433食目 赤く染まった指
「我ら、ルバール傭兵団! 女神プリエナを守護するため馳せ参じた! 同行を許可されたし!!」
「わぁ、ようへいさんたちがきたよぉ~」
しまった、彼らの存在をすっかり忘れていた。私たちを取り囲んだ武装した男達はルバール傭兵団。自称プリエナ親衛隊を名乗る、そこそこ名の通った傭兵団だ。
ティアリ王国での戦いにおいて敵側として登場した彼らであったが、後にプリエナに心酔し傭兵団ごと我らに寝返ってきた妙な連中である。
その後、ごく普通にフィリミシアに居つき、プリエナの警護と称して彼女に付き纏っている。彼女自体がまったく彼らを警戒せず活動を容認しているので纏わり付くなとも強く言えない状態だ。
今のところ問題は起こっていないので放っておけ、とはエルティナの弁だが、それでも私は心配であった。心酔しているとはいえ、もともと彼らはゴロツキのような連中の集まりなのだから。
というか、プリエナがここにいるということを、どうやって調べたのだろうか? プリエナがそれを伝えるとは想い難いのだが。
「我ら、プリエナ様がおわす場所であるなら、たとえ火の中、水の中!」
「急ぎ馳せ参じ、貴女をお守りいたしましょうぞ!」
「我らのプリエナ情報網は完璧でございます!」
「貴女様のおパンツの色とてバッチリ把握しておりますぞ!」
「プリエナたん、はぁはぁ」
あ、ダメだ。この人たち、ストーカーだ。どさくさに紛れて討伐した方が、プリエナのためになるのではないだろうか? エルティナは大丈夫だとは言っていたけれども、小さな芽の内に摘んでおいた方がいいのかもしれない。
「ありがと~、ようへいさん」
プリエナが愛くるしい笑顔を見せると傭兵達は右手を胸に当て敬礼の姿勢を取り、乱れ一つ無い感謝の言葉を彼女に捧げた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
恐ろしく訓練されたその一連の行動は、私たちを戦慄させるには十分であった。彼らのこの行動にはクウヤも苦笑いでもって見守ることになる。正直な話、彼に謝りたい。
「ええっと……きみの知り合いかな? ヒュリティア」
「……彼らはプリエナのストーカー。もとい、親衛隊のおじ様方かしら。悪い人たちではないのだけど……」
「総勢約四十名か……一個小隊として活動できるレベルじゃないか。それほど兵糧は用意してないぞ」
「……彼らの分は考えなくてもいいわ。あちらも、そのつもりだろうし」
「そ、そうなのかい、ヒュリティア?」
「……えぇ、出発しましょう」
彼らはプリエナの親衛隊であるが、自分達が勝手に名乗っているだけなので国からの援助は支給されない。モモガーディアンズに編入されれば違うのだろうが、編入に際してはアルフォンス先生が難色を示した。
彼も冒険者として傭兵たちと仕事をしたことがあるそうで、その時の酷い裏切り行為から簡単に傭兵を信じてはいけないと教訓を学んだそうだ。そんなこともあってか、ルバール傭兵団はフィリミシアに滞在することを認められる程度に収まることとなった。
まぁ、その程度のことでも彼らは大いに喜んだのであるが。
その後は冒険者ギルドのクエストをこなしながら活動資金を入手しているそうだ。無駄に腕が立つ連中なので四十人もいれば傭兵団単独で大型のクエストも受けられる。
大型のクエストは最低十六名からでないと受けられない特殊なクエストであり、依頼内容もさまざまだ。依頼の大半は商隊の護衛任務や凶悪モンスターの討伐である。
彼らのメリットは傭兵団のみで依頼を受けれるので、報酬を丸まる手中に収めることができることだ。大型クエストの報酬は通常のクエストの約十倍から十五倍ほどであるそうなので、クエストが達成できれば大儲けできる。
ただし、大型クエストは非常に危険でありクエスト達成が困難であることから、相当腕が立つ者でなければ最悪命を落としかねない。これがデメリットであるが、ルバール傭兵団にはたいしたデメリットになっていないそうなのだ。
彼らは常に戦場に立って戦ってきた猛者たちである。危険とは常に隣り合わせで生きてきたそうで、もう友人のようなものだと笑い飛ばしていたのを覚えている。つまり、彼らにとって大型のクエストは天職ともいえるほど、美味しい仕事であるようだった。
「しゅっぱつだよ~」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
話が纏まったところで私たちは今度こそ出発した。馬車の後を屈強な男達がぞろぞろとついてくる。その光景を見ていたタニアの町へ向かう通行人達は、私たちの異様な雰囲気を感じ取り心配そうな顔を見せていた。
「……もしかしなくても軍隊だと思われてる?」
「うん、たぶん」
私たちはなるべく馬車から顔を出さないように気を付けた。後で噂にでもなったら困るし、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだからだ。傭兵達は慣れているので今更だろう。それも町から離れるまでの僅かな時間であった。
通り過ぎる人もほぼいなくなり、時折、野生動物たちがこちらを見つめているだけの、のどかな光景へと移り変わるのに、それほどの時間を要さなかったのだ。
「ふぅ、もう大丈夫そうだ。ここら辺は旅人もあまり訪れない場所だよ」
「……みたいね、あまり整備されてないわ」
「退屈ねぇ、少しあの熊と遊んでこようかしら? クスクス」
「熊さん、逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ユウユウが三メートルを超える熊とじゃれつくというトラブルも起こったが、私たちは無事にミョラムの森へと到着した。
熊を庇って逃がしたロフト達がその際に負傷したようだが、放っとけば治るだろうから気にしなくてもいいだろう。彼らの自然治癒力は本当に信じがたいレベルだ。
◆◆◆
ミョラムの森入り口付近にはちょっとした設備が建てられており小さな群落のようであった。その建物の中でも一際立派な造りの建物から悠然と姿を現したのは私の弓術の師、グレー・ドーンだ。
きっと物見やぐらからの報告が彼に届いたのだろう。これだけの異様な集団が接近してくれば、責任者に報告するのは当然といえる。
私は誤解がないよう説明するため、先んじて馬車を降りた。
「おぉ、誰かと思ったらヒュリティアか。この一個小隊はいったいなんだ?」
「……お久しぶりです、グレー師匠。本当は少人数だったんですけど、わけあってこうなりました」
「わけあっても普通はこうはならねぇぞ。まぁいい、おまえさんが関わっているのは、あの小さな聖女様だ。普通じゃねぇことも起こるだろうさ。取り敢えずは荷物を降ろして休め」
「……でも森の最深部に向かうなら早い方が良いのでは?」
「おまえさん『だけ』ならいいが、他の連中はどう見ても素人だ。今からミョラムの最深部に向かっても途中で夜になる。夜を明かす場所は順調に進んでも中層部の危険地帯になるだろう。視界が悪い状態でモンスターに襲われたら最悪全滅しかねない。出発するなら日の出と共にだ」
確かにグレー師匠の言うとおりだ。ミョラムのレンジャー駐屯所に到着したのは昼過ぎだ。これから最深部に向かうとしたら夜になってしまう。森に慣れていない者では歩行速度が遅くなることが原因だ。
彼に言われるまで失念していたが、私は夜になっても別に構わないと考えていたのだ。そしてグレー師匠も私『だけ』ならいいと言った。それは私が『暗視能力』を備えた種族であるからだ。
『暗視能力』……それは特定の種族に備わる、暗闇でも物がハッキリと認識できる能力だ。エルフやドワーフ、獣人族に備わっている傾向がある。この能力によって私は夜の暗闇に恐れを感じることはない。寧ろ、夜の暗闇は静かで穏やかだったので私は好きだ。
だが、大半のモンスターは夜行性……つまり夜活発になる。それに対して暗視能力を持たない人間達は日中に活動し、夜になると疲労から能力に衰えが見え始める。ロフト、スラック、クウヤ、傭兵たちがそれに当たるだろう。
つまり、私は自分のことしか考えていなかったということだ。そのことに気付き、私は自分の迂闊さを恥じた。グレー師匠に指摘されなければ、後に取り返しのつかない事態に陥っていた可能性がある。
リーダーとして皆の安全を考えなければならないというのに、私は何をやっているんだ。
グレー師匠の忠告に従い、私は皆に荷物を降ろして明日まで体を休めるように伝えた。皆はレンジャー駐屯所本部の空き部屋を使用してもいいことになり、そこに荷物を置き現在は施設を見学している。
私は自分の迂闊さをどうしても許せず、もやもやとした気持ちを切り替えるため射的所へと足を運んだ。
「……はぁ」
何本か射たものの、その全てが的から外れてしまった。ダメだ、まったく集中力がもたない。こんなことは今までなかったというのに。
「がっはっはっは、なっちゃいねぇな、ヒュリティア」
「……グレー師匠」
肩を落とし項垂れていた私の背後から姿を現したのはグレー師匠だ。逞しい腕から放たれる矢は正確無比に的を射貫く。豪快な性格からは想像できないような繊細な技術を駆使し、神業的な射撃を披露する彼は、まさに弓を極めし者と言えよう。
「弓を射るときゃあな、余計なことを考えたらダメだ。的のことだけを考えろ」
私にそう伝えると彼は無造作に弓を構え一呼吸する間もなく放った。矢は吸い込まれるように的の中心を正確に射抜いたのである。
射的所は野外に設置されており風も吹くこともあってか的の中心に矢を命中させるのは熟練の弓術士でも難しい。それを一瞬の動作で命中させる彼の弓の腕前はやはり神掛かっていた。
私は再び弓を構えて的の中心を目掛けて矢を射った。しかし、今度も大きく的を外す結果になる。
「悩んでるなぁ……ま、弓を扱う者ならぶち当たる壁だ。今は当たらなくてもいいから矢を射まくれ」
「……グレー師匠も悩んで的を外すことがあるんですか?」
私は弓の神とすら思っている師に訊ねてみると、返ってきた答えは私の予想とは違う答えだった。
「あぁ、しょっちゅう外すな。その度にここに来て的に向かって矢を射まくるんだ。何度も何度もさ。指の皮がずり剥けて血だらけになってなぁ……これがまた痛ぇんだ。お陰で指の皮が厚くなって、今じゃあ血も出てこなくなった。がっはっは」
無精髭を生やし、お世辞にも美形とは言えない武骨な顔の師が私に優しい笑みを向ける。その笑みに私は胸が高まるのを感じた。この感情はなんなのだろうか? 分からない。
「ヒュリティア、迷ったらとにかく矢を射れ。矢が的に命中した時、おまえの気の迷いは晴れているはずだ。なんていったって、弓は人の心そのものだからな」
「……はい、グレー師匠」
私は愛用の赤い弓を抱きしめ、立ち去るグレー師匠の大きな背中を見送った。その後、私は的に向かって矢を放ち続けた。何度も何度も……矢が的に命中するまで何度もだ。
どれだけ矢を射ったかは覚えていない、それを知るのは赤く染まった私の指だけだろう。矢が的に命中したのは、優しい輝きを大地に注ぐ月が最も美しく輝く頃であった。
「……当たった」
もう腕が上がらない、最後は何を想って射っていたかも定かではない。でも……矢は確かに的に命中していた。刺さった部分は的の端、とても褒められる場所ではない。だけども私の持てる力を全て使った結果だ。何も恥じるべきことはない。
私はふらつく足をなんとか動かし、近くにあった苔むした大木に身体を預けて眠りに落ちた。もう何も考えられない、考えるのは目覚めた後でいいだろう。
疲れ果てた私が意識を手放すのに僅かな時間も要さなかった……。
◆◆◆
いつもの小鳥たちのさえずりが聞こえない。目を覚ました私は自分がベッドの上で寝ていたことに気付いた。確か私はベッドまで戻る気力がなく、木に身体を預けて眠りに落ちたはずだ。いったい誰が運んでくれたのだろうか?
「やぁ、目が覚めたようだね? おはよう、ヒュリティア」
「……クウヤ、おはよう。私はどうしてここに?」
ノックがして返事をする前にドアが開き、清潔なタオルを持ったクウヤが入ってきた。現状がよくわからない私は、彼に自分の置かれている現状を尋ねてみた。
「あぁ、射的所で木に寄りかかっているきみを、ユウユウさんが運んできたんだ」
「……ユウユウが? どうして……?」
「それは分からない。訊ねても穏やかな笑みを浮かべるだけなんだ。恐らくは、きみが聞いても同じ対応を返すだけだと思う。でも、彼女はきみを真剣に視ている、そんな気がしてならないんだ」
彼の言うとおり、ユウユウに直接聞いても答えは帰ってくることはないだろう。きっと彼女は恩を返すなら期待に応えろと暗に告げているに違いない。
彼女は確かに凶暴で暴力的でサディストだが、筋を通し曲がったことはしないし、何より仲間を見捨てることなど私が記憶する限り一度もない。
そんな彼女が力尽きた私をここまで運ぶということは、私に期待を寄せているということだろう。
ならば、私は彼女の期待に応える義務がある。形振りなど構ってはいられない。
「……クウヤ。私、グレー師匠の下へ行ってくるわ」
「わかったよ、ヒュリティア。準備は俺がしておくから、時間が許す限り話を聞いてくるといい」
「えぇ、ありがとう」
私の短い言葉でクウヤは全て察してくれた。彼の申し出に甘えることにし、私はグレー師匠の下へと急いだ。神級食材探索までの時間はあまり残されてない。それまでに師に今まで必要ないと断っていた教えを乞わねばならない。
それは自分のため、そして私を信じてくれている仲間のため。私は今までの自分の殻を砕く決意をきめたのだ。もう甘えは許されない、私は皆のリーダーとしてここにいるのだから。
私はグレー師匠のいる隊長室のドアをノックし室内へ入り込んだ。