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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十章 激震する世界
454/800

454食目 同盟

◆◆◆ ウォルガング ◆◆◆ 


 神聖歴千六百三年、四月二十六日。この日、ラングステン王国はミリタナス神聖国とドロバンス帝国に対し宣戦布告をおこなった。


 ラングステン王国による、まさかの宣戦布告に世界は激震。まるで終末でもやってきたかのような不安に駆られ、各国は軍備増強に奔走した。

 だが、これはわしの目論見の一つである。


「備えあれば患いなし、とはよく言ったものじゃ」


 来たるべき鬼との決戦に向けて自発的に戦力を備えさせる。いくら説明しようとも、鬼のために軍備を増強する国は皆無であった。

 だが、身近な大国が戦争状態になれば話は別であろう。


 いつ飛び火するかわからない状況下において自国の軍備を疎かにしていては、あっという間に攻め落とされ支配されてしまうからだ。

 この期に及んで危機感のない国はそうそうあるまい。


「ホウディック、状況は?」


「はい、ラングステン騎士団二千を乗せた船がフィーザントの港から出港しました。二日後にはミリタナス神聖国領『ゼグラクト』に到着する予定です」


「うむ……して、エルティナは」


「はっ、エルティナ様率いるモモガーディアンズはカサレイムへと転移。ドロバンス帝国部隊の背後を捕ると申されております」


「何? カサレイムじゃと?」


 現在、ラングステン王国とミリタナス神聖国を繋ぐ〈テレポーター〉は全て使用不可能な状態になっているはず。だというのに何故、転移ができるのか?


「はい、それが……どうやら〈プライベートテレポーター〉を使用なさったようでして」


「むぅ、あの時のか。よもや、残したままであったとはな」


 以前、エルティナはスラム地区の住人たちの復興資金のために、カサレイムの町でこっそりと商売をおこなっていたことがあった。

 その際に使用していたのが、エルティナのバカげた魔力で作り上げた個人用のテレポーターである。


 エルティナがわしらに相談もなく勝手な行動を取り、自身を危険に晒したことを咎めた際に、彼女は自分を戒めて〈プライベートテレポーター〉を封印したと聞いていたが、どうやら使用することを止めていただけであったようだ。

 てっきり船に乗船していると思いきや、このような大胆な行動を取るとは……。


「それで、エルティナからの連絡は?」


「現在、カサレイムの町に変わった様子はないそうです。というのも、この町は腕の立つ冒険者が駐屯しているうえにミリタナス神聖国の南側に位置するため、ドロバンス帝国の部隊の姿も見ないとのことです」


「ふむ……」


 ということはドロバンス帝国の狙いは……やはり、ミレニアということになるだろう。彼女を捕らえて降伏させれば、余計な消耗をせずにミリタナス神聖国の全てが手に入るとの算段に違いない。


「エルティナ及びモモガーディアンズには指示があるまで待機せよと伝えい」


「はっ!」


 わしの指示を受けたホウディックは一礼して会議室から退室した。『送受信室』へと向かったのだ。

 戦時中の〈テレパス〉の妨害は基本中の基本である。情報をより多く手に入れた者が勝者となるためだ。


 特にドロバンス帝国は情報戦に強い。〈テレパス〉の妨害などは得意分野と言えよう。そのため、少しでも情報を手に入れるために開発されたのが送受信室である。


 この送受信室はテレパスの能力を上げるための部屋であり、これにより妨害を掻い潜って連絡が取れるようになる。

 ただし、使用中は通常の二倍程度の魔力を消耗することになるので長時間の使用は推奨できない。

 また〈テレパス〉の適性が低い者では使用すらできない、という欠点があった。


『おいぃぃぃぃぃっ!? 王様! 待機って、どういうことなんですかねぇ?』


 が……例外は必ず存在する。それがエルティナだ。

 どうやら彼女は膨大な魔力を使い妨害をねじ伏せているようなのだ。


『二日後にグロリアが率いる騎士団がゼグラクトの町に着くそうじゃ。到着し次第、非戦闘員とミレニアを拉致する算段になっておる。その後に騎士団をゼグラクトの外に展開しドロバンス帝国の部隊に備える』


『ふきゅん、俺たちは指示に従って、こっそりとドロバンス帝国の背後を捕って、ぶすりとやればいいんだな? 任せろぉ』


『これこれ、待たんか。そなたらが相手にするのはあくまで鬼だけじゃ』


 そう、エルティナたちが相手をするのは、あくまで『鬼』という化け物のみだ。聖女である彼女には、人間同士の醜い争いに加担してもらっては困るのである。


『ふきゅん、俺は鬼でも人間でもいけるぜぇ!」


 にもかかわらず、当の本人はやる気満々であった。昔から血の気が多い少女ではあるが、このような無茶なことを言う子ではない。何か算段でもあるのだろうか?

 できうるならばエルティナたちは、このままカサレイムで待機していてもらい、騎士団のみの力で戦争を終わらせたいのだが。


『そなたの攻撃魔法の威力は知っておる。じゃが、それじゃと多くの味方を巻き込んでしまうぞ』


『ん? 攻撃魔法は使わないぞ?』


『なんじゃと?』


『前に教えたじゃないか。俺は人の「悪意」を食えるようになったって』


『む、そうであったな』


 エルティナが身に宿す〈全てを喰らう者〉、その枝が一つ〈光の枝〉。

 彼女から出現する光り輝く大蛇は人の悪意などといった邪な感情を喰らう特殊な存在だと聞く。


 この能力はティアリ解放戦争の最中にて目覚め、鬼に操られていた者たちの闘争心を喰らい尽くし、戦闘行為を鎮めたと聞き及んでいた。


 エルティナが嘘を吐くとは思えないが、直にその効果を見ていないので、いまいち信じ切ることはできない。というか心配なのだ。


 話によれば発動中は身動きが取れない上に魔法も使えないと聞く。完全に無防備な状態になるそうなのだ。いくら仲間たちが護ってくれるから安心してくれと言われても「はい、そうですか」とは言えなかった。

 愛するエルティナに、万が一のことがあっては困るのだ。

 わしにとっても、この世界にとっても。


 とはいえ、これから先は博打じみた作戦をおこなう機会もあるかもしれない。それに桃先輩であるトウヤ殿も身魂融合をおこない、エルティナをしっかりとサポートしている。


 わしは悩んだ。


 ここはやはり、戦争の怖さと悲惨さを学ばせておいた方が良いのだろうか? だが、この子たちはまだ九つになったばかりの少年少女だ。心に傷を負うには早過ぎるのではないだろうか?


 いくら自身と問答を繰り返しても答えは出てこない。やむを得なく保留という形で結論付ける。


『とにかく、指示があるまではそこで待機じゃ。GD隊だけで処理できるようならば、それが一番じゃからの』


『ふきゅん、無理はさせないでくれよ。なんだか嫌な予感がぷぃんぷぃんするんだ。王様も十分気を付けてくれよな』


『うむ、肝に銘じておく』


 エルティナとの〈テレパス〉を終えたわしは、彼女の『嫌な予感』という言葉が頭から離れなかった。あの子の嫌な予感は未来予知に近い形で実現するからだ。

 具体的にこうなるというものではない。しかし、なんらかの形でその不幸な出来事は実現してしまうのだ。


 わしの『フューチャーアイ』も衰えた。もう未来を視ることは叶わぬ。

 だからこそ、若き子供きぼうたちに期待を寄せてしまうのだろう。まだ、わしらが、がんばらなくてはならないというのに……情けないことだ。


「陛下、ブレバム統一王国より使者が参られました」


「早いな、もう動いたか」


 恐らくは同盟の件だろう。巨大国家同士の戦いともなれば、いつ、どのタイミングで、勝利するであろう国に付くかで、小国の未来は大きく変わる。


 ミリタナス神聖国に同盟を申し出る国は無いはずだ。多くの国家はラングステン王国とドロバンス帝国の一騎打ちとみているに違いない。そして、その考えは正しい。

 大神殿を失い聖光騎兵団をも失ったミリタナス神聖国は既に滅亡した、といっても過言ではないのだから。


 わしは腰を上げ謁見の間に赴こうとしたのだが、報告に来たモンティストのすぐ後ろにブレバム統一王国からの使者が控えていた。


「ほう、そなたが参ったか。余程、この同盟に重きを置いているようじゃの」


「はい、我が父『マトン・ラー・ブレバム』は私を使者に選び、同め~に国家の存亡を賭けていることを示しております」


 わしを目の前にしても威風堂々とした態度を崩さないこの少年の名はムー・ラー・ブレバム。南西諸島連合国家、ブレバム統一王国の第一王子だ。

 その跡取りである王子を使者に寄越したことから、ブレバム統一王国のラングステン王国との同盟の本気さが窺えた。


「うむ、それでは謁見の間へ向かうかの」


「はい、仰せのままに」






 謁見の間にて正式にラングステン王国とブレバム統一王国との同盟を結び終える。ムー王子の胆力には目を見張るものがあった。

 エドワードも図太いところがあるが、彼の神経のふとましさは次元が違う。天が与えし王者の貫禄とでも言えばよいのだろうか? とにかく彼は王になるために生まれてきたのではないだろうか、と見る者を魅了する才能を持っていた。


「うむ、これで我が国とブレバム統一王国は正式に同盟国と相成った」


「ありがとうございます、ウォルガング国王陛下。末永き友好国となりましょうぞ」


 同盟の証である書状を護衛と思わしき女性騎士に手渡すと、女性騎士は一礼し謁見の間を出ていった。だが、ムー王子はここに残ったままだ。

 わしが不思議そうに彼を見つめていると、ムー王子は少しばかり微笑んで、とんでもないことを口走ったのである。


「陛下、私は『人質』としてラングステン王国に留まります」


「……なんじゃと!?」


「これはマトン王の意向でございます。そして、私もその必要性を感じ承諾いたしました。これが我々の決意と意思表示でございます」


 ムー王子は凛とした態度で言い切ると、うやうやしく首を垂れた。その瞬間、わしはやられたことを自覚せざるを得なかったのである。


 まさか、このタイミングで仕掛けてくるとは思わなんだ。

 彼は……否、彼らはエルティナを口説き落として自国へ連れ帰るつもりなのである。同盟はその口実に過ぎない。

 しかもこの潔い覚悟。これを断れば、なんと言われようか。これは参った、完全に退路を断たれている。


「う、うむ。あいわかった、そなたの部屋を用意させよう。だが、人質だとしても窮屈になるような制限は掛けぬ、心ゆくまでこの国を堪能するがいい」


「陛下の御温厚には、ただただ頭が下がる想いでございます。陛下のお役に立てるよう、精進する次第でございますれば」


「ん? わしの役に……? そなた、まさか!?」


「はっ、私は既に千め~からなる部隊を動かし、戦に勝利を収め~ております。私め~の力、なんなりとお使いください」


 想像以上の少年であった。いや、もう少年と言っては失礼に当たる。

 南西諸島連合国家ブレバム統一王国はその性質上、多くの反乱分子を抱え込んでいた。大小からなる島の集合体はたとえるなら戦国時代の日本のようなものだ。


 我こそはという者が多い中、彼の父マトン・ラー・ブレバムは持ち前の求心力と知略によって、戦乱の諸島を統一した稀代の王と聞く。その子、ムー王子にもその才能は受け継がれている、とするのであれば脅威以外の何ものでもない。


 だが、今のラングステン王国にとって、彼は喉から手が出るほどに欲しい人材だ。

 残念ながら今のエドワードでは三百の兵を動かすので精一杯であり、千ともなるとグロリアやヤッシュ伯爵といった英傑でなければ指揮することは叶わない。


 加えて我が国の戦力はわけありだ。現在、最高戦力であるラングステン騎士団は『全員』出撃させた。それでは国の守りが皆無になるのではないのか?


 答えは『否』だ。


 我が国の『最高』戦力は確かにラングステン騎士団であるが……『最強』の戦力は別にいるのだ。

 それが我が国が誇る『農家』たちの存在である。


 普段、彼らは畑を耕す農夫であるが、フィリミシアの町に脅威が迫った時には最強不敗の守護者へと変貌する。その戦闘能力は騎士たちを遥かに凌駕するのだ。


 だが、困ったことに彼らは集団戦闘が得意ではない上に個人の能力が高過ぎるため、どうしても孤立して戦闘をおこなう傾向にある。それだと各個撃破の憂き目に遭いかねないのだ。


 そこで、彼らを指揮する者が必要になってくるのだが、彼らは全員が一騎当千の兵であるため、それこそ千を超える兵を操れなくては務まらない。


 グロリアも一度、農家の者を集めて指揮の訓練をおこなったのだが……あやつめ、農夫の放つ熱い闘気に当てられたのか、農夫たちに混じって暴れ出したではないか。これには流石のわしも顔が引き攣った。


 ゆえに冷静かつ豪胆な指揮者の必要性を感じていた。よもや、このような形で有望な指揮官がやってくるとは。


 だが、これは同時に悪魔の囁きでもある。彼に一度でも頼ってしまえば、ずるずると頼らざるを得なくなってしまうだろうから。

 早急に何らかの対策を練っておかなくてはなるまい。


「……その時は、よろしく頼む」


「ははっ! お任せください!」


 取り敢えずは言葉を濁しておく。要は彼が必要な事態を作らねばいいのだ。

 国の守りとして勇者タカアキを筆頭にした勇者パーティーを再編成してある。エレノア司祭は子育て中であるため代わりに先のティアリ解放戦争でヒーラー隊の隊長として活躍したディレジュ・ゴウムを代理に立てている。


 彼女は治癒魔法こそエレノア司祭に劣るものの、その戦闘能力は目を見張るものがある、とフウタ男爵からのお墨付きである。

 ヒーラーが戦闘能力に優れていてどうする、と思わず口に出しそうになったが、彼女の所属するヒーラー協会の長は、かの『鉄拳スラスト』であることを思い出しツッコミの代わりにため息が出た。


 なんというか、蛙の子は蛙と言えよう。もう、それ以外に思い浮かばぬ。


 このことにより、一応のところ国の守りが薄くなったとは思っていない。いざともなれば冒険者ギルドに緊急クエストを発注するつもりだ。

 この国には実力があるのに冒険もせずにダラダラしている連中が多い。だが、緊急クエストは報酬が良いのですぐさま飛びつくという困った連中だ。

 ある意味で冒険者は今も昔も変わらない、という生きた証明でもあるのだが。


「へ、陛下! 謁見を所望するハンティングベアーがっ!」


「うむ、謁見の間にとお……ハンティングベアー!?」


 いったいなんなのだ、今日は!? 予想だにもしない出来事が多過ぎる!


「ま……まさか、エルティナの嫌な予感とは」


 わしがそう理解した時には既に遅かった。

 エルティナ風に言えば『時、既に時間切れ』、あるいは『時、既におすし』といったところであろうか。


 あぁ……寿司を最後に食べたのは、いつのことだったか思い出せぬ。また食べたいのう。


 そのように現実逃避していても、現実は向こうからやってきた。三メートルはあろう巨大な熊がゆっくりとこちらに向かってきていたのだった。

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