439食目 立ちはだかる脅威~魔力吸収の恐怖~
部屋の中はここが砦の中であるのか、と目を疑うような造りになっていた。どう見ても超一流ホテルのような内装である。
その部屋の中に据えられている家具類もまた見事としか言いようのない物ばかりであった。特にテーブルと椅子の力の入れようが半端ではない。作ったヤツは本当に何者なんだ、とツッコミを入れたくなる。
その椅子に腰掛けて優雅にお茶を飲んでいたのは我らがユウユウ閣下である。そのお茶を注いでいたのが我が親友ヒュリティアである。
なんでメイド服を着ているのか、色々とツッコミたいがここは我慢だ。
「……エル、なんで下着姿なの?」
「ふきゅん、ここに急いで来るために裸族の力を解放していたんだぁ」
本当は全裸がよかったのだがと説明すると……やはり、それだけはやってはいけないと説得されるハメになった。
「あら、予想よりも早い到着ね? うふふ、素敵よ」
「お褒めに預かり光栄なんだぜ、ユウユウ閣下」
普段からこのように温厚な彼女であったのならば、どんなに良かったことか。このユウユウ・カサラの場合、このように上機嫌であっても油断してはいけない。次の瞬間には血の海に沈んでいることなどざらであるからだ。彼女がどんな機嫌であっても、発言には細心の心構えを持たなくてはならない。
俺がその心構えに戦慄しぷるぷると震えていると、聞き覚えのある声で自分の名前を呼ばれた。
振り向くと、そこにはフウタによく似た顔の少年が、にこやかな笑顔を浮かべて歩いてきたではないか。
「おおぅ、クウヤじゃないか。久しぶりだな」
「えぇ、エルティナ様もお変わりないようで」
チート転生者フウタの一人息子、クウヤ・エルタニア・ユウギである。
彼は父親であるフウタとは違い硬派な印象を持っていると俺は記憶していたのだが、久しぶりに会ったクウヤは以前のような余裕のない彼とは違い、どことなく余裕をもっているように感じた。
それは彼が成長している証とも取れるが、ひょっとしたら父親の影響を受け始めているのかもしれない、という危機的な状況を知らせるサインの可能性もある。ここは慎重に見極めてゆかねば。
「ところで、たぬ子の姿が見えないが、どうしたんだ?」
いつもはユウユウの傍でまったりいている狸獣人の少女の姿が確認できず違和感を覚えた俺は、ヒュリティアに事情を訊ねた。すると彼女は目を伏せて俯いてしまったではないか。
彼女の長いまつげがふるふると震える。その様子に俺は嫌な予感を感じ、いてもたってもいられなくなってしまう。
「た、たぬ子に何かあったのかっ!? 返答次第では、この森を爆破処理するぞ!!」
「やめてくれ。おまえが言うと洒落にならねぇ」
気が動転した俺をグレー兄貴が冷静に諫めてくれた。流石は大人のゴリ……男性である。
「落ち着いた、凄く落ち着いた。で……たぬ子はどこだ?」
「落ち着いて聞くのよ? プリエナは私の足下にいるわ」
ユウユウはにこやかな笑顔と共に自身の足下を指差した。
そこに視線を向けると……一匹の子狸が丸くなっているではないか。いったい、どこから不法侵入してきたのだろうか?
「うゅ~ん」
俺の姿を確認した子狸がとてとてと歩み寄り、俺の足にその身をスリスリしてきたではないかっ!?
この子狸……できるっ! 自身に敵対の意思はないと行動を以って示したのだ!
よかろう! その行為に免じておまえをもふり倒すのは勘弁してやろうではないか!
「で? プリエナはどこにいるんだ?」
「うゅ~ん」
子狸を抱きかかえた俺は再度ユウユウに訊ねた。だが返ってきた返事は俺が抱きかかえている子狸こそがプリエナであるとのことだった。うっそだろ、おまえ。
「ルバール傭兵団と一緒に行動していたら野生に還ってしまったようなのよ。うふふ、神秘的よね?」
「おいぃ!? そんなことがあってたまるかっ! いったい、どういう状況なんだ!? 最深部の親子よりもこっちの方が深刻じゃねぇか! ふぁっきゅん!!」
「死なないんだからいいじゃない。持ち運びも楽だし可愛らしいしで、私としては何も問題がなくてよ?」
「ユウユウ閣下の圧倒的なブレなさに、全世界の珍獣がふきゅんと鳴いた」
「うゅーん」
これ以上は何を言っても話が進展しないと悟った俺は、取り敢えず最深部の親子の問題を解決することを優先させることにした。現実逃避ともいうが、これは仕方のないことだと割り切ることにする。でないと、頭がおかしくなってしまいそうだ。
「取り敢えずは俺とヒーちゃんで、その親子の下まで行くことにしようか。装置がどういったものだかを見てみないと停止させていい物かどうかわからないしな。もし、暫く停止させても機能が維持できるようなら、一旦停止させて専門家の連中に見てもらうこともできるだろうし」
「……そうね、エルの魔力量なら枯渇することはないだろうから、それでいきましょう」
俺とヒュリティアで行くことに決まったのだが、これについて行くという人物が現れた。その人物とは森の護り手であるグレー兄貴だ。
彼はどう見ても魔力の魔の字もなさそうである。森に入った瞬間に倒れるのではないのだろうか、と心配になってくるも参加の理由と対策を自身の口から聞き同行を承諾した。
グレー兄貴は森の親子と面識があり、彼女らを救ってやりたいという願いを胸に秘めて色々と調べていたのだそうだ。
そして、彼がかつてミョラムの森の最深部にて活動できた理由も明かしてくれたのである。
「俺の個人スキルは『遮断』といってな、だいたい三メートル範囲の結界を張ることができるのさ。結界と言っても防御には使えない。でも、その結界にいる限り、外からは物理攻撃以外は完全に干渉されないんだよ。逆に気配や声、体臭すらも外部には漏れない。もちろん、魔力もな」
「ということは森の中を移動できたのは、その個人スキルのお陰だったのか」
「ま、そういう事さ。俺の個人スキルは発動させながら移動できるからな」
なんというチートスキルであろうか? 彼が持つ個人スキルは言うなれば究極の引き籠りスキルだ。スキルを発動している限り、誰からも発見されなくなるのである。
もし、グレー兄貴が正しき道を歩んでなかったと思うとゾッとする。このスキルは間違いなく、窃盗や暗殺などの犯罪の方が有効に使えるであろうスキルであるからだ。
「ふきゅん、そのスキルの持ち主がグレー兄貴でよかったぜ」
「褒め言葉として受け取っておくさ。時間が惜しい、早く向かうとしよう」
俺達三人は砦を出発し、ミョラムの森の最深部に住まうアルウィーネという女性の下へと急いだ。
ヒュリティアは魔力を体外に放出しない種族であるため、魔力吸収対策をすることはないらしい。
グレー兄貴は先ほどの個人スキルの発動によって完全にシャットアウトできるため、これも問題はない。ただ、結界内に他者を入れてしまうと性能が落ちてしまうため、完全に一人用のスキルであるらしい。
そのため、グレー兄貴には最深部へ先行してもらうことにした。
問題なのは、魔力吸収対策のまったくない俺なのだが……。
「おいぃ、これ本当に魔力を吸ってるのか? マラジャクよりも吸われてる感がねぇぞ?」
「……え、本当に? でも、エルの場合は魔力量が多いから気が付いていないだけかもしれないわ。念のためにもアルウィーネさんの下に急ぎましょう」
「分かったんだぜ」
俺たちの走る速度が速まる。それと共に心臓が血液を送る速度を上げてゆく。以前の俺であれば、この状態を五秒保てなかったであろうが、今の俺は昔の俺とは違うのだ。
桃師匠によって無駄に鍛え上げられた体力、そして裸族の能力によって俺は人並みの体力を手に入れることができたのだ。
尚、全裸になると常人の二十倍の体力を得ることができる。裸族スキルまじパネェ。
「ふっきゅん! ふっきゅん!」
暫くの間、疾走していたのだが、突如として頭の中に謎の声が聞こえてきたではないか。
その聞き慣れない声はまるで機械音のように無機質で不気味に感じた。暫くは無視を決め込み、走ることに集中していたのだが、呼びかけの頻度が高まり鬱陶しくなってきたので返事をすることにした。
『おいぃ! 鬱陶しいぞ、ふぁっきゅん!』
『ヨウヤク ヘンジヲ カエシタカ オロカモノ メ』
俺はゆっくりと速度を落とし、巨大な巨木に寄りかかり身体を少しでも休ませる策に出た。会話の僅かな時間も無駄にしない俺はまさに策士。数々の戦いが俺を一流の戦士へと育て上げたのである。
戦士は体力が資本だから当然の選択と言えよう。
『オマエノ マリョクヲ スベテ ヨコセ。キョヒケンハ ナイ』
『ほう……俺の魔力を全てと申したか』
『ソウダ ワガ ヒメ二 マリョクヲ ササゲヨ』
俺はだいたい事情を把握してきた。どうやら俺は魔力を吸い取るという機械の意思を拾ってしまっているようだ。
心なしか機械の無機質な声に嬉しさが混じっているのを感じ取った。俺のように機械の意思を拾える者が今までいなかったのだろう。そのため、機械は張り切って役作りをしているに違いない。
「……エル、どうしたの?」
「ん? あぁ、ちょっとした、お客さんだ。すぐに終わらせる」
心配そうに俺を見つめる親友を宥め、俺は機械の意思をノックアウトすべく会話を試みた。
『ふっきゅんきゅんきゅん……俺の魔力の全てを欲しいというか。流石に見事だと感心するがどこもおかしくはない。全てくれてやるから、遠慮なく持ってゆけ』
『シュウショウナ タイドダナ。ヨカロウ オマエノ マリョク エンリョナク イタダク』
ここに来てようやく魔力を吸い取られている感じを認識した。その速度はマラジャクにも匹敵しようか?
……そんなんじゃ、甘いよ?
マラジャクに匹敵する程度では、どうあがいても俺の魔力を吸い尽くすことなんてできないのだ。この速度では永遠に吸い尽くせない。何故なら……吸う量よりも回復する魔力の方が多いからだ。
『んん~、どうしたんだぁ? 吸う量よりも回復する量の方が多いぞぉ? 遠慮はいらん、もっと吸え』
『バ、バカ ナ。ワガ マジックバキュームガ オサレテイル』
機械の意思に明らかな動揺が走った。俺はチャンスであると判断し一気に畳みかける。
『遅いなぁ、遅い。おまえには速さが足りない。仕方がない、俺が特別に魔力を送ってやる。魔力経路が繋がっているからな』
『エ?』
『ふぅぅぅぅぅぅっ、きゅんきゅんきゅん! 遠慮はするなぁ! 特別製の魔力だ、全部持ってゆけっ!』
魔力を吸うためにはいくつかの方法があるらしい。
一つは拡散する魔力を掻き集めて吸収する方法。これは時間が掛かる上に効率が悪い。魔力を餌にする草花がこの方法を取っている。それ故にマラジャクのように危険指定をされることはない。
もう一つは獲物との間に魔力経路を形成して一気に吸い上げるという方法。これは短時間で一気に対象から魔力を吸い上げることができる大変に危険な行為だ。大抵の場合は気付いた時には手遅れの場合が多い。
マラジャクや、この機械が取っている手段がこれに当たる。
魔力量が低い一般市民や野生動物であれば、一撃必殺の手段足り得る方法であるが……俺に対しては悪手としか言いようがない。
魔力の道が出来ているという事は、逆に魔力を送ることができるという事なのだから。
『ガァァァァァァァァァァッ マリョクガ ボウソウスル。キョヨウリョウヲ オオハバニ チョウカ』
魔力の限界を越えると、どうなるか? 俺たちは近しい者がその症状に苦しんでいることを知っているはずだ。
限界を越える魔力を溜め込んだ場合……暴走、そして最悪、暴発する。
そう、プルルが苦しんでいる『魔力過多症』と同様の状態になってしまうのである。
要は食い過ぎってやつだぁ。
『おめぇ、調子ぶっこいた結果だよ?』
『……すいあせんでした。ゆるしてくだしあ。魔力タンク、こわれちゃ~う』
急に流調に喋り出した機械の意思。やはり今まで役作りに徹していたようだ。その涙ぐましい努力に免じて、俺は機械の意思を許してやることにした。
『許す』
『え?』
『許すと言ったんだぁ……』
俺は魔力を送るのを停止した。バチバチと火花を発していた魔力経路はようやく平穏を取り戻し『もうダメかと思ったよ、助かった』と言って姿を消したのであった。
『もう許された! 流石、白エルフは格が違った!』
『それほどでもない』
俺は謙虚さを前面に出す。俺が憧れ、でも決して届くことのない英雄をリスペクトするのだ。
彼と俺とでは完全にタイプが違う。でも、心意気だけは彼の域にまで到達したかったのである。
『凄いなぁ、憧れちゃうメカ』
『メカっ!?』
いきなり謎の個性を突き付けてきた機械の意思に戸惑いながらも、俺はここまで来た理由を彼、あるいは彼女に説明した。こんなことができるのは俺くらいなものなんだろうな、と苦笑しつつもいつものことじゃないかと気付き、少し凹む。
『分かりましたメカ。魔力貯蔵量は十分なので、半年ほどは補給の必要がありませんメカ。マジックバキュームを停止するメカ。これでご友人も大丈夫メカ』
『ふきゅん、助かる。皆に連絡を入れておくぜ。俺達はすぐにそちらへ向かう』
『了解しましたメカ。お待ちいたしているメカ』
俺は和解した機械の意思『キャリード・エス』とコンタクトを取りながら目的の地を目指すのであった。
尚、ヒュリティアは終始、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
いつものことなので、気にしない気にしない。