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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
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449食目 獄炎の迷宮の大樹

地下六十階は非常に入り組んだ地形をしており、壁一枚の向こう側へ行くにもかなりの遠回りをしなければならないことが、ララァの〈サーチ〉によって判明した。

 この階の探索にあまり時間を掛けたくはない、そこでモグラ獣人のモルティーナの出番となるわけだ。


「おあ~、ようやく、わっすの出番っすね~? 任せてくれっすよ~」


 両腕の発達した筋肉が喜びの声を上げる。その先端から生えているぶっとい爪も鈍い輝きを放ち戦闘態勢に入った。ここからは彼女モルティーナの時間だ。ただの土壁はガタガタと震えるしか選択肢は残されていない。


「仕事開始っす~」


 モグラ獣人の仕事が始まった。彼女にとって土壁の開通など、障子に張り付けた和紙を破るのと同じ感覚でやってのける。事実、彼女はトンネルを開通させるのに一分も掛かっていなかった。


「おあ~、終わったっすよ~。物足りねぇっす」


「ふきゅん、早すぐる、もぐらか」


「モグラっす」


「謙虚だな~憧れちゃうな~」


「なら、うちに働きにくるっすか?」


「「謹んで辞退させていただきます」」


 俺のネタに合わせてくれたダナン共々、丁寧に辞退申し上げた。

 ハッキリ言ってあそこに就職したら、モグラ獣人以外は過労死することは確定だ。まだ死にたくはないんです勘弁してくだしぁ。


「掘った先にマグマゼリーがいたら怖いな」


「そのためにララァを連れてきたんですよ。彼女ならある程度の範囲を魔法で確認できますから」


「うはぁ〈サーチ〉って便利だな」


 キュウトの呟きを拾ったフォクベルトが彼女に答えた。彼女が言うとおり、何も調べないでこの階の壁を掘ることは大変に危険だ。掘った先がマグマゼリーの溜まり場であったのならば、開通した矢先にマグマゼリーが流れ込んできて焼きモグラが完成してしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。

 そこでララァの〈サーチ〉の出番というわけだ。桃先輩に頼れない今、彼女の存在は非常に大きい。


「……ききき……この先に……マグマゼリーの溜まり場があるわ……」


「穴を掘れば回避できそうだぞ?」


 いくら〈サーチ〉によって周りの地形やモンスターの存在が確認できるといっても、常時発動させっぱなしというわけにはいかない。この魔法の魔力消費量は少なくないからだ。

 そこでダンジョン探索に一人は必要になるであろう、ダンジョンの地形を記録する『マッパー』の出番である。これこそがダナンが選出された理由だ。

 誠に遺憾ではあるが、彼はクラス内で一番絵が上手く、また書く字も綺麗で見やすい。更には芸術に理解を示し、その筋の才能も非常に高い。いわゆる芸術肌の少年であったのだ。

 でも、そちらの方面に行く気はないらしい。自分はあくまで商人であると豪語しているのである。


「ふむ……ではモルティーナ、よろしくお願いします」


「おあ~、おまかせっす~」


 モルティーナが穴を掘っている間は暇だった。とは言っても、周囲に気を払うことを怠ってはいけない。

 お、美味そうなキノコ発見。赤い炎のようなルックスだ。危ないから食べておこう。むしゃあ。


「おいおい、大丈夫かぁ?」


「大丈夫、ただの『カエンダケ』だから」


 良い子は『カエンダケ』を発見したら絶対に触らないように! 触れただけで皮膚がただれるぞ!



◆◆◆



 探索すること一時間、時折エドワードに連絡を入れつつ、俺たちは奥へ奥へと突き進んだ。そして、その最奥と言える場所にて、遂に目的であった不思議なスパイスが実るという大樹を発見した。


「こ、これが木だというのか……!?」


 その大樹は見る者を圧巻させるほどの異様さを持っていたのだ。

 まるで燃えているかのような真っ赤な色をした巨大な幹、どれほどの年月を重ねてきたかは到底計り知れない。

 そして異様なのが赤い枝から生えている葉だ。なんとメラメラと燃え盛っているのである。だが、その葉は燃え尽きることなく、その姿を留めていた。

 ということは、俺たちはその燃え盛る葉をかき分けてスパイスの実を探さなくてはならないということになる。これは酷い。


「うはぁ……マジかよ?」


「マジなんだよなぁ……」


 この有様には流石の俺も目が点になってしまう。いったい、どうしたものか? なるべくならば、この大樹を傷付けたくはない。葉を根こそぎ切り取ってしまうという方法もあるだろうが、そうしたことにより、この燃え盛る大樹が枯れてしまう可能性もある。慎重に方法を選ばなくてはならないだろう。


「さて……ここまで来たのはいいですが、問題はここからのようですね」


 フォクベルトもこんな非常識な樹を見るのは初めてのようだ。ずれた眼鏡の位置を修正し、眼前の燃え盛る巨大な松明のような大樹を見据え、ため息を吐いた。

 ゴールかと思ったら、まさかのラスボスでした、というオチは結構堪えるものだ。事実、皆の表情には影が差していた。

 疲労によるものも大きいだろうが、最後の最後でご覧の有様である。仕方のない事であろう。


「ふきゅん、取り敢えず、スパイスの実があるかどうかの確認からだな」


「そうですね、まずはそこから始めましょうか」


 まずは実があるかどうか、から確認しないと何も始まらない。近付けるギリギリの範囲内による目視での捜索から始まった。

 アスラムの実による冷却効果でも迂闊には近づけないほどの熱さだ。たとえ実が見つかったとしても、果たして手に入れられるかどうか?


「おぉい! あったかぁっ!?」


「ダメだよ、ガンちゃん! 見つからない!」


「きゅおん……あっつぅい!」


「ぶっ!? キュウトさん! だから肌を晒してはいけません!」


「ふきゅん! そうだぞ、少しだけ見せるからエロく感じるんだ! 逆に考えてみよう、全部脱げばいいさと!」


「それは論外です、エルティナ!!」


「え、俺、脱いだぞ?」


「あぁもう! ライオットは、せめてパンツを履いてください! ぜぇぜぇ……」


 その熱さは実に凶悪であった。じわじわと真綿で首を締めるかのごとく、正常な思考を奪い取っていったのである。と同時に水分はもちろんのこと体力すらも奪い去っていった。

 このままではツッコミのし過ぎでフォクベルトが危ない。早くなんとかしなければ。


「くっはぁ! 見つかんねぇ! ダメだ! 腹減った!!」


 ここで、おバカにゃんこライオットが腹が減ったと駄々をこねだした。確かに俺も腹が減っている。とはいえ、このむせかえるような熱気の中で喉を通る物といえばグーヤの実とアスラムの実程度なものだろう。他の食材は調理中にほっかほかになってしまう。この暑さの中でクソ熱い料理は食べたくはない。

 とはいえ、アスラムの実では腹が膨れることはない。正確には満たされることがないのだ。何故なら、ソーダ味のしゅわしゅわした食感はどう考えてもデザートのそれであり、ガツンと腹に溜まらないのである。


「とはいってもなぁ……いや、それこそ逆に考えるんだ。暑い時には熱い料理を食らえと!」


「しょ、正気かっ!? エルティナ!!」


 俺の導き出した答えに反発するのはダナン他数名、というかライオットを抜かした全員だった。


「俺は正気だ! 暑い時には熱いものを食べる! 心頭滅却しても火は熱いだ!!」


「エルちゃん! 心頭滅却すれば火もまた涼し、だよ!?」


「そうともいう!」


 俺は皆の反対を押し切ってクッソ熱い料理を作り始めた。

 見せてやる! 俺が苦心して収集したスパイスを調合して作り上げた『カレー粉』の力を!

 そう、俺が作るのは『カレーライス』だ!!


 カーンテヒルにはさまざまな料理が存在している。メジャーな物は殆どフィリミシアで食べることができた。

 ハンバーガー、ラーメン、ナポリタン、カツ丼、パスタ、ピザ、地球産と思われる料理の数々をもフィリミシアの料理人たちは作り出し提供してきたのだ。

 だが……そんな中にあって、たったひとつだけメジャーな料理が存在しなかった。それが皆が愛してやまない『カレーライス』である。てっきりチート転生者が広めているのかと思いきや、まったく世に知られておらず、さり気なく俺が料理人たちから情報を聞き出そうと誘導尋問しても本当に知らない様子を見せた。


 暫くして、チート転生者であっても『カレーライス』が作れない理由がわかった。この世界にはスパイスが足りないのである。正確に言うと、毒を持っていないスパイスがこれでもかというほど少ない。

 現在、フウタは毒を持っていないスパイスの木を育成中らしいが、そんな物の完成を待ってなどいられないのである。


 試しに毒を持ったスパイスを強引に使用して『カレーライス』を作り食べてみたところ。毒の成分が邪魔をして別物の味になってしまった。しかもスパイスの毒を抜くと旨味成分も同時に抜けてしまい、まったく美味しくなくなってしまう。もう、お手上げ状態だ。


 あ、これは俺だからできることであって、皆は決してマネしないように! 俺との約束だぞ!?


 ちなみにカレーライスによく似た風貌の料理はある。その名も『チョコレートライス』だ。甘みが殆どないチョコレートを湯煎して溶かし、ブッチョラビのモモ肉、ジャガイモ、ニンジンを発酵バターでよく炒めた物を入れてから岩塩とコショウで味を調え、最後にラズベリーを入れてご飯の上に掛けるというものだ。

 見た目はカレーライスに近い物になるが、味の方は全く別物であるのは言うまでもないだろう。

 俺も怖いもの見たさで食べてみたのだが……以外に食えた。チョコレートを使ってはいるのだが甘くはなく、チョコレートの香りがする塩味の食べ物だという印象を持った。発酵バターによって炒められた具材がまたいい味を出しており、ラズベリーの酸味が味を引き締めていた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! あっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 流石の俺も一からカレーライスを作る気にはならない。よって、完成間近にまで調理した熱々の状態の鍋を〈フリースペース〉から取り出す。俺の〈フリースペース〉の中身はこういったものばかりが入っているのは内緒だ!

 ご飯は冷静お茶漬けを作った際に余ったご飯を保管してあるので、恐らくは足りるだろう。


「ふっきゅんきゅんきゅん……現在、まともに使えるスパイスはコショウ、トウガラシ、マスタード、山椒、くらいなものだ。後は値段が高過ぎて手が出ねぇ。だが、俺はこいつらを使ってカレーライスを作ってやるぜぇ!」


「な、なんだと!? 無茶だ! まだ早い!」


「いいや、限界だね! 俺はカレーライスを作るぞぉ!!」


 ダナンが俺を止めようと説得を試みるも、俺の意思はぽろぽろと崩れるもなかの皮よりも固かった。

 くつくつと煮立つ鍋の中に容赦なくスパイス達を投入してゆく。すると、とんでもなく刺激的な湯気が俺たちに襲い掛かってきたではないか! いたたたっ!? 目が痛い!?


「ぐわわっ!? エルっ! 唐辛子の入れ過ぎだっ!!」


「ふきゅーん、ふきゅーん!! えまーじぇんしー! えまーじぇんしー!」


「めが~、めが~!? あぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 なんという大惨事であろうか。鍋の周りが危険地帯と化してしまったではないか。せっかく苦労して調合したというのに、最後の最後になって大失敗に終わってしまったのだ。


「くっ! せめてウコンと、クミン、カルダモン、コリアンダー、グローブ、シナモン、ナツメグがあれば!!」


「それってほぼ全部じゃねぇか!?」


 そうともいう。ウコンの代わりにマスタードを大量投入したのが間違いであったようだ。


「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉっ! せめてあと何種類かスパイスがあればっ! 俺の熱々のピリ辛カレーライスが完成するというのにっ!! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」


 俺は悔しさのあまりその場に崩れ落ちた。このままでは懐かしきカレーライスが永遠に食べれないではないか。その悲しみはやがて深き慟哭に変わるまで時間は掛からなかった。


「あぁっ!? アレを見てっ!」


「な、なんだぁ!? 樹がぁ!!」


 その時、不思議なことが起こった。燃え盛る大樹がとてつもなく眩しい輝きを放つと、その身に黄金の輝きを放つ果実をつけ始めたではないか。

 やがて燃える葉が覆い尽くされるほど実は生り、燃え盛る葉はその姿を消してしまった。なんとう不思議な現象であろうか?

 フォクベルトたちは、その圧倒的な光景に目を奪われ立ち尽くしていた。そんな中、真っ先に動いたのはもちろん俺である。正確にはあの実に呼ばれたのだ。


『汝が求める我はここにいる。求めよ、さすれば与えられん』


 俺は無意識の内に黄金の実へと駆けだしていた。だが、そんなことをすれば大樹の熱でこの身が燃やされるのは明確であった。にもかかわらず俺は走るのを止めなかった。

 いや、できなかったのだ。それはまさに本能のなせる業。俺はこの実に出会うために生まれてきた。そう錯覚させるほどの欲求。そして、その実が目の前にあるという現実。止まるはずがない。


「エルっ! 無茶だ、戻れっ!!」


 ライオットの声が聞こえる。だがもう遅い。俺の身体は既に炎に包まれていた。

 身体は炎に焼かれ激痛が体中を駆け巡る。でも、俺は走り続けた。黄金の実の生る大樹へと。


 途中で転ぶ、でもすぐに立ち上がる。


 激痛で足が言うことを聞かない。でも強引に動かす。


 また転ぶ。


 立ち上がる。


 足が震える。息が苦しい。


 でも、前へと進む。


 足を出す。


 力を籠める。


 大きく息を吸って。


 走る。


 走る。


 走る……。


 そして、遂に俺は黄金の実の生る大樹へとたどり着いた。


「黄金の実よ……俺が来たっ!!」


 俺はあらん限りの声で叫んだ。すると黄金の実が一つ枝からゆっくりと落ちてきて、ころころと俺の足下に転がったではないか。


『試練を越えし者は久しい。見事だ、勇気という名の炎を携えし者よ』


 俺が黄金の実を手にすると嘘のように熱が退いていった。しかも、全身大火傷のはずの俺は火傷一つ負っていない。幻覚だったのであろうか? しかし、あの熱さと痛みは現実のものだった。


 だが、今はそんなことはどうでもいい。黄金の実を頂戴したからには言わなければならないことがある。


「ありがとう、炎の大樹よ。これで友達に美味しい物を作ってやれる」

 

 誇張なき感謝の気持ち。俺は炎の大樹に最大限の敬意と感謝を送ったのだ。


『よきかな、よきかな、食の求道者よ。我は汝を祝福しよう。好きなだけ持ってゆくがいい』


 すると、大量の黄金の実がゆっくりと落ちてきたではないか。黄金に輝く実が大量に落ちゆくさまは美しく幻想的であり、ここが迷宮内であることを忘れさせるには十分であった。

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