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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
437/800

437食目 神気

◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!」


 ぷぃ。


 もう何度目になるだろうか? またしても期待した結果は得られなかった。

 神気を習得するために自室にて色々と試しては失敗を繰り返し、はや三日だか四日だか経過していたような気がする。もう正確に何日過ぎたかは覚えていない。


 神級食材を探しに行った連中も苦戦しているのか誰も帰ってこないので、俺はさみしくて「ふきゅん」と鳴く毎日だ。珍獣はさみしいと鳴くってそれ一番言われてっから!


「うごごごご……出てほしいのは『いけないガス』じゃなくて神気なんですがねぇ?」


 色々な方法を試してみたものの、神気なるエネルギーの欠片すらも出てきやしない。業を煮やした俺は遂に禁断の修行に手を伸ばしてしまったのだ。

 かつて始まりの森で断念した『漫画に出てくる無茶な修行』を敢行したのである。


 きみ達に結果を伝えよう……良い子はマネをするな!! である。

 できるわけねぇだろ、いいかげんにしろ、ふぁっきゅん!


「答えは俺の魂にあるっていわれてもなぁ?」


 俺は取り敢えず、魂の中の人達を全部出してみることにした。ミニマムサイズの初代様、ヤドカリ君、いもいも坊や、が机の上でゴロゴロしだす。その和む光景を見るも、やはり答えなど出てくるはずもなかった。


「ふきゅん、桃師匠は何を想って、こんな言葉を投げかけてきたんだろうか?」


 脳ミソがはち切れそうになってきた俺は脳を休ませるべく、座禅を組み心を穏やかにさせる試みにでた。

 だが、その途端に俺に襲い掛かってくる獣達! あろうことか、彼らは俺の心を乱すべく纏わり付き、そのもふもふの身体を最大限に利用し誘惑してきたのである!

 

 俺の部屋でくつろいでいたのはこのためだった!? くっ……なんという邪悪! 去れ、煩悩よ! 俺はもふもふになんて負けない!!


 結果は完全敗北だったことを伝えておく。もふもふには敵わなかったよ……。


「ひゃん、ひゃん!」


 俺を堕落への道へと誘う役を買って出た青い毛玉……もといフェンリルの子、雪希がつぶらな青い瞳で俺を見つめてきた。心なしか俺を心配しているようだ。


「むむ、雪希も休めというのか……まぁ、煮詰まった状態だから丁度いいか。偉い人も言ってたしな。慌てない慌てない、一休み一休みってな」


 俺は小さな体の雪希を抱き上げ、そのままベッドに転がった。その衝撃で先にベッドで丸くなっていた虎猫のもんじゃがぽよんと跳ね上がる。彼は「にゃあ」と苦情を訴えた後、俺の腹の上で再び丸くなった。

 その弾みで懐に入れておいた精霊の卵がベッドに転がる。その赤い卵は以前にもまして鼓動が強くなってきていた。そろそろ孵るような気がするのだが……その時はまだ訪れてはいない。

 赤い卵を手に取り、そっと懐にしまい込むと卵の鼓動は俺の心臓の鼓動と重なった。


 やはり自分の部屋は落ち着く。相変わらず殺風景であるが、ビースト共がふらりとやって来ては、まったりするので、物がない方が都合が良いのかもしれない、と思うようになった。


「そう言えば、そろそろ雪希の弟か妹が生まれるんだよな。やったね、雪希ちゃん、お姉ちゃんになるよ!」


「ひゃん、ひゃん!」


 雪希は嬉しいのか俺の顔をペロペロと舐めまくってきたので、俺の顔は涎だらけになってしまった。なんという苛烈な愛情表現であろうか、愛とは耐えることなんだなぁと学習することとなる。


 暫くぼんやりとしているとチゲが小籠包を持ってきてくれた。この料理は彼が作ったそうだ。

 最近のチゲは、なかなかにチャレンジ精神旺盛で、俺が知らない内にとてつもない成長を遂げている。この小籠包もヒーラー食堂の料理長エチルさんのお墨付きである。その証拠に蒸籠に彼女のサインが書かれた紙が添えられていた。

 ううむ、今回も期待が持てそうである。


「いただきます!」


 俺は作ってくれたチゲと食材達に最大限の感謝を込めて合掌し、食事の開始を宣言した。蒸籠の中には小さく白い饅頭が五つほど鎮座しており、食べられる時を心待ちにしているように見える。

 時間的に間食として作られたのか小籠包の数は少ない。これは全神経を集中させて味合わなければ。


 俺は勢いよく小籠包をむしゃりとやった。だが……それは過ちであったのだ。俺はチゲの心遣いに感謝し過ぎて小籠包がなんであるかを失念していたのである。


「ふじやま・ぼるけいのっ!?」


 俺の口の中は今にも噴火しそうなフッジサーン! 状態だ。

 小籠包の中の熱々ジューシーな汁が口の中をこれでもかと焼き尽くしてゆく。恐れを知らない暴君のごとく俺の口内を蹂躙していったのである。


 常人であれば、あまりの熱さに口の中の物を吐き出してしまうことだろう。だが、このエルティナ・ランフォーリ・エティル! 一度口にしたものは決して吐き出さぬ! 食いしん坊に後退の二文字は断じてありえぬのだ!!

 食いしん坊は媚びぬ! 怯まぬ! 諦めぬ! 食える物であるなら全てを胃に収めるのだ!!


「ふっきゅん!」


 俺はそのまま小籠包を熱々の汁ごと飲み込んだ。すると、どうだ? 口内を焼くほどの熱さの汁が食道をも焼いてゆく感触を味わうことができたのである。そして、遂には胃に到達。そのまま胃をも焼き尽くすような感覚は初体験であり面白いものであった。


「なんてぇ小籠包を作りやがったんだぁ……こいつはまいったぜぇ!」


 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったものである。小籠包の熱さを余すことなく堪能した俺は、残った小籠包も同様の食べ方で満喫し心と身体を満たした。


「ごちそうさまでした!」


 とはいえ、この食べ方は身体には良くないことだと認識している。良い子はマネしてはいけない。きちんと「ふーふー」しながら食べることを推奨する。

 俺はこっそりチユーズ達に食道や胃を治療してもらい、美味しい小籠包を作ってくれたチゲに心から感謝したのだった。 



◆◆◆



 ……あれ、いつの間に俺は寝てしまったのだろうか? 周りは闇に包まれており、何も見えない状態になっていた。が……ここで俺は自分が異様な状態に置かれていることに気付かされた。

 暗視能力を持つ俺が闇の中で何も見えない、ということは決してあり得ないのだから。それに先ほどまで一緒だった雪希の姿が……。


『ひゃんひゃん!』


 いるんかい。

 彼女は俺の足下を元気よく駆け回っていたのである。

 だが、これは極めて珍しいケースだ。大抵はこういった不思議な現象に際しては、一人ぼっちで挑むケースが大半であるのだから。


『ちゅんちゅん!』


 おおう……うずめ、おまえもか。

 机に置いてある帽子の上でうとうとしていた子すずめのうずめも、どういうわけか俺と共にあった。いよいよもって、この状況が理解不能になってくる。まぁ、いつも理解不能なんだがな。


 考えるだけ無駄だ、ということだけ理解した俺は三匹を連れて歩き出した。

 この場に居るのは俺とうずめ、そして雪希だけなのに俺は三人と認識していたのである。それはきっと胸に抱える紅い卵のせいだと考えた。

 いつまでも孵らない精霊の卵。だが、それはこの空間でトクントクンと脈打ち、確かな存在感を俺に知らしめていたのである。


『……いくか』


『ひゃんひゃん!』『ちゅんちゅん!』


 俺は三匹のお供を伴い、無限の闇の中を進んでいった。

 終わりなき闇は、まるで俺の未来を示しているかのようで恐ろしかった。一人であったなら足が竦んで進めなかっただろう闇も、三匹のお供がいるのであれば決して恐れるものではない。


 あぁ……そうさ。俺たちは、ずっとこうして歩いてきたのだから。

 たとえ死が俺達を分かつとも、俺達は確かに魂で繋がり、そして再会を果たした。


 俺たちは知っている。俺達が何者であるかを。

 なんのために、再び出会ったのかを……俺達は知っている。


『ひゃんひゃん!』『ちゅんちゅん!』『……』


 そうだ、俺達は……俺達が……!!


 三匹のお供が俺を導く、そして闇の世界は大いなる輝きに満ち溢れた。




 目を開けると……何も見えなかった。正確には、視界がぼやけていて何がなんだか分からないのである。

 分かるのは温かな何かに包まれていることと、桃の果実の良い匂いが満ちていることだ。

 理由は分からないが、とても落ち着く。取り敢えずは行動に移ろう……と考えたところで自身の状態が妙に懐かしいことに気が付いた。


「うー」


 そう、俺は赤ちゃん状態になっていたのである。まただよ。


 自分では何もできない状態にもやもやとしたものを感じた俺は、状況を打破すべく取り敢えず泣いてみることにした。

 赤ちゃんは基本的に泣くか、寝るか、ミルクを飲むことしかできないのを、俺はよく知っていたからだ。経験者は語る、というやつである。


「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん」


 やっぱり俺は泣かずに鳴いた。おごごごご……このエルティナ、赤ん坊の身で泣き方を忘れた!


「はいはい、桃姫とうきは食いしん坊さんね」


 暫くすると優しい声を掛けられた。声の主は女性と思われる。この声には聞き覚えがあるのだが、どうも頭が痺れたような感覚に陥り上手く思い出せない。懐かしいと感じるのが精いっぱいであるのだ。

 優しい声の主は俺を優しく抱き上げると、見事な乳房を惜しげもなく晒し、俺の顔に近付けたのである。母乳の匂いがするので、これは間違いなく吸えということだろう。


 このエルティナ・ランフォーリ・エティル、出された物に遠慮はせぬ! ユクゾッ!

 ターゲット・ロックオン! アームで固定! バキューム・スタートっ!!


 ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅ……。


「あぁん、相変わらずテクニシャン!」


 何やら懐かしいと感じる彼女の温もりと香り。これはディアナママンでも、エレノアさんのものでもない。きっとこの温もりと香りは……俺の産みの親。つまりは母のものなのだろう。

 つまり、俺は自分の過去の記憶を辿っている……? まさか、そんなことが!?


「桃姫は相変わらず、良い飲みっぷりだな」


「えぇ、……き……うさんですからね、当然といえば当然です。貴方様」


「そうだったな……願わくば我が娘、桃姫に平穏が訪れんことを」


「うふふ、よかったですね桃姫。偉大なるお父様に、こんなにも想われているだなんて」


 この渋い声の主が俺の父親らしい、顔はもちろん見えない。視界がぼやけているからだ。それにしても先ほどから俺は桃姫と呼ばれている。それが俺の名前なのだろうか?

 そんなことよりも、今は全力でおっぱいをちゅっちゅだ! 全部、吸い尽くしてくれるわ!!


「願わくば貴女に平穏を。そして、愛と勇気と努力を皆に分け与えられる者になってね……桃姫」



◆◆◆



「ちゅちゅちゅちゅちゅ……」


「このバカ弟子がぁぁぁぁぁっ! 日も暮れぬ内から寝るとは何事だっ!!」


「ふきゅんっ!?」


 気持ち良い夢から一変し、地獄のような現実に引き戻された俺は珍獣だ。

 視界には見慣れたジェームス爺さんの身体を借りている桃師匠のしかめっ面があった。やはり、あの出来事は夢であり、俺の過去の記憶だったのだろう。

 だが、いつもは薄っすらとしか思い出せない記憶の中にあって、確かに覚えていることがあった。


「夢……夢を見たんだ、桃師匠」


「む、夢とな?」


「あぁ、俺はそこでは赤ん坊でさ、お袋だと思う女性ひとにおっぱいをもらっていたんだ」


「…………」


 俺は乳房を掴んでいた小さな手を思い出し己の手を見つめた。赤ん坊の手とは比べ物にならないほど俺の手は大きくなっている。それは俺がこの世界で成長してきた証だ。


「夢の中で出てきた親父とお袋が俺を呼ぶんだ。『桃姫』ってさ。たぶん、その名が俺の本当の名前だと思う」


「……そうだな、その名がおまえの真の名だ」


 桃師匠は複雑な想いが籠った表情で、その名を肯定した。きっと多くのことを彼は知っているのだろう。でも、それは決して話すことはないのだろう、とも予感していた。


「して……おまえはこれから、その真の名を名乗るのか?」


「いや、俺はエルティナさ。父ヤッシュ、母ディアナの子、エルティナ。初代の全てを受け継いだ時より、俺はエルティナ・ランフォーリ・エティルなんだ。それは決して変わらない。俺が決めたことなのだから」


『桃姫』……この名には両親が万感の想いを籠めて名付けてくれたのだろう。でも、俺はもうエルティナとして生きることを決めた。

 血のつながらない俺を本当の娘として愛してくれているパパンやママン、そして俺をこの世界に本当の意味で産んでくれた初代の想いを蔑ろになんてできやしない。できやしないんだ。


「よろしい……では、エルティナよ。神気を生み出してみせよ」


「え? でも、俺はまだ……」


 桃師匠は真剣な眼差しを俺に向けていた。決して彼は冗談を言わないし、できないことを口にはしない。できるからこそ、桃師匠は俺にそう言ってきたのである。


「できるはずだ、おまえにはその資質がある。そして、託された想いは今……芽吹こうとしている」


「託された……想い……」


 託された想い……その言葉に、俺は父が願った言葉、母が俺に送った言葉を思い出した。

 俺は手を掲げ力を発現させる。あまりの力に俺は思わず怯んだが、なんとか踏みとどまる。それは魔力でも桃力でもない、今まで経験したことのないような圧倒的な存在感を放っていたのだ。

 俺の手に生まれた白く輝く大いなる光り、これこそが『神気』なのだろう。


「そうだ……それこそが、おまえだけの神気よ。見事だ、エルティナ」


「これが神気……親父とお袋が俺に託したもの……」


 俺は自分が生み出した神気の力に戸惑いを隠せなかった。あまりにも強大な力だったからだ。

 魔力とも桃力とも違う、完全なる異質の力……これが俺だけの力だというのか?


「エルティナ、神気を恐れるでない。その力は、おまえそのもの……神気を恐れるということは、自分を恐れるという事に他ならないのだ」


 いつもの桃師匠とは違う感じに俺は驚くハメになった。いつものように『バカ弟子が!』と叱られないことに、俺は違和感を感じることになる。

 彼はどうしたのだろうか……その表情は弟子である俺の成長を喜ぶと同時に、酷く悲し気な様子にもとれてしまうのだ。


 俺は桃師匠の悲し気な顔なんて見たくはない。いつもの厳しくて怖くて……そして心優しい師匠に戻ってほしくて……だから、俺は神気に力を注ぎ込んだ。

 俺の神気が父と母が望むものであるなら……きっとできるはずだ。

 愛と勇気と努力を分け与える……それが俺の『神気』の力のはずなのだから。


「これは……エルティナ、これがおまえの神気か。どこまでも優しく温かい力が流れ込んでくるわ」


 桃師匠は目を細め表情を崩した。他の者には滅多に見せない表情に俺は儲けたぜ、とほくそ笑む。何よりも彼が笑ってくれたことが最高に嬉しかったのだ。

 だが、彼が微笑んだのも僅かな時間のこと。すぐに、いつものしかめっ面に戻ってしまった。こちらの表情の方がデフォルトなので不覚にも安心してしまう。なんてこったい。


「我が弟子、エルティナよ。神気とは己の魂そのものの力と心得よ。わしは神気以外のことであれば、だいたいのことは教えることができよう。だが、神気だけは、どうやっても教えることはできないのだ」


「桃師匠……」


「おまえの神気は美しいな……何物にも染まり、そして影響を与える色だ。だが、決して自分の色に染め上げることはない、影響を与えし者の色を残したまま高みへと昇らせる色。それ故に、己を保つのは至難と言えよう」


 桃師匠は俺と面と向き合い真剣な眼差しを向けてきた。俺も彼に向き合い、彼の想いを受け止める覚悟を決める。奇妙なことに、このようなやり取りを何度もやってきたような錯覚を覚えてしまう。


 妙なこともあるものだぁ……。


「エルティナよ、おまえは何者にも染まらず歩き続ける覚悟はあるか? その覚悟無ければ……わしが引導を渡してやることもできる。それほどまでに、神気を会得した者には重い責任が課せられるのだ」


「桃師匠……俺は言ったはずだぜ。俺はどこまで行っても、エルティナ・ランフォーリ・エティルだと」


「それで、よいのだな?」


「あぁ、もちのロンだぜ」


 俺の覚悟を受け止めた桃師匠はきつく目を閉じ肩を震わせた。


「許せ……我が弟子よ。わしには、おまえを苦難の道から救ってやる術がない。わしには、おまえに修行をつけてやることしかできぬ。許せ、許せ……」


「何言ってんだぜ。これは全て、俺が、俺の意思で決めたことなんだ。桃師匠に謝られることなんて一つもないんだぜ。さぁ、いつもどおりの桃師匠に戻ってくれよ、調子が狂うんだぜ」


「とうきち……いや、エルティナ。おまえというヤツは……」


 桃師匠は突然立ち上がり、己の顔面に強烈な一撃を自ら食らわせた。

 その肉体が借り物だって分かってんですかねぇ?


「ふん、おまえの成長ぶりに油断したわ。神気を習得したのであれば、精神面の修行も追加する。これからは厳しくなるぞ、付いてこれるか……エルティナ!」


 いつもの桃師匠に戻ったことを理解した俺は、もちろん二つ返事で返した。


「応! 当然だ! 俺を誰だと思ってるんだぜ!? 俺はカーンテヒルの桃使い、エルティナ・ランフォーリ・エティルだ! 全ての鬼を救済する桃の戦士に、できない事はあんまりないぞぉ!」


「よろしい、おまえの覚悟……確かに受け取った」


 桃師匠のゴツゴツとした手が俺の頭に載せられた。それはとても大きく、そして温かかった。




 神気を習得したので、俺は早速キララさんの升に神気を注いでみることにした。右腕に力を籠めると白い輝きが生まれだす。俺の神気だ。

 それをキララさんの升に注ぎ込むと、升が輝き出し升の中に艶々としたお米が泉のように湧き出してきたではないか。

 なんという幻想的な光景であろうか? 俺はそのあまりの光景に我を忘れて見入ってしまったのである。


「このバカ弟子がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 神気を止めんかっ!!」


「ちゅんちゅん!」「くぅん」


 なんということでしょう。俺が美しい光景に目を奪われていたばかりに、自室がお米で埋め尽くされてしまったではないですか。


 やっべ、神気止めるの忘れてたんだぜ。しかも意外にお米が生み出される速度が速い。これは慣れるまで時間が掛かりそうだぞ。


 尚、お米に埋まっていた桃師匠たちが激しくシュールだった事は内緒だ。この事案が外部にバレたら俺の命が風前の灯火となってしまうので他言は無用としてほしい。


 せっせとキララさんの美味しいお米を回収する。どさくさに紛れてダックスフントのモモとハナがお米を食べていたが、それでもお米は一向に減る様子はない。


 あぁっ、雪希まで真似してっ! めっ! でしょ!? というか、そんなに食べたら晩ご飯を食べれなくなるぞっ!


「想像よりも早い速度で生み出されるんだぜ」


「うむ……それだけ、おまえの神気の純度が高いのだろう。わしも驚かされたわ」


 なんとかお米を回収した俺と桃師匠はお米の純度を調べることにした。もちろん調べるのは桃師匠の仕事だ。俺は美味いか不味いかを判別することしかできない。

 不味かったら美味くなるように調理するだけだ。食材に上も下もない、全てが尊いものなのだから。


「うむ、神級食材だ。これでプルルの食事に幅ができたというもの。よくやった」


「ふっきゅんきゅんきゅん……それほどでもあるんだぜ」


 これでキララさんに恩返しできたと思う。彼が遺した神器で人を救うことができる。これほど、ありがたいことはないだろう。

 キララさんの英雄譚を後世に遺したいところであるが、俺はどうもそういう事には疎い。誰か得意な友人がいなかっただろうか? 後で心当たりを当たってみるとしよう。


 そのように目論んでいたところにロフトから〈テレパス〉で連絡が入った。

 はて、彼から連絡とは珍しいこともあるものだ……と考えて、リーダーのヒュリティアが魔法を使えないことを思い出した。

 普段がクールビューティーでなんでも卒なくこなす印象が強過ぎて、彼女が魔法を使えないことをつい失念してしまう。

 魔法が使えなくてもまったく問題がない彼女が悪いんだぁ……と責任転嫁しつつ、ロフトの報告をしっかりと聞いた。


『おいぃ……その話、なかなかハードじゃないですかやだー』


『そんなことより、全裸ボインですぜ? やったー』


 話が噛み合わないようで噛み合った感がある念話を終了させた俺は、急ぎエルタニア領にあるミョラムの森の最深部を目指すべく身支度を開始した。

 我が親友ヒュリティアは厄介な運命の女神様にどうも愛されまくっているようだ。ここはひとつ、俺も混ぜてもらうことにしよう。一人だけ楽しむ……げふんげふん、苦しむことなんて許されない。

 俺たちは親友まぶだちなのだ、共に喜び苦しもうじゃないか。


「桃師匠、ちょっと人助けをしてくるんだぜ」


「うむ、それならばザインを連れて行け。おまえの運命に連なる者だからな」


「言われなくても……」


「御屋形様~!!」


「早いもう来た! これで勝つる!」


 呼んでもいなのに、颯爽とやってくる家臣のザインに少々驚きつつも、桃師匠たちに後のことを任せてフィリミシア城のテレポーターへと急ぐ。

 全ては全裸ボインさんにセクハラをするため……もとい、お助けするためである。これはロフトに擦り込みをされただけであって、俺の意思ではないことを伝えておく。俺は潔白だ。




「ややっ!? 聖女様、何事ですか?」


「やぁ、ジョニー。エルタニアまで野暮用だ。起動を頼む」


 既に親しい間柄となったフィリミシア城のテレポーター管理者、ジョニー・ゲップにエルタニア領への転移設定をお願いする。

 尚、彼は某俳優とは何にも関係はない。顔は似ているが。


「設定完了しました、良い転移を!」


「ありがとう、ジョニー! 行くぞ、ザイン!」


「ははっ!」


 俺とザインは救いを求める者の為に、テレポーターの輝きの中に飛び込んだのであった。

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