42食目 男料理
皆との団欒を楽しんだ俺は……いつの間にか寝てたそうな。
馬鹿なぁ……団欒の記憶がないんだぜ!
あっはい。
寝てしまったら、そんな記憶ありませんよね!? 知ってる! ぐすん。
ヤドカリ君は静かにその場を後にし、
ヒュリティアが俺をテントまで背負って運んでくれたらしい。
なんとも、お粗末なことをしてしまったものだ。
「お日様が眩ちいぜぇ……」
文句のつけようがないほど朝である。
昨日の夜は俺が寝た後に、皆で『花火』をして楽しんだらしい。
それは俺の知る花火ではなく、魔法道具の花火なのだ。
火の代わりに魔力を込めると、綺麗な光が発光したり飛び出す仕組みらしい。
光属性の日常魔法なので、火事にならない点が素晴らしい!
しかも、とってもお安い。
大銅貨五枚から販売しており、高い物で大銀貨一枚程度だ。
その値段設定は、まさに子供の味方である。
非常に楽しみにしてたのだが、俺は何故寝てしまったのだろうか?
考えてみると……うん、どう考えても原因は一つだ。
「『シャボン玉』の作り過ぎか……がっでむ」
練習のために大量に『シャボン玉』を作り出したのが原因だろう。
大量に魔力を消費した上にその移動方法は徒歩である。
知らず知らずのうちに体力を失ってしまっていたのだ。
そして、そのテンションの高さも相まって、
限界が近付いていたことに気が付かなかったのだ。
幼児がいきなり活動限界を迎えて寝てしまっているのと同じ原理である。
俺は魔力が高いとはいえ、体力はカメムシ以下である。
体力に気を配らなかったのはまったく以って迂闊であった。
花火……楽しみにしていたのになぁ(深い悲しみ)。
一晩ダメにしてしまったが、まだ慌てるような時間じゃない。
何故なら、今晩がまだあるではないか。
そう、今晩こそは……。
「今晩こそは、花火ってやるぜぇ!」(暗黒微笑)
拳を握り、決意を新たにする。
しかし、周りが言うには……
この状態の俺は、手を握りしめてプルプル震えてる珍獣にしか見えないらしい。
この意見には、断固として遺憾の意を示したい。
これは、俺のなけなしの格好良さを凝縮したポージングであるのだから。
だがしかし、現実は非情であり、
このことを理解してくれる人物は皆無であった。
「……ふっ、孤高の存在とは、いつだって理解されないものなのだ」
『ぐぐ~』
俺の腹の虫が理解を示してくれたのか、鳴き声を上げて答えてくれた。
そうと決まれば朝飯でも食うか。
もりもりご飯を食べて、魔力とスタミナを充実させるのだ!
流石に朝食は、各々が支度をすることになっている。
焼き台の鉄板に色々な物を載せて焼き始めていた。
その芳ばしい香りが俺の腹の虫達を更にエキサイトさせてゆく。
くっ! 鎮まれ! 俺の腹に巣食う、やんちゃインセクトども!
今たっぷりと食らわせてやるぜ!(小食)
朝食はカリカリに焼いたトーストに、
黄身が固くなるまで焼いた目玉焼きを載せた物だ。
これがフィリミシアの一般家庭の定番朝食だそうな。
これは、これで美味しそうであるが……
俺にしてみると、少し物足りなく感じた。
よろしい、ならば改造を施すまでだ。
見せてやろう『男料理』というものを!
まずは、トーストをカリカリになるまで焼く。
その上に惜しみなくバターを塗り、
自家製のフレッシュなケチャップをドバーっとかける。
ブッチョラビのバラベーコンを分厚くスライスした物を軽く炙る。
その数は二枚。一枚の厚さはおよそ八ミリメートルほどだ。
それをカリカリのトーストの上に載せる。
バターが塊で残っているが些細なことだ。
『男料理』に細かさはいらぬ。
玉ねぎも薄く輪切りにして、分厚いベーコンの上に豪快に盛り付ける。
その際、玉ねぎには一切手を加えない。生のままだ。
ふはははは、怖かろう!?
俺のテンションがドンドンと上がってゆく。
料理は楽しいものなのだから仕方がない。
最後に目玉焼きだ!
黄身は固めに仕上げてて塩コショウを軽く振る!
あくまで固めだ! 黄身全部を固めてはいけない!
断じてだ! 絶対だぞ!? ふきゅん!?(珍獣語で『わかったか!?』)
「完成! ぱーふぇくと目玉焼きトースト!!」
簡単に作れて美味しいので、俺が気に入っている料理の一つである。
包丁が使えれば出来てしまう料理だ。
食材の厚さだって気にすることはないのだ。
全ては適当、見栄えだって気にはしない。
要は口に入ればいいのである。
ふっきゅんきゅんきゅん! これが『男料理』ってやつよぉ!!
よし、それじゃあ……いただくとしよう!
「いただきま~す! はむ! もきゅ、じゃく、じゃく……ごくん」
んま~い!
トーストのカリカリとした食感!
自家製ケチャップの酸味! 手作りでないと味わえないぜ!
そして、これでもかと塗ったくったバターのコク!
バターをケチったら味わえないのである!
肉厚でジューシーなベーコン!
応用としては薄くスライスした物を重ねる方法がある。
しかし、薄くスライスした物では厚く切った物にある、
肉を食べている感が出ないので、やはり分厚く切ることをお勧めする!
おおっと! 肉汁がいい感じに溢れてきた。
やはり、軽く火を通すと肉が活性化するな!
そして、輪切りの玉ねぎの辛味と苦味だ。
さもすれば、くどくなりがちなケチャップやベーコンの油を中和して……。
くぅあ!? 鼻にツーンときたっ!
ふははは! 分量を間違えたようだ!
流石は『男料理』! 美味さの中に厳しさが紛れていやがる!
だが、これが良い。
寝ぼけた頭が叩き起されるようだ!
ふふ、目玉焼きの存在も忘れてはいけない!
白身は淡白なので、味付けは塩コショウで十分だ。
黄身の部分まで到達すると、中心からほんのりと黄身が流れ出す。
これが俺流、固い黄身とトロリとした黄身を同時に味合う、
非常に高度なテクニックだ!(それ程でもない)
いいのか? こんなにクッソ簡単な料理が美味くて!?
「ガツガツ……んぐんぐ、ごくん!」
そのあまりの美味しさに、残りも一気に食べてしまった。
そして、牛乳を一気飲みして俺の朝食は終了……しなかった!
「うおぉ……今食ったの美味そうだな!
エル、俺のも作ってくれよ~!」
ライオット君、また君かね!?
少しは自分で作れるように……。
む、そうだ! これは『男料理』!
包丁だって、玉ねぎ切るのに使うだけだ。
ベーコンも既に厚切りにスライスしてあるし、長ければ最悪手で千切ればいい。
とにかく、簡単に作れるのが『男料理』なのだ。
この際は、ライオットに作らせてみよう。
ひょっとしたら「俺は料理に目覚めた」とか言って
作ってくれるようになるかも知れない。
「ライ、君にコイツの作り方を教えてやろう……この『男料理』をな!」
「お、『男料理』!?」
『男料理』に繊細さなど不要だ。
作る順番も気にする必要など皆無だ。
あるのはボリュームと旨味だけ、見てくれも悪くて構わない。
そう、『男料理』は作ることに意味があるのだ。
「まずは作るんだ。全てはそこから始まる。
さぁ……始めようか」
「お、おう」
俺の迫力に押されたのか、たじたじになりながらもを承諾をするライオット。
よろしい、まずは玉ねぎの輪切りだ。
ライオットは恐る恐る、包丁を持って玉ねぎを輪切りにする。
武器の扱いは上手なのに、何故か包丁は苦手な連中が多い。
ライオットもまた、その連中のひとりであった。
「あ…斜めになった」
ころん、と転がる歪に切られた玉ねぎ。
その姿には哀愁が漂っていた。
「構わん!」
次はトーストを焼きつつ、目玉焼きを焼く作業だ。
これは同時作業でおこなってゆく。
トーストはある程度は放って置いていいが、
目玉焼きは焼き加減が重要だ。
こだわらなければ適当でいいのだが、
変なところでこだわるのが男という生物である。
よって、この部分はしっかりとおこなってもらう。
「うわっ、黄身が崩れた!」
いきなり失敗しやがった。ふぁっきん。
まぁ、仕方がない。
誰にでも失敗というものはある。
「気にするな!」
そうなってしまったら『食えば一緒だ』精神である。
次は慎重にやればいいのだから。
そうこうしている内にトーストが焼けた。
「ちょっと、焦げてる……」
悲しそうな顔をして、焦げたトーストを見つめる獅子の獣人。
「軽く削れば問題ない。失敗を気にするな」
よくあることだ。
もったいないが、この程度であれば少し削れば全然大丈夫だ。
炭化した部分をガリガリと包丁の背で削ってゆく。
続いて軽くベーコンを炙る。
ジュウジュウと美味しそうな音と匂いが、俺達の鼻腔をくすぐった。
「なぁエル……食べていい?」
「誘惑に負けるな、耐えるのも男の使命だ」
ここが堪えどころだ。
お前はベーコンのないトーストを食いたいのか?
その気持ちは痛いほど理解できるが……(八敗)。
最後にそれらをドッキングする。
まずはバターを塗って、それからケチャップだ。
「トーストにバターを塗って、ケチャップを……うおっ、はみ出した!」
「構うな! ドッキングだ!!」
おぼつかない手ながら、着実に出来上がっていくトースト。
そして、遂にライオットの『男料理』は出来上がった。
「完成!『男料理』ぱーふぇくと目玉焼きトースト!!」
見てくれは非常に悪い。
だが……これは、失敗しながらでも諦めずに作りきった男の料理だ。
きっと、この料理には『努力の味』が加わっていることだろう。
「じゃ、食べてみようかな」
ライオットは自分の作った『男料理』をがぶりと豪快に頬張った。
もぐもぐと噛みしめてゆく内に、彼の顔に笑みが浮かんでゆく。
「へへ……俺、意外と料理のセンスあるかも?」
ライオットは『にかっ』と笑い、ガツガツとトーストをたいらげていった。
どうやら美味かったようだ。
そうだろう、苦労して作った物は美味しく感じるものだ。
どんなに簡単な物でも最初は苦労するが、
慣れればパパッと出来るようになるぞ!
さあ、共に『男料理』を極めようではないか!
「でも……やっぱり俺は、エルの料理の方がいいな!」
口の周りをケチャップで汚したライオットは、
素晴らしい笑顔で迷いなくそう言った。
どうやら、俺の思惑どおりにはならないもようである。
その結果に俺は天を仰いだ。
そこには、雲一つない蒼天が俺を見て笑っていた。
今日も良い天気になりそうである……がっでむ。