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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
416/800

416食目 先輩の教え

スラム地区の住人を巻き込んだ盛大なBBQは大盛況のうちに幕を終え、

それから一夜明けて休日である日曜日となった。


「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」


朝が来たことを正確に知らせてくれるもっちゅトリオとうずめ。

実は彼らが鳴きだす前に俺はもう目が覚めていた。

ただ起きるのが億劫おっくうだったのである。

それでも律儀に鳴いて起こしてくれる彼らの好意を無下にはできない。

気怠い体を起こしベッドの上で丸くなっている

とんぺー達におはようの挨拶をする。


すると部屋のところどころに生えているきのこ達が一斉に光り出し

部屋の中をまるで日光が入り込んだかのように明るく照らし始めた。


「おまえらもおはような」


いつもの光景、いつもの朝だ。

普段であれば何をしようかとウキウキしながら着替えを始めるところであるが、

昨日のプルルの結果が頭から離れず俺の心は憂鬱なままであった。

そのせいでフレイベクスの無限お肉の味が全然記憶にない。

最高の盛り上がりだったのに俺は無心でお肉を焼き続けていただけだったのだ。


「これはいかんな……俺がこんな体たらくでは

 プルルを救うことなど夢のまた夢だ」


ぺちぺちと自分の頬を叩き気合いを入れ直す。

ベッドから降りて壁に張ってあるシフト表を確認したが

本日の仕事に俺の名前は書かれていない。

よって、本日は完全なる休日というわけだ。


「今日は完全に休みか……何をしようかな」


と言ったものの何も思いつかない。

頭が痺れているかのようにボ~っとする。

それはきっとプルルの治療方法がなくなってしまったことによる

ショックから来るものなのかもしれない。


本当にプルルの病を治す手段は無くなってしまったのだろうか?

だが、たとえあったとしても俺達の知恵ではもう何も思いつかない。

無力な自分にやるせなさを感じ、ため息を吐くと気力がどんどん抜け出ていった。


「くぅん……」


元気のない俺を励ますかのように身体をすり寄せてくるのは

昨日、俺の部屋にお泊りした雪希だ。

ひんやりとした毛並みが俺の意識を目覚めさせる。


「雪希……ごめんな、心配かけさせちまって」


そう言って彼女の頭を撫でてやった。

つぶらな青い瞳が俺の顔を映し出している。

なんて顔だ、こんな情けない顔で外になんか出れない。


そうだ、こんな時はこれを食べるに限る。


「おいでませ、桃先生!」


そうだ、俺が落ち込んだ時はいつも桃先生の優しい味に救われてきた。

だから今回も桃先生に甘えることにしよう。


出来立てほやほやの桃先生に噛り付くと

シャクっという音と共にあま~い果汁が溢れ出し口の中を満たした。

噛み応えのある実を咀嚼すると更に果汁は溢れ出してくる。

そしてごくりと飲み込むのだが、その果汁は喉元を過ぎても存在感を残した。

やがて胃に到達し神秘的ともいえる力で俺の精神を癒してくれ、

また腸に到達すればその高い栄養をもって身体を元気にしてくれたのである。


「ごちそうさまでした!」


俺の命になってくれた桃先生の実に感謝を捧げた。

最近は桃先生の種は捨てずに取っておいている。

〈フリースペース〉に大切にしまっておいているのだ。


元気が出たところで学生服に着替え今日一日何をするか考える。

ところが何も思い浮かばなかった。

そこで俺は何もしないことを選択する。


つまり……外を当てもなくぶらぶらすることにしたのだ。



◆◆◆



取り敢えず、ろくに着られる服がないため

俺は衣料販売専門店『エレガントチルドレン』に向かった。

ぷらぷらと歩いている内に着れる服がないことを思い出したのだ。


護衛はザインととんぺー率いるビースト部隊である。

エレガントチルドレンは動物の入店お断りのため

とんぺー達は店外で待機することになった。これは仕方のないことだろう。

服を汚して弁償ともなると俺も困ってしまうしな。


俺が服を選んでいるとザインがそわそわし始めた。

いつもは沈着冷静な彼が珍しい素振りを見せるとは。


「いったいどうしたんだ、ザイン」


「いや、拙者も女人の下着に囲まれると流石に平静ではいられませぬ」


なるほど、言われてみればここは女性物のきわどい下着が多数展示されており、

男のザインではさぞかし居心地が悪いことだろう。

と……ここまで思って俺は絶望に至った。


前世が男である俺がこの状況下に平然とし、

尚且つ鼻歌混じりで衣服を選んでいるのである。

いくらエレノアさん達に『教育』されたからといって、

ここまで平然としていられるとは思ってもみなかった。


以前の俺であれば、こんな場所に連れてこられようものなら

全力で白目痙攣をしていたことだろう。


人って慣れてゆくものなのね……という名台詞が頭をよぎる。

まったくもってそのとおりなのだな、と感慨に耽りつつもおパンツを手に取る。

くまさんがプリントされたプリチーなものだ。

下着類も軒並み買い替えなければならないので急成長をするのも困りものである。


下着類はだいたい目ぼしいものを買い物かごの中に入れ終えたので

次はいよいよ服を選ぶこととなった。


「ふきゅん、ザイン、この服なんてどうだ?」


服は普段着のみを選ぶ予定だ。

それも着易くて着心地が良く安ければ尚良い。

その要求を兼ね備えるのは庶民が着る衣服が該当してしまうだろう。

だが俺はそんなことは気にしていない。

それに庶民が着る服だってなかなかに良い物が揃っている。


「流石にその衣服はよろしゅうござりませぬ。

 御屋形様は立場ある身でござりますれば」


しかしながらザインはそれを良しとしてくれなかった。

確かに彼の言うとおりである。

以前であれば俺は謎のヒーラー兼聖女であったが、

今となっては顔も名前も知れ渡ってしまっていた。

それにおかしな格好をすれば家臣のザインも恥ずかしい思いをしてしまうだろう。


「ふきゅん……そうだな。しかし俺では良い服を決めかねん。

 ザイン、おまえが俺の服を選んでくれないか?」


「拙者……でござりますか? 

 しかし、拙者は男でございますゆえ

 女人に似合う華やかな衣装を選ぶ才が……」


「かまわないさ、たぶん俺よりも遥かにあると思うから」


俺がそこまで言うとザインは渋々承知して服を身繕ってくれた。

どれもこれも庶民が着るには手が出しにくい上物ばかりであったが、

派手過ぎず落ち着いた上品な服ばかりを選んでくれた。

着心地も良さそうである。


彼が選んでくれた服を試着し問題がないことを確認すると、

その全てを買い物かごに入れ購入することにした。

予定資金を大幅に超えてしまったが仕方のないことだろう。

越えてしまったお金は他で節約して取り戻せばいい。


購入した服に着替えてエレガントチルドレンを後にすることにした。

俺がこの店に着てきた服は学生服だからだ。

着替えた服は白地に黒が組み合わされた服で

帽子とローブがセットになってる物だ。


……あれ? どこかで見たことがあるなと思ったら、

これってエレノアさんの司祭衣装じゃないか。

上半身、特に胸部の膨らみがなかったために

別物のように見えてしまっていたわけだ。

これは問題ありだな。


というか、なんで司祭の服があそこに置いてあるんだよ。

そっちの方が大問題だろ。

見つけてきたザインもザインであるが。


まぁいい、これはこれで動き易いから、このまま散歩といこうか。

ビースト隊もようやく暇な待機状態から解放されてウキウキしている。

俺も新しい服に着替えて幾分か気持ちが軽くなった気がするしな。



◆◆◆



ぶらぶらと町を歩いているといつの間にか露店街に到着した。

そろそろ昼時であるのでここで食べて行くことにする。

……別に意図してやって来たわけではないので下手な勘繰りはしないように!


「拙者としては商店街にて食事をしてもらいたく……」


「ザイン、そこは譲歩できん。

 露店街は俺を育ててくれた、といっても過言ではない場所だ。

 ここで食事をしたらダメだというなら

 俺は全ての立場と身分を捨てる覚悟がある」


「そ、そこまでの覚悟でござりますか。

 ならば拙者が言うことは最早ございませぬ」


これだけは絶対に譲るわけにはいかない。

露店街で食事ができない俺はただの珍獣と成り果ててしまうからだ。

それにここでは俺が聖女と知っても変わらず接してくれる稀有な人々ばかりだ。

こんな居心地の良い場所を捨てることなどできるわけがない。


「そんなことより、早く何か食べようぜ……ふきゅん? この香りは!?」


におう、匂うぞ!! これは極上の香りだ!!

腹の底から手が伸びるであろう魅惑の香りは、あのガタが来ている屋台からだ!


「らっしゃい! おや、食いしん坊じゃないか。

 うちの新作ラーメンを試してみるかい?」


そこはとんこつラーメンで一躍有名になった『あじきち』であったのだ。

しかし、彼が作った濃厚極まるとんこつラーメンの香りではない、

確かに白濁としたスープであるがあの独特な臭いがまったくしてこないのだ。


店主のキョウゾー・シママキの禿げた頭がキラリと輝く。

俺は直感でここで食べることに決めた。

俺の食に関しての勘は外れたことがないからだ。


「おっちゃん、新作のラーメン二つ!」


「あいよぅ!」


俺達はカウンター席に座りラーメンの完成を待つ。

まだ時間も早いこともあり客は疎らだ。

丁度良い時間帯にやってきたのだろう。


五分くらい待っただろうか?

ザインと他愛のない話をしていると白い湯気をもくもくと立ち昇らせる

とんこつラーメンがやってきた。


「へい、おまち!」


「ふきゅん、見せてもらおうか……新作とやらの美味さを!」


むむ、やはりとんこつラーメン独特の臭いはほぼしない。

それでいて濃厚な香りのみが鼻腔に入り込んで俺の期待をぐいぐいと上げてくる。

具は脂が美味しいバラチャーシューを選んだか。

そして刻みネギにゆで卵を薄くスライスした物……ん、これは?


ラーメン丼の端に茶色いカリカリの物体が数個ほど添えられていた。

俺は箸でもってそれを一つ掴み口に運ぶ。


「こ……これはぁ! 豚の脂をカリカリに揚げたものかっ!!」


「へへっ、さすがだな。ラードを取る時に残った脂に塩を振って冷ました物さ」


んん~、これはいい! 口休めにも味の変化にも使えるぞ!

今回は紅ショウガは入れていないようだ。

カウンターに紅ショウガが入った小瓶が置いてあることから、

自分の好みで入れるように変更したらしい。


確かに紅ショウガを最初から入れると

スープの本当の味がわからなくなってしまうからな。

これはナイスな変更だと思う。


さて、そろそろ本番に取り掛かろうか。

レンゲでスープをすくい口に運ぶ。

火傷をしないように注意を払いスープをすすると俺は驚愕した。


「な、なにぃぃぃぃぃぃっ!? とんこつなのにさっぱりしているだとぉ!!」


店主のキョウゾー・シママキがニヤリと笑みを作った。

なんということだ、こってりが売りのとんこつラーメンが

まさかさっぱりしているとは思いもよらなかった。

尚且つとんこつの旨味だけを残すとはいったいどういう調理を……!?


これは堪らない、このままではスープだけを飲み干してしまう!

耐えろっ! ラーメンは麺と一緒に食べてこその料理なのだ!!


俺は震える手をなんとか制御しレンゲを置かせることに成功した。

今度は箸に持ち替えて麺をいただくことにする。

麺は以前よりも更に細くなっていた。

縮れ面ではなくストレート麺のようだ。

だが、その麺をよく観察すると俺は違和感を感じ取ったのである。

急ぎ一本の麺を口に入れて咀嚼すると更なる驚きが俺に襲い掛かってきた。


「麺に卵を使っていないだと……!?」


フィリミシアのラーメンに使う麺の主流は繋ぎに卵を使う物が多い。

それはここの住民達がその麺好みにしているからだ。

だが、このとんこつラーメンの麺はそれを否定する物だった。

卵などは一切使用してはいない、小麦の香ばしい香りが鼻を貫く。

これこそが麺の答えなのではないか、と錯覚させるには十分過ぎたのである。


さて、それぞれの味は個別に堪能した。

であるなら、いよいよラーメンとして食べてみようじゃないか。

麺にスープを絡めて一気にすする、これこそラーメンの正しい食べ方だ。


ぞぼっ、ぞぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ! ちゅるちゅる!


これは素晴らしい! なんというのど越しだ!

食べていて気持ちいいと感じることのできる料理に出会えるとは思わなかった!


極細麺が喉を通ることの気持ち良さ、

それに絡むスープの旨味は口の中に残り舌を満足させる。

手の動きは止まるどころか加速度的に早まり麺を口に運んでゆく。


おおっと、バラチャーシューとカリカリの豚脂も堪能しなくては!

とろっとろのバラチャーシューを箸で掴み口へと運ぶ。

じゅわ~っと広がる濃厚なコク、

とろける脂と適度な弾力を残している肉が口の中で踊る。

バラチャーシューはさっぱりとしたスープに対比するように

濃厚でこってりしてており、その存在感を確かなものにしていた。


そしてもちろんバラチャーシューを口に残したまま麺をすすり、

口の中でドッキングさせる。


マーヴェラス! なんという至福だ!!

この二つは出会うためにどんぶりという世界に収まっていたに違いない!

麺の持つ素朴だが力強い味にバラチャーシューの濃厚な味が重なり

口の中でロマンスを繰り広げ出したではないか!


あぁ、堪らない! スープをひとすすりし、

どんぶりの隅っこで大人しくしているカリカリ脂に手を伸ばす。

彼はにっこりと微笑んで俺の口に運ばれていった。


咀嚼するとジュワリと溢れ出る脂が素晴らしく濃厚だ。

この歯ごたえと脂の旨味もバラチャーシューに勝るとも劣らない。

であるなら麺だ、麺とお見合いさせようではないか。


カリカリ脂を口に運び次いで麺をすする。

やはり俺の判断に間違いは……あぁっ!?


なんということだろうか、

バラチャーシューが恨めし気に俺を見ているではないか!

まさかこの三人は三角関係だった!?


仕方がない、この三人を同時に口に運んでみよう。

仲良く食べられれば、きっと三人の仲も……そう思っていた時期がありました。

こってりし過ぎてラーメンの持ち味が殺されてしまっているのだ。

確かに美味しいことは美味しいがそれはこのラーメンが望む美味しさではない。

このこってり具合は勇者タカアキが望むものだからだ。


仲良くならない三人に意気消沈していると

どんぶりの中のスープが語りかけてきたではないか。


『私を飲むのです』


『な、なにぃ……それでは、いや、その手があったか!』


俺は口の中で喧嘩を続ける三人を仲良くさせるためにスープをすすった。

するとどうだ、スープのさっぱりとした味が

仲違いをしていたバラチャーシューとカリカリ脂を優しく包み込み

たちまちの内に仲直りさせてしまったではないか!


『三人とも、仲良くするのです』


『スープさん、私達が間違っていました……!』


そして、スープという大宇宙に包まれた三人は幸せな結末を迎え、

俺の胃の中へと去っていったのだった。


「ふぅ……感動的な結末に思わず涙してしまったぜ」


「確かに美味しゅうございますが、

 このラーメンのどこに、そのような涙を誘う部分があるのでござるか?

 拙者にはわかりかねまする……ずずず」


美味しそうに麺をすするザインであったが、

彼にはやはりこのラーメンが見せる大宇宙が見えていないようだ。

未熟、未熟! 未熟ぅ!! 食に対する感謝の念が足りんのだぁ!


「おっちゃん、替え玉っ!」


「硬さはどうするんだい?」


「バリカタで」


「あいよぅ!」


キョウゾーさんは麺を湯通しに入れて湯がき始めた。

時間にして十五秒くらいであろうか?

ザインの豪快なラーメンの食いっぷりを見つめていると

既に茹で上がっていたのである。


それを残しておいたスープが入っているどんぶりに投入してもらい、

再びとんこつラーメンを堪能する。

バラチャーシューとカリカリ脂は既に俺の胃袋へと旅立ってしまったので、

今度のお供は紅ショウガだ。


据えられているトングを使い

小瓶に入った紅ショウガを掴み上げてどんぶりに投入する。

紅ショウガのタレが穢れのない白いスープを赤く染め上げ、

なんだかやってはいけないことをしてしまった気分になった。


「へへっ……穢しちまったぜ」


「紅ショウガでござるか、拙者もいれてみるでござるよ」


俺をマネて紅ショウガをどんぶりに投入するザイン。

まてまて、そんなに山盛りに入れたら紅ショウガの味に染まって……遅かったか。

いくら紅ショウガが無料で入れ放題であっても

欲張るとろくなことにならないぞ。

案の定、彼は渋い顔をしながらラーメンを完食したのであった。

やはり適量を入れるのが正しいのである。


「ごちそうさまでした! 美味しかったぁ……!!」


「へへっ、ありがとよ」


食べ終え空になった丼をミッションコンプリートととし、

俺はいつかのように親指を立ててキョウゾーさんに突き出した。

このラーメンもまたこの店の名物メニューになることだろう。

と考えている内に早速わらわらと客が押し寄せてきた。


「食いしん坊が食べた物と同じ物を三つ!」


「こっちは四つだ!」


「あいよぅ!」


もうカウンターは埋まり、外に置いてある粗末なテーブルも人でいっぱいだ。

その大繁盛ぶりを確認した俺達はお勘定とお礼を済ませて店を後にする。

美味しい物を作ってくれた者には最大級の感謝を。当然だなぁ?



◆◆◆



「め~」「も~」「ひゃんひゃん」「にゃ~」「チュチュ」


ぷらぷらと散歩しているといつの間にか羊のリリーちゃんと

牛のジュリアンちゃんが合流し賑やかな珍獣一味へと変化を遂げていた。

それにしても今日はまったくクラスメイトに出会わない。

やはり昨日のことに皆も堪えているのであろうか?


そんなことを考えながらてくてくと歩いていると、

いつの間にか『ラングステンの安息の地』に辿り着いていた。

折角なのでデイモンド爺さんのお墓を綺麗にしてゆこうか。


見慣れた道を辿りデイモンド爺さんの墓の前までくると、

そこには見知った人物が墓に祈りを捧げていたではないか。


「ふきゅん、ビビッド兄?」


「やぁ、エルティナもお参りかい?」


祈りを捧げていたのは我がヒーラー協会のサブギルドマスターに抜擢された

ビビッド・マクシフォードであった。

初めて出会った頃のヘタレな顔は影を潜め今では一人前の男の顔をしている。

それは結婚し一児の親になったことによる責任と、

サブギルドマスターという重要な立場に就いたことによるものだろう。


「俺はふらりと立ち寄っただけかな。ビビッド兄は?」


「僕はちょくちょくここに来るかな? デイモンドさんに会うためにね」


そう言って彼は墓の前で祈りを捧げた。

それに習って俺も恩人であるデイモンド爺さんに祈りを捧げる。


「僕は少しばかり気弱になったらここにきて祈りを捧げるんだ。

 デイモンドさんの勇気と優しさを分けにもらいにね。

 そして、少しばかりのお説教かな?

 気のせいかもしれないけど彼が叱咤激励してくれている気がするんだ」


「そっか……それはたぶん気のせいじゃないよ、ビビッド兄」


そう、デイモンド・オワーグという人物は

底なしの優しさと勇気を持った漢であった。

きっと死してもビビッド兄のような後輩に何かを語りかけてくれているのだろう。

死しても彼を慕う者は多い、それは彼の人望ゆえであろうか。


デイモンド爺さんは特別に優れたヒーラーではなかった。

それでも彼を慕い尊敬する者が後を絶たない。

彼が遺したヒーラーとしての心得はしっかりと後輩達の心に刻み込まれている。


一つ、ヒーラーは目の前にある命を決して諦めてはならない。


この言葉にどれほど奮い立たされてきたかわからない。

そうだ、俺は諦めてはならない立場にいるのだ。


俺は再びデイモンド爺さんの墓に向かって祈りを捧げた。

脳裏に浮かぶのは彼と過ごしたとある一日のことだ。


『なぁ、デイモンド爺さんはどうして皆に慕われるようになったんだ?』


『そうさなぁ……わしは、皆に比べて特別魔力が高いわけじゃなし、

 魔法の技術も良くて中の上といったところじゃ』


そういって、渋い茶をすすった彼は続けてこう言った。


『でも、わしには皆に無い部分があってなぁ。

 それは諦めの悪さと根性じゃ、それだけは絶対に負けん。

 皆が持っているものを羨む前に自分の持ち味を活かした結果、

 皆に慕われるようになったのかもしれんのう、かっかっか』


そう、デイモンド爺さんは自分の短所を嘆くよりも、

長所を信じてそれを活かした結果、誰からも慕われる存在になったのだ。


ん……長所を生かす?


「あぁっ! その手があったか!! ありがとう、デイモンド爺さん!!」


盲点だった、俺はプルルの短所しか見ていなかったのだ!


「へっ!? どうしたんだい、エルティナ」


「へへっ、俺もデイモンド爺さんのお説教を受けたのさ」


「そっか」


そういって優しく微笑んでくれた彼にデイモンド爺さんのような優しさを感じた。

彼も才能的にはデイモンド爺さんと同じだ。

きっと彼も将来的にデイモンド爺さんのような漢になってゆくに違いない。

彼にはその覚悟があるのだろう。

こうしてデイモンド爺さんの墓の前に来て祈りを捧げているのだから。


俺はビビッド兄に別れを告げ、

ザインとビースト隊を引き連れてヒーラー協会へと急いだ。

それは重要人物と会うためである。


プルルの病気を巡る騒動は急展開を迎えようとしていた……!

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