41食目 シャボン玉
昼食を桃先生で済ませた俺は、再び海底の探索に勤しんでいた。
『後輩、調整が雑だぞ? もっと繊細に、かつ素早くおこなうのだ』
「む、難しいんだぜ」
魔法障壁を使い海底に潜れるようにはなったが、
海産物を獲る時に一緒に海水も取り込んでしまう。
桃先輩が調節すると海水は入ってこないのだが、
なるべくなら自分だけでできるようになりたい。
それは、いつまでも彼に頼りっぱなしはいけないと思ったからだ。
この調節は色々な場面で使えるだろう。
練習には打って付けだと確信した。
「そぉい! ぬわぁぁぁぁぁっ! いっぱい入ってきたぁぁぁぁ!?」
ドバドバと海水が障壁の中に入ってきた。
俺は大量に入ってきた海水に慌てふためいてしまう。
『まだまだ……だな』
桃先輩が海水を魔法障壁内から排水してくれたが、
魔法障壁はすっかり小さくなってしまった。
『一旦戻るとしよう。残り酸素量が三分程度しかない』
「あい、あい、さー」
海底を軽く蹴り、ふわりと浮かび上がる。
ふわふわと浮いていくさまは、まさにシャボン玉だ。
海面に浮上し、再び魔法障壁を展開する。
俺はこれをそのまんま『シャボン玉』と名付けた。
難しい名前はいらない。
『マジカル・ゴッド・シャボンボール』なんて言いにくいからな。
展開が終わったら、
重力属性日常魔法『グラビティ』を発動し海底に向かう。
これも日常魔法だ、『ゼログラビティ』の逆バージョンである。
攻撃魔法だと思っていたが、攻撃用は別にあるらしい。
デスヨネー、俺が使えるくらいだしぃ!
俺はゆっくりと慎重に海底に沈んでいった。
一回ほど思いっきり『グラビティ』を発動させた際、
俺だけが海底に猛スピードで沈んでしまい、
えらい目に遭ったので慎重に海底に向かう。
浅い所で良かったぜ……(白目痙攣)。
今向かってる所は、結構深く普通の素潜りでは到達が難しい場所だ。
水圧も結構かかってるみたいである。
シャボン玉が割れちゃわないかな? ドキドキ。
『問題ない。この程度では割れないように調整してある』
「流石、桃先輩! ぱねぇスよぉ!」
ゆっくりと海底に着地する。
この時、なるべく平らな面を探して降りなければならない。
トゲトゲの場所に降りると、『シャボン玉』が割れてしまうからだ。
「おおぅ、凄いな」
本来なら、明かりを付けないと暗くて見え辛い場所だが……
俺には種族特性の暗視能力がある。
暗い場所でもへっちゃらなのだ!(自慢)
「ふきゅん! 美味しそうな海産物がいっぱいだぁ!」
いるいる! 貝類にナマコ! カニもウニもいる!
こいつらはトゲトゲがあるから難易度が高いなぁ。
でも、ほちぃ!
『では、訓練再開だ。今回はそこのエビを狙う。
慎重に捕獲するんだ……いいな?』
桃先輩が指定した獲物はでっかいエビであった。
伊勢海老じゃないですか!? あれを捕まえろと?
下手をしたらシャボン玉が割れちゃうじゃないですかやだー。
『割らなければいい。
教えたとおりにやればできる。自分を信じろ』
「お、応!」
俺は慎重に後ろからエビに近付き……逃げられた。
「ふきゅん! 惜しい!!」
『ふむ……後輩では追いつけんか。
しょうがない…ソコのウニにするか』
今度はウニを指定。
こいつ……『シャボン玉』を割る気マンマンで、
こっちに来てるじゃないですかやだー!
紫色の刺野郎は、ゆっくりとこちらに近づいて来ている。
上等だよ…!? やってやんよ!
ビキビキ……!
久しぶりに俺の頭に『!?』が出現した。
さぁ、タイマンだくるるぁ!
……結果を教えよう。
負けました。はい、それはもう。
完膚なきまでに敗北を喫しました。
危うく、ウニに殺害されるところだった。
ウニこえー。
あのトゲ野郎、卑怯過ぎんよ~! 修正されてどうぞ!
「桃先輩がいなければ即死だった」
『もう少し、浅い場所で訓練だな』
結局は浅い場所での基礎訓練をおこなうことになったのだった。
うん、基礎は大事だよな! な!?
「あ~! エルちゃん、何それぇ?」
リンダが『シャボン玉』の訓練をしていた俺に気付いた。
パタパタとこちらに近付いてきて、『シャボン玉』をぷにぷにと触っている。
「これは魔法障壁を応用した物で『シャボン玉』と呼んでる。
海に潜るために調整した物だ」
上手くいけば二人入れるかも? そうだ、やってみよう。
先ほど訓練中に絶景ポイントを発見したことだし、
リンダならきっと喜ぶことだろう。
「リンダっ、かも~ん!」
「どうしたの、エルちゃん?」
俺はリンダを抱きかかえ……こら、そこ!
抱き着いてるようにしか見えないとか言わない!!(戒め)
そしてシャボン玉を展開する。
思惑どおり、二人を包み込むように『シャボン玉』が出来上がった。
「しゅっぱつ」
「えっ? ええ~!?」
俺はリンダに抱きついたまま潜水を開始した。
浅いし割れても大丈夫だろう。
「わ……息ができる! 凄いよ! エルちゃん!」
リンダは大はしゃぎだ。
あんまり騒ぎ過ぎて、シャボン玉割らないでくれよ?
「とうちゃく」
「うわぁ……綺麗!」
そこは珊瑚が群生している場所だ。
色取り取りの珊瑚が、とっても綺麗である。
『シャボン玉』内でなければ、じっくり見れない光景であっただろう。
『シャボン玉』を作って良かったなと思いました(小学生並み作文)。
リンダは大喜びだった。
満足してもらえて俺も嬉しい。
そこで、ヒュリティアや銀ドリル様達も連れてきてあげた。
「……綺麗ね。
ここに居ると嫌なことも忘れられそう」
なんとも言えない表情で珊瑚礁を見つめるヒュリティア。
これはとても七歳の表情ではない。
この歳にして、相当に苦労を重ねてきたのであろう顔である。
お次は銀ドリル様。
お願いだからドリルで穴開けないでね!(一敗)
「はぁぁぁ……綺麗ですわぁ!
宝石なんて、ただの石ころにしか見えなくなりますわね!」
うむうむ、そうだろう。
やっぱり、こういう『自然の美しさ』には勝てんのだよ。
確かに宝石は綺麗だが、自然の持つ美しさには敵わないのだ。
他の女子達もやっぱり、喜んだりうっとりしていた。
が……グリシーヌは非常に手こずった。
ちょっとー! ふくよかすぎんよ~! シャボン玉壊れちゃう~!!(三敗)
「き、綺麗なんだな! ぜ、絶対に忘れないんだな! な!!」
苦労の甲斐もあって、彼女は非常に喜んでいた。
もちろんそれは俺も同様である。感無量というヤツだ。
グリシーヌが最大の難関だったからである。
彼女を包み込むには、
限界まで『シャボン玉』を大きくする必要があったからだ。
俺の調整技術も飛躍的に上達した気がした気がする。
意外な事にエドワードも見たい、と言っていたので連れてきてあげた。
彼は俺の腰に手を回して抱き寄せる。超密着状態だ。
意外に鍛えてるな……筋肉がついている。
顔もあの爺さんに似ないでハンサムだ。
母親似なのかな? 周りの女子が放って置かないわけだ。
ん? 別に変なことは考えていないぞ?
へ……変なふうに勘ぐるのは止めたまへ!(警告)
「綺麗だね……エル。きみと一緒に見た、この景色は決して忘れないよ」
「また見に来ればいいじゃないか……」
俺の答えに、エドワードは悲しそうに首を振って否定した。
「そうもいかなくなるんだ……覚えることが多くなって行くから。
学校が終わっても、城に戻って学ぶことが山のようにあるんだ。
これでも、結構無理して付いてきたんだよ」
「そっか、そうだったな……」
暫くの間、二人で珊瑚を見る。
穏やかで静かな時間が過ぎていった……。
「そろそろ時間だ。海から出よう」
「うん、エル……もしもだ。
もしも、僕と……いや、なんでもない」
少し悲しげな表情で「行こう」とエドワードは俺を促した。
彼は何か言いたげだったが口を噤んでしまった。
いったい何を伝えたかったのだろうか?
日も暮れ始めたので、俺達は夕食の準備に取り掛かった。
今度こそ食事にありつくのじゃ~~~~~!!(決意)
夕食はバーベキューである。
これなら、食いっぱぐれることもあるまい。
焼き台を五台セットし、各々が好きな食材を焼き始めた。
流石に訓練をおこなっているだけあって、
焼き台の設置も火を起こすのも慣れたものである。
「さぁ! いっぱい焼こうよ!」
リンダは元気いっぱいだ。
彼女の笑顔は見ている者に元気を分け与えてくれる。
ジュージューと網の上で焼かれる、ブッチョラビのバラ肉。
だが、気を付けろ! そいつは、ヘルファイアーを召喚する生贄だ!
案の定、バラ肉の滴るジューシーな脂が下の炭に落ち、
強烈な炎が立ち上がる事態になった。
「ひえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
その炎を見て、慌てふためくリンダ。
おいぃ……! 水をぶっかけようとするんじゃない!
食べ物がダメになってしまうだろうが!
「落ち着きたまへ! こういう時はこうするんだぁ」
俺は火バサミで鉄網を持ち、焼き台から遠ざける。
すると。荒れ狂う炎は次第に小さくなっていった。
「ふっきゅんきゅんきゅん……簡単だろう?」
「エルちゃん、素敵!」
ふっふっふ……もっと褒めてもいいのよ?
さて、落ち着いたところで俺も焼きに入ろう。
俺が焼くのは『とうもろこし』だ。『とうきび』ともいったか?
まぁ、どっちでもいい。些細なことだ。
輪切りにしたそれに、ひと手間をかける。
美味しく食べるのであれば、この労力を惜しんではいけない。
とうもろこしに、醤油で溶いた辛子マヨネーズを刷毛で塗る。
そして、それを鉄板に載せて焼き始めると、
やがてマヨネーズの香ばしい匂いが漂ってきた。
「相変わらず手間を掛けてるなぁ、エルは」
ブッチョラビの骨付き肉を、ムシャムシャしながら
ライオットが美味しそうに焼けてきた辛子マヨネーズとうもろこしを摘み、
迷うことなく齧り付いた。
それは俺のなんですがねぇ……(呆れ)。
「うんめぇ!? なんだこれ! 肉じゃないのに、すげぇうめぇぞ!?」
念の為に二個焼いていた俺に一部の隙もなかった。
俺は難を免れた、辛子マヨネーズとうもろこしを食べる。
「シャク! プチプチ……んぐんぐ……ごくん」
うぅむ! いいお味だぁ!(確信)
焦げた辛子醤油マヨネーズが、とうもろこしの甘味を引き立たせる!
後引く美味しさが堪らない!
「もっと作ってくれ~」
ライオットが、また作ってくれと急かしてくる。
ええい、これくらい自分でやりなさい!
なんだか、家事ができないダメ亭主の世話をしている感覚になってきた。
まったく……ダメな人ね?(妻気取り)
「ちょっとは自分でできるようにしないと、将来苦労することになるぞ?」
「じゃあ、エルが面倒見てくれよ」
お前なぁ……少しは考えろよ。
ライオットは脊髄反射レベルで答えやがったのであった。
「……エルは渡さない」
ギュッ、と俺を抱きしめるヒュリティア。
「あー! ずるい! 私も~!」
リンダも抱きついて来た。
あの……すみません、バーベキューが……したいです……(切実)。
ふと気が付くと視界にはまた、あのヤドカリ君を確認することができた。
ゆっくりとこっちに近付いてくる。
手……ハサミか、には魚が握られていた。
それを俺に渡すと、じゃ、と言わんばかりに立ち去ろうとする。
昼のお礼だろうか?
「おいぃ……待ちなぁ! 座ってけよ、ヤドカリ君!」
俺達は奇妙な友情を育んだ。
でっかいヤドカリと、ひとときの団欒を楽しむ。
意外にも皆はヤドカリ君との団欒を嫌がらなかった。
「エルだしなぁ……?」
「あはは、そうだねっ!」
これで済んだ。
喜んで良いのかわからない……うむ、一時保留だな!!(現実逃避)
ヤドカリ君の持って来た魚を捌き、熱々の鉄板に載せる。
焼き加減はレアがいい。
魚はマグロに良く似たヤツだった。
ならば醤油は良く合うはずだ。
刷毛で醤油を塗り、ヤドカリ君に渡す。
「食いねぇ……」
受け取ったヤドカリ君は、美味しそうに平らげた。
ライオットが調子に乗ってハメを外しヒュリティアに怒られ、
リンダがヤドカリ君を興味深く観察し、
ガンズロックはマグロもどきを摘みに酒を飲む。
フォクベルトが穏やかな目で皆を見守り、
俺はフォクベルトに焼けた肉を渡す。
ヤドカリ君は大人しく、皆の表情や動きを観察している。
次第にダナンやリックもこっちに参加しだし、
エドワードや銀ドリル様も、
ヤドカリ君に驚きながらも一緒にバーベキューを楽しんだ。
グリシーヌはきちんと、自分達の食材を片付けてからこちらに参加した。
もちろん、こちらでも大いに食べた。
賑やかに団欒の時間は過ぎていった。
こういうのを『幸福の時間』というのだろうか?
『そうだな……この時間を体験を忘れないようにな』
桃先輩……あざーっす!!
俺は皆と過ごした今日のことを決して忘れまい、と誓うのであった……。