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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
443/800

443食目 戦場は混沌に染められた

 厨房……それは料理人達の戦場であり、そして聖域でもある。


 さまざまな食材が調理されんがために、まな板に上がり、巨大な中華鍋の中で踊る高温の油が料理人の腕を焼こうとちょっかいを掛けてくる場所にて、相棒である黒包丁を片手に降臨するのは、白い少女と赤いホビーゴーレムだ。


「ふきゅん、ヒーラー食堂が広くて助かるぜ」


 現在は午後の三時、丁度休憩を終えた料理人達が午後の仕込みをおこなうために厨房へと姿を見せ始めている。ヒーラー協会にはここ以外に調理する場がないので、何かを作って食べようと思ったら、ここへきて作らねばならない。


 そこで設計者であるフウタは調理人達の邪魔にならぬように、調理場の隅に小さな調理場を増設してくれたのだが、実はこの調理場は普段使われておらず長い間放置されていた。

 それはヒーラー食堂の料理人達が優秀で、自分で何かを作ろうという気が起こらなかったためだと聞き及んでいる。


 確かに納得できる理由である。彼らはヒーラー協会の業務が終了した後もお腹を空かせたヒーラーたちに美味しい料理を作ってあげるため、夜遅くまでがんばってくれているのだ。

 つまり、何かを作ってほしければ、自分で作るのではなくヒーラー食堂の彼らに頼めばいいのである。


 そんな経緯もあって、この小さな厨房は長い間、誰にも使われることもなくションボリしていたそうなのだが、俺という白エルフの絶滅危惧種がここにやって来てからというもの、時間さえ空いていればこき使われるようになったのである。


 幸いにもヒーラー食堂の前料理長ミランダさんが、こまめに面倒を見てくれていたそうで、何も問題なく使用することができた。魔導コンロも小型ではあるがなかなかの火力を誇っており、調理に問題はない。


 設計者であるフウタの細やかな配慮によって、厨房で働く料理人達の妨げになるような調理器具の配置はなされていない。ここでなら存分に料理できるというものだ。


「さて、準備をおっぱじめるとするか」


 俺とチゲは早速、親子丼の材料をテーブルの上に並べてゆく。

 なんという壮観な眺めであろうか? この神級の食材達はその存在感を持って厨房一帯を制圧してしまったのである。

 極上とまでは言わないものの、良質な食材たちが縮こまってしまっていて、不憫に感じてしまう。彼らは何も悪くはないのだ。

 それらを扱うヒーラー食堂の料理人達も思わず手を止め、この神々しいまでの存在感を放つ食材に目を奪われてしまっていた。


「エ、エルティナ様? それは、いったい?」


 ヒーラー食堂の総料理長であるエチルさんが、神級食材を指差し震える声で訊ねてきた。やはり才能ある者は、これがただならぬ存在であることを見抜いているようだ。


「ふきゅん、これは『神級食材』。この世界における最上級の食材たちだぁ」


 俺が説明を終えた次の瞬間、料理人たちは、まるで襲いかかってくるような感じで詰め寄ってきた。


「エルティナ様! これはどうするんですか!?」


「うちに卸してくれるんで!?」


「ど、どんな味がっ!? うおっ! 神々しくて目がっ!?」


「まぶしっ!?」


 もう少しエスカレートすると暴動になりそうな勢いだ。流石は料理バカばかり集めた、とミランダさんが言っていただけのことはある。


「はいはい、興奮するのは分かるけど……聖女様の御前ですよ!」


「うっ……! そ、そうだった! エルティナちゃんは聖女だった!」


「すっかり忘れていた!」


 エチルさんが手を鳴らし注意を促すと、我に返った料理人たちは神級食材と距離を取った。

 なんということでしょう。俺が聖女であることを完全に忘れられていたではありませんか。


 確かに、ここに居る時の俺は珍獣であるか、ヒーラーもしくは料理人であることが多い。というか聖女でいることがまったくない。

『聖女エルティナ』は現在、フィリミシア城限定キャラと化してしまっているから、仕方がないといえば仕方がないのだが……まぁ、地元ならこんなもんか。


「まぁ、食材の一部は無限に再生するから、余ったらどんな物だか試食させてあげるんだぜ。よし、それじゃあ、親子丼……いってみようか!」


「お~!」


 ……!? 


 おかしい、チゲは喋れないはずだ。では何故、返事があったのだろうか?

 俺はチゲをジッと見つめるも彼は首を振ってそれを否定した。では誰が……?


 後ろを振り向くと、そこには厨房に居てはいけない超危険人物が、ぴよちゃんのイラスト付きのエプロンを身に纏って立っていたではないか。彼女の愛息フライパン太郎も一緒だ。


「か、景虎ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何故ここにいるんだっ!!」


「うむ、前回はたいした役にも立たなかったと思ってな。汚名返上のために料理を手伝おうかと」


「ぴよっ!」


 あ、悪夢だ。このままでは神調理ゴッドクッキングではなく、悪魔調理デビルクッキングとなってしまう。彼女には悪いが速やかに退場願えないであろうか? 俺も全てが神級食材の調理は初めておこなうため、何が起こるか予想もできないからだ。


 だが、景虎の満面の笑みの前では、それをおこなうこともできやせず、なくなく俺は彼女と調理するハメになった。願わくば、親子丼として料理が完成することを。


「ふきゅん、本来ならば米を炊くことから始めるんだが……その前に俺たちはやらなければならないことがある」


「うむ、フレイベクスのモモ肉の件だな? 私が食べた部分はトロリとした食感だった」


「ふむ……レバーのような食感の部分もあるのか。もうわけが分からんな」


 適当に焼いて食べるだけであればあらゆる食感が味わえて楽しいお肉も、限定した食感が求められる料理に使用する際は非常に厄介だ。だが、この問題をクリアーできてこそ、この神級食材を扱う料理人として認められるに違いなかった。


 であるのならば、やってやろうじゃないか。食いしん坊エルフの名は伊達ではない、どのような食材であっても美味しく調理し食べ尽してくれるわっ!


 俺は業物の黒き包丁を握りしめ、フレイベクスのモモ肉を切り分けた。

 なるほど……こうして意識して包丁を入れると肉質が一定部分で変化しているのが理解できる。この程度なら毎日肉を切っている者であれば、どの部分がどの部位の肉質に相当するか分かることだろう。


 俺は以前、露店街のお肉屋さんであるトスムーさんの下で、お肉の切り方を教わっていた。その修行の甲斐もあり、今どの部位の肉に包丁を入れているか理解できている。

 現在はフィレ肉に相当する部分だろう。フレイベクス肉は鳥のような部分もあるが、牛のような食感の部分もある。包丁の感触に神経を集中させなければ。


 暫く肉を切り分けてゆくと、ようやくお目当ての部分を探し当てることに成功した。肉自体が巨大であるため、切り分けるのも一苦労だ。

 必要な部分はモモ肉の部分だけであるため、他の部位はエチルさんに進呈することにした。仕事が終わった後に調理してもらい、神級食材がどのようなものか理解してもらうためだ。


 切り出した部分が間違いなくモモ肉であるかどうか調べるために少量焼いて試食する。

 その役目を俺は景虎に頼むことになった。正直に言えば、焼かせてくれと懇願されたのである。


 普段クールな彼女にウルウルした目で、しかも上目遣いでお願いされたら断れねぇよ。ふぁっきゅん。


「ふふん、あの日から毎日、調理場に立っているのだ。その成果を見せてやろう」


「ほう……見事な自信だと感心するがどこもおかしくはない。見せてもらおうか、景虎の成果とやらを」


 彼女はフライパンに肉を入れてから魔導コンロを点火した。


「おいぃ……フライパンに油を敷かないと肉がへばりつくぞぉ」


「むっ! このフライパンは根性がないなっ!」


 彼女はどんなハイテクフライパンを使用しているのだろうか? 確かに、この世界でも油を敷かなくてもこびり付かないフライパンが存在する。作り出したのは、もちろんチート転生者フウタだ。

 だが、彼はもちろん、一流の料理人たちはハイテクフライパンではなく普通のフライパンを使用する。しかも用途に合わせて数種類のフライパンを用意している場合が多い。


 中でもオムレツを焼く時は専用のフライパンでなくてはダメだ。他の料理で使ったフライパンでは臭いがオムレツに移ってしまって料理が台無しになってしまう。

 オムレツ、特にプレーンオムレツはとても繊細な料理なので、専用のフライパンを作り上げないと美味しく調理することは難しい。


「仕方がない、油を投入する。太郎や」


「ぴよっ!」


 どばっ。


「うぉぉぉい!? 入れ過ぎだっ! フライパンに、油をなみなみと注いでどうするっ!?」


 彼女は唐揚げでも作る気なのだろうか? どちらかと言えば素揚げになるのだが。

 いやいや、そんなことを言っている場合ではない。このまま放置しておくと、彼女の調理がどのような方向に暴走するか分かったものではない。ここいら辺で強制終了させなければ。


「むっ、火力が弱いな……少し強くするか。『業火の術』」


 ごうんっ。


 間に合わなかった。あろうことか、景虎は油なみなみと注がれたフライパンの中に直接火を投入してしまったのである。それは業火の名に相応しい火柱を上げさせる結果となった。


「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? どうしてこうなった!?」


「おおっ!? これは良い火力だ! いけるぞ、太郎やっ!!」


「ぴよぴよ!」


「いけねぇよっ!? 早く火を消すんだっ! 火事になる!!」


 大慌てする俺とチゲ。その一方で、したり顔の景虎とフライパン太郎。おまえらの日々の調理風景が最早想像できない。


 今まで、いったいどういう調理をおこなってきたんだぁ……?


 大慌てでフライパンの蓋を被せようとしたのだが、その際にあろうことか精霊の卵が燃え盛るフライパンの中に『シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥトッ!!』してしまったではないか。えらいこっちゃ。


「うおぉぉぉぉぉっ! 精霊の卵がっ!! あちちっ!」


「おお、これが卵焼きというものなのか」


「ちげぇよ! 早く取り出さないと!!」


 しかし、この火柱の前では無力、あまりにも無力! 手を入れることなどできやしない!!


 だがその時、不思議なことが起こった。強烈な燃え盛る炎がどんどん精霊の卵に食われていったではないか。

 やがて燃え狂う炎は姿を消し、フライパンに残ったのは精霊の卵とこんがりと揚がったフレイベクスのモモ肉だけであった。油は見事に蒸発してしまったようである。


「調理……完了!」


「ぴよっ!」


「そのドヤ顔……殴りたい」


 見事にこんがりと調理されたフレイベクスのモモ肉を、ニコニコしながら箸で小皿に移す、景虎。もう俺の心は挫折しかけていた。

 鬼との戦闘でもないのに、ここまで追い詰められるとは誰が想像し得るであろうか?


「ぴよぴよっ!?」


「ん? どうした、太郎や。おぉ、赤い卵にひびが」


「なんだって!?」


 フライパンの中に転がっていた精霊の卵にどんどんひびが入ってゆく。ふるふると揺れる卵は誕生の予感を知らせてくる。

 よりにもよって、こんなぐだぐだな展開の中で生れんでもいいだろうに。


「火属性の精霊……桃先輩はサラマンダーじゃないだろうか、と言っていたけど、どんな子が生まれてくるんだろうか?」


「ふむ、いずれにしても生まれてくる子は太郎の弟となるな。『フライパン次郎』とでも名付けようか?」


「いや、女の子かもしれんから遠慮しとく」


 遂に卵の殻が割れ、卵の中から炎とも光ともつかない輝きが立ち昇り天井を焦がした。後で修理してもらわなくちゃならないな。ふきゅん。


 そしてフライパンの中には、真っ赤な姿のトカゲ……ではなく、真っ赤なふさふさの毛をした、小さなお猿がジッと俺とチゲを見ていたのである。

 トカゲはどこー?


「「……おさるだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」


「ぴよぉぉぉぉぉぉっ!?」


「うっきぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 サラマンダーじゃなかったよ、桃先輩! これじゃあ、サルナンダーだよ!! うっきーだよ!!


「凄いですね。その子、イフリートですよ」


「マジで!? エチルさん!」


「えぇ、炎は料理人たちにとって切っても切れないものですから、火の精霊の信奉者はとても多いんですよ。私もその中の一人なんです。火の精霊の勉強も沢山しましたよ。火の精霊は、その種類の多さも特徴です。特に有名なのが、トカゲ型のサラマンダーと人型のイフリートですね」


 エチルさんは生まれてきた子猿を一目見てイフリートであると判断した。彼女自身が勉強をしていたというので信憑性は高いものだと思われる。それにしても人型でお猿とは……。


「うきっ」


 フライパンから飛び出したお猿はチゲに飛び移り、するすると右肩まで器用に登ると、彼の顔にぴとっ、と抱き付いてしまった。もしかすると、チゲのことも親だと思っているのだろうか?


 俺が試しにお猿に指を近付けると、お猿は指を小さな手で掴み吸い付いた。それはまるで赤ん坊のような仕草だ。事実、指からは魔力が奪われており、お猿の腹を満たしている様子が窺えた。くすぐったい。


「ははは、まるで親子ではないか。のう、太郎や」


「ぴよぴよ」


「お猿の親子とか……どうしてこうなった?」


 チゲはそう言われて喜んでいるようだが、俺は複雑な思いでいっぱいであった。そんなことよりもこの子に名前を与えなくてはならない。そのためにも俺はお猿を抱き上げ、シンボルを確認する。


「ふきゅん、ごりっぱ様を確認! 男の子か」


「ほほう、では……フライパン次郎で決まりだな!」


「いやいや、それは却下だ。それに、この子に付ける名前は決まっているんだよ」


「ふむ、そうであったか。それは残念」


「ぴよ」


 そう、俺はこの子がどんな姿で生れてきても、この名を授ける予定であった。字は場合によって変えることにしてな。


「おまえの名は……『炎楽えんらく』だ。俺に出会ってくれてありがとな」


「うきっ」


 この名は雪希と同じく、俺の魂の相棒の名だ。

 多くのことは思い出せない。でも、名前とその笑顔だけは思い出すことができた。


 かつての相棒の名前、猿楽えんらくの名をこの子に再び与える。

 これは宿命だったのだろう。今……確かに、俺とこの子の魂が繋がる音を聞いたのだから。


「さて、フレイベクスのモモ肉の方はどうだ?」


「うむ、そうであったな。ほれ、食べてみるがいい」


「よくもまぁ、炭にならなかったものだな」


 肩に移動して俺の大きな耳をチュッチュと吸う炎楽に、ビクンビクンしつつもフレイベクス肉の食感を確かめた。喜ばしいことに鶏もも肉の食感である。

 これならば親子丼もバッチリ作れそうだ。景虎がとんでもないことをしでかさない、という条件が必須であるのだが。


「それじゃ、本格的に親子丼を作ろうか。まずはご飯を炊くぞ。景虎は土鍋にキララさんのお米と桃先生の湧き水を適量入れて炊いてくれ。念のためにチゲは景虎の補助を」


「うむ、米は毎日炊くゆえ任せてくれ」


 そういうと心配する俺を他所に慣れた手付きで米を炊く支度を終わらせ、土鍋を魔導コンロの火に掛けた。

 最初っから、そういう動きを期待してたのに、何故あのような暴挙をおこなったのであろうか? それが分からない。


「次は割り下作りだな。醤油がとてつもなく旨味成分を多様に含んでいるから出汁は必要ない。みりんと砂糖、酒を加えてひと煮立ち。後は冷ましておくっと」


「エルティナ殿、玉ねぎと三つ葉を切っておいたぞ」


「おっ、上手じゃないか」


「切ったのは太郎だがな」


「ぴよっ!」


 褒めたらこれだよ。いっそ、フライパン太郎に料理を仕込んだ方がいいのかもしれない。この子は実は炎の精霊だという事が後に発覚したので、炎を扱う料理はお手のものなのだ。


 そのため、調理の際にはフライパンの中に入って自身から炎を放ち料理するという荒業を披露したこともある。また、鍋の中に入り込み炎を放つことによって鍋を煮立たせることも可能だ。その際は自身からも出汁が出て非常に鍋が美味しくなる。

 分類的にはフェニックスらしいのだが、飛べないフェニックスはただのひよこだ。ぴよぴよ。


「お次にフレイベクスのモモ肉を一口大に切って下味をつけておく。これも塩だけでいいな」


 後は米が炊けるのを待ってからの調理となる。

 それまでにライオットが採ってきたキノコとイシヅカ農園の野菜達を使用してサラダをこしらえよう。


「景虎、野菜を食べやすいように、手で千切ってくれないか」


「任せよ、バリバリ」


「食うな」


 流れるような動きで自然に野菜をつまみ食いする彼女は女版ライオットだ。猫科の獣人はこんな連中ばかりなのだろうか? まったくもう。


 野菜を景虎に任せ、俺はドレッシングを制作する。使用するのは醤油、酒、みりん、塩、砂糖に梅だ。この酸味はきっと食欲を増進させて親子丼を美味しくたいらげる原動力になるはずだ。

 ここ最近は暑かったので、プルルも少しばかり食欲が失せていたと聞く。この『しゃっきりぽん』なサラダでリフレッシュしてもらおう。


「ぴよっ」「うきっ」


 炎の精霊兄弟が米が炊きあがったことを鳴いて知らせてきた。チゲが土鍋の蓋を開けると見事な白米が姿を現したではないか。うむ、艶っ艶やぞ!!

 

 早速、お櫃に移して更に美味しくなるのを待つ。料理は時にして待つことも必要なのだ。

 その間に、サラダを盛り付けてしまおう。


「景虎、サラダを皿に盛りつけておいてくれ」


「任された、バリバリ」


 もう何も言うまい。俺はキノコを一口大に切り、フレイベクスの脂をフライパンに擦りつけて軽くソテーする。コショウがあれば、尚いいのだが……次の課題としておくか。

 キノコから良い香りがしてきたので皿に盛りつけられた野菜達の上に載せる。これで完成だ。ドレッシングは小瓶に移し替えて食べる時に好みの量を掛けてもらう。地味にカイワレが良いアクセントになって美味しいだろう。


「さて、仕上げに入ろうか。景虎はどんぶりにご飯をよそってくれ」


「わかった、大盛でいいのか?」


「いやいや、食べるのはプルルだから、普通でいいぞ」


「ぴよぴよ」


「フライパン太郎を中に仕込むサプライズはいらないから、普通によそってくれ」


「むむ、そうか。残念だが従おう」


「ぴよぉ」


 目を離すと何をしでかすか分かったものではないな。注意しつつ親子丼の完成を目指そう。

 取っ手が垂直についている専用の鍋に割り下、モモ肉、玉ねぎを入れて火に掛ける。割り下が沸騰してきたタイミングで火を弱めて肉に火を通す。焦ってはいけない、じっくりと煮込むのだ。


 肉に火が通ったタイミングを見計らって溶き卵を投入する。回し入れをするのがコツだ。卵の硬さは好みが分かれるであろうが、そこら辺は蓋を閉じて出すので固いのが好みならば暫らくそのままにしておけば、程よく熱で玉子が固くなるのでお勧めである。

 よって、調理段階では半熟状態でどんぶりに投入する。小鍋をゆすりながら入れるとスムーズに入るので無理矢理箸を使って入れる必要はない。


 最後に三つ葉を添えて蓋を閉じる。小皿に紅ショウガをそっと添えて完成だ。


「見事な親子丼だと感心するがどこもおかしくはない」


「うむ、私が手伝ったのだ、完成しなくては困る」


「ぴよっ」


 大威張りの彼女であるが、実際の所はチゲのサポートのお陰である。彼が密かに景虎の失敗をカバーしていなければ、とんでもない物が爆誕してしまっていたはずだ。


 助かったよ、チゲ。もうダメかと思った。


「よし、景虎。プルルを呼んできてくれ。俺は親子丼を運ぶ」


「うむ、承知した」


 景虎は風のように走り去っていった。〈テレパス〉を使う手もあるのだが、こういう時は演出として生の声で完成したよ、と伝えた方が喜びも高まることだろう。


 俺は親子丼をトレーに載せ食堂のテーブルまで運ぶ。大事を取って運ぶのはチゲに頼んだ。最後の最後に転んで台無しになった、というのを防ぐためである。自慢ではないが、俺はそれをやる自信がある。


 バタバタと複数人の足音が近付いてくるのを察知した。プルル以外にも興味がある者がいるのだろう。


「美味そうな匂い! いただきます!!」


「させるかっ! 闇の枝! ライオットに『甘噛み』!!」


「ふきゅおん」


 はみゅ。


 このケースは想定内だ。俺は即座に闇の枝が出れるように事前に準備させていた。

 そして新技『甘噛み』。これは闇の枝にお預けを練習させていた際に偶然に習得した特殊行動である。

 対象を傷付けないように噛み付く拘束技だ。威力はご覧のとおり。


 ぷら~ん、ぷら~ん。


 哀れ頭部を闇の枝に咥えられた、いやしん坊なライオットは、風鈴のように力なく揺れているではないか。これも空気を読めない行動をした結果だよ? 十分に反省するように。


 ごくん。


「ふきゅおん」


「……あ」



 ※ しばらくおまちください ※



 ちょっとした事故はあったが、無事にプルルの食事は開始される運びとなった。

 尚、闇の枝に飲み込まれたライオットは全身涎塗れで救出され、ヒーラー協会の大浴場へ連行されている。


 まさか『飲み込む』に繋げるとか……更にできるようになったな、闇の枝。


 闇の枝の成長にちょっぴり感動を覚えていると、プルルが親子丼の蓋をかぱっと開けた。

 玉子は半熟状態であり黄金の輝きを放っていた。これは決して比喩ではない、実際に輝いているのだ。流石は神級食材の卵。確か『星の卵』だったか?

 それは、まさに『どんぶり』という宇宙に輝く星のようでもあった。また、三つ葉の緑色が良く映えている。その三つ葉が少しばかり恥ずかし気にしているのは、とても目立っているからだろう。ウブなヤツだ。


「ふわぁ……凄い綺麗。食べるのがもったいないくらいだよ」


「食べてもらわないと困るんだぜ。そのために皆はがんばったんだからな」


「うん……ありがとう! いただきます!!」


 プルルはスプーンを手に取り黄金の宇宙へと突き刺した。それの行為はまるで人類が初めて月に降り立った瞬間のような感動に例えられようか。そして、そのスプーンをふっくらとした唇を持つ可愛らしい口へと運ぶ。


 ひと口、二口、三口……咀嚼する度に彼女の瞳から熱い滴が溢れ出し頬を濡らす。悲しみではない、喜びの涙だ。食べたくても叶わない、そう思っていた好物を再び口にできる喜び。

 それは俺では計り知れないほどの苦痛、そして喜びであったことだろう。


「おいひぃ……おいひぃよぉ。うう、ありがとう、ありがとぉ……みんなぁ」


 泣きながらでも彼女の手は止まることはなかった。続いてサラダにも手が伸びる。

 特製のドレッシングを少量掛けフォークを使い口へ運ぶと、シャクシャクと小気味いい音を立て顔を綻ばせた。


「ふっふっふ、私の力作だ。感謝してもいいぞ?」


「うん! ありがとう、景虎! 体中が綺麗になってゆくような爽やかさだよ!!」


「う、うむ。それほどでもない」


 プルルの素直な、それでいて惜しみのない感謝の言葉に顔を逸らし返事をする景虎。振り向いた先は俺。照れ臭さで顔が真っ赤になった彼女は、とても素敵な少女である、と改めて認識したのだった。


 再び親子丼に手を伸ばすプルルが、小皿にてションボリしていた紅ショウガに気が付いた。そして、スプーンを使い紅ショウガをすくって口に運んだではないか。

 シャリシャリという音が聞こえてくる。よく見ると、ほんのりとプルルの口がほんのりと赤く光っているではないか。これはいったい……!?


「この紅ショウガ、とっても美味しい! 僕が食べれる紅ショウガなんて初めてだよ!」


「プルルは紅ショウガが苦手だったのか?」


「うん、いつも残してたんだけど、今のぼくは贅沢なんてできないから、出された物は全て食べるって決めたんだよ。でも、こんな紅ショウガならいくらでも食べることができるよ!」


 その満面の笑みは『ジンジャーレッド』に届いただろうか? 彼は食べてもらえなかった紅ショウガたちの怨念から生まれた存在だ。だが、ジンジャーレッドが作り出した紅ショウガで一人の少女は救われた。

 確かに彼が辿った過程は最悪だったが、彼が真に望む結果がここにはあるのだ。全ては無駄ではなかった、ということになるのではないだろうか。


「はむ、はむ……食べれば食べるほど、力が湧きあがってくるようだよ!」


「流石は神級食材と言ったところか。そのキノコも活力を増大させる効果があるみたいだしな」


「うん! これなら三日三晩、寝ないでも活動できそうだ!」


 こんなにも笑うプルルを見るのは久しぶりだ。本当に頑張った甲斐があるというものだ。


 彼女の笑顔は俺たちにとって、最高の報酬であった。

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