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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
450/800

450食目 忘れえぬ味

 やがて全ての実が落ち、すぐさま赤い枝から燃え盛る若芽が生えてきたのだが、どういうわけか熱を感じることはなかった。これも炎の大樹に認められたからであろうか?

 暫くすると、炎の大樹は赤々と燃えだし何者をも近付けさせぬ威容を取り戻した。


「皆、黄金の実を収納するのを手伝ってくれ」


「手伝ってくれじゃないぜ。心臓が止まるかと思った!」


 唐突にライオットが俺を抱きしめてきた。少し息苦しかったが、それだけ彼を心配させてしまったということだろう。自分でも止めることができなかった、と言い訳することもできない。ここは素直に謝っておくべきだろう。


「ごめんな、ライオット」


 しかしその時、一人の少女が己の過ちに気付き叫んだのである。


「しまった! その手があったか! ライオット、そこ代わって!!」


「うわわっ!? なんだよリンダ!!」


 にゅるん!


「エルちゃ~ん! 心配したんだよぉ~!!」


「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」


 その少女とはリンダであった。彼女は俺とライオットの間に『にゅるっ』と入り込むと、俺のほっぺと自分のほっぺをドッキングさせて摩擦してきたではないか! なんという邪悪な行為! 

 リンダは俺のほっぺに対して摩擦熱による攻撃を仕掛けてきたのである! しかも抱き付かれているので俺は抵抗することができないではないか! このまま凌辱され続けるしかないのか……! くっころ!


「……はい、そこまで。エルが白目になってる」


「くっ!? 早過ぎたかっ!!」


 色々と早かった。ほっぺを摩擦する速度とか、なんの冗談かと思ったぜ。

 とにかく、我が親友ヒュリティアの助けにより、俺はスリスリ地獄から解放させることとなった。


「ふきゅん、もうダメかと思たよ。助かった」


「……大袈裟ね」


 気を取り直した俺は、さっそく黄金の実をまな板に載せて黒き包丁で割ってみた。すると実の中にはさまざまな種が大量に入っていたではないか。しかも何故か乾燥した状態で入っていたのである。にもかかわらず果肉の方は瑞々しい。極めて摩訶不思議な実だ。


「ふきゅん、これは、すぐに使えそうだぞ」


「へぇ、色々な色と形の種が、わんさかと入ってるな」


 これにはダナンも興味津々であった。商売には使わせないぞ。


「わ、わかってるって。試練を乗り越えたのはエルだってのは分かってるからさ」


「ふきゅん、分かってるならいいんだぜ。この実は試練を乗り越えた者だけが扱っていい物なんだ。炎の大樹もそれを望んでいる」


 商売に使うのはやめて欲しいが、皆に料理として振る舞うのは別だ。そして、それは試練を乗り越えた料理人の使命でもある。美味しい物は皆と分かち合ってこそ、初めて価値が生まれるのだから。

 さっそく、そこの鍋の中にいるカレールーになれなくてションボリしている汁を、本物に仕立て上げてやろうじゃないか。


「……これはカルダモンか? シナモンっぽい種もあるな。良い香りだぁ……」


「こっちはクミンじゃね? おっ!? これはウコンぽいぞ!」


 種の選定は俺とダナンだ。カレーライスを知っている者は転生者である俺とダナン、そしてフウタとタカアキくらいなものだろう。


「よし、いいぞぉ。カレールーに使える物が殆ど入っている! 早速、臼の中にぶち込んで杵で叩いて粉末状にして差し上げろ!」


「お、俺がやったら時間が掛かるから腕力担当にお任せします」


 流石はヘタレ担当だ。一部の歪みもない。スパイスを粉末状にしてくれるのはガンズロックだ。ライオットでは力任せに杵を振り下ろして臼を叩き割りかねない。

 トントンとリズミカルに臼を突く音に合わせ俺の身体もリズムに乗る。おーいぇあっ!

 暫くすると良い香りが漂ってきた。懐かしきカレー粉の匂いだ。


「おおぅ、良い匂いだぁ! これがエルの言ってたぁ、あれーらいすってヤツかぁ!?」


「あぁ『カレーライス』な。よし、もういいよ、ガンちゃん。今作ってやっからな!」


 見事な黄金色のカレー粉に俺は興奮を隠しきれなかった。臼の中のカレー粉を小皿に取り分け、適量を鍋の中に投入する。そして煮ること十分少々。遂にカレールーは完成した。

 そして味見。我が舌に蘇りしは懐かしき味。食べたくてもどこにもなく、夢にまで見たカレーライス。まさにその味であったのだ。

 なまじ、その味を覚えていたがゆえの渇望と飢え。豊富な食材に恵まれたフィリミシアを拠点にしていたがゆえの贅沢な悩みであることは百も承知している。

 でも、それでも、俺は『カレーライス』を再び食べるという夢を諦めることができなかったのだ。


「カ、カレーライス……ふぐっ、ううう……俺はっ! 遂に! カレーライスを作ったんだ!」


 切なる想いは涙となって溢れ出てくる。止めようにも止まらない。追い求めた味を己の力で作り上げた喜びをどう表現して良いものかわからない。俺はただただ、涙するしかなかったのである。


「ぽぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「「「エルが火を噴いたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」


 そして、後からやってくる度し難い辛み。これには俺もマジ泣きした。これは本当にヤヴァイ。激辛レベル『百』相当に当たるだろう。ちょっと本当にシャレにならんでしょう。これ。


 たらこ唇になりながらも、〈フリースペース〉から『シチュー』用に仕込んでおいた鍋を取り出し、新たにカレールーを制作する。本当は豚肉かブッチョラビの肉がいいのだが……まぁ、鶏肉でもいいだろう。

 激辛の方は闇の枝に食べてもらうしかないな。


「ふきゅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!?」


 闇の枝、おまえもか。なんか……すまん。


「めひゅあがれ」


「ふふゅふぉん」


「いやいや、〈ヒール〉で治そうぜ?」


 ダナンにツッコミを受けて俺は自分がヒーラーだという事を恥ずかしながら思い出す。マジで忘れかけてた。カレーライスの魔力、恐るべし。


「さぁ、これが『カレーライス』だ。召し上がれ」


 白い皿に盛られたキララさんの白米の上に掛かる黄金の液体、そして黄金の香りに腹を空かせた子供達は目を奪われた。比喩表現ではない、本当に黄金の色に染まっているのだ。ルーはともかく、そこから立ち昇る香りですら黄金の湯気として視覚に捕らえることができたのである。

 それは俺がよく知る茶色いカレーライスではなく、圧倒的な生命力に満ち溢れた黄金の輝きを持つカレールーが完成していたのだ。まさに、これは奇跡。


「こ、これが『カルエーライス』ですか」


「ちがうよ、フォクベルト君。『キャルエーライス』だよ」


「『クラエーライス』じゃなかったか? そんなことよりもう限界だ。食いてぇ!!」


「ふきゅん、『カレーライス』だぁ。歴史に残る料理になるから、ガツガツ食べてお代わりするように」


「いやいや、そこは心して食べるようにだろ?」


 フォクベルト、リンダ、ライオットが盛大にカレーライスの名を間違え、俺が正したところをダナンにツッコまれ食事は開始した。

 「いただきます」という食材に感謝の気持ちを伝える儀式の後に、子供達は銀色に輝くスプーンを黄金のカレーライスへと突き入れた。

 その時の美しさといったら……この二つは間違いなく出会うために生まれた、といってもいいほどの調和性であった。美しさのあまり、俺のスプーンは暫くそのままの姿で止まってしまっていたのだ。超写メ撮って保存したい。


 パシャっ!


「後で焼き回ししてやるよ」


「流石はダナン。神か」


「俺が神だ」


 憎いことに、ダナンが気を利かせて光画機で俺とカレーライスの姿を写真に収めてくれたのである。彼には感謝してもしきれないであろう。持つべきものは友である。


 そして、他の子供たちは最初の一口を運んだところで固まっていた。まさか、辛かったのだろうか? いや、そんなはずはない。甘党のフォクベルトでも美味しく食べられるように絶妙な辛さに調節できたはずだ。

 では、なぜ固まっているのだろうか? まさか……この味が異世界では受け入れられない味であった?


 バカな……!? そんなはずはない! カレーライスこそ、万国共通の至高の味である! インド人にすら美味しい『和食』ですね、と言わしめた最強の料理が受け入れられないわけがない!!


 俺が不安気に受け入れられない可能性を危惧した瞬間それは起こった。時が止まったかのように硬直した子供たちが怒涛の勢いでスプーンを動かし始めたのである。それはまさに、己のカレーライスを他者に奪われまいとする貪欲な欲求に他ならなかった。


「こ、こんな食べ物があっただなんて……!?」


「きゅおん! この香り! この刺激……堪らない! あぁん! ゲルっち、おこぼれを狙わないで!」


「ぷるぷる! このような食べ物、『角煮』以来の衝撃です! はしたなくなるのも、お許しを!」


「おあ~、うまいっすねぇ! 仕事の後にこれ食べたら、もう一仕事できるっすよ~!」


「がふ、がふ、がふ! お代わりだ! バケツでくれっ!」


「バケツはねぇよ。帰ったら改めて作るから、今はそれで勘弁な?」


 まさに爆ぜるような食いっぷりだ。ヒュリティアも息を継ぐのも忘れてスプーンを動かしている。本当に美味しそうに食べる姿を見て俺は心がいっぱいになった。


「美味いぜ、エル。本当に……食いたくても食えなかった料理だったからな」


「ダナン……サンキュウな」


 一方、ダナンはしみじみとカレーライスの味を噛みしめていた。


「ま、俺はもう少し辛いのが好みだがな」


「大人ぶりやがって、今度はダナン用にこしらえてやるよ」


「……ダナンは……渡さない……」


 そこに敏感に反応するのはほっぺにご飯粒を付けたララァだ。どうやら、俺がダナンにアプローチしたものだと勘違いしたらしい。間違っても、そのようなことはないから安心してほしいものだ。


「ん? 米粒が付いてるぞ、ほら」


 そう言ってララァのほっぺから米粒を取ったダナンは、そのまま口に運び食べてしまった。

 うむ、食べ物を粗末にしないとは見事だと感心するがどこもおかしくはない。しかも、それはキララさんのありがたいお米だ。一粒たりとも疎かにするだなんて、とんでもないことだ。

 よし、ダナンに作ってやるカレーライスは腕によりをかけて作らさせてもらおう。


「……ダ、ダナン!? ……き、ききき……!」


 ララァは頭から煙を出し、ダナンに向かって倒れてしまった。その顔は真っ赤である。


「お、おい!? ララァ、どうしたんだ!? しっかりしろよ!」


 ララァの倒れた先はダナンの太ももだ。そのまま枕にしてどうぞ。


「ま、大丈夫だろ。そのまま寝かせてやれ」


「あ、あぁ……ララァも特殊魔法の使いっぱなしで疲れてたんだろうな」


 ちげーよ。


 この言葉は誰も口にしなかったが、恐らくは察しの悪いダナンと、食べること以外ガン無視状態のライオット以外は心の中で発していたに違いなかった。極めて定番のテンプレート過ぎて指摘する気も起こらない。

 さて、落ち着いてきたところで俺もカレーライスを堪能しよう。


 銀色のスプーンにすくわれた黄金のカレーライスを口に運ぶ。高貴なる香りが鼻腔内で踊り狂い脳から快楽成分を分泌させる。そうこれは麻薬だ。一度食べてしまえば忘れることなどできやしない。

 そして口の中で爆ぜる複雑玄妙な味。具材の味を何十倍にも引き出すスパイスの圧倒的な能力。あまりの美味さにすぐさま飲み込んでしまいそうになるが、なんとか堪えて咀嚼する。


 ひと噛み……ふた噛み……噛む度に新しい味に巡り合う。具材と喧嘩することなく相手を引き立て最大限の旨味を引き出す。でも、自分を主張することは忘れない。その姿勢はまさに紳士。


 続いて大きめにカットした鶏もも肉を噛みしめる。ジュワっと脂が溢れ出し、旨味の海の中で溺れかける。圧倒的な感動の波にさらわれた先は、油とスパイスの奏でるハーモニーの世界だ。


 それを支えるのは無垢なる縁の下の力持ちであるキララさんの白米。彼の存在なくしてはカレーライスとは言えないのだ。


 イシヅカ農園の玉ねぎ、にんじんも良い味と歯応えを堪能させてくれている。流石は神級食材だ。この黄金のスパイスの中にあっても、己の味、そして香りを殺すような真似は一切していない。そう、この黄金の混沌の中にあっても、己を正しく表現しているのである。


 カレールーは小麦粉を少量加え、ご飯に会うようにとろみをつけている。賛否両論あるが、俺はこの少しばかりもったりとしたカレールーが一番ご飯に合うと思う。

 それはキララさんのお米がタイ米のようにパサパサしてはおらず、しっとりとして瑞々しいからである。タイ米であるのならば、カレールーはしゃばだばどぅで良いだろう。


「うめぇ……本当にうめぇ……!!」


 食べたくとも再現できずに何度涙したことか。俺は遂に自分の力……いや、皆の力を借りて『カレーライス』に再び巡り合うことができたのである。こんなに……嬉しいことはない。


「ありがとう、炎の大樹よ。そして……ごちそうさまでした」


 俺は再び炎の大樹に感謝の言葉を捧げた。感謝しても感謝しきれない。俺の感謝の気持ちは極限を越えようとしていたのだ。そんな俺の気持ちに呼応するかのように、相棒である神樹の枝『輝夜』が赤く輝き始めたではないか。


『エルティナ、貴女の熱き感謝の気持ちが、私の新たなる力を解放させたわ。さぁ、私を偉大なる炎の大樹へといざなってちょうだい』


「輝夜……おぅ、任せてくれ」


 俺は彼女の頼みを承諾し、赤々と燃え上がる炎の大樹へと彼女をいざなった。


『大きくなったものだ、若木よ。汝の秘めたる力を解放してしんぜよう』


『ありがとうございます。この力、決して悪しきことに使わぬと誓います』


 そして俺たちは聖なる炎に包まれ、身も心も浄化された。熱さは無い、ただただ……心地良かった。

 やがて炎は消えたが、一切の火傷は負っていない。しかし、驚くべき部分はそこではなかった。俺たちは、まるで生まれ変わったかのような清々しい気持ちに驚きを隠せなかったのだ。

 決して、サウナから出てきた時の気分ではないことを強く強調したい。


『苦難の道を歩む汝に、束の間の安らぎがあらんことを。さぁ、汝がいるべき友たちの下へ帰るがいい』


「重ね重ね、ありがとうございます。炎の大樹様」


 俺たちは炎の大樹に礼をして、エドワード達の下へと帰還した。

 俺はこの日のことを忘れることは決してないだろう。また一つ、掛け替えのない思い出が魂に刻まれたのだった。

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