45食目 朽ちた洋館
楽しい、楽しい、お昼時である。
午前中は皆と遊んだため、海産物の狩りには行けなかった。
確か予定では昼食は鉄板焼きだったはずだ。
う~ん、今からでも海産物を獲りに行こうか?
いや、ダメなようだ。
既に支度は済んで後は焼くだけの状態になってしまっている。
仕方がない、事前に用意した材料で鉄板焼きを楽しむことにしよう。
俺は皆と食事を楽しむために、
賑やかな音を立てる鉄板の下に向かうことにした。
既に皆は鉄板焼きを始めていた。
ジュウジュウと美味しそうな匂いと音が、俺の猛烈な食欲を刺激する。
肉の焦げる匂いが、空の胃袋を強烈に揺さぶる。
これは堪らない、早く俺もお肉を焼いて腹に詰め込まなければ!(使命感)
さっそく、俺もブッチョラビのロース肉を焼き始める。
焼き加減はレアだ。
やはり寄生虫がいない肉はレアに限る。
周りはこんがり、中はジューシーなのがレアだ。
だが中が冷たいのはレアではない。
一見、生のように見えるが、
きちんと熱がとおり、旨味成分が活性化されている状態を『レア』というのだ。
肉を焼いている間に、『フリースペース』から特性ソースを取り出す。
かけるソースはオレンジソースだ
オレンジの酸味と甘味が、
塩コショウを振り掛けただけのロース肉と非常に合うのだ。
焼き上がったロースに塩コショウを振り、
香りの良く見た目も鮮やかなオレンジソースをかける。
う~ん、オレンジ色のソースが綺麗だぁ!
「いただきます! はむっ」
合掌。そして感謝。
俺の血肉になってくれるブッチョラビに感謝を捧げ、
焼き立てのロース肉をパクリと頬張る。
肉表面のカリッとした歯応えの後、
溢れ出る肉汁と脂が口いっぱいに広がり、俺の欲望を満たしてくれた。
咀嚼する度に新たな発見を楽しませてくれる。
溢れ出る肉汁は留まることを知らず、
さもあれば、くどくなりがちな油を、
オレンジソースが巧みに包み込み中和する。
見事な連係プレーに有り余る拍手を送りたいほどだ。
「ブラボー! おぉ……ブラボー!!」
無意識の内に送ってしまっていた。
まぁ、特に問題ないだろう。
さて、こういったロース肉ではあるが、
俺はお上品に食べてはいない。
豪快にフォークをロース肉に突き刺し、そのまま口に運び噛み千切る。
この野生を感じる食べ方に、ある種の興奮を覚えるのだ。
飛び散る肉汁など気にはしない。
付着した汁など、海に入れば綺麗に流れてしまうからだ。
焼き肉は焼き上がった瞬間から劣化してゆく。
一分一秒が惜しい、見た目など気にするな!
その旨味を存分に味わうのに、お上品さなど無用なのだ!
見たまえ、あのワイルドなお子様を!
焼き立ての肉塊を素手で掴み、本能のままに齧り付き、食い千切る。
肉の断面から溢れ出る肉汁! 口の周りにこびり付くは旨味成分!
ガフガフと咀嚼し、ごくりと飲み込む様はまさに肉食獣!
彼は生まれながらに肉の楽しみ方を知っているのだ!
そんなライオットが食べているのは、ブッチョラビの肩ロースである。
この部分は歯応えがよく、塊で食べるには丈夫な歯が必須になるが、
条件が揃えば、これほど肉を食べていると感じる部分はないだろう。
その部分の肉を、彼は手掴みで食べていたのだ!
ワイルドにも、ほどがあるというものだ。
「おいぃ……ライ、おまえ、手が熱くねぇのか?」
「ん? あぁ、全然。鍛えてるから手の皮が厚くなってるんだ。
今じゃまったく平気だぜ……がふがふ」
そうなのか……俺も試しにやってみようと、
焼き立ての肉に手を伸ばし……そっと離した。
ええ、はい。
アホみたいに熱いです。
彼は色々とおかしいです……はい。
暫らく手を加えない肉を食べていたが、
ただ切っただけの肉では流石に飽きてくる。
そこで、刻んだ玉ねぎを混ぜたブッチョラビの挽き肉を、
半分に切ったピーマンに詰めて焼く。
タレは大根おろしに醤油をかけた物だ。
焼く面は挽き肉の方とする。
ピーマンの方にすると挽き肉が焼き上がらない上に、
先にピーマンが焼き焦げてしまうからな。
「焼けたかな? うむ、おっけいだぁ!」
仕上げに、焼けたブッチョラビの挽き肉ピーマン詰めに、
あっさりとした大根おろしのタレを載せて完成!
うんうん、美味しそうだぁ。
俺はさっそく完成した挽き肉のピーマン詰めにフォークを突き刺し、
そのまま豪快に噛り付いた。
もしゃ、むぐむぐ……ごくん。おいちぃ!
挽肉の柔らかさとピーマンの歯応えが宜しい。
挽き肉から溢れるジューシーな肉汁が、
ピーマンのほろ苦い味を抑えて丁度良い感じにしてくれる。
また、大根おろしのタレがさっぱりしていて、
何個でも食べてしまいそうだ。
「わぁ、エルちゃんが、また何か作ってるっ!
えへへ……一個ちょうだい!」
リンダが俺の焼いている挽き肉のピーマン詰めにフォークを突き刺し、
熱々のそれをぱくりと食べてしまった。
食べるのには問題はない、
心配なのは彼女が大のピーマン嫌いであるということだ。
リンダは野菜がピーマンであることに気が付いていないようで、
むしゃむしゃと食べ進めてゆき、
最終的にはぺろりと全てたいらげてしまった。
「このお料理、凄く美味しい!」
やはり、彼女はピーマンの存在に気が付いていないようだ。
ここでピーマンの存在を教えてあげるとしよう。
「リンダ、そのお野菜はピーマンだぞ」
「え……うそ?」
俺の言葉が信じられないのか、
リンダは挽肉が詰まった緑色の野菜をしげしげと見つめた。
「ほ、本当だ! 気が付かなかった!」
どうやら、気が付かなかったので食べれたようである。
要はピーマンの青臭さと苦さがダメなのだろう。
ジューシーな挽き肉を詰めて香ばしく焼いたため、
リンダの苦手とする二点が軽減されたことにより、
ピーマンだと気が付かなかったのだと思われる。
その後も「これなら食べれるよ!」と言って、
もりもりと食べ進めたリンダであった。
俺の昼食が消えてゆくんだぜ……(白目痙攣)。
「お~い! なんか変な建物見つけたぞ~!!」
昼食を食べ終え皆でくつろいでいると、
ダナンがそのようなことを叫びながら駆け寄ってきた。
「変な建物ですか?」
フォクベルトがどのような建物か尋ねると、
ダナンは得意顔になって建物の説明を始めた。
「凄く大きな洋館でさぁ……
かなり年季が入ってるうえに、人が住んでいる気配がしないんだよ。
これはもう、何か出るだろ?」
舌をベロンと出し、ダナンはお化けのジェスチャーをマネた。
これは完全にフラグである。
最早、嫌な予感しかしないので、
俺は同行することを断固たる意思を以って拒否するだろう。
「よぉし! 行ってみるか~!」
ライオットが、その変な建物に行く気が満々であった。
彼は俺と共に恐怖の体験をしたばかりだというのに、
もう忘れてしまたのだろうか?
正直な話、暫くは恐怖体験はしたくはない。
「肝試しかぁ……うぅ~、ドキドキしてきたよっ!」
リンダは怖がってはいるが、肝試しに行く気であるようだ。
その一方で、フォクベルトとヒュリティアは否定的な意見を示した。
「止めておいた方がいいのではないでしょうか?
それに外見がどうであれ、人が住んでいる可能性もありますよ」
「……そうね、私の家もボロ小屋だしなんとも言えないわ」
その言葉が出ることを予め予測していたのか、
ダナンは挑発とも取れる言葉を語り始めた。
「へっへっへ、怖いのか~? それじゃ仕方がないよなぁ。
お漏らししたら恥ずかしいもんなぁ?」
しかも、挑発対象は俺である。
ビキビキ! と擬音が鳴り響き、俺の頭部に『!?』が発生する!
調子に乗っちゃあいけねぇぜ! ダナン!
「ふっきゅんきゅんきゅん……!
ビビらせようなど小賢しいマネなんだぜ!
俺を怖がらせることができるのなら大したものだぁ!」
「ほいきた、それなら探索決定だな」
……あれ? これはどういうことなんですかねぇ?
俺は行くとは、一言も言ってないのですが?
ダナンの口車に載せられた形となった。
皆は結局のところ、行く気が満々であったのだろう。がっでむ。
「謀ったな、謀ったな! ダナン!」
「ふふふ、人聞きが悪い。
俺はただ、怖いかどうかを聞いただけだぜ」
ダナンは極めて邪悪な暗黒微笑を浮かべていた。
このような邪悪を、のさばらせておくわけにはいかない!
ヤツが寝た後に、額に『肉』と書いて成敗してくれる!(夜襲)
「じゃあ、行こうぜ。
晩飯までに戻れば問題ないだろうしな」
ライオットは拳をバシバシ突き合わせながらそう言ったのだが、
俺達がこれからおこなうのは、肝試しであり、
血湧き肉躍る熾烈な戦いではない。
彼はそれを理解しているのであろうか?
……してないのかもしれない(呆れ)。
俺達はダナンが発見したという建物に到着した。
ちなみに、全員水着のままである。
「うわぁ……」
まさに「うわぁ」だった。
外観がいかにもって感じの建物がそこにあったのである。
築何年になるかわからないくたびれた外観、雑草が生え放題の庭。
立派な石像は無残にも砕け散り、所々に赤黒い染みが見て取れる。
そして、このヤヴァイ外観には見覚えがあったのだ。
前世の話であるが、テレビゲームでやり込んでいた
『生物的危機』に出てくる建物に酷似していたのである。
偶然だとは思いたいが、
どうしてもこの建物内には「ヴァ~」とか言いながら、
のろのろと歩く臭い方々がいらっしゃるように思えてならない。
「お~? 中々、年季入ってるな!」
明らかに気分を高揚させている獅子の獣人の少年。
この様子から間違いなく、ライオットの目的は肝試しではない。
それは、彼が体を解していることからも理解いただけるだろう。
「へへ……それじゃあ、さっそく中に入ろうぜ。
先頭は誰が歩く~?」
薄ら笑いを浮かべたダナンが、チラッと俺を見てきた。
これは明らかに舐められている。
ここは一つ釘をさしておくとしよう。
「ビックリした際に爆ぜていいのであれば、
俺が先頭で歩いてもいいんだぞ?」
「スンマセン」
俺の言葉を聞いた瞬間、ダナンは土下座で謝ってきた。
他の皆も後ろに引いている。
即死クラスの爆発は流石に勘弁願いたいもようであった。
「先頭は俺が歩くぜ。
エルに爆発されたら堪ったものじゃないからな」
「それが無難だぁな、エルはぁ後ろからついてきなぁ」
先頭はライオット、前衛がヒュリティア、ガンズロック。
後衛はリンダ、フォクベルト、ダナン、俺だ。
一応はダンジョンに突入する、
という設定なので陣形を組んで建物に侵入する。
「それじゃあ、ドアを開けるぞ?」
ライオットがボロボロの正面入り口のドアノブに手を掛け、
ゆっくりと開け放った。
軋むような音を立てて古いドアがゆっくりと開いてゆく。
その音に俺は思わず『ビョクッ!』としてしまい、
咄嗟に身構えてしまった。
テレビゲームであれば、
このような音には問題なく耐えれたであろうが、
これは現実の音である。
俺の小動物のような警戒心が敏感に反応してしまったのだ。
「エルちゃん……まだ、中にも入ってないよ?」
リンダは手で口を押えて、くすくすと小さく笑う。
それに釣られる形で、皆も笑い始めてしまった。
ふ、不覚!
この俺が、このような場所で無様な姿を晒してしまうとは!
しかし、彼らが笑っていられるのもここまでであろう。
この建物の中には、失禁物の恐怖が待っているに違いないからだ。
よって……俺もお漏らしの可能性があるので、
ぼちぼち帰りませんかねぇ?(提案)
そんな提案など却下だ、
と言わんばかりに俺達はゆっくりと建物に入って行った。
玄関ホール……
かつては、煌びやかな装飾が施されていたであろうその場所は、
今ではその名残を残すのみとなっていた。
朽ち果てた赤い絨毯が栄華を極めたのであろうと、
想像させるが、ただただ空しいばかりである。
「……ボロボロね」
「うわぁ……思ったより酷い光景だな。
こりゃあ、お宝も期待できないかなぁ?」
ヒュリティアとダナンが、建物内の荒れ方に溜め息を漏らす。
その間も俺は警戒レベルを最大にし、
大きな耳をピコピコとさまざまな方向に向け音を拾う。
音は情報を得るのに非常に役に立つのだ。
俺の大きな耳は意識を集中すれば、
足音はもちろん、
離れた位置にて小声で話す会話ですら聞こえるという、
極めて優秀な性能を持っているのだ。
「あはは、エルちゃんの耳がピコピコ動いて可愛い!」
「随分と警戒してますね。
何か潜んでいそうですか?」
リンダとフォクベルトの反応が違い過ぎる。
その違いに少し集中力が乱れたが、
これといった異音は聞き取れなかった。
「今のところ、特に異常はないな」
「そうですか……でも、警戒は怠らない方が良いですね」
クイッと眼鏡の位置を直し、フォクベルトは辺りを見渡した。
しかし、玄関ホールを好き勝手に見て回っているメンバーを見て、
彼は肩を落とし脱力する結果となってしまう。
「せめて、僕達だけでも気を付けましょうか」
「ふきゅん、そうした方が良さそうだな」
俺達は古びた洋館を探索する。
ただの肝試しで終わってくれればいいのだが……。