼らのためにも」


「……そうであったな、ノイッシュ。もう泣きごとは言わぬ」


 護衛する二十八の兵に対して避難する民は三百少々。少しばかり手に余る人数だ。

 だが、やるしかない。なんとしてでも市民たちを全員無事に逃がしてみせる。


「聖女様、準備が整いました。たとえ作戦が失敗に終わっても我々は貴女を咎めませぬ」


 ボウドスさんの言葉にレジスタンス兵とミリタナスの民は決意を持って頷いた。


「分かった、こちらも脱出開始を仲間に伝える。それでは脱出作戦開始だ!」


 まずは戦える者が地上に出て帝国兵の有無を確認する。桃先輩のサーチ能力を疑うわけではないが、万が一のことを常に想定して行動しなくてはならない。


『クリアー! 慌てず慎重に移動を開始してくれ!』


 安全を確認した俺はボウドスさんに〈テレパス〉で移動を指示する。やがて、ボウドスさんの指示に従って市民たちが地下空間から出てきた。その様子を見て、俺たちはかつてないほどの困難と対峙していることを悟った。


 果たして俺たちは、彼らを無事に脱出させることができるのだろうか?

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