表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
427/800

427食目 刻まれしは愛と勇気と信念

「うりゃりゃぁぁぁぁぁっ!!」


 違った、光の中から姿を現したのは何故かインディアンもどきであったのだ。手足に毛皮を巻き付け、腰みのだけの姿は紛う事無き変態。しかも肌は白い。この原型はきっとあの『ウララ~』の人だと思うが、これは完全に失敗作だ。しかも、それが男であったのであれば笑い話にもなるだろうがベースが俺、うずめ、さぬきの女三名であるため、そのインディアンもどきは女性の肉体を持つに至っていたのである。

 

 どうしてくれるんだこれっ!? 今更、合体を解除なんてできないぞ!


『彼らに合わせないといけない使命感に突き動かされたのだ……』


『何言ってるの、ケツァルコアトル様!? ダメでしょ、これ! もう俺たち、ただの痴女だよ!?』


『ちゅんちゅん……ぇ』『ちろちろぉ……』


 ケツァルコアトル様のダメっぷりに流石のうずめとさぬきも呆れていた。あぁもう、滅茶苦茶だよ。

 だが、キララさんの置かれている現状を省みれば贅沢など言ってはいられない。このまま悪魔御曹司を撃退し彼を救出しなければ。


「ユクゾッ!!」


「来るか……ぶっはぁぁぁぁぁぁっ!?」


 木の枝から豪快に跳躍し白いリングを目指した俺を見て、何故か悪魔御曹司が大量の鼻血を噴出させた。その一部が俺の股間に当たり気持ちが悪いと同時に、自身が腰みのだけでパンツを履いていないことに気が付いた。つまり、悪魔御曹司はこのインディアンボディの『股間』を目撃して大ダメージを被ったということになる。


『ケツァルコアトル様ぇ』


『正直……すまぬ』


 このダメ蛇様はしょんぼりと項垂れた。どうやら慌てて人型にしてしまったせいで、パンツを履かせるのを失念してしまったようなのだ。普段が全裸生活の彼なので仕方がないといえば仕方がない。これでインディアンボディの顔が完全に俺のものであったのであれば爆破処理も厭わなかったが、普通に違うのでこの件は不問にすることにした。それよりも早急に決着をつけてキララさんを治療してあげよう!


「俺の怒りの拳を受けてみろっ」


 俺が拳を突き出すと、大きくて形の良い乳房がぷるるんと揺れた。その感触に違和感を覚えつつも戦いに集中するため、悪魔御曹司が乗り移った牛マンの肉体を見据える。


「ぐっはぁぁぁぁぁっ!!」


 だが、俺は何もしていないのに悪魔御曹司は大量の血を流し、白いリングを赤く染め片膝を突くこととなったのである。まさかこいつ……女の裸に免疫がないのか?


「お、おのれ……卑怯な! ぜぇぜぇ、弱点ばかりを攻めてくるとは!!」


「おまえに卑怯と言われるだなんて思わなかったんだぜ」


 戦ってもいないのに既に虫の息の悪魔御曹司にとどめを刺すべく、俺は唯一の衣服である毛皮たちを脱ぎ捨て全裸になった。はっきり言って、ほぼ全裸な上に見た目からして痴女は既に確定している。今更多少の布地があったとしても意味なんてないに等しい。よって、全裸になって能力を解放した方がまだマシだ。

 それに俺の全裸化を止める桃先輩も桃師匠もいない。俺が完全に野生の力を発揮するには今を置いてないのである。


 んん~、全裸はいいぞぉ! 心が解き放たれるようだぁ!!


「こぉぉぉぉぉぉぉっ! 震えるぞ、ハート! 燃え尽きるほどにヒートぉ!!」


 流石は神の肉体だ! 俺の裸族の能力と合わさり恐るべき力が湧きあがってくる! 見ろ、この肉体から溢れ出る神気を! 最早、俺達に勝てる者など、この地上にあんまりいない!


「が、がぼぼぼぼぼぼ……」


「ち、地上で溺れてやがる……」


 悪魔御曹司は鼻血で喉を詰まらせて地上で溺れるという珍技を披露していた。空気を求め宙を掴むその姿は哀愁すら感じさせる。この情けない姿に、もう放っておいても勝手に滅びるんじゃないのかなと思うも、せっかく人型の神の肉体を獲得しているのだし何か必殺技で格好良く決めたいという結論に至った。


 であるなら以前桃先輩より教えてもらった桃スペシャル〈大敏愚桃爆弾ダイビングピーチボンバー〉を試さざるを得ない。この必殺技は高所より後方回転の要領で跳躍し、膝を抱えたのちに臀部を相手に叩き付けるという極めて高度な技である。その高速回転により膝を抱えて体を丸めた姿が桃に見えることから『桃の爆弾』と名付けられたそうだ。尚、この桃スペシャルは『二代目桃太郎』が編み出したらしい。桃太郎マジパねぇな。


 俺はリングのコーナーポストに登り悪魔御曹司にとどめを刺すべく〈大敏愚桃爆弾〉を放つべく跳躍した。そしてその後、自分が致命的なミスを犯したことに気が付く事となる。そう、俺は後方回転ではなく前転跳躍をしてしまったのだ。もう修正などできようはずもなく、かつ、バランスを崩し大股を開いて悪魔御曹司の顔面に衝突する結果に終わった。

 それでも多少のダメージを与えることに成功したようで、俺の股間の下敷きとなった奴は空気を求めてぶるぶると手を伸ばしている。股間の下にあるヤツの顔が痙攣して俺は「いや~ん」な気持ちになるが、ここは耐え忍び、悪魔御曹司にとどめを刺すべく『勇者タカアキ』から賜った禁断の技を行使した。


「おめぇに吸わせる空気はにぃ、これでも吸ってろ!!」


 ぷぃ。


 …………ぱた。


 酸素を求め伸ばした手が力なくマットに落ち動かなくなった。もう悪魔御曹司が操る牛マンの躯が動くことはないだろう。この攻撃は肉体ダメージこそ殆どないが精神的ダメージは計り知れない。牛マンの体を乗っ取り動かしていた悪魔御曹司であっても、この攻撃から精神を防ぐことはできないだろう。

 更にはこの肉体の大きな尻によって顔を覆い、一撃必殺の威力にまで高まった『いけないガス』をぶっ放したのだ。これに耐えれるとしたら鼻がない武闘家くらいなものだ。


「勝利など容易い」


 どこかの運送会社の社長が言いそうな決め台詞を述べた後に、俺はスッと立ち上がった。うひっ、股間に付着した牛マンの血液が物凄く気持ち悪い。取り敢えず〈フリースペース〉から水を取り出して洗浄しておこう。まったく、どうしようもなく酷い敵だったぜ。


 股間に付着した血を綺麗に洗い流した俺は、酷いケガを負っているキララさんの治療を開始した。だが、彼の傷は治るどころか酷くなる一方で回復の目途が立たない状態に陥ってしまったのである。今までこのような症状は例がない、いったいどういうことなのだろうか?


「エルティナ、もういい……いいんだ」


「いいわけがないだろ! こんな大ケガを放っておいたら死んでしまうんだぞ!」


 横たわる彼は震える手で激しい戦いでボロボロになってしまった仮面を外した。その素顔を見た俺は心の中で「やっぱりテ〇ーマンじゃないですかやだー!」と叫ぶハメになる。


「私の肉体は仮初めの肉体なんだ……寧ろ今までよく持ってくれたと言っていい。普通に生きていれば人間の寿命くらいは持つはずだったのだがね……ぐっ!」


 彼はもう自力で立てないほどのダメージを負った体で尚も立ち上がろうとした。俺はそんな彼を見ていられず、慌てて彼に肩を貸してあげた。彼の体は見た目に反して軽いように感じる。だがそれは錯覚ではないと俺の直感が言っているのだ、彼から大切なものが抜け出て行ってる……そう、それは恐らく……。


「エルティナ、すまないが私をこの先に連れて行ってくれないか? 情けない話だが、私はもう自力で歩くことができないようだ」


「わかったんだぜ。さぁ、肩に掴まってくれ」


 俺はキララさんに肩を貸し森の奥へと進んでいった。すると大鍋の中で煮立っていた醤油とは別の醤油の香りが漂ってきたではないか。その香りが鼻腔に入ってきた瞬間、脳が痺れるような錯覚に陥った。こんな鮮烈な香りを放つ醤油が存在するのであろうか? そして蘇る記憶、それは信長さんから聞かされた醤油の滝の話だ。耳を澄ませば滝の音が聞こえてくれではないか。それはやがて俺達の目の前に姿を現すこととなった。


「醤油の滝……」


「あぁ、私の友、『吉幸マン』の流した悲しみの涙が、この滝を作り上げたんだ。吉幸マンは美味しい醤油を作ろうという人々の情熱から生まれた存在、そして私は美味しい米を育ててくれた農家の人々の愛情から生まれた存在なんだ」


 衝撃の事実であった、まさか彼に、このような秘密があっただなんて思いもよらなかった。それではあの時、俺にくれたおむすびは彼そのものだったというのだろうか? マントの下には何もなかったはずである。では、ザインの言っていた『生きている米』とは……まさか!?


「終わったよ、吉幸マン。帰ろう……私達がいるべき場所へ」


 キララさんが醤油の滝にそう告げると醤油の滝から美しい光が生れ出てきた。その光はキララさんからも生れ出ている。先程、俺が感じた何か大切なものとは……間違いない、彼の魂だ。


「キララさん!」


「エルティナ、短い間だったが、きみには本当に世話になった」


 彼から生まれ出る輝きが一層に強くなってゆく。その輝きは真・身魂融合の際に何度も見てきた無垢なる魂が持つ輝きだ。もう俺が止める術はない、彼は己の意志を貫き、それに殉じ、この世を去ろうとしているのである。そして彼は言った、『帰ろう』と。ならば俺が言うことはただ一つだ。


「さようなら、キララさん……元気で」


「ありがとう、エルティナ。きみのことは忘れない……」


 支えていたキララさんの身体が一際強く輝きを放った後、その体は全て光の粒に解れ天へと昇ってゆく。もう彼の身体の重みを感じることはできない。醤油の滝も全ての輝きを放ち、その一切の姿を消してしまった。後に残ったのは俺一人、途端に俺は心細くなり『神・獣信合体』を解除し、うずめとさぬきの温もりを求めた。


「ちゅん……」「ちろちろ」


 うずめもさぬきもキララさんとは僅かな付き合いであったが、彼が逝ってしまったことによって深い悲しみを感じていた。それほどまでに彼が俺達に与えた印象は深かったのだ。


 魂の輝きたちが天空へと吸い込まれその姿を消した後、俺は吉幸の山に漂っていた濃い霧が消え去っていることに気が付いた。山に降り注ぐ太陽の輝きが足元で輝くある物に気付かせてくれる。

 それは小さな升に入った輝くお米と、吉幸と書かれた白い陶器の瓶であった。


「これは……」


 俺は小さな升を拾い上げる。するとその升からキララさんの気配を感じ取ることができたのである。きっと、この升こそがキララさんの依代だったのだろう。そして、この白い陶器の瓶が吉幸マンの依代に違いない。


「勇敢な少女よ、よくぞ悪魔御曹司の野望を打ち砕いてくれたな、礼を言うぞ」


 そこに姿を現したのはボロボロの黒い袈裟を纏った老人だった。その腕には黒い大釜を抱えている。


「わしの名は大釜仙人、この吉幸の山をかつて管理しておった仙人じゃ」


「その大釜は……ひょっとして?」


「さよう、先ほどの『大釜ですまっち』の際に使用された物じゃ。また、わしを封じ込めていた物でもある。悪魔御曹司はこの山に侵入してきた吉幸衆を名乗る賊を利用してわしを封印したばかりか、この山の主、『吉幸将癒』様をもその手に掛けたのじゃ。じゃが、わしの術で難を逃れた雲母武論虎様は吉幸様の仇を取るため『神降ろし』をおこない『異世界の戦士の力』を手に入れ邪悪を滅ぼしなされた。一人では到底無理であったであろう、それほどに悪魔御曹司は強力な力を持っておったのじゃ。全てはそなたのお陰じゃよ」


 大釜仙人は俺の聞きたかったことを初見で見抜き全て話してくれた。彼の目は遠くの未来を見ているかのように不思議な力強い輝きを放っていたのだ。きっと、自分が封印されてしまうことも承知の上でキララさんを逃がしたのだろう。節穴の目を持つ軍師様とは大違いである。


「さて、心優しき少女よ、そなたの仲間がこの山の頂にて待ちわびている。急ぎ赴き安心させてやりなさい。そして礼と言ってはなんだが、どうかその升と瓶を譲り受けてはもらえぬだろうか? その升と瓶は雲母様と吉幸様の想いが宿った神器。きっとそなたの助けになることであろう」


「もらってもいいのか?」


「無論じゃ、きっとお二方も喜ばれるはず。それにその神器は邪心を持つ者には扱えぬゆえ、普通の者が持てば、ただの入れ物になり果ててしまう。そなたが持つに相応しいじゃろうて」


「ありがとう、大切にする」


 俺は大事に升と瓶を抱きしめると、その姿を見た大釜仙人は優しい眼差しを俺に向け深々と頷いた。俺たちにとっては僅かな時間、でもキララさん達にとっては十年以上に渡る長き戦いに終止符が打たれたのだ。


「では、山頂まで送るとしよう。この道は山頂に繋がる道じゃ、そなたは普通に歩いているだけでいい」


「わかった、ありがとう、大釜仙人」


「礼を言うのはこちらの方じゃ、ありがとう、聖女エルティナ。心優しき始祖竜の子よ」


「えっ!?」


 俺は自分で聖女だとも始祖竜の子……つまりは『真なる約束の子』だとも名乗った記憶はない。それが気に掛かり振り向いた時には既に大釜仙人の姿はなく、景色も先ほどまで見ていたものとは別物になっていた。そこは空に最も近い場所、空の景色を遮る物はなく青い空の色が俺を包み込んでいるかのように錯覚させる。白い雲の代わりに空を彩るのは可憐な姿の白い鳥達。


「ここは……? 俺は幻でも見ていたのか?」


 まるで狐に摘ままれたような感じに困惑する俺であったが、胸に抱きしめる升と瓶がキララさんと過ごした時間が幻ではないことを確かに感じさせた。俺は確かに彼と出会い、歩み、共に戦い、友情を交わし、そして……別れを見届けた。幻なんかじゃない、彼の温もり、勇気、そして優しさは確かに俺の心に刻み込まれているのだから。


「お~い、エルぅぅぅぅぅぅっ!」


「御屋形様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 少し向こう側でぶんぶんと勢いよく手を振る赤服の少年と武者鎧の少年を確認した。どうやらみんな無事であるようだ。早く合流して安心させてあげることにしよう。


「おいぃぃぃぃぃっ! 今、俺が、ユクゾッ!」


 俺はこの不思議な体験を決して忘れることがないだろう。そして、キララさんのことも決して忘れはしない。愛と勇気と信念の名の下に戦い抜いた偉大なる戦士のことを。決して……忘れはしない。


 俺は仲間の下へと急ぐ、彼らと共に、俺達を待っていてるだろう人たちの下へ帰るために。



◆◆◆



「さようなら、キララさん」


 下山を終えた俺たちは最後に吉幸の山を見上げる。傾く夕日に照らされて吉幸の山が光り輝いているように見えた。それはきっと長き暗黒から山が解き放たれた証だ。


「エル、帰ろう」


「あぁ、帰ろう、エド」


 この日、吉幸衆は壊滅し、ここに吉幸の山は十数年ぶりに平穏を取り戻したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 昭和のジャンプ黄金期かな? にしても割と関係者随所から 怒られそうなネタふんだんに散りばめられているが 大丈夫なのか珍獣 これでいいのか珍獣
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ