453食目 侵略
わりと平穏無事に終了した俺の誕生パーティーから一ヶ月が過ぎた頃、その凶報はラングステン王国首都、フィリミシアへと伝わった。
ドロバンス帝国、ミリタナス神聖国に宣戦布告。
ドロバンス帝国は開戦に至る理由を一斉公開せずに、ミリタナス神聖国との国境付近に位置するミリタナス神聖国領のマルクストという都市を僅か五百の兵で攻撃……そして、たった半日で占領してしまったのだという。
国境付近の町ということもあり、ミリタナス神聖国はマルクストの守備に五百名ほどの兵士を配備していたそうだ。
この事から攻め入ってきたドロバンス帝国の部隊と同程度の兵力がありながら、マルクストの守備隊はあっという間に壊滅させられたということになる。
その侵略行為は凄惨を極め、マルクストの人口およそ五千人の内、僅か七百名を残し、そのことごとくが命を落としたとの情報がまことしやかに流れている。
このドロバンス帝国の理不尽な行いに世界各国は非難の意を唱えるも、やはりドロバンス帝国からの返答は一切なかった。
ドロバンス帝国の侵攻はいまだ続いており、事態を重く見たミリタナス神聖国の最高指導者、ミレニア・リム・ミリタナスは大神殿が誇る『聖光騎兵団』四千五百名を派遣。
騎士団長はブリアンダ・ラオ・ゼビム。聖光騎兵団を長年指導してきた歴戦の騎士だ。
以前、一度だけ彼と話をしたことがあるが、その時の印象は気の良いおっちゃんという印象をもった。
聖光騎兵団は〈テレポーター〉にて、マルクストから一番近いとされる都市ナナニウムへと転送。マルクストを占領しているドロバンス帝国の部隊へと攻撃を開始した。出兵から三日後のことらしい。
世界屈指の戦力を誇る聖光騎兵団四千五百。対してドロバンス帝国の兵五百。この圧倒的な戦力差に誰しもが聖光騎兵団の勝利を疑わなかった。
無論、俺も気の良いおっちゃんの勝利を祈った。
だが……聖光騎兵団は誰一人として帰ってこなかった。
それどころか騎士団長を務めるブリアンダ・ラオ・ゼビムからの連絡も途絶えてしまったそうだ。
全滅……ミリタナス神聖国にとっては悪夢のような結末。
ラングステン王国と同じく、魔族戦争にて多大な戦力を失ったミリタナス神聖国にとって、聖光騎兵団四千五百は現在において出せうる最大の戦力であった。
それがことごとく失われてしまった、という意味が示すもの、それは……勝ち目のない戦争を続けるか、降伏するかの二択を迫られたということだ。
ドロバンス帝国は魔族戦争の初戦において大損害を被り、早々に兵を引き上げている。そのため、ラングステンやミリタナス神聖国よりも兵の消耗が少なかった。
現在、ドロバンス帝国の誇る機甲兵団は推定八千名とされている。だが、戦争を仕掛けてくるとなれば、その倍くらいの兵を確保している、とウォルガング王は予想した。
王様によれば兵の質はラングステンがぶっちぎりであるが、人数においては三大国家内で最も少ないとされている。
まぁ、『国民』の殆どがイカれた戦闘能力をもっているので、最悪『国家総動員』をおこなえば数を補えるようなのだが、王様はそれをよしとはしない。
ドロバンス帝国は兵の数こそ多いがどうも質が悪く、そのため『魔導兵器』を大量生産し質を補っているそうだ。
ただし、それだと突出した能力を持つ者に対しては対処することができず、一方的に叩きのめされてしまう。そのために個々の戦闘能力の低さを集団で補う『集団戦闘』を基本としているらしい。
「戦いは数だよ!」というヤツだ。
ミリタナスはラングステン王国とドロバンス帝国の中間辺りの能力の軍隊であったらしいが、僅か五百のドロバンス帝国の部隊に壊滅させられてしまっている。
これはドロバンス帝国が超兵器の開発に成功したと見てもいいだろう。王様やホウディック防衛大臣もそのような推測を立てていた。
とにかくこの戦争は情報が少なく、当てにならない情報が大多数を占めていたのである。
王様はミリタナス神聖国のミレニア様とは旧知の仲であり、救いの手を差し伸べるべきかを迷っていた。ティアリ王国への出兵はリマス王子……今は王となった彼が直接、救いを求めたことによって『大義』を獲得し出兵となったのだが、ミリタナス神聖国は自国が窮地に立たされていても救援要請を出すことをおこなわなかったのである。
一応はドロバンス帝国の侵略戦争なので大儀は十分あるのだが、戦いの場はミリタナス神聖国領となるため、許可なく領土に軍を送れば、それこそ隙に乗じて侵略しにきた、とも取られかねないのである。
「えぇい、ミレニアのヤツは何を考えておるのじゃ。このままでは、取り返しのつかぬことになろうぞ」
王様の苛立ちは日に日に募ってゆくばかりだ。俺も「ふっきゅん、ふっきゅん」と言いながらミレニア様、ひいてはミリタナス神聖国の皆の行く末を憂いている。
そんな日々が続いたある日のことだ。フィリミシア城にミリタナス神聖国の兵が訪れたのである。
「はぁはぁ、ウォルガング王の御前にもかかわらず……無礼をお許しいただきたい!」
「バカ者! そのケガはどうしたというのだ!? まずは治療を……」
「じ、時間が無いのでございます! がふっ!」
その兵は酷いケガを負っていたにもかかわらず、治療を拒み王様との面会を急いだ。たまたま、王様とミリタナス神聖国について相談を受けていた俺がいなければ、その兵士は死んでいただろう。
俺はすかさず傷付いた兵士をチユーズに治療を施させた。そして、違和感に気付く。
「魂が損傷しているだと!? それに……この感じ、陰の力! 王様! 鬼だ、鬼が関わっている!」
「鬼じゃと!? ドロバンス帝国の兵にやられたわけではないと申すのか!?」
久しぶりに感じる胸くそ悪い力に俺は吐き気を覚えた。忘れようはずがない、この邪悪なる力を。
「おぉ……傷が!? ややっ!? 貴女様は聖女エルティナ様!! あぁ、これもミレニア様のご加護か!」
治療を終えて元気を取り戻した兵士は現在ミレニア様とミリタナス神聖国の置かれている状況を、王様と俺に説明しだした。そして、その内容はとても信じがたい内容であったのだ。
「なんと!? 聖都リトリルタースが……大神殿が陥落した申すのか!?」
「はい、まさに悪夢でした。守備のために残った聖光騎兵団千名が防衛に当たりました。大神官様たちも決死の抵抗を試みましたが力及ばず……!」
兵士はその身を震わせ涙した。それは恐怖からか、はたまた己の力の無さを悔いてのことかはわからない。だが、彼は無様な姿を見せようとも毅然とした態度で報告を続けた。
「ミレニア教皇様は非戦闘員を引き連れて、聖都リトリルタースの北に位置するゼグラクトの町へと向かっております。そこでウォルガング王には非戦闘員の保護をお願いしたいのです。これがミレニア教皇様の書状でございます」
兵士は大切に抱えていた白い筒を近衛兵に渡した、そしてその筒の中身を確認した後に王様へと手渡す。その書状は所々が赤黒く染まっていた。どうみても血で染まったとしか思えない。
俺としてはミレニア様がケチャップをこぼしてしまった、と思いたいのであるが、書状を読んだ王様の険しい表情を見れば、それがケチャップではないことは確定であった。がっでむ。
「あのバカ者が。非戦闘員の保護の件……引き受けよう」
「ありがとうございます! 恐れながら『私』の願いも聞き入れてはくれませぬか!?」
「そなたの?」
「はっ! 非戦闘員と一緒にミレニア教皇様も保護していただきたく!」
その兵士の目は本気であった。己の命すら捨てる覚悟で願い出たのである。
「ミレニア教皇様はミリタナス神聖国に必要な御方。ミリタナス神聖国が滅亡の憂き目に遭っても、ミレニア教皇様と聖女エルティナ様がいらっしゃれば、ミリタナス神聖国は何度でも蘇りましょうぞ。そのためであれば……我が命を差し出すことも躊躇いませぬ!」
「そなたといい……ミレニアといい……バカ者ばかりじゃ」
王様は書状を握り潰し、王座から立ち上がった。
「そなたらは命を軽んじておるのではないか!? 誰一人として失ってよい命などない!」
「そ、それは……!」
王様の言葉に兵士は言葉を失った。どうやら、予想外の返事であったようだ。
「ホウディック防衛大臣!!」
「はっ! ラングステン騎士団二千、いつでも出撃できます」
その言葉を聞いて俺はニヤリとほくそ笑んだ。やはり、いつでも出兵できるように王様は準備をしていたのだ。それは俺たちも同様である。
「モモガーディアンズもいつでも出れるぞぉ!」
ミリタナス神聖国は俺たちにとっても馴染み深い国となっていた。それに友人のミカエルたちも暮らしている。放っておけるわけがない。
いざとなったらモモガーディアンズだけで乗り込もう、と話し合っていたところなのだ。
「し、しかし! ミレニア教皇様は非戦闘員の保護のみを……」
「ならば、ミレニアに伝えい。ラングステン王国はミリタナス神聖国に宣戦布告するとな!」
「なっ!? そ、それではドロバンスと……あ、その手が!?」
酷く驚いた兵士であったが、彼はなかなかに頭が回る人物だったようで、すぐに王様の意図するところを察し納得するに至った。
「ふっふっふ、そうじゃ。ミレニアを捕らえてやるわ」
「ふぁっふぁっふぁっ、ついでに負傷した兵士も捕虜にしてしまいましょう」
「ほっほっほ、ついでにドロバンス帝国の兵も追っ払ってしまいましょう」
「ふっきゅんきゅんきゅん、ついでにミリタナス神聖国を救ってしまおう」
王様は酷く悪い顔をした。ホウディック防衛大臣やモンティスト財務大臣もだ。もちろん俺も悪い顔をする。当然だなぁ?
口こそ出さなかったものの、この場に居た親衛隊全員も悪い顔をしている。なかなかに壮観だ。
「そなたは急ぎ、この事をミレニアに伝えよ」
「ははっ! この命に……いえ! 必ずや『生きて』ミレニア教皇様に伝えましょうぞ!」
兵士は物凄く生き生きした表情で首を垂れ退出したのである。その背中からは希望が見て取れたのであった。
「我ながら強引であるな」
「「「まったくです」」」
王様の自己評価に俺達三人は同時にツッコミを入れた。その様子を見て王様は豪快に笑ったではないか。
「だが、この戦は避けては通れぬ。真かどうかは定かではないが、ドロバンス帝国の兵に鬼が紛れておる可能性があるのじゃからな」
そのとおりである。そして現在、鬼に対抗できる軍隊はラングステン騎士団以外存在していないのだ。
「主だった者を会議室に集めよ! 軍議を開く!」
「ははっ!」
ここにラングステン王国とミリタナス神聖国、そしてドロバンス帝国の三強国が入り混じる大戦争が始まろうとしていた。
ラングステン王国にとって、試練の時と言ってもいい一大事だろう。
そして、この戦争の陰には鬼の存在。これだけで俺には戦う理由が生まれる。
「流石に桃先輩に連絡しないとな」
俺たちモモガーディアンズにも試練の時がやってきていたのであった。




