456食目 集いしは勇士たち
「あんたはさっきガムラにいた客だな」
「そのとおりでございます」
武装した男達はざっと見て五十人ほどだ。よくよく見ると女性の姿もちらほらと見て取れる。恐らく彼らは冒険者と見て間違いないだろう。
恰幅の良い中年男性に金で雇われたに違いないが……それにしても、この僅かな時間でよくこれだけの人数を集めることができたものだ。これは金の力だけで出来るような事ではない。この男性はそれだけの人徳を備えていると思われる。
「わたくしはカサレイム商会のギルドマスター、ククム・フオ・バンナムと申します。先ほどは出過ぎたマネをして申し訳ありませんでした。その償いとして、ここに腕に覚えのある冒険者五十名を集めました。どうか、彼らをお連れください。きっと、お役に立つはずです」
そう言って彼は俺たちに対し敬服の姿勢を取った。
ククムと名乗った男性の突然の厚意に戸惑うも、彼もまたミリタナス神聖国の未来を憂う者の一人だと判断し、俺たちはククムさんの厚意を受けることにした。
「ほ~? これが噂のお転婆聖女か」
唐突に野太い声が聞こえてきたかと思うと、武装した冒険者たちが横に移動し道を作った。その様子はまるで海が割れるかのようだ。
その道を当然のように歩いてくるのは大柄な野獣のような男だった。
ボサボサの黒い長髪、鋭い目にはぎらぎらと輝く黒い瞳。はち切れんばかりの筋肉に覆われた肉体には無数の傷跡。肩に背負っている巨大な黒い斧は見る者を圧倒させる。
外見だけを見ると粗暴な荒くれ者に見えるが、彼の纏っている雰囲気がそれをことごとく否定した。
「……つえぇな」
ライオットが彼を見るなりそう呟いた。
俺も彼から感じる荒々しく……ともあれば穏やかな気迫を感じ取り、並みの男ではないことを察する。この男はいったい何者だろうか。
「おぉ、『野獣の牙』ガッサーム・レパルトン殿! 間に合ってくれましたか!」
「あぁ、馬車をかっ飛ばしてきた。お陰で馬が潰れちまったがな」
どうやら、ククムさんが招集した冒険者のようだ。そんな彼の後ろには彼の仲間と思われる冒険者が控えていた。ゴリラの獣人がひときわ目立つ。うほっ。
いや、ひょっとしたらゴリラが冒険者の姿をしている? いったいどちらなのだろうか、気になる。
「俺はカサレイムの冒険者パーティー『野獣の牙』のリーダーをやってるガッサームってもんだ。ところで、お嬢ちゃんはリトリルタースの帝国兵に喧嘩を売るそうだが……それは本当か?」
「あぁ、調子ぶっこいてる連中に一泡吹かせる予定だ」
ガッサームさんの鋭い眼光は貧弱一般市民であればショック死させることも可能なのではないだろうか、そう思えるほどに威圧感を与えてくるが、黄金の鉄の塊を謳う騎士を敬う俺には、そのような威圧は意味をなさない。
よって、彼の眼光を真正面で受け、堂々と問いに答えたのだ。
「ぶはははははははっ!! こりゃぁ、たいした玉だぜ!?」
そんな俺を見てガッサームさんは腹を抱えて大笑いした。大きな口から見える犬歯が狼を思わせる。
「俺たち『野獣の牙』は、お嬢ちゃんのために刃を捧げよう。いいよな、野郎共!!」
ガッサームさんが天高く掲げた斧を見て、彼の仲間たちも野太い雄叫びを上げ応えた。それに合わせるように集まってくれた冒険者たちも武器を掲げ雄叫びを上げたではないか。
なんという勇敢な冒険者達なのだろう。俺は本当に良い仲間に恵まれている。
「やっぱり嬢ちゃんたちかぁ! 縁があるなぁ、おい」
「なんとか間に合ったようだね」
「あっ!? ジャックさんにヴァンさん! 二人も参加しに?」
更に集まってくる冒険者たち。彼らは獄炎の迷宮内に攫われたアルアを救出する際に力を貸してくれた冒険者、ドワーフのベテラン冒険者ジャック・オーブさんと、猫の獣人冒険者ヴァン・ジエーさんだ。彼らも力を貸してくれるとなると実に心強い。
「エルティナ、時間が惜しい、そろそろ出発するぞ」
「ふきゅん、分かったんだぜ」
モモガーディアンズと集まってくれた冒険者たちを合わせて、総勢百人を超える部隊がここに誕生した。これなら攪乱作戦も実行に移せるだろう。
問題は人数が増えたことによる進軍速度の低下である。最初の予定では、俺が『神・身魂融合』でケツァルコアトル様に変化し、皆を背中に載せて一気にリトリルタースに突撃する電撃作戦を予定していた。
だが、これだけ人数がいれば、そのような危険な作戦を敢行する必要性は無い。極力安全に、そして効率の良い戦いをしなくては、これからも続く戦いに勝ち残ることはできないだろう。
さて移動の手段であるが、これはドクター・モモのとんでも魔改造でクリアーしているので問題ない。
ククムさんに必ず作戦を成功させることを約束し、俺たちはカサレイムの郊外へと出発した。そして皆を俺から遠ざけて懐から『マジックカード』を取り出す。
この中に今後の移動手段となる乗り物が収納されているのである。
「でろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!『いもいもベース』!」
気合いを入れてマジックカードを掲げ力ある言葉を叫ぶ。するとマジックカードは眩い光を放ち、カードに収納された『いもいもベース』を大地に解き放ったのである。
「「「「な、なんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
いもいもベースを見た皆が驚きの声を上げる。だが、それは仕方のないことだろう。
「ふっきゅんきゅんきゅん、これがドクター・モモの魔改造によって生まれ変わった『いもいもーびる号』の新たなる姿……その名も『いもいもベース』だぁ!!」
全高九十五メートル、全長二百五十メートル、全備重量一万二千トン、最高速度三百キロメートル、最大収容人数七百名、装甲材質にネオダマスカス合金と緋緋色金をふんだんに使用し鉄壁の防御力を誇る、超巨大な『芋虫型陸上戦艦』が目の前に出現したのだから。
俺もあんなに小さい『いもいもーびる号』を、どこでどうやったらこんなに巨大にできるのか問い詰めたい思いでいっぱいだった。これには本当に白目痙攣するしかなかったのである。
「さぁ、皆、乗り込め~!」
「「「わぁい」」」
俺は乗船を促した。搭乗口は脇腹と後方のお尻の部分にあるが、脇腹の搭乗口はいもいもベースから操作しないと乗り込めないので今回はお尻から乗り込む。
「うおぉ……おいおい、なんだよこりゃ? 見たこともない材質、カラクリが満載じゃねぇか!」
ユーモラスな外見からは想像できないほどハイテクノロジーが満載されている艦内に、ファンタジー世界の住人たちは目を丸くして驚きの声を上げていた。
ドクター・モモはファンタジー世界など知ったことか、と平然と言ってのける人物だ。このいもいもベースには桃アカデミーで培われてきた技術の粋を徹底的に詰め込んであるらしい。
流石、変態科学者は格が違った。自重というものを廃棄処分してしまっただけのことはある。
「みんな、こっちだぁ」
まずは冒険者たちを待機室へと誘導する。この待機室は二部屋ほど存在しており、一部屋で二百名ほど収容できるほど広く造られていた。
またリラックスできるようにマッサージチェアなども設置されており、更には調理場までも設置していた。将来的にはコックを雇い腹ペコの戦士たちを満足させることも可能になることだろう。
各待機室には巨大モニターが設置されており、待機室にいながら俺たちの作戦の内容をモニターを通して伝えることが可能だ。
そしてなんとこのモニター映画鑑賞が可能である。とはいえ、流す映画は和むであろうAVだけであるが……という至れり尽くせりの設備となっている。無駄にスゲェ。
「プルルは皆に施設の説明をしてやってくれ」
「うん、任せてよ」
プルルはいもいもベースの設計やアイデアに協力した人物の一人であるため、艦内の設備をほぼ把握している。説明役には打って付けと言えよう。
彼女が冒険者たちの相手をしてくれている内に、主だった面々を引き連れて艦橋へと移動することにする。
連れてゆくのはモモガーディアンズとガッサームさん、ジャックさんにヴァンさんだ。
「ここが艦橋だ。このいもいもベースの中心部に当たる部分だな」
艦橋内は更にハイテクノロジーが詰め込まれており、それは見る者を絶句させた。飛空艇を自作するためにがんばっているウルジェなどは、そのあまりのテクノロジーの差に愕然としている。
物凄い罪悪感を感じるが、仕方のないことなので我慢してもらうしかない。
あ、違った。モニターを見て涎を垂らしている。流石、ウルジェは平常運転だな!
「皆に艦長を紹介しよう」
俺は皆にいもいもベースの艦長を紹介することにした。やはり最初の紹介は艦長に限る。
「ん? 艦長は聖女様ではないのか?」
シーマが不思議そうな顔で俺を見つめてきたので、俺はその問いに答えた。
「あぁ、俺は艦長を務めれない理由があるんだ。なんてったって、俺は『エネルギー係』だからな」
そう、このバカでかい芋虫は俺の魔力を動力源として動く陸上戦艦なのだ。つまり、俺は常に戦艦のエネルギー供給に気を向けなくてはならないため、指示にまで手が行き届かない。
そこで、この戦艦に最も適した人材を抜擢し艦長としたのである。
艦長が腰を下ろす席、そこに果たして彼はいた。数々の戦いを経てきた歴戦の勇士。その鋭い眼光は未来を見据え、わが身が砕けようとも使命をまっとうせんとした漢。彼こそが、この船の長に最も相応しい。
「紹介しよう……いもいもベース艦長、いもいも坊やだ!」
『いもっ』
「「「いもむしぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」」
いもいもベースはいもいも坊やをモデルにした陸上戦艦だ。それならば芋虫を知り尽くした彼に頼むしかないだろう。まったくもってナイスな選択であると自画自賛する。
それにしても、ガッサームさんとジャックさんたちの反応が新鮮に感じる。モモガーディアンズの皆はもう慣れてしまったのか、当然の選択だという反応なのである。
それはそれで嬉しいのであるが、少しばかり複雑な心境だった。ふきゅん。
「ふっきゅんきゅんきゅん、軍服が似合ってるぞぉ、いもいも坊や」
『いももぉ』
白い帽子に青いコートを羽織った、いもいも坊やは照れ臭そうに身をよじった。可愛い。
「いやいや、芋虫が艦長って大丈夫かよ!? そもそも意思疎通できるのか!?」
ガッサームさんたちは俺たちの特殊な事情をしらないので、まずは説明するところから始めなくてはならない。
ううむ、どこから説明すればいいだろうか? やはり、いもいも坊やとの出会いと激闘から話すべきだろうか? そうなると元祖モモガーディアンズがGGMで優勝した経緯をも説明しなくては……。
「時間が惜しい、移動しながら説明する」
桃先輩にインターセプトされた。がっでむ。
「えっ!? お嬢ちゃん、今、男の声で喋らなかったか!?」
「ふきゅん、今からそのことも説明するから、そこの椅子にでも座ってくれい。ダナン、『ソウルリンク・コネクト』」
「分かった、『ソウルリンク・コネクト』スタート!」
ダナンの身体に宿っている『宝具・魂の絆』が能力を発揮して、艦橋にいる全員と魂で繋がるのを感じ取った。ソウルリンクというやつである。
これこそが『宝具・魂の絆』の能力であり、どんなに離れていようとも効果時間内であれば、どこに、誰が、何をしているのかすら把握可能になるのだ。つまり、今プライバシーは完全に破壊されている。
そして獲得した情報の共有も一瞬で可能になる。これが知識の取得に時間が掛かる脳に直接ダウンロードとは違う点だ。流石に宝具と呼ばれるだけのことはある。おぉ、便利、便利。
おっ、新しい情報がぴゅんぴゅん入り込んでくる。桃先輩も相当に調べてきたようだ。
「え? あ? ちょ、ちょっと待ってくれ! なんだよこの情報は!?」
「これはまた……お嬢もとんでもねぇことに挑んでやがるなぁ」
「あはは、冒険者魂が燃えてきますね、ジャックさん」
ガッサームさんたちが戸惑うのも無理はない。桃先輩の存在から桃使い、そして生きとし生ける者の敵、鬼の存在をいきなり知らされ、今まさに、その鬼との戦闘の可能性があるのだから。
「エルティナ、メインエンジン始動。オペレーターにララァ。操舵士にダナン。各自、配置に着いてくれ。操作の仕方は分かるな?」
「了解、バッチリですよ、トウヤさん」
「……ききき……了解……ダナンと一緒なら……文句はない……」
ブリッジクルーが少ないが、今は最低限の人材で我慢するしかないだろう。いずれは人員を揃えていもいもベースの性能を最大限発揮したいものである。
「では艦長、発進の号令を」
桃先輩が記念すべき最初の号令をいもいも坊やに譲った。流石は大人の男だ。大人の醍醐味をよく理解している。
桃先輩の配慮を理解した、いもいも坊やは姿勢を正し、記念すべき第一歩となる命令をクルーに下した。
『りとりるたーすへむけて、はっしんだよ、はっしんだよ!』
「「「芋虫が喋ったぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
どうやら、いもいも坊やの情報を送ってなかったらしい。後で送っておくことにしよう。
この程度のことで、いちいち驚かれていては彼らの身体がもたないからな。見ている分には面白くていいのだが……それは酷というものだろう。
「ふきゅん、メインエンジン最大出力! いけるぞぉ!」
「よっしゃ! いもいもベース、発進!」
艦橋にあるモニターは「全周囲モニター」と呼ばれるものであり、前後左右、上空までもが視認できるシステムだ。
それらは、いもいもベースのメインカメラ、そしてザブカメラから獲得した映像を算出してCG画像で表示する手法が取られていた。
一応、下を見れば地面が見えるが、この船は浮いていないのであまり意味はない。しかも見続けていると酔いそうになる。おえっぷ。
「おいおい、マジかよ。ラングステン王国はどこから、こんな超技術を持ってきたんだ?」
「残念ながら軍事機密だ。知ってもろくなことにはならないから、こんな船もあるとだけ認識していてほしい」
「えっと……桃先輩だったか? どうも慣れねぇな。お嬢ちゃんの顔から、その声はよ」
「じきに慣れる。それよりも、リトリルタースで実行する作戦を皆に伝えるから、よく聞いてくれ」
微妙な表情のガッサームさんを他所に、桃先輩はリトリルタースでおこなわれる作戦を皆に聞かせ始めた。