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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
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451食目 新たなる命に乾杯

 獄炎の迷宮からフィリミシアのヒーラー協会へと帰還した俺たちにもたらされたのは、ルドルフさんと、その妻であるルリティティスさんとの子供が産まれたとの知らせであった。

 現在の時間は午後九時。そして赤ちゃんが生まれたのは、今から二十分前のことだという。


「まだ、面会してもいいそうだ。疲れているとは思うが見に行くか?」


「ふきゅん、もちのロンだぜ! 皆、赤ちゃんの顔を見にユクゾッ!」


「「「わぁい!」」」


 この世界において、出産の際に女性ヒーラーが立ち会うことは珍しいことではない。何かあった時に即座に対応できるからである。

 今回はヒーラーとしては引退したものの、産婆さんとしては現役バリバリのヒルダお婆ちゃんと、ヒーラーといっていいのか危ぶまれるディレジュ・ゴウムがルリティティスさんについているそうだ。


 ヒルダお婆ちゃんはともかくとして、ディレ姉も若くして何人もの赤ちゃんを取り上げてきた実績があるのでまず間違いはないはずだ。もう既に二人の赤ちゃんの顔を見てきたというスラストさんの表情を見れば、赤ちゃんは無事に産まれたことを確信することができる。

 いつもは厳しい表情ばかりの彼であるが、今日に限っては目尻がほんの僅かに下がっているからだ。


 スラストさんの話によれば、プルルと桃師匠も既にルドルフ邸へと赴き赤ちゃんと対面したそうだ。

 この世界での出産は自宅でおこなわれるケースが多い。というのも、この大都市とも言えるフィリミシアにあっても産婦人科というものがないためである。

 そのため、ヒルダお婆ちゃんに代表する産婆さんが今でも大活躍しているのだ。


 以前、俺は産婦人科を作ってみてはどうかと王様に意見したのだが、彼はまだ必要ではないと答えた。

 王様曰く、この町のお年寄りは皆元気なので仕事を奪うようなことをしてはいけない、とのことだった。

 妙に納得してしまい、それ以上のことは言えなかったのである。


 獄炎の迷宮から帰ってきたばかりで疲労が蓄積したままではあったが、それよりも赤ちゃんの顔が見たい、という欲求の方が上回った俺たちは駆け足でルドルフ邸へと向かったのである。


 ルドルフ邸はフィリミシアの北部に位置するギルドなどの重要施設がひしめく場所の一角に建っていた。その建物は非常に長い歴史を持っており、何度も修繕されながら時を刻んできたそうだ。

 ルドルフさんもトールフ家の当主として、この歴史ある家を守っているのだというから頭が下がる思いである。


 俺の無茶振りに付き合わせてすまないとは思うが、どうにもならないので勘弁な。







 家の前には沢山の人たちで溢れかえっていた。これもルドルフさんの人徳のなせるものだろう。そんな中で、俺は親しい人物に出会った。忘れるはずがない、月の光を受け輝く、その見事なスキンヘッドを。


「はぁ、はぁ……ハマーさん!」


「おお、エルティナ様! 遂にルドルフの子供が生まれましたぞ!」


 そこには男泣きをするGDゴーレムドレス隊、隊長のハマー・アークスイズム・カーンの姿があった。彼は親友の子供の誕生をまるで我が子が生まれたかのように喜んでいたのだ。


「あの死にたがりが自分の子供を授かるまでになるとは……これで、あいつの両親にも面目が立つというものです」


「ふきゅん、そう言えば出会った頃のルドルフさんは酷いものがあったな」


 ルドルフさんとの出会いは『魔族戦争』の真っ只中、ヒーラー協会でおいての治療の時だった。後にも先にも重症、及び重体で十回も運び込まれてきたのは彼くらいなものだ。後の連中は……帰ってこなかったのだから。


「それにしても、奇妙な縁だよなぁ」


 彼と再び再会したのはフィリミシアを襲う大竜巻の事件の時だった。王様に付き従う親衛隊の一人にまで出世を果たしていた彼が、俺の警護を任され行動を共にするようになったのだ。


 フィリミシアの町を飲み込まんとする大竜巻の正体は鬼であり、その竜巻から生み出される小鬼との戦いは死闘を極めた。

 当時、桃使いとして未熟であった俺は竜巻をどうにもできず、一筋の希望である桃先生の芽を守るべく、ヒーラー協会の裏の空き地へと急行し防衛線を張ったのである。


 多くの仲間達が傷付き倒れ……命を落とした。ルドルフさんも、その中の一人だった。

 もし俺があそこで諦めていたら、もう彼には会うことができなかっただろう。そう思うと、恐ろしさのあまりに身が凍ってしまいそうになる。諦めなくてよかった。


「えぇ、まったくです。ささ、エルティナ様もルドルフたちに顔を見せてやってください」


「わかったんだぜ」


 ドアの前にたむろしていた者たちは、どうやら城勤めの人間たちのようだ。知っている顔もチラホラと居る。俺が近付くのを察すると海が割れるかのようにどけて道を作ってくれた。


「エルティナ様、よくぞ参られました」


「ふきゅん、ありがとう」


 ドアが開け放たれ、俺たちはルドルフ邸内に入場した。家の中は夏にもかかわらずひんやりとしている。これもルリティティスさんが暑さを苦手としているからだろう。それでも氷の迷宮内での出産ではなく、フィリミシアにあるこの家を選んだのは愛ゆえのことだろう。

 彼の辛い思い出の残るこの家に、幸せな記憶を刻み込むために無理をしたのだ。


「いらっしゃい、タイミング良く帰ってこれたわね? くひひ」


 俺たちに気付き、声を掛けてきたのはディレ姉であった。その細い腕で大量に氷が入った桶を抱えている。この細腕で禍々しいウォーメイスをぶんぶん振り回すのだから恐ろしい。

 リンダといい、彼女といい、いったいこの世界の鈍器使いはどうなっているんだぁ?


 ディレ姉に案内された部屋からは元気な赤子の鳴き声が聞こえてきた。その声を聞いただけでテンションが高まってくる。俺も対抗して鳴いた方がいいだろうか?

 俺も一流の赤ちゃんを経ているので、先輩としていろいろ教えてやらねば、という責任感がふつふつと湧き上がってきている。


「あら、元気だこと。もう、お腹空いたのかしら?」


「ふきゅん? おっぱいを飲んだんじゃないのか?」


「そうなんだけど……どうも母乳の出が悪いみたいなのよね」


 ディレ姉の話によれば、どうやらルリティティスさんはこの暑い環境に体調を崩してしまっているようであり、極めて母乳の出が悪いとのことだ。加えて、生まれた赤ちゃんは非常に食欲旺盛であることもあってか、ぜんぜん母乳が不足している状態に陥ってしまっている。

 これはリカード牧場の特製粉ミルクの出番のようだ。俺もお世話になった極上の粉ミルクを奢ってやろう。


「あら、鳴き声が止んだわね。おっぱいが出たのかしら?」


 彼女が言うように赤ちゃんの泣き声が止んでいる。でも、母乳が即座に溜まるだなんて聞いたことがない。ということはヒルダお婆ちゃんが粉ミルクを作って飲ませているのだろう。

 そう予想を立てた俺は静かにドアを開けて室内へと入った。


 おじゃまするわ……!?


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 そして衝撃のあまり、声なき声を上げる結果となったのだ。


「あ……エ、エルティナッ!? いや、あの、その……これは違うんです。はい」


 そこには生まれたばかりの我が子を抱いているルドルフさんの姿。そしてベッドで寝息を立てているルリティティスさんと、彼女の体を濡れタオルで綺麗に清めているヒルダお婆ちゃんの姿があった。

 これだけ聞くと何が衝撃的であったのか、まったく分からないであろう。でも、俺は声を大にして言いたい。えらいこっちゃ! と。


「おぱ、おぱぱぱぱぱ、おぱぱぱぱぱ、おぱぱぱぱぱっ……!?」


 この光景にはスケベトリオでさえ硬直し、声を上げきれずに意味不明な言葉を壊れたラジオのように繰り返すのみであった。もちろん、白目痙攣のおまけ付である。


 ルドルフさんは確かに我が子を抱いている。それは問題ない。だが、その赤子がおこなっている行為が問題であったのだ。

 彼、あるいは彼女は『父親』であるルドルフさんの乳首に吸い付き、ちゅっちゅと勢いよく吸い上げているではないか。

 男が赤ちゃんにミルクを上げるとしたら、哺乳瓶を片手に授乳させるしか方法はない。だが、ルドルフさんはこともあろうに己の『母乳』を我が子に与えているのである。


 自分でも何を言っているか分からなくなってきた。だが、今起こっている現象は夢でも幻でもない、圧倒的な現実リアルだ。まずはこの事実から認めねばなるまい。


「ル、ルドルフさん。色々と聞きたいことがあるんだが……その前に赤ちゃん、おめでとう」


「え? あ、はい。ありがとうございます」


 ルドルフさんが頭を軽く下げた後に姿勢を正すと、その豊か過ぎる乳房がたゆんと揺れた。それでも赤ちゃんは乳首から口を離さないのだから、たいしたものである。


 そう、今のルドルフさんには、あってはならない物が付いていた。それは超ド迫力の乳房である。

 華奢な身体には似つかわしくない爆乳……いや、超が付くクラスのおっぱいだ。ミランダさんのおっぱいにも劣らない、それはそれは見事な乳房であったのだ。これはいったい、どういうことなんだぁ?


「「「おっぱい、おめでとうございます!!」」」


「え? え?」


 そして案の定、クラスメイトの皆は大混乱に陥っていた。無理もないとは思うがそれはどうかと思う。


「「「おっぱい、ありがとうございます!!」」」


「……はぁ」


 そして、まったくブレないロフト達。歪みねぇな。


 それよりも俺はルドルフさんに聞かねばならないことがある。きっと皆も聞きたがっている、彼のおっぱいの件だ。見た感じ作り物とは到底思えない。


「赤ちゃんのことを聞く前に、その見事なおっぱいはどうしたんだ?」


 ふにふに。


「あ~、これは私の『個人スキル』です。くすぐったいですよ、エルティナ」


「マジで!? 超柔らかい」


「はい、マジです。本当におっぱいが好きですね」


 なんと、この現象は彼の『個人スキル』によるものだという。それにしても希少な個人スキルが『おっぱいができる』だなんて、どう喜んで良いものか分からない。ということは、彼の下半身にはパオーン様が今も鎮座しているのだろうか? 気になる。


「あぁ、エルティナは男の私に『乳房ができる』スキルだと思っているようですね」


「ふきゅん、違うのか?」


「えぇ、今の私は完全な『女性』と化しています。私の個人スキルは『牝牛の獣人』に変態する能力ですから」


「め、牝牛の獣人っ!?」


 よくよく見るとルドルフさんのお尻から牛の尻尾が生えていることに気が付いた。頭の上の方には可愛らしい角と牛の耳が生えている。これらは微妙な変化であるため、言われて初めて気が付いた。全てはルドルフさんの超乳が持っていってしまったからだ。インパクトがあり過ぎる。


 そして、それ以外は何も変わっていなかった。つまり、あるべきものが付いただけだった……!?


 俺の驚愕する顔を見て察したのか、ルドルフさんは自身の個人スキルの詳しい説明を語ってくれた。

 獣人化すると身体能力、特に筋力とスタミナが増大するそうだ。そして『牝牛の獣人』なので常時『母乳』が出るとのこと。どうやらホルスタイン種のようだ。


「今日までは忌まわしい能力として封印してきましたが……我が子が腹を空かせて泣いているのを見過ごすことができずに封印を解いてしまいました。ルリの体調が著しくないので、良くなるまでは私が母乳を与えようと思います」


 なんという親心であろうか。我が子のために、忌まわしき記憶を呼び覚ますであろう個人スキルを自ら解き放ってしまったのである。

 だからこそ言えなかった。それって、粉ミルクでいいんじゃね? と。


「ところで、赤ちゃんの性別ってどっちだったんだ?」


「はい、女でした」


「おっ、それなら雪希は妹ができたことになるな」


「ひゃん、ひゃん!」


 雪希が妹の顔を見たいのか俺の足を前足で掘ってきた。この行為はダックスフントのももと、はなも、頻繁におこなってくる『おねだり』である。


 よいしょっと雪希を持ち上げ、赤ちゃんの顔の見やすい位置に移動する。生まれたてゆえに顔はまだしわくちゃで猿のようである。もう暫くすれば、すっきりとした顔になることだろう。


 薄っすらと生えている髪の色は青。一部が金だ。二人の血を受け継いでいることが窺える。瞳の色はまだわからない。目が開いてからのお楽しみといったところだ。

 どちら似かはもう暫く経たないと判断がつかないだろう。だが、人型で生れてきているということは、ルドルフさん似であるとも言えるかもしれない。


「ひゃんひゃん! きゅ~ん……」


「ぬわ~っ!?」


 自分の妹との初対面に感極まったのか、雪希はお漏らしをしてしまった。うれしょんというヤツである。

 幸いにもローブに掛かっただけだったので、急いで〈フリースペース〉内に放り込む。

 どうせ獄炎の迷宮内で汗や血で汚れまくっていたので、明日にでもオオクマさんが営むクリーニング店『ピカピカリン』に持ってゆくことにしよう。


「これっ、ユキ。はしたないですよ。すみません、エルティナ」


「あぁ、どうせ汚れていたから気にしなくてもいいんだぜ」


「くぅん」


 この嬉しょんは雪希の今後の課題になるだろう。妹も生まれたことだし、この際に立派なお姉ちゃんになってほしいものだ。きっとそれはルドルフさんもルリティティスさんも望んでいることであろうから。


「ところで、名前はもう決めたの?」


 俺がそう訊ねると、ルドルフさんは満足して乳首から口を離した赤ちゃんの背中を優しく擦ってげっぷを促した。

 やがて可愛らしいげっぷをして眠りの世界へと旅立った彼女をヒルダお婆ちゃんの預けると、晒していた乳房を隠しもせずに俺の問いに答えてくれたのである。

 ここら辺は男らしくしなくてもいいと思う。でもまぁ、一部の男子共が喜んでいるから良しとしよう。


 え? 俺? もちろん、眼福であります! ひゃっほう!!


「この子の名は『リルフ』と名付けました。私の名とルリティティスの名を取った名です」


「ふきゅん、ルドルフの『ルフ』とルリさんの『リ』だね。いいじゃないか」


 落ち着いたところでクラスの皆も代わる代わる室内に入り、リルフちゃんの寝顔を見て顔を綻ばせていた。

 特にシーマの表情がヤヴァイ。蕩けるような笑みと言えばいいのだろうか? どうやら子供好きのようだ。

 そのことを指摘されると恥ずかしそうに顔を押さえてドアから出て行こうとして、その隣の壁に激突しカエルが潰れるような悲鳴を上げて沈黙した。シーマぇ。


 だが、ゆっくりとリルフちゃんの寝顔を見れるほど、この部屋は暖かくはない。

 フェンリルの加護を受けているルドルフさんはまだしも、クラスの皆はこの寒さには耐えられないだろう。事実、女子の何人かは腕を擦り寒そうにしている。


 俺も桃力を熱に変えて耐えるという方法を持ってはいるが、桃先輩と身魂融合しなければ使えないので荒業に打って出ていた。


 それは俺に襲い掛かる冷気を〈闇の枝〉で食ってしまうというものだ。だが、コントロールが大変なので、もう止めようと思っている。いもいも坊やと〈闇の枝〉の成長を期待したいところだ。こんな大変な能力なんて一人で扱いきれるわけがない。


「赤ちゃんの顔を見られてよかったよ。俺たちはこれで失礼するぜ」


「はい、ありがとうございます。使用人が庭の方で温かいスープを配ってくれているはずですので、飲んでいってください。」


「ふきゅん、それは、ありがたいんだぜ」


 これで家の前で多くの人々がたむろしていた理由が分かった。やはり長時間の滞在が無理であったのが一つ、そしてもう一つが温かいスープを飲むためであろう。いや、大人の場合は別の物で体を温めるか。


 ルドルフ邸の庭へ向かうと、そこにはタキシードを着込んで直立する白熊の姿があった。どうやら彼がトールフ家の使用人であるようだ。白熊の獣人とは珍しい。

 彼の前には大きな寸胴が置かれており、そこから良い香りが漂ってきている。これは期待が持てそうだ。俺の勘が告げているのだ、このスープは美味いだろうと。


「スープをくださいな」


 俺が温かいスープを要求すると、彼はそれに答えた。


「がうがう」


「あっ、これ違う。ただの白熊だ!?」


 そう、彼は獣人でもなんでもなかった。ただの白熊であったのだ。それでも器用に前足を使い、おたまを持って……いや違う、肉球におたまが吸い付いている? なんて説明すればいいんだろうか? 近いところで青狸型ロボットの手と言えば説明がつくのかもしれない。

 彼の場合は、その先に凶悪に鋭い爪が存在しているが。


「がうー」


「あっはい、ありがとうございます」


 その白熊は優雅な手並みでカップにスープを注いで差し出してきた。それを受け取り礼を述べると、その白熊は優雅にお辞儀をしたではないか。何これ格好良い。惚れてまうやろが。


 受け取ったスープはコンソメスープのようだ。具は入っていないが深みにある味に仕上がっており、これならば具は不要であると納得させる物であった。また、香りも絶品である。


「わぁ、あたたかくて、おいしいよぉ」


「クスクス、暑さに辟易していた私たちが、温かいスープに感謝することになるとは皮肉ね」


 くぴくぴとスープをすするのは狸少女のプリエナと、獄炎の迷宮地下八十九階を制覇してきた異次元の存在たるユウユウ閣下である。

 地下八十九階に辿り着く前にグーヤの実の効果が切れたらしいのだが、『慣れた』とか言って、そのまま探索を続行していたそうだ。なんなんだ、あんたは。


 それでも地下九十階は彼女でも断念せざるを得ないほどの熱さだったという。彼女に別次元と言わしめるほどの熱さとは、いったいどれほどのものだったのだろうか? 怖すぎて聞きたくはない。


 スープの味を堪能していると、ルドルフさんが雪希を抱いて庭に姿を見せた。残念ながら男の姿に戻ってしまっている。当然といえば当然なのだが……やはり、一部の者には不評であった。

 これにはルドルフさんも苦笑いである。


「いかがですか、イオマンテさんのスープは。彼の自信作だそうです」


「がうー」


「とっても美味しいんだぜ」


 白熊の名はイオマンテというらしい。ルリさんの古くからの友人だそうで、身籠った後にこちらに移ってくる際に一緒に付いて来て、彼女の身に周りのお世話をしてくれていたようだ。

 後に正式に使用人として働いてくれることになり、ルリさんのみならず、ルドルフさんも大変に助かっていると説明してくれた。


 ルリさんは完璧にイオマンテさんが何を言っているか分かるらしい。俺も分かる。そして、なんとルドルフさんも彼の言っていることが理解できるそうだ。

 それはルドルフさんがハンティングベアーの言葉を学習していたためである。何故なら、イオマンテさんが使っている言葉はハンティングベアーの言葉と同じだからだ。


「がうがうがう。がうー」


「ふきゅ~ん、きゅんきゅん。きゅきゅ~ん」


 話を聞けば、彼の一族とハンティングベアーは元は一つの種族であったという。それが遥か昔に森と氷の迷宮にのどちらかに住むかで分かれ、今日まで脈々と血筋を残してきたのだそうだ。

 別れたとはいえ、両者には交流があり仲を断絶したわけではないそうで、ただ単に好みの住む環境を選んだだけに過ぎなかったらしい。

 そういう経緯もあってか、ルドルフさんが白熊のイオマンテさんの言葉が理解できたのも納得がいく、ということになる。勉強って、どこで役に立つか分からねぇな。


「ふきゅん、新たなる命に……乾杯なんだぜ」


 俺たちは子供なので酒で乾杯することはできない。そこでコンソメスープでその雰囲気だけでも味わうことにした。

 既に大人たちはお酒で祝い合っている。大人って、ずるいんだぜ。


 満天の星空の下で飲む極上のコンソメスープは、冒険帰りで疲れた俺たちの心身を癒し、明日への活力を与えてくれた。今日は本当に最良の日だ。


 もう少し時が過ぎれば、今度はアルのおっさんとミランダさんとの子供が「おぎゃあ」と生まれてくるはずだ。この国の未来を支える仲間が増えることは喜ばしいことである。


 そのためにも……この世界の鬼どもを、ことごとく退治して差し上げなくてはな!


 明日もまた忙しい日になることだろう。でも、俺たちはきっと元気いっぱいに活動するはずだ。それは多くの仲間達が明日も一緒にがんばっているからである。

 どのような困難が襲い掛かろうとも、俺たちなら、なんとか乗り越えられるはずだ。


 だって……こんなにも素晴らしい仲間たちなのだから。

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