44食目 今日くらいは遊ぼう
ライオットの男子料理化計画が失敗に終わり、
意気消沈する俺であったが、今日という日は待ってはくれない。
さぁ! 今日も良い天気だ!
気を取り直して魚貝類を乱獲して差し上げるのだ!
俺は海に入るために準備体操をおこなうのだが……
その際、どうしても「ふっきゅん、ふっきゅん」と鳴き声が出てしまう。
今まで気にならなかったのだが、
この『ふきゅん』とはなんなのだろうか?
……うむ、わからん! きっと、これは神でもわかるまい!
よって、俺は考えることをやめるぞ神ぃぃぃぃぃぃぃっ!!
ふきゅん……いけない、いけない。
準備体操に体力を使い過ぎたら海に入れなくなる。
ここは落ち着くんだぁ……ビー・クール! ビー・クールッ!!
くっ! ダメだ、『クール』が『ホット』になっちまいそうだぁ……!
やはり、海の魔力は侮れないものがあった。
海の広大な広さと大らかさは、人を解放させる何かがあるのだ。
それは海で戯れる子供達と、
朝っぱらからビールを飲むアルのおっさん先生と、
それに付き合うガンズロックを見れば一目瞭然であろう。
俺は声を大にして言おう。
『酒を飲んで海に入ってはいけない』と。
よし、準備体操はこれで十分だろう。
さっそく海産物を乱獲してやるぜぇ……!
俺はテントの中に入ってダイバースーツに着替えようとしたのだが、
その行動は意外な人物に止められてしまった。
「……待って、エル。今日くらいは皆と遊ばない?」
それは、テント内で水着に着替えていたヒュリティアだった。
相変わらず褐色の肌に白いワンピースの水着が映える。
そんな彼女が、しゃがみこんで俺を見上げて懇願するのだ。
おっふ……そんな、子犬みたいな表情でお願いされたら、
無下に断れんでしょうがっ!
「ふきゅん、わかったよ。
ヒーちゃんの頼みとあっては断れないんだぜ」
「……ありがとう、エル。沢山遊んで思い出を作りましょう」
彼女の言葉で、俺は自分の愚かさを思い知った。
俺は海に皆と遊びに来たのに、なんで一人で狩りをしていたのかと。
思い出を作ることが最優先なのに、食べることを優先していたのだ。
自分勝手な行動に後ろめたい気持ちになる。
もちろん、皆に美味しい食べ物を食べさせてやりたいという気持ちもあるが、
極端な話……それはいつでもできる。
クラスの皆全員が揃ってキャンプをするのは、
これが最初で最後かもしれないのだ。
であれば、皆との思い出作りを最優先にするべきだったではないか。
「うん、皆と思い出をいっぱい作ろうか……ヒーちゃん」
俺がそう言うと、ヒュリティアは嬉しそうに笑顔を見せた。
ヒュリティアの笑顔は掛け値なしに価値があるものだ。
何故なら、その笑顔は滅多に人に見せないのだから。
俺は迷わずヒュリティアを抱きしめた。
彼女も俺を優しく抱き返してくれた。
彼女の温もりと香りが、俺の心を解きほぐしてくれるようで思わず涙ぐむ。
思えばヒュリティアには色々とお世話になっている。
ここは恩を返す意味でも、彼女の意向に沿うように努力しよう。
ふおぉぉぉぉ……友情パゥワー! 充電完了!
さあ、エレノアさんが選んだ、激烈に恥ずかしい水着に着替えるぞ!
ヒーちゃん! 俺はこれより死地に赴くっ!!(悲壮な決意)
ごそごそ……。
「どやぁ……」(白目)
「……うん、良く似合っているわ、エル」
俺の水着はフリル付きのワンピース。
色はピンク、桃先生と同じ色だ。
胸元に、少し濃い目のピンクのリボンが付いている。可愛い。
だが、元男の俺にとって、これは大ダメージ必死である。
これに対し、俺は歯を食いしばって耐える。
致命的な大ダメージでも、
これさえ極めれば一度くらいは耐えれるかもしれない。
この先に、もっと精神的なダメージを
受ける場面があるのかも知れないんだぞ!?
こんな事で瀕死になってどうするんだ! がんばれ、俺!
「……皆に見せに行きましょう。
きっと、似合うと言ってくれるわ」
「がはっ」(吐血)
これはいけない、彼女に見せただけで大ダメージを受けたというのに、
クラスの皆に見られたら即死してしまう。
神は何故、俺にこのような試練を与えるのであろうか?
この邪悪な試練を与える神を呪いたい。ふぁっきん。
結局、俺の水着姿は皆にお披露目されたのであった。
こうなったら、開き直るしか俺に残された道はない。
見せてやろう……俺の死にざまを!(悲壮な決意)
「どぉよ!? ごふっ!(吐血)
今日は皆と遊ぶために、
プリチー(死語)な水着を着たぞ!(白目痙攣)」
ピンク色の水着を着こんだ俺を見て、クラスメイト達が驚いた表情を見せた。
覚悟はしてたが、精神的なダメージが限界値を超えて表示されている気がする。
いわゆる、オーバーキルというヤツだ。
「おぉ~、似合うじゃないか、エル」
「ほぉ、女らしぃ水着も着れるんじゃねぇかぁ! 似合ってるぞぉ!」
「えぇ、とても似合っていますよ、エルティナ」
ライオット、ガンズロック、フォクベルトのパーティーメンバー達は、
一様に俺の水着姿が似合っていると言ってくれた。
その言葉で、俺がこの姿でいても問題ないことを気付かせてくれたのだ。
どうやら、恥ずかしいと思っているのは俺だけであったようである。
ううむ、女物の服であれこれと悩むのは、意味のないものなのかもしれない。
しかし……恥ずかしいものは恥ずかしいしなぁ。
「あ、エル! そういう水着を持ってきていたのかよ!
だぁぁぁぁっ!『光画機』持って来てないだろうが!
ちくしょう! その写真を撮れてれば良い小遣い稼ぎになったのに!」
そう言って、頭を抱えて悶絶しているのはダナンである。
ダナン、お前は俺を晒し者にする気か?
それ以前に需要があるのだろうか? わからん。
ちなみに『光画機』とはカメラのことだ。
これも魔導器具でカメラと同じく写真を撮ることができる優れ物だ。
非常に便利であるが、一般市民が気軽に購入できる値段設定ではないため、
この世界では写真屋さんが大儲けしている。
「あら、エルティナさん。その水着、似合っていますわね。
少なくとも、昨日のダイバースーツより遥かにましですわ」
銀ドリル様が俺の水着姿を褒めてくださった。
七歳にして、紫色の『ビキニ』を着こなす将来有望な少女である。
その自信と度胸は、いったいどこから来ているのであろうか?
溢れんばかりの逞しい自信を、俺に半分ぐらい分けてほしい。
俺が銀ドリル様の起伏の少ないビキニ姿を見つめていると、
水着姿になったエドワードがやってきた。
彼はその女顔と華奢な身体つきにより、
下手をすれば美少女が上半身裸、といった風に見えてしまう危険人物である。
エドワードにビキニを着させたら、面白いことになるかもしれない(暗黒微笑)。
そんな彼だが、今日は元気がないような素振りを見せていない。
普段の教室で見せるような笑顔を振りまいている。
どうやら、今日は大丈夫なようだ。
「今日は大丈夫のようだな、エド。
元気があればなんだってできるぞ!」
バシバシ(ぺちぺち)とエドワードの背中を叩き気合いを注入してやる。
すると、エドワードは苦笑いをしながらポリポリと頬を掻いた。
「あはは……敵わないなぁ。
その水着、良く似合っているよ、エル」
そう言ったエドワードは、滑らかな動作で俺に抱き付き頬擦りを敢行してきた。
なんという邪悪な行為であろうか!?
少しでも気を許してしまった俺が愚かであったのだ!
しかし、そこに更なる追い打ちをかけ、俺にとどめを刺そうとする輩が表れた!
「えへへ、エルちゃんとお揃い! 嬉しいな!」
ピンク色のスクール水着を着込んだリンダである。
彼女は同じピンク色の水着同士という大義名分を掲げた裏で、
虎視眈々と俺のほっぺを摩擦する機会を窺っていたのだろう。
なんという許されざる行為!
たとえ神が許しても、この正義の心が溢れる俺が許さん!
しかし、今もって俺は幼く、
「ふきゅん、ふきゅん」と鳴くしかできなかったのである。がっでむ。
「それ~!」
純白のボールが広大な海に投げ込まれる。
そのボールは波に弄ばれくるくると回転していた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 今度こそ……おばっふ!?」
「へへん、そんなんじゃ甘いよ!」
俺達がやってるのは『シーボール』という海でおこなう遊びだ。
バスケットボールサイズのボールを海に投げ込み、
誰がボールを取って砂浜に戻るかを競っているのだ。
極めて単純で簡単な勝敗条件であるが、
恐ろしいことに、この『シーボール』基本ルール無用である。
魔法による移動や妨害の使用前提で作られた過酷な競技なのだ。
よって、身体能力だけで勝利するのは極めて難しい。
「ご~る!」
「うおぉぉぉっ! またリンダかよ!?」
純白のボールを手に砂浜に戻ってきたのは、
ピンク色のスクール水着を着た少女、リンダであった。
彼女は猛然と『猫かき』で海を進むライオットの背中に飛び乗り、
その背を利用して一気にボールの下まで跳躍すると、
ボールを持ったまま風属性下級攻撃魔法『ウィンドボール』を
至近距離で海に撃ち込み、
その反動を利用して一気に砂地に戻るという荒業を使用していた。
この作戦により、現在『シーボール』の順位トップはリンダである。
実は彼女の身体能力は、獣人であるライオットに迫るものがあるのだ。
しかも、魔法の素質もかなり高くハイスペックな存在であったりする。
惜しむらくは、精神的に弱い部分があるということだろう。
「えへへ……ぶいっ!」
はにかむリンダが、ピースサインをして喜びを表現した。
幼い彼女には良く似合うポージングである。
そのように喜ぶリンダであるが、敗者の俺達は笑えない状況であった。
この『シーボール』勝者と敗者の疲労具合が段違いなのだ。
勝者はそのテンションの高さから疲労をあまり感じないが、
敗者は露骨に疲労感が襲いかかってくる。
事実、踏み台にされたライオットはその悔しさと疲労から、
いまだに海の上でぷかぷかと白目になって浮いていた。
そしてリンダに続く二位につけているのが、なんとグリシーヌである。
彼女は、そのふくよかな肉体を丸めて海の上を転がる、という暴挙に出たのだ。
しかし、それは功を奏し、
飲み込まんとする波を破壊しながら海の上を転がることに成功していた。
グリシーヌは波に謝るべきである。
俺も彼女のマネをしてみたが、一瞬にして海の底に沈んでしまい、
海底にて深い悲しみに包まれてしまった。
そんな傷心の俺を慰めてくれたのは、
海底にてバカンスを満喫していた赤いヒトデさんだけだったのだ。
「はぁはぁ……これは対策とかは無意味ですね」
フォクベルトも参加していたのだが勝率は芳しくはなかった。
殆どボールにすら触れていない。……俺もであるが。
「ふきゅん、そうだなぁ……疲れたし一旦休憩しようぜ」
俺とフォクベルトは砂浜に敷いてあった茣蓙に乗り休憩を取った。
燦々と照り付けるお日様の光が、海水で冷えた身体を温めてくれる。
ポカポカと温まってくる気持ち良さに、
思わず目を細めてうっとりとしてしまった。
「太陽の光が気持ち良いですね」
「ふきゅん、太陽がいっぱいだぁ。
身体がポカポカして気持ち良いんだぜ」
暫くの間、フォクベルトと他愛もない話をして体を温めていると、
シーボールが終わってしまったようだ。
結局、シーボールはリンダの圧勝で幕を閉じたみたいである。
「……はぁはぁ、やっぱり魔法抜きじゃ勝てないわ」
ヒュリティアは黒エルフなので魔法を使えなかった。
それが、身体能力で劣るリンダに負けてしまう要因になってしまったのだろう。
彼女は三十戦中、三勝しかできなかったらしい。
……俺? 聞くなっ!(三十敗)
その時、俺の大きなお耳が気になる会話をキャッチした。
ふきゅん? 遠くでの話し声……誰だろうか?
「最近、うちのカミさんが夜激しいんですわ」
アルのおっさん先生か。
ということは、超ナイスバディのミランダさんが夜のお相手ということになる。
そんな彼女が激しいだと……!? 詳しく聞かせてもらおうか!
俺はピコピコと耳を動かし、よく聞こえる位置をキープした。
ふっきゅんきゅんきゅん、この耳から逃れることなどできぬ。
さぁ、赤裸々な告白をじっくりとまったりと聞いてしんぜよう(邪悪顔)。
「腰が崩壊寸前で……いや、嬉しくないわけじゃないんだが。
でも、毎日はやり過ぎなんじゃないかなぁ……てなぁ」
ぶはっ!? 聞き手はヤドカリ君か!
彼は黙ってアルのおっさん先生の告白を聞いていた。
酸いも甘いも噛み分ける……流石、ヤドカリ君は格が違ったのだ。
アルのおっさん先生告白を聞き終えた彼は、
その肩にハサミを『ポン』と載せた。
「……聞いてくれて、ありがとうな」
そこには、確かな『男の友情』があった。
この見事な友情に、俺は共感し感動することを禁じ得なかった。
ぐぅ~……。
しかし、俺の腹の虫がヤンチャをしだし、
この感動を完膚なきまでに粉砕したのである。
時間に忠実な『はらータイマー』は状況を弁えないことで有名だ。
「そろそろ、お昼か。食事の支度でもしようかな」
燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びながら、
昼食は何を作ろうかな? と考える俺であった。