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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
436/800

436食目 ミョラムの森の最深部

 ミョラムの森の最深部を一人で探索して二十分ほど経過しただろうか? 魔力を吸い取られている感じはしない。やはり体から放出される魔力を感知して吸い取るというクウヤの仮説は正しいのだろう。

 だとするなら、グレー師匠はどうやってサトウキビを発見したのだろうか? お世辞にも彼は魔力量が豊富であるとは言い難い。


 当てもなく彷徨っているが、その間に森が異様さが徐々に明らかになっていった。奇妙に変形した木々や奇形の花々。植物とも鉱物とも判別できない物体。私では手に余るような存在ばかりであったのだ。

 続いて……この森には生物が存在しない。獣ならまだしも昆虫ですらいないのは明らかに異常だ。さらに奥に進むと異様に巨大な草花たちに遭遇した。大きいもので私の背丈を遥かに超えるものがある。

 最初はそれが何か分からなかったが、それは驚くことにタンポポであったのだ。何故、こんなところに生えているかは定かではない。しかし、それは明らかに異常なサイズで存在を誇示していたのだ。


 そして、これが最も奇妙な部分……どうやら人が手を加えたような箇所があるのだ。

 最初はそれが何であるか分からなかった。大きな岩だと思っていたのだが、よく見てみると……それは大きな岩ではなく、かまどであったのだ。経過した年月が分からないほど放置されているようで、かまど全体が苔むし自然と一体化している。

 足下に転がっていた錆びて形を失いかけている鉄鍋がなければ、それがかまどであることに気が付かなかっただろう。

 更に注意深く進むと道らしき物を発見した。


「……道? 獣道じゃない……人が手を加えた形跡。この先に何かあるのかしら」


 私は何かに導かれるように、かつては道であった物を辿ってゆく。暫し進むこと十数分、それは私の前に姿を現した。


「……こ、これは?」


 それは家だった。無数の蔓や苔で覆われているが間違いなく家であったのだ。丸太を組み合わせて作られたログハウスというものだ。外壁には無数の苔、そして蔓が巻き付いており、完全に自然と一体化していた。

 家の入口と思われるドアの前に立ち周囲を観察する。ネームプレートもあるが、それは長い年月によって朽ち、どのような名前が刻まれていたかを判別することができない。

 思い切ってドアノブに手を掛けるとドアは音もなく朽ちて崩れ去ってしまった。その様子はまるで役目を終えて静かに眠りに就いた兵士のようであり、私は少しばかり悲哀を感じることになった。


 警戒しながら家の中に入ると、そこは不思議なほど綺麗な空間であった。狭いながらも生活しやすいように工夫された室内に思わずため息が漏れる。いつか、こんな家に住んでみたいものだ。


 それにしても家の外観と室内とでは随分と差がある。外観は朽ち果てる寸前の家に対し、室内は今尚、人が住んでいるかのような状態に保たれているのだ。恐らくは魔法によるものだとは思うが……と考えたところで一つの結論に行き着く。それは奪われた魔力が何に使われているかについてだ。


 大抵、奪った魔力は奪った者のエネルギー源にされることが多い。今回の魔力の吸収も同様だろう。その奪った魔力を何に使うかといえば、この家の内部を保つためである、と考えれば納得がいくのではないだろうか。

 後はどうやって魔力を奪っているかを探し当てれば、ミョラムの森の最深部の謎を解き明かすことができるようになるはずだ。私に残された時間は残り少ない、早急に手掛かりを探し出すとしよう。


 私は家の内部を丁寧に調査し始めた。リビングや寝室に書斎、バスルームまで完備されている。いずれも隈なく捜査したがこれといった収穫はない。だが、書斎を再び訪れた際に、本棚の脇に何かを擦ったような跡が残っているのを確認した。これは怪しいと本棚を注意深く調べたところ、簡単に動かせるようになっていることが判明した。


「……隠し扉」


 本棚を動かすと、そこには扉が現れたではないか。ということは、この先には知られたくない何かが存在している可能性が高い。当たりと見た私はドアを開け内部に侵入する。

 隠し部屋は少しばかりのカビ臭い匂いと地下へと続く階段があるのみであった。私は腰のナイフの柄を掴み、いつでも抜刀できるよう構えながら慎重に階段を降りていった。


 地下には明かりも無く、常人であれば何かしらの手段を用いなければ移動もままならない状態だったが、私には暗視能力が備わっているため明かりを灯す必要はなかった。これにより自分の居場所を知られる危険性はなくなるので多少は安全に捜索ができるというものだ。


 階段を下りた先には得体のしれない装置が所狭しと並んでおり、その奥には大きなガラスと思われる大きな水槽が一本据えられていた。内部は液体が満ちており底から泡がボコボコと上へ昇っているのが見える。

 その更に奥に何かの影が見えるが、もっと近付かなければ泡が邪魔をしていて確認できない。私は物音を立てないように気を払いながら、慎重に水槽に近付いていった。

 そこで目にしたものとは……。


「……人? いえ、植物かしら」


 水槽に入っていたものとは……人のようで人ではない存在だった。

 人の肉体を持つ植物とでも言えばいいのだろうか? そのようにしか説明のしようがない。


「……見た感じ、私と同じような年齢かしら。誰かの子供? いえ、その前にこの子は水の中で生きている? だとするなら、この子は半魚人かしら」


「半魚人なんかと一緒にしないでほしいわね」


「……っ!?」


 背後から突如、女の声が聞こえてきた。しかも真後ろだ。私がこうも容易く背後を捕られるだなんて思わなかった。ナイフの柄を握る手に力が入る。私に向けられてくる殺意が半端ではないからだ。


 振り向きざまに切りつけ、隙を突いて脱出するか? 失敗すれば、それはすなわち死に繋がると本能が警告を発している。だが、このまま沈黙を保っていても現状は何も好転しない。何かしらのアクションが求められているのは確かである。であるならどうするべきか?


「貴女は何者かしら? 普通の生き物では、ここまで辿り着けないはずだけど」


 向こうからアクションを起こした。であるなら、こちらも対応し隙を見つけて状況を好転させなくては。

 少しずつこちらの情報を与え、あちらの情報を引き出すとしよう。姉のフォリティアから教わった駆け引きの仕方だ。信用に値するはず。


「……私は黒エルフよ。魔力を体から発さないの」


「なるほどね……それじゃあ、魔力を奪えないわけだわ。で……どうして、ここまで来たのかしら? 純粋な好奇心? それとも、私たちが目的なの?」


「……私たち? 私は貴女たちのことなんて知らないわ。私がミョラムの森の最深部まで来たのはサトウキビを探し出すためよ」


「サトウキビ……あぁ、あの甘い汁を蓄えている子のことね。呆れた。あの子の同族なんて、この森の外で沢山、生きてるでしょうに。なんでまた、わざわざこの森の子を必要としているのかしら?」


 どうやら私に興味を持ったようだ。事情を説明すれば話し合いで解決できる可能性もある。まずは自然を装って振り向き、話し相手が何者かを確認しよう。


「……私の友達が病気にかかっていて、この森にある不思議なサトウキビを必要としているの」


「病気……それで、あの子が必要なの? あの子には病を治す能力はないわ。あるのは疲れを癒す程度の能力よ」


 私が子供だと思い、そこまで警戒していなかったのか無事に相手と面と迎えることに成功する。私が今まで話しかけていたものとは、水槽の中で漂う存在の大人版と言った感じだ。

 人であり植物でもあるかと思われる彼女は、豊かな緑色の髪の天辺に大きな赤い花を咲かせていた。衣服は一切身に付けておらず、見事な裸体を私に晒している。羞恥心などはないようで、彼女にとって全裸が普通である様子だった。エルティナと仲良くなれるかもしれない。


「……詳しい話は省くけど、私の友人は特別な食べ物しか口にできない状態なの。それで森深くまで食材を探しに来たのよ」


「ふぅん……あの人といい、ゴリラといい、変わった連中ばかり来るわね」


「……ゴリラ? グレー師匠のことかしら?」


「あぁ、そのように名乗ってたわ。どうやら無事に帰れたようね」


 彼女は少しばかり表情を崩した。どうやら話が分かる存在であるようだ。ここは一つ、彼女に敵対するつもりはないことを告げ、サトウキビの情報をもらうことにしよう。


 私は彼女に自分の名を告げ真摯に事情を説明した。それが功を奏したのかは分からないが、彼女の名前を聞き出し、サトウキビのある場所をも聞き出すことに成功した。

 彼女の名はアルウィーネというらしい。かつては名もなき花だったらしいが、とある男が実験の末に彼女に自由に動ける肉体と知性を与えたそうなのだ。


「男は勝手な生き物よ。決して信用してはいけないわ」


 彼女は私をリビングまで連れて行きソファーに座らせるとジュースをご馳走してくれた。程よい酸味と甘さが絶妙なバランスで成り立っているジュースでとても美味しい。

 どのような果実を使ったものかはわからない。エルティナなら一口飲めば言い当てるかもしれないが、私にできることは美味いか不味いかを判断できる程度である。


「……アルウィーネさんはここで何を? あの水槽の子は?」


「ヒュリティアは歳のわりには賢いみたいだから説明するけど……あの子は私の娘よ。名前はまだ無いわ。あの子の父親が名前を付ける、と言ってそれっきりだから」


 彼女は物憂げに腕を組んでため息を吐いた。ボリュームのある乳房が押し上げられる形になり、さらに迫力を増す。ロフトが彼女を見たら、間違いなく不慮の事故が起こることだろう。


「あの子ね、水槽から出られないのよ。病気なの。あの人は材料を取りに行く、と言ったきり戻らない。彼が作った入れ物の中でしか生きられないの。もう何年、あの中に居るか忘れてしまうほど時は流れたわ」


「……旦那さんは人間なのですか?」


「えぇ、自分は天才だって威張っていた変人よ」


 彼女を生み出した者が人間であるとするならば、もうこの世にはいないだろうと推測できる。アルウィーネさんの話によれば、この室内には『保護魔法』というものが掛けられており、時間経過による劣化がほぼないのだという。それによって彼女達は老化や劣化を免れてきたそうなのだ。


「……じゃあ、この森が魔力を奪うというのは」


「そうよ、この家の地下に設置されている装置が他の生物から魔力を奪っているの。保護魔法を維持するためにね。そして、あの水槽の装置も保護魔法の装置に繋がっているから魔力を奪うわ。あの子が生きるためにね」


 嫌な予感はしていたが、やはりあの子が生きるための装置が魔力を奪っていた。私以外の者がミョラムの森の最深部を自由に探索するには、この装置を停止させなくてはならない。だが、それをおこなうと水槽内にいるあの子は死んでしまうのだろう。どうすればいいのだろうか?


 いや、どうもしなくてもいいではないか。私たちの目的はサトウキビだ。それを持ちかえれば目的は達せられる。エルティナのように全てを抱えて解決させる必要はないのだ。


 だが、ここまで話を聞いて何もしないのは、私であっても罪悪感を覚える。幸いなことにフィリミシアはさまざまな変態……もとい、才能溢れる人材が集う町だ。この症状を治せる者がいる可能性もある。問題はここまで来れる者がいるかどうかなのだが。


「ヒュリティアは優しいのね。自分には関係ないのに悩んでくれている。でも……そろそろ終わりにする時が近付いているのよ」


「……それは、最深部で生きる生物がいなくなったから?」


「そうよ、森の奥地の生き物がいなくなってしまった。このままでは魔力を得るために範囲を広げなくてはならなくなるわ。そうすると、この森から生き物がいなくなって死の森と化す。それは私の望むところではない。だから私は決断しなくてはならないの。娘を取るか、見知らぬ命を取るかを」


 自分の娘と見知らぬ他人の命を天秤にかけて彼女は苦悩した。私なら迷うことなく娘を選ぶだろう。だが彼女は悩んだのだ。それは命の大切さを知っている証。

 アルウィーネさんはずっと罪悪感を抱えながら、治る見込みのない娘を見守り続けてきたのだろう。なんという残酷な運命なのだろうか。


「あのゴリラ……いえ、貴女の師匠の言ったとおりになったわ。いつか選択を迫られる日が来ると。頭に血が上った私は彼を追い出してしまったけど……こんなことになるなら、じっくりと彼と話すべきだったわね」


 アルウィーネさんは窓際に立ち外の景色を眺めた。憂いに満ちた横顔は見る者を魅了する。だが、その表情は決して喜ぶべきものではないことを私は理解していた。


「外の景色も変わってしまった。数多く生きていた獣達も姿を消し、花たちを愛で慈しむ昆虫たちですら姿を消すハメになった。その原因は全て私の過ちから始まったわ」


 そのまま窓越しに外の景色を眺めながら、彼女は自分の犯した過ちを語り始めた。


「あの人がこの家から出て行った後、私は彼の言いつけを守って家を守り続けていたの。そんなある日、装置の汚れが気になって掃除をしていたらおかしな部分を触ってしまったらしくて、装置が停止してしまったのよ。慌てた私は装置を再稼働させるべく色々と試したわ」


「……それって」


「えぇ、それが原因で設定以上の魔力を吸い取るようになってしまったらしいの。それでも娘の生命維持と保護魔法の維持はなんとかなったわ。最初の頃はあの人が帰って来るまで持てばいい、と思っていたのだけど、待てども待てどもあの人は帰ってこない。結局、森の生き物たちが姿を消すことになったのよ」


 彼女は私に振り向いた。美しい緑色の瞳が収まる眼からは止めどもなく涙が溢れこぼれ落ちていく。


「決めたわ……私は装置を停止させます。これ以上、この森が死の森になることは本望ではないから」


「……でも、貴女の子供が死んでしまうわ」


「自分で動けず、話すことも考えることもできないのよ? それが生きているといえるのかしら。薄々感づいていたけれども、あの人はもう帰ってこないのでしょう? だったら、娘はもう治る見込みがない」


「……アルウィーネさん」


 彼女は究極の二択を迫まれ、そして選択した。自分の娘ではなく見も知らぬ他者の命を。それが正しい事かどうかは分からないが、少なくとも私は心に引っかかるものを感じた。

 何故、彼女は大切な自分の子供を見捨て他人の命を選んだのだろうか? 私なら……。


 私はそこまで考えて自分も選択を迫られていたことを思い出した。結局は選ぶことができなかったではないか。そんな自分が彼女をどうこう言える資格などない。なんとも偉くなったものだ、と自分を嘲笑した。


 が……ここで私はエルティナの言葉を思い出すことになる。それは第三の選択を自分の手で作り出すという勇気ある選択。それは間違いなく過酷な選択になる。でも……追い詰められたアルウィーネさんには、その発想は決して出てこないだろう。

 だが、第三者である私には……彼女よりも無責任でいられる私には提案することができる。今ならまだ間に合うはずだ。私の提案を受け入れてくれるのであれば、後は時間との戦いになる。


 私はアルウィーネさんに過酷な試練が待つであろう選択肢を提示した。後はその選択肢を彼女が選ぶかどうかだ。

 彼女が再び自分の意思で選択肢を選んだ時、深き森は確かに震えたように感じた。

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