426食目 キララ九十七世
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
突如として始まった二人の超人たちの戦いを俺はふきゅんと鳴きつつも見守る。
どうやって準備したのだ、とあらゆる角度からツッコミが入るであろう超巨大な鍋の中で繰り広げられる白熱の決闘に、固唾を飲み見守るのは俺ばかりではない。俺に付き従う、うずめと、さぬきも、この戦いの証人となるべく真剣に二人を見守っていたのだ。
リングという白いジャングルにて、己の肉体のみを使用し優劣を決しようと屈強な戦士達がぶつかり合う。それは時にケーキに生クリームをデコレーションするかのように繊細に、時に湯気が踊る出来たての味噌ラーメンを豪快にすするがのごとく荒々しい。力と技、知恵と本能を真っ向から受け止める彼らは、まさに自身が言うとおり『超人』に相応しい戦いざまであった。
「決まったぁぁぁぁぁぁぁっ! 伝家の宝刀、スピニング・トゥーホールドだっ!」
「ちゅんちゅん!」「ちろちろ」
彼らが繰り出す技の数々、それはかつて漫画やアニメでしか見たことのないような奇想天外なものばかりであり、俺の中にいまだ燻ぶり続ける幼き魂を激しく揺さぶる事となる。かつて実行しようと試み頓挫した幻の必殺技たちが、こうして現実のものとして再現されているのだ、心を熱くさせないはずがない。
「ヴォォォォォォォォォっ! いけっ! そこだぁ!!」
「ちゅんちゅん! ちゅん!」「ちろちろ」
当然、応援にも熱が入るのは仕方のないことであろう。俺の応援熱に感化されたのか、子雀のうずめと幼き白蛇さぬきの応援にも熱が入る。さぬきは一見、通常営業のように見えるが、これでもかなりヒートアップしているのだ。このようなことは非常に珍しいといえよう。
俺達が見守る中、二人の超人の熱き戦いは危険な領域へと突入していった……。
◆◆◆
キララさんと牛マンが戦い始めて二十分ほどが経過した頃、拮抗していた戦いに変化が訪れた。突如として後ろに飛び退き、キララさんとの間合いを取った牛マン。その行動に疑問を持ったのかキララさんは追撃を中止し迎撃の構えを取る。この激しい戦いの中であっても彼は冷静さを失わなかった。
「ぎゅぎゅぎゅぎゅう! やるようになったじゃないか、キララ九十七世!」
「戦いに敗れ大切なものを失った時から、私はおまえに勝つために特訓を重ねてきたのだ。おまえが重ねてきた悪行を清算させるために! 観念するがいい、牛マン!」
牛マンを指差し、決意の籠った眼差しを向けるキララさん。それに対し牛面を歪めて嘲笑する牛マン。なんというふてぶてしい態度であろうか。
そんな彼がおもむろに右手を天高く振り上げると、鍋の底でグラグラと煮立っている黒い液体がまるで大蛇のように頸をもたげたではないか! 牛マンは妖術の類を習得して……!?
「ぎゅぎゅぎゅぎゅう、これを見ろ、キララ九十七世。この液体こそ、俺が今まで葬ってきた超人共の成れの果ての姿だー」
「な、なんだって!?」
少しばかり大袈裟に驚いてみせるキララさんであったが、元々彼は大袈裟に表現するタイプのようなので本当に驚いているのだろうと推測される。それよりもあの黒い液体だ。あの芳しい香りのする黒い液体がキララさんのような超人の成れの果てだというのだ。少し味見でもしようかと思っていたのに、なんて物を材料にしてやがるのでしょうか、ふぁっきゅん。冗談にしては笑えないゾ。
「俺は人間たちが食べる『牛丼』の材料にされるために殺害されてきた牛達の怨念によって生まれた超人。牛達の無念を晴らすため、俺は悪魔に教えを乞うたのだ。彼らはなんの力もなかった俺に手取り足取り教えてくれた、おまえらを葬るための技術をなー!!」
そして明らかになる牛マンの正体! 誰も教えてくれだなんて言ってないのに、なんという親切なヤツなのだろうか!? そして悪魔がやたらと親切過ぎて、悪魔と言っていいのかこれもうわっかんねぇな!?
更には隙だらけな牛マンを一気に攻撃すれば確実に勝負が付く、というのに律儀に説明を聞いているキララさん! 彼はやはり底抜けのお人好しであった! 空気を読まないライオット辺りなら遠慮することなく一撃を入れているぞっ!!
「だとしても、私はおまえに負けてやるわけにはいかない! これ以上、悲しみを増やすことも、おまえに罪を重ねさせることもさせはしない!」
「ほざけぇ! この暗黒の出汁醤油で貴様を葬ってくれるー!」
牛マンが手を振り下ろすと同時に出汁醤油で作られた大蛇がキララさんに襲い掛かった。その大蛇に向かって渾身のパンチを繰り出すキララさん。だが、その判断は誤りだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「キ、キララさぁぁぁぁぁぁんっ!!」
いやいや、少し考えようよ! 煮え滾った出汁醤油で作られた大蛇にパンチかましたら絶対にそうなるだろうが!? 超人には繰り出された技に背を向けてはならない掟でもあるのか!?
煮え滾った出汁醤油を全身に浴び大火傷を負ってしまったキララさん。その体は赤く焼けただれ芳ばしい匂いを放つに至っていた。その激痛に耐えかねたのか白いマットに片膝を突き、息苦しいのか呼吸が不規則になってしまっている。このままでは危険だ。
「反則だ! おめぇ、煮え滾った出汁醤油は凶器だるるぉっ!? キララさん、今、助けるぞ!」
俺はキララさんに治癒魔法を施そうと試みる。出汁醤油は凶器とみなし、ペナルティとしてキララさんの火傷を治療することにしたのだ。もし牛マンがこのような凶行に打って出なければ、勝負がどのように転ぼうとも治癒魔法は使わないつもりであったのに残念で仕方がない。
「ぎゅぎゅぎゅぎゅう! そうはさせるか! ジンジャーレッド! あの小娘を始末するのだー」
「しょしょしょしょー! 必殺『ショウガの残り汁地獄』~!!」
どこから湧いて出てきたっ!?
突如として出現した赤色の派手な全身タイツに身を包んだ痩身の男が、大量の赤い液体を俺に向けて吐きかけてきた。あまりにも唐突な登場と、そのインパクトのある姿に気を取られて回避も防御もできずにまともに喰らってしまうハメになった。
「ぐわぁぁぁぁっ!? 目が、目がぁぁぁぁぁぁっ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「しょしょしょしょー! どうだ、多くの子供達に嫌われ粗末な扱いをされてきた紅ショウガの汁の味はー? 俺は彼らの怨念から誕生した紅ショウガ汁マン。牛マンと同じく悪魔に教えを乞い、ジンジャーレッドの名を与えられたのだー」
どうやら俺が吹きかけられた液体は紅ショウガの汁であったようだ。こんな物が目に入ったら痛いに決まってるじゃないですかやだー!
「エ、エルティナっ! よせっ、あの子に手を出すな!」
「ぎゅぎゅぎゅぎゅう、甘い、甘いな、キララ九十七世! その甘さが、おまえの友を奪ったという事実にまだ目を背けるのかー! 我ら超人に優しさなど不要。友情などゴミ以下の価値でしかない。その不要なものを捨て去れば、貴様も俺のように強くなれる。さぁ、俺の手を取れ、キララ九十七世! 貴様も悪魔超人の仲間入りを果たすのだー!」
あぁっ! 今度はキララさんまで仲間に勧誘しようとしているのか!? この危機的な状況にもかかわらず、俺は紅ショウガ汁のせいで目が沁みて開けることができないっ! 勧誘の結果なんて完全に分かっているから、その時の牛マンの表情が見たいというのに見ることができないなんて!! くやちぃ!
「キララさん、そいつの誘惑に乗っちゃダメだ!」
俺は雰囲気を醸し出すためにキララさんに呼びかけた。この熱い展開に花を添えるのは外野として当然の義務と言えよう。あと、このジンジャーレッドは許さん。俺に手を掛けるという犯罪行為の重さを、その身で存分に堪能させてやる。
「つ、強く……?」
「そうだ、強くなれる」
二人の会話の後、少し間を置いて『パンっ』という甲高い音が鳴り響いた。
「おまえの言う『強さ』は本当の強さなんかじゃない」
「ぎゅぎゅっ!? 俺の誘いを拒絶するとは……愚かな! 最後のチャンスだったというのに棒に振ったな、キララ九十七世! そんなに死にたいのであれば、すぐ楽にしてやるー!」
どうやら甲高い音はキララさんが差し伸べられた手を払いのけた音だったようだ。まったくもって予想どおりであるのだが、この胸を熱くするシーンを見れなかっただなんて世界は残酷である。ジンジャーレッド、きみの罪……重いよ?
さて、俺もいつまでも脇役に徹してられなくなった。このふぁっきゅん野郎に、きついお仕置きを据えてやらなくては。俺は治癒魔法〈クリアランス〉で状態異常を治療し視界を取り戻すことに成功した。
あれ、最初っからこうしていれば感動のシーンが見れたんじゃないのか?
…………。
初めてですよ、この俺をここまでコケにしてくれたヤツは。絶対に許さん、絶対にだ!
ジンジャーレッド! 貴様にはじわじわと、きつい灸をすえて「ふきゅん」と言わせてくれるわっ!!
「おう、おめぇか? 俺に調子ぶっこいた汁を掛けたのは?」
「しょしょ!? 貴様、目が……!?」
突如として眼を開けた俺に戸惑いを隠さないジンジャーレッド。ヤツはとても超人とは思えないようなひょろひょろとした体格をしていた。はっきり言って、こいつよりもビビッド兄の方が遥かに体格が良い。
とはいったものの、俺と比べると相手の体の方が大きいのは言うまでもないだろう。だがしかし、俺にはこいつの身体よりも遥かにでかくなる手段がある。それを今見せてやろうじゃないか。
「くらえい! 刃裏剣牛早阿!」
やべっ! 予定変更だ!! このままでは、キララさんが牛マンの必殺技の餌食にっ!!
「おまえ、邪魔」
「ぽぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
俺は雷属性下級攻撃魔法〈ライトニングボール〉を発動させ、イルミネーションのように派手に輝いた。別に俺の方に注意を向けようとしたわけではない、これも立派な攻撃なのである。
俺の『攻撃魔法を使うと精霊が暴走する』という特性を利用した攻防兼ね備えた魔法の一つであり、〈ライトニングボール〉は範囲は狭いが高威力な上に相手を感電させ麻痺状態にさせることができるのだ。この強力無比な電撃に晒されたジンジャーレッドは、その貧相な身体を痙攣させながら地上に落下していった。
本来なら容赦なく炎属性下級攻撃魔法〈ファイアーボール〉で吹き飛ばしてやるところであるが、木の上で〈ファイアーボール〉を使用して爆発したら山火事になるので仕方なくこれで勘弁してやったのである。心優しい俺に感謝するがいい、ジンジャーレッド君。
それよりもリングの方だ、今からキララさんを治療しても間に合わない。だとするなら、どうにかするのは牛マンの方だ。何か注意を逸らさせる方法があればいいのだが……ん? 牛、牛か……! そうだ!!
その時、俺の頭に電流が走り起死回生の妙案がキュピーンと閃いたのである!! これならいけるぜ!!
「これを見ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 牛マァァァァァン!!」
『うっふん☆』
「ぎゅぎゅ……? ぎゅ、ぎゅぎゅぎゅぎゅう! これは辛抱堪らんー!」
俺は初代様を緊急出動させたのだ。彼女の容姿なら、牛マンの注意を必ずやキララさんから逸らせることができると確信するに至ったからだ。
彼女の美貌は当然のこととして、その赤い髪と見事な巨乳は雄牛の心を鷲掴みにするに違いなかった。そして、それは牛マンの注意ばかりか進行方向すらも変更させたのだ。まさに俺の勘は正しかったといえよう。
それにしても、この初代様……ノリノリである。
この隙を突き俺は『チユーズ』を緊急出動させる。時間は余りない、必要最小限の治療を施すに留めなくては。キララさんが牛マンに勝には、ヤツがキララさんに背を向けている今しかないのだから。
「身体が……エルティナの力かっ!」
「キララさん! 今だ!!」
俺の呼び掛けで全てを察した彼は猛スピードで牛マンを追いかけた。当の牛マンは初代様に気を取られていてまったく気が付いていない。雄の性とはいえ、戦闘中にそれはどうかと思う。
牛マンに追いついたキララさんはヤツの太く立派な二本の角を握り、膝を牛マンの後頭部に当てて勢いよく白いマットに押し込んだ。
「カーフ・ブランディング!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
それは必殺の破壊力を秘めた一撃であり、牛マンの自慢であろう硬い二本の角をへし折るに至った。そして、白いマットを赤く染めた悪魔のような超人はそのまま動かなくなったのである。
すると、どこからともなくゴングが鳴り響き、空に『試合時間 二十八分五十秒 〇キララ九十七世 VS ×牛マン 決まり手 カーフ・ブランディング』という巨大な文字が浮かび上がってきたではないか!? その謎の技術力に俺は白目痙攣でもって応えるしかなかったのである!
俺はどこからツッコミを入れればいいんだぁ……!? 教えて、筋肉の人!!
俺は戦いを終えて満身創痍のキララさんを治療すべくリングへの移動を試みる。だが、その時のことだ。死亡したかと思われた牛マンが突如として立ち上がり、キララさんに向かって攻撃をしてきたではないか。いったい、どういうことだ?
後頭部は完全に陥没していて生物であれば致命傷または即死レベルの負傷だ。また、あの脳の損傷ではまともに身体も動かせないはず……呪術でゾンビ化でもしたのだろうか?
「バカな!? 牛マンは確かに倒したはず!」
「ぼんぼんぼん……その認識で間違いない、牛マンは死んだ。私がその死体を利用しているに過ぎない。おまえを殺すためにな」
「ぐっ、おまえはいったい何者だ!?」
「私の名は『悪魔御曹司』! 悪魔たちの支配者だ!!」
あえぇぇぇぇぇぇぇっ!?『悪魔御曹司』が名前なのか!? それ、ただの苛めだろう!! 名無しの権兵衛よりもひでぇゾっ!! 名付け親出てこい、修正してやる!!
一瞬、我を失った俺であるがピンチであるキララさんを目の当たりにして思考は氷のように冷めていった。だが、心は燃え盛る炎のように熱い。彼を救うべく速やかに行動に移る。
彼はもう十分に戦った。それに卑怯な手を使ったが、牛マンは自身が傷付くことを厭わずにキララさんと戦い、その末に命を落とした。褒められるような戦いの内容ではないが、自分の命を掛けリングに上がった勇気を称えることに、俺はなんら疑問を感じることはない。
だが……牛マンの亡骸を利用して満身創痍のキララさんを亡き者にしようとしているアイツは別だ。自身が傷付くこともなく、他人の身体を利用して事を成そうとする卑怯者だ。俺はそんなヤツを認めないし許そうとも思わない。
「お、おまえが牛マンを唆したのか!?」
「そうだ、私が全ての元凶よ! おまえの友『吉幸マン』を亡き者にし、世界を暗黒に染め上げるために牛マンを利用したのだ! おまえを消せば、私の野望を遮る者は最早いなくなる! ここで朽ち果てるがいい!」
もう色々ツッコミたい、勇者タカアキや、桃師匠、シグルドやオオクマさんと対峙して同じセリフが言えるのだろうか? まぁ、言いそうではあるが。
そんなことよりも、もっと身近にいる強者の存在を教えてやるとしよう。
「残念ながら、その野望はキャンセルだ」
「なにぃ!? 何者だっ!!」
それまで苛烈に攻撃を繰り返していた悪魔御曹司が俺の声で攻撃をピタリと止める。律儀過ぎて思わず吹き出しそうになってしまうが、ここは我慢のしどころと思い至り渾身の力を籠めて顔を整えた。
「どこをどうツッコめば良いのかもうわからんが、へのツッパリはいらないと筋肉の人は言っている。俺は世界征服を阻止する系のクエストをいつも請け負っている白エルフの聖女なんだが、調子に乗っている悪党にいつも遭遇する。流石に見事だなと感心するが、どこもおかしくはないので、おまえをぶっ飛ばす」
「長い! それと、せめて名を名乗れっ!」
「おまえに名乗る名前はにぃ!『神・獣信合体』!!」
おめぇ、もう許さねぇぞぉ!? おいぃ!!
俺の怒りは最早限界を越えて天にも届く勢いだ。俺はうずめ、さぬきと魂の契約を果たし、偉大なる黄金の蛇神をこの世にお招きする。世界は光に包まれ、その光の中から巨大な黄金の蛇が姿を現した。