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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
407/800

407食目 戦い終えて

◆◆◆ ユウユウ ◆◆◆


『ティアリ解放戦争』と呼ばれることになった戦争から一週間が過ぎた。

今私は教室で久々に登校してきたクラスメイト達と談笑に興じている。


負傷は治癒魔法ですぐにでも治療できるが、

戦いにおいて消耗した体力と精神力は時間でしか癒すことができない。

よって、国に帰ってきてから教室にクラスメイト全員が揃うことはなかった。


もっとも……別の理由で顔を見せなかった者達もいるが。


「ふぅん……なるほどねぇ」


結局、私達が侵入した部屋には地上へと繋がる通路はなかった。

そこにあったのは古ぼけた魔導器具だけ。

それが部屋の中央に据えられていたのだ。


そして、ほどなくして戦争は終結。

私は消化不良のまま血沸き肉躍る戦場から立ち去ることとなる。


「ふきゅん、恐らくはそこにフレイベクスの肉体が封じられていたんだな」


「そうみたいだよ、

 残留魔力からフレイベクスの波長パターンが確認できたらしい」


私達の中で最後までティアリ王国に残っていた

エルティナとエドワードからもたらされた情報でも

私の心を動かすことはできなかった。


正直、そのような情報なんていらない。

私はその邪竜と戦えなかったから。

戦ったのは欠伸が出るような退屈な玩具のみ。

ダーリンのように心を熱く震わせてくれる者はいなかった。


そのダーリンは戦いが終わった後、

蘇った闘神様を背に載せて、いずこかへと飛び去っていったそうだ。

そして帰ってきたのは闘神様ではなく、

フィリミシアのクリーニング店の店長オオクマ・シイダだけだったという。

またしても私はダーリンに会うことなく終わってしまったのだ。


「はぁ……憂鬱だわ」


何度目かのため息を吐く。

それを目撃したエルティナも同じくため息を吐いた。


「ふきゅん、ため息を吐くと幸せが逃げるんだぜ」


「なら、貴女も相当逃げて行ってるわね」


「「はぁ……」」


再び私達はため息を吐いた。


『ティアリ解放戦争』は戦死者と侵略による犠牲者を含め、

六千五百十一名に及んだという。

戦死者がおよそ五千名であることから、

一般市民は少なくとも千人以上犠牲が出ていることになる。


そして、ラングステン騎士団の犠牲者は二十三名ほど。

その内の十七名はGDを身に纏った若い騎士だ。

大きな戦争において、この数字は驚くほど少ない犠牲だろう。


彼らはGDの性能に酔いしれ暴走した挙句、

その若い命を散らせていったという。

なまじ力を簡単に手に入れてしまったがゆえの死だ。


それがエルティナの心を煩わせている原因だろう。

この子が悔やんでもどうにもならないことだろうに。

それとも別の何かが彼女を煩わせているのだろうか?


「なぁ、ユウユウ閣下。

 俺達はこの世界のことを知らなさ過ぎていると思うんだ」


「私達は子供なのだから仕方がないと思うのだけど?」


「普通の子供であるなら、それでもいい。でも、俺達は普通じゃない。

 女神に目を付けられている異質の存在だよ。

 少なくとも、この学校に通ってみんなと同じように笑顔でいられるには

 やるべきことが盛りだくさんだ」


エルティナは眠たそうな目をこちらに向けてきた。

別に眠たいわけではないのだろうが、彼女の目はいつも眠そうに見えてしまう。


「ユウユウ閣下は『女神マイアス』のことをどこまで知っている?」


唐突に彼女は女神マイアスのことを聞いてきた。


女神マイアスといえばこの世界の主神であり

数々の伝説の主人公として伝えられている。

その実、大した実力もなく、その美貌と仁徳を以って多くの勇者達を集め指揮し、

邪悪な存在を滅ぼしてきたとされている。


私の知っていることといえば、こんなところだろう。

そのことを白エルフの少女に伝えると彼女は頷き言葉を紡ぐ。


「まぁ、そんなところだろうな。

 邪竜……いや、ハーインは言っていた。

 フレイベクスはカオス神の娘であり、人間達のためにがんばっていたと。

 その彼女を邪竜にまで貶めたのがマイアスであると」


「ふぅん、『フレイベクスと女神』の話ね。

 でも私達が知っているのは

 女神マイアスが勇者達を引き連れて邪竜を討つ部分だけだわ。

 フレイベクスも人間を喰らう邪竜としか説明がない」


「ふきゅん、いずれにしても遥か昔のことだ。

 俺達には事実を知る術はない……と思っていた時期がありました」


「あら、何か伝手があるの?」


「ふっきゅんきゅんきゅん……全てを知っているヤツが一人いるじゃないか」


「クスクス……誰かしら?」


この子は時々、突拍子もないことを思い付く。

それは破天荒であり、無茶苦茶なことであったが、

私はその発想力がとても気に入っている。

今回もどのような発言が飛び出すか楽しみだ。


「女神マイアスだぁ……! ヤツを捕獲し尋問して全てゲロらせる。

 これで全て円満に解決できるぞぉ……!!」


「……っぷ! あははははは! なぁにそれ?

 凄くバカバカしくて、それでいて素敵な発想よ。

 女神マイアスを捕まえるか……面白そうね。

 捕まえたら私に尋問させてちょうだいな?」


「壊さないならいいぞ」


「うふふ、約束よ?」


やはり、この子は面白い子だ。

エルティナについて行けば退屈はしないだろう。

女神を捕まえるだなんて思っていても普通は口にしない。

だが、彼女は平気でそれを口に出す。


恐れというものがないのだろうか?

それとも恐れを乗り越える何かがあるのだろうか?

興味は尽きない。


「おはよう、食いしん坊。

 学校が終わったらゴーレムギルドに顔を出してくれって

 お祖父ちゃんが言ってたよ」


「おはよう、プルル。

 わかった、学校が終わったら向かうよ。

 たぶん、ムセルとチゲのことだろうからな」


ピンク色の髪を揺らしながらプルルがエルティナに伝言を伝えた。

エルティナが口にしたムセルという名前は彼女のホビーゴーレムの名だ。

彼は私達を捜索して発見してくれた賢い子であり、

また彼女が最も信頼している息子でもある。


学校にも彼女の護衛としてちょくちょく顔を見せているが今日は姿を見ていない。

きっと、エルティナの言うとおりゴーレムギルドで待機しているのだろうか。

最近元気がなかったので、ほんの少しばかり気に掛かる。


「おはよう、えるちゃん」


「おはよう、たぬ子。

 で、あのおっさん達はいつまでたぬ子に付き纏う気なんだ?」


「なんか、わたしをまもってくれるみたいだよぉ?」


傭兵達に女神扱いされてしまったプリエナは

現在、中年の男達の過剰な保護の下で登下校していた。

ルバール傭兵団はそこそこ実力のある集団であり、

冒険者ギルドの依頼をこなしつつフィリミシアに滞在していた。

これも腕の立つメンバーが多くいるからこそできることである。


「我らが女神を護ること、それが我らに与えられた使命なのです」


中年の傭兵が涙を流してそう言い切った。

もう何度も見た光景なので特にいうことはない。

彼らにとってプリエナこそ全てであり、

命を投げ打ってでも護るべき存在であるそうだ。


その姿はまるでミリタナス神聖国の狂信者だ。

いや、それ以上かもしれない。

何が彼らをそこまで駆り立てるのだろうか?


「ありがとう、おじちゃん。

 あとで、おかしをつくってもっていくから、みんなでたべようね!」


「……っ!! ありがとうございます! ありがとうございます!!」


恐らくは、これだろう。

この狸の獣人少女は白エルフの少女と同じく

生まれや身分、種族の差別を一切しない。

この傭兵もきっとろくな人生を歩んで『これなかった』のだろう。


「ようやく掴んだ幸福を手放すはずもない……か」


「今日のユウユウ閣下は随分とおセンチだぁ」


「クスクス……たまにはね」


久々に笑ったと思う。エルティナのお陰だろう。

さぁ、いつまでもしょげていても仕方がない。

次にダーリンと会う機会までに女を磨いておかなくては!


私は気分を入れ替え自席へと戻る。

丁度、アルフォンス先生が教室に入ってくるのと重なった。

次いで授業開始の鐘が鳴る。


今日も私達の授業が始まった。




◆◆◆ アラン ◆◆◆


「アラン兄貴……」


ティアリ王国を手に入れに行っていた妹と弟が帰ってきた、

との知らせを再生カプセルの中で聞いた。

きっと作戦が成功して報告に来たのだろう。

新しく増えた『義弟』の自慢する顔を見るのが楽しみだ。


だが、帰ってきたのは『二人』のみ。

義弟ハーインの姿がなかった。


「俺の弟が一人足りないな……どうした?」


「それが……」


マジェクトが口籠っていると代わりにデュリンクが口を開いた。


「彼は死にました。作戦は失敗です」


「なんだと!? エリスはどうしたっ!?」


「彼女は自室で休ませています。今は……会わない方がいいでしょう」


「バカな……上手くいってたんだろう!?

 もうすぐ、俺達の国が手に入ると言ってたじゃないか!

 皆でこそこそ生きる必要もなくなるって……言ってたじゃねぇか!!」


声を荒げると幾つもの気泡が生まれマジェクト達の顔を隠した。


「あ、兄貴……」


デュリンクは震える声のマジェクトを制し淡々と報告してきた。


「ティアリ王国に桃使いが二人現れたのです。

 一人は貴方がよく知る桃使い……エルティナ、

 もう一人は貴方をそこに押し込めた竜の桃使いです」


「っ!? アイツが……アイツが……!!

 俺の『家族』を奪ったというのか!?」


「……結果的にはそうだと言っておきます」


許せねぇ……! ようやく実現し掛けた俺達の未来を奪ったばかりか、

俺の大切な義弟まで奪いやがって!


「奪われたもんは……奪い返さねぇとなぁ……!!」


「アラン、貴方はまだ……」


怒りと憎しみ、そして悲しみが俺の中をぐるぐる駆け回っていやがる。

もう、黙って見ているだけなんてできるはずもない。


俺達は奪われた未来を取り戻すために鬼になったんだ。

決して奪われるためなんかじゃない。

見てやがれ……桃使いども、奪われたものは奪い返してやる!!


俺の憎悪が再生カプセルを破壊してゆく、

強力な陰の力にも耐えうるように設計された装置がなす術もなく消滅していった。


「ふぅ、やれやれ……その装置は制作に手間が掛かるんですよ? アラン」


「いくらでも作れるように材料は揃えてやる、デュリンク」


彼は腕を組み、からかうようにして俺に微笑んだ。

制止をしないことから俺は完全復活を果たしたらしい。

そのことは自分でもわかる。

抑えきれないほどの鬼力が体から溢れているのだ。


「あ、兄貴?」


「心配するな……おまえ達が奪われたもんを奪い返してやるからよ?」


もう、兄弟達の悲しむ顔など見たくない。

あの日、俺は誓ったんだ。

どんなことをしてでも生きて未来を女神から奪い返すと。


「さぁ、手始めにどうしてやろうか……国をぶっ潰すのなら兵隊が必要だが」


「それならば、私の兵隊などいかがでしょうか?」


誰も知らないはずの俺達のアジトに現れたのは、

白衣を着込んだ胡散臭い老人だった。どうやら人間のようだが……。


「おや……貴方は」


「ひっひっひ、デュリンク博士ですな?

 私のことはそうですな……『スウェカー』とでもお呼びください」


「あぁ……あのガラクタを作って楽しんでいた方ですか。

 あれはなかなか面白い玩具でしたよ。

 それにしても、よくここがわかりましたね?」


「ひっひっひ、その節はお恥ずかしい物をお見せしました。

 ここに来た理由ですが、私はあなた方の主様にスカウトされましてなぁ。

 急ぎ準備を整えて参った次第でして」


白衣の老人はポケットに入れておいた小さなカプセルを取り出し

自身の足下に放り投げた。

するとカプセルから煙が湧き出し、

見る見るうちに小鬼へと変化したではないか。


「ほう……鬼の種の構造を理解していますね」


「わかりますか? さしずめインスタント小鬼とでも言いましょうか。

 しかしながら三分間待つ必要はないので便利ですぞ?」


「数の方は揃えられますか?」


「えぇ、大量産可能です」


「なるほど……しかし、実用に耐えれなければ意味がないですが?」


「ご心配なく、この映像をご覧ください」


「こ、これは……!?」


その映像に映った光景を見て俺は歓喜に打ち震えた。

これならば俺達の勝利は確実なものとなろう。


「いかがでしょうか? 手始めにドロバンス帝国を陥落させてみました。

 実に他愛もない連中でしたよ。

 最強の機甲兵団と聞いて期待していたのですが肩透かしでした」


「それでドロバンス帝国陥落の情報は?」


「無論、規制を掛けております。今のところは問題ないかと」


「ふむ、大したお手並みと兵隊……いや兵器だ」


「ひっひっひ、おわかりになられましたか。

 この私も貴方にお褒め頂き光栄です」


デュリンクは平静を装っているが内心は戦々恐々としているようだ。

彼が危惧しているのは鬼同士で喰らいあっている光景を見たからだろう。

死にかけの鬼を喰らって己を強化する光景は確かに異常であった。

だが、その鬼は手が付けられないほど強化され戦場で暴れ回ったのだ。


「デュリンク、俺はこいつらを使うぜ。

 ドロバンスも手に入ったんだ……派手に行こうじゃねぇか」


「アラン……全てを敵に回すには、いささか早くありませんか?」


「臆してちゃあ、何も掴めねぇ。もう奪われるのは沢山だ。

 そうだろ……マジェクト?」


「兄貴っ!!」


「旗揚げだ! この女神の世界を俺達鬼が蹂躙してやる!

 手始めにミリタナス神聖国を潰し、それからラングステンを潰す!

 手向かう連中はことごとくぶっ殺してやる!」


そうさ、もう大人しくなどしていられるか!

もう、何も失いたくない! 俺は奪う側でいるんだ!!



◆◆◆ 



この日、俺達は拠点をドロバンス帝国へと移した。

始まるのだ、鬼よる鬼のための世界が。


待っていろ、人間ども。女神マイアス。

この世界をおまえ達の血で赤く染め尽くしてやる。




◆◆◆ 女神マイアス ◆◆◆


「やべぇよ、やべぇよ……」


「地球の芸人のマネですか?」


カーンテヒルに平和が訪れて幾世紀。

平穏な毎日に退屈していた私であったが、

ここ三年で立て続けに大異変が発生して忙しい日々を送るハメになっている。


魔族戦争、悪児の襲来、カオス教団の暗躍、ティアリ解放戦争、

そして……ゼウス様から出された無茶な課題。誰か助けて。


しかし、フレイベクスの肉体が復活したのを見た時には

思わずお漏らししそうになってしまった。

こんないい歳をした私がお漏らしなどあってはならない。

その筋の者達が興奮して野獣と化してしまうからだ。

外見だけは『ぴちぴちギャル』だから仕方がないのよ。


「ミレット……その目はなぁに?」


「……いえ、別に」


彼は私を哀れむような、それでいて優しい眼差しを送ってきた。

すみません、自重いたします。しょぼん。


「でも、フレイベクスの肉体……それも本体が蘇るなんて思わなかったわ。

 たま~に影の方がぴょこっと湧いて出て悪さをしていたようだけど、

 そっちのほうは普通の人間達が団結すれば倒せるから気にも留めなかった。

 ……気を抜き過ぎてしまったのが原因ね」


後、ゼウス様の課題。アレが一番の原因。

よって、私、悪くない、確定。


「それよりも、もっと事態を重くしているのはあの悪児の発言よ!

 アイツのせいで私の可愛い約束の子達が

 私に悪いイメージを持っちゃったじゃない!

 しかも、よりにもよって私を捕獲するってどういうこと!?

 尋問ってあなた、私は一応神様なのよ!?」


「あ~……あの子達本気ですね」


「それが、だ・い・も・ん・だ・い、なのよっ!

 よりにもよって、あの無茶苦茶な能力を持った二人が本気で言ってるのよ!?

 一人は特殊能力がチート級の白エルフ、

 もう一人は肉体能力がチートのハーフオーガ!

 この二人だけでカーンテヒルは終了となれるだけの可能性が秘められている!」


そう、この二人は特に強力な能力を持っている。

しかも、この二人は私が意図して生み出した『約束の子』ではない。

いつの間にか『約束の子』の中に紛れ込んでいたイレギュラーだ。


それでもカーンテヒルの平和を願う白エルフの少女に可能性を感じた私は

この子達を約束の子として迎え入れようと思い、

同じくイレギュラーである

ザイン、アルア、ガイリンクードと同様に加護を与えた。

もちろん、こっそりとおこなったので気が付かれてはいないはず。

それが今回は裏目に出た。


「ああもう! カーンテヒルのためにおこなおうとしているから強くも言えない!

 このままじゃ、私は彼女達に十八歳未満お断りな姿にされてしまうわ!!」


「そんなにオロオロされることもないのでは?

 そもそも、天界に来るには『門』を開けなくてはならないじゃないですか。

 その鍵も百八個に分けられ、地上にバラ撒かれております。

 彼女達がここまで来ることはないでしょう」


「ミレット……貴方は何もわかっていないようね?」


「と、言いますと?」


「このままじゃ、私が降臨してドヤァすることができないでしょうが!!」


「え~」


そう彼女達は私が降臨したら、待ってましたとばかりに捕まえにくるだろう。

空気を読まないのは彼女達の得意技だ。

それこそが彼女らの強みであるのだが、こういう時は物凄く困る。


「まぁ、それはさておき……当面の問題はドロバンス帝国を制圧した悪児ね」


「はい、ドロバンス帝国は殆ど神々を信仰してないので

 我々も手助けすることができませんでしたからね」


ドロバンス帝国は人間の可能性を信じ、神々から遠ざかっていった国家だ。

科学や技術を重んじ、魔力を科学的に解析してエネルギーとして活用する。

その徹底した信念は神という不安定な存在を否定した。


私としては少しばかり寂しいが、それは子が独り立ちをするような感覚であり、

そっと陰から見守っていたのが裏目に出てしまった。


「一大事ではあるけど……私から直接、約束の子に知らせることはできない。

 お告げとして夢の中で伝えることはできるけど……

 大抵は忘れられちゃうから上策ではないのよね」


「それでもやらないよりはマシなのでは?」


「そうなんだけど……うん、そうよね。

 これから毎日、枕元で囁いてあげるわ!」


「毎日ですか……がんばってください」


またしてもミレットが私に残念な表情を見せてきた。

何がいけなかったのだろうか?

まぁいいわ、この世界のためにもがんばらなくては!

なんといっても私の可愛い子供達のためなんだから!




◆◆◆ モーベン ◆◆◆


「こちらです」


「……」


私は主から命を受けて人知れずティアリ王国に潜伏していた。

任務内容はティアリ王国にあるとされる『神の欠片』を集めること。

そして……。


「御子様……モーベン、ただいま帰還いたしました」


「うむ、入れ」


我らの拠点であるカオス教団の大神殿。

そこに存在する御子様の聖域に私はある人物を連れ帰ってきた。

このお方を連れてくるのは任務には含まれてはいない。


だが、彼女を一目見て私は悟った。

このお方をここにいさせてはならないと。


ティアリ城に家政夫として潜入し、私は密かに城内を調査していた。

その際にごく最近塗り直されたという壁が妙に気になり、

密かに小さな穴を開け身体を炎に変じて、

するりと壁の向こう側に侵入を果たすと、

朽ち果てた部屋の中央に小さな水晶玉が安置されていた。

その中に封印されていた魂こそ、私の隣に静かに佇んでいる彼女だ。


彼女の赤い髪はくるぶしに届くくらいに伸びており、

ぼろぼろの黒い服を身に纏っている。

歳の頃は二十代前半といえようか。

だが、彼女の実年齢はそれを遥かに超えることを

彼女の纏う力で理解してしまった。


「どうぞこちらへ」


「……」


私は彼女を先導し聖域の奥へと進む。

私もここの奥へ行くのは初めてだ。緊張で汗が噴き出してくる。


……来る前に身体を清めておいてよかった。

加齢臭が臭うとか言われたら立ち直れない。


暫く歩くとほんのりと明かりが見えてきた。

そこには玉座らしき物とそこに君臨する御子様の姿。


「ようこそ、カオス神の聖域へ……姉上」


御子様は玉座より立ち上がり彼女を歓迎した。

私は頭を垂れここより立ち去ろうとするも御子様に止められてしまう。


「モーベン、おまえにも知る権利がある。

 これはおまえの手柄であるのだからな」


「ははっ」


御子様にこう言われてしまっては立ち去るわけにはいかない。

大人しく彼の指示に従うことにする。

暫しの沈黙を破って声を発したのは彼女であった。


「……私を姉と呼ぶ汝は何者か?」


「俺はカオス神の『真なる約束の子』。

 偽りの世界を滅ぼし、失われし楽園を取り戻すために生まれた

 カオス神の最後の子です」


「汝、その証を見せよ。汝からは人のそれしか感じられぬ。

 私を騙しているのであれば、どうなるかはわかっていような?」


彼女から異様な力が溢れ出し始めた。

大地が震え大気が悲鳴を上げだす。

だが……これは御子様よりも『大人しい』。

御子様のそれを知っている私は彼女の威嚇をさらりと受け流す。


「ふふ……お望みとならば」


御子様の瞳が赤く輝いた。

解き放たれるのは圧倒的な力。

大地を大気を命を震撼させる脅威。

それは彼女のみならず、その力を知っているはずの私すらも竦ませる。


「そ……その力は……父上様の!? ならば、本当に汝は……」


「そのとおりですフレイベクス姉上。

 私が父カオス神の栄光を取り戻す者……真なる約束の子なのです」


御子様は威嚇を止め穏やかな笑みを作った。

私はこっそり息を漏らし安堵する。冷汗で体中がびしょびしょだ。


「汝が父上の子であることはわかった。

 その上で言おう、こんな過去の遺物になんのようだ。

 汝の力を以ってすれば簡単に父上を蘇らせれよう」


「いえ、そうはいかないのです。

 確かに地上は我が力を以ってすれば容易く制圧できましょう。

 しかし、天界は別です。

 何故なら、あそこにある物は……いえ、言い方を変えましょう。

 天界をの基礎になっている物こそ我らが父、

 カオス神の『肉体』であるからです」


「……なんだと!?」


「カオス神を滅ぼしたマイアスが立っていた最後の大地。

 それを礎にして彼女は天界を作り上げ神として君臨しました。

 失われし楽園の大地とは父カオス神の肉体です。

 ゆえに父上を復活させるためにも天界を俺の力で破壊できないのです。

 天界を破壊し父上の肉体を破壊してしまえば二度とカオス神の復活、

 そして楽園を取り戻すことは叶いません。

 姉上、我らには少しでも多くの仲間が必要なのです」


衝撃の事実であった。

我々八司祭も知らされていなかったことである。

きっと大司祭ウィルザームも聞かされていないだろう。


「カーンテヒル『兄上』の犠牲によって出来上がった世界は偽りの世界。

 歪みによって数々の悲劇が日夜起きております。

 その兄上の意思も母と名乗る女神マイアスによって拘束され、

 今やこの世界は彼女の偏見で塗り潰されている。

 この世界の哀れな魂達を救済するには一度世界を白紙にし、

 失われし世界を蘇らせる他にありません」


「汝の言いたいことは理解した。

 それならば協力しないわけにもゆかぬ。

 なによりも……『弟』の頼みだ」


「ありがとうございます、姉上」


カオス神様の御息女フレイベクス様は初めて笑顔を見せた。

それはまるで女神の笑み。

いや、マイアスに貶められる前は女神であったのだろう。

今を以って女神として復活なされただけなのだ。


「して、我が弟よ。私に汝の名を教えてはくれぬか」


「はい、姉上。俺の名は……桃吉郎。

 カオス神の最後の息子、『木花桃吉郎』です」


「トウキチロウ、私の力をおまえに預ける。共に父上を蘇らせよう」


御子様はトウキチロウと名乗った。

コノハナ・トウキチロウ……それが我らが主の名。

世界を正しく導く者の名。

私はこの名を魂に刻み込んだ。


「失礼しますよ、トウキチロウ」


「デュリーゼか、いいタイミングだな。見ていたのか?」


「ふふっ……姉弟の対面を邪魔するほど無粋ではありませんよ」


白エルフのデュリーゼが闇から姿を現した。

彼はカーンテヒルの眷属、白エルフの賢者だ。

カーンテヒルを襲った鬼に国を滅ぼされ復讐を誓った彼は、

ありとあらゆる手段を用いて鬼の弱点を探った。

それは見境のないものであり、

女神マイアスの敵とされている我らとの接触も厭わなかった。


当時の彼はまさに復讐者であり、酷く破滅的な考えの持ち主であった。

だが、トウキチロウ様との出会いが彼を変えた。

いずれ現れるであろう『白エルフの少女』の情報を教え、

彼に僅かな希望を与えたのだ。


それからだ……彼は自身のプライドをかなぐり捨て、

鬼の側近として、そして我らのスパイとして活動し始めた。

全ては白エルフ復活のため、そして希望を与えてくれたトウキチロウ様のため。


我が主は非常にフランクな方だ。

身分に関係なく親し気に接してくれる。

それは圧倒的な力を持っているがゆえ、だと思われがちだがそうではない。

彼はもともとこういう性格なのだ。


私達に初めて姿を現した時も今と同様に気さくで優しい声を掛けてくれた。

きっと、それは我らと同様……

いや、それ以上に悲しみを知り乗り越えてきたからだろう。


「それで、何か報せか?」


「えぇ、ドロバンス帝国が鬼に制圧されました」


「なんとっ!? あの大国が!!」


私は思わず声を上げ慌てて口を手で塞いだ。

その有様をトウキチロウ様はにやにやと見つめてきた。

こうしてみると本当に『彼ら』は兄妹なのだと改めて認識してしまう。

まったくもって表情がそっくりだ。


「ふむ……これは都合がいいな。

 神の欠片をどさくさに紛れて入手できるチャンスだ。

 デュミシリスとジュリアナを向かわせるか。

 それでデュリーゼ、状況はどうなっている?」


「現在は情報を規制してドロバンス帝国の陥落はどの国にも覚られてはいません。

 トトッペ皇帝も抵抗したようですが奮戦の果てに鬼に殺害されております。

 息子が数名いたようですが、いずれも命を落としました。

 末の子の遺体が確認できていないところを見ると、

 どこかに潜伏している可能性がありますね」


「そうか、鬼相手ではいくらチート能力を持っていても意味がないからな。

 精々撤退する時に目くらましとして使える程度だ。

 鬼を倒すには桃力、あるいはそれに準ずる力が必要になる。

 聖光気、神気、ゼウス神の雷霆などが代表的だな。

 いずれも手に入れるのが不可能に近い。

 やはり鬼を退治するには桃力が手っ取り早いな」


「そうそう、桃力といえば妹君も力を取り戻し元気な姿を見せましたよ」


「だろうな、ここまで伝わってきたよ。

『ヤツ』もエルティナにちょっかいを掛けたようだしな」


デュリーゼは手に持っていた資料をトウキチロウ様に手渡した。

こう言うところは几帳面な彼らしい。


「私の提案で鬼達は一年間ほど軍備の強化に費やすでしょう。

 その後、ミリタナス神聖国を陥落させて

 ラングステン王国に総攻撃をおこなう手筈になっています。

 西と南から攻撃されれば大国とてひとたまりもないでしょうから」


「ふふ、つまりミリタナス神聖国を攻めている間に

 ドロバンス帝国を我々で落とせばいいのだな?」


「はい、お願いします。

 それと私が調べた情報では神の欠片が二十以上はあるようです。

 ドロバンス帝国も機甲兵団も壊滅した今となっては戦力に期待できません。

 神の欠片の回収後は貴方が大暴れしても構わないでしょう」


「おやおや、怖いことを言うものだ」


彼の言葉には人間に対する優しさは一切ない。

彼には同族に対する優しさ以外はないのだ。

少なくとも鉄の仮面で覆ったとしか思えない顔からでは、

それ以上のことはわからない。


「それとアランという鬼のことです。

 彼は致命傷を負い再生カプセルで経過を見ていたのですが。

 あることが切っ掛けで復活を果たし危険な能力を得るに至りました。

 このままではエルティナに危害が加わると思いますがどうしますか?」


「ふむ、エルティナが仇にしている鬼だな? 予定通り退治させてくれ」


「しかし、今のままでは彼女は……」


「そうだな……だが、虎熊と戦うと言っているのだろう?

 アラン程度の鬼に勝てなければヤツと戦う資格すらない。

 今、妹には多くの試練が必要なのだ」


「トウキチロウ……」


「デュリーゼ、ハッキリ言おう。

 エルティナが桃使いになったのは俺の誤算だ。

 別れる際、妹に一切の力を残さなかったつもりだった。

 だが、俺が妹の姿を確認した時には既に桃使いとしての道を歩んでいた。

 桃使いになるには誰の意思でもない、自分の意思が必要になる。

 なりたくないと拒否することも可能なんだ」


トウキチロウ様は自身の小さな手を見つめ拳を作った。

悔しそうにそれを見つめている。


「妹には束の間の平穏を過ごさせるはずだったんだ。

 もう十分過ぎるほど傷付き苦しんだんだ。

 苦しみ続けるのは『罪』を背負った俺だけでよかったというのに。

 俺は……俺達は苦しみ続けなければならないというのか」


「ならば、汝が救いなさい、トウキチロウ」


「姉上……」


それまで口を噤んでいたフレイベクス様が主様にそう諭した。


「兄妹なのでしょう? 私も協力します。

 汝の妹であれば私の妹でもありますから」


トウキチロウ様は驚いた顔を見せ大きく息を吐いた後、穏やかに微笑んだ。


「姉上は俺よりも竹を割ったような性格でありますな。

 デュリーゼ、妹を頼む。

 俺達はゆえあって、まだ対面することは叶わない。

 今はまだ敵同士でいなけれなならないのだ」


「えぇ、わかっておりますとも。

 マイアス教の強大な権力がある限り、あなた方は光と影の存在。

 決して交わることは叶いません。

 ですが……いつかその願いも叶えられる日が来ると信じております」


「あぁ、俺もだよ。デュリーゼ」


トウキチロウ様の言葉を聞き届けた白エルフの賢者は

僅かばかり表情を崩し闇に中へ消えていった。


「モーベン、これから忙しくなる。

 おまえはひとまず身体を休め次の指示を待て」


「御意」


私は跪き首を垂れた。

今日は驚くことばかりだ。

きっと死んだように眠ることだろう。


「……ご苦労だったな」


私の肩に手を載せ労いの言葉を掛けてくださるトウキチロウ様。

その手は温かく優しかった。



◆◆◆


自室に戻った私は今日の出来事を思い返していた。


何故、トウキチロウ様は私に残るように命じたのであろうか?

今日話された事柄は全て機密レベルのものだ。

大司祭すらも呼ばずに事を進められた。


「……まさかな」


我らの絆は確かなものだ。

裏切者などいるはずがない。

では……何故、私だけがこの情報を知ることになったのだろうか?

私とトウキチロウ様との接点など……!?


「エルティナ……」


そうだ、私だけが彼女と関わりを持っていた!

いやしかし、それでも……!!


「あぁ、超頭痛い……もう寝よう」


うん……考えるのは寝てからにしよう。

もう、おじさんは疲れたよ。夢の中に現実逃避だ。

どうせ明日からまた部下達の面倒を見なければならない上に、

代わりに面倒を見てくれていたジュレイデから愚痴られるのは確実だ。


私は白エルフの少女のように白目痙攣しながらベッドに潜り込んだ。

火照った身体を冷えた布団が冷やしてゆく。


あぁ、ベッドが私に優しいなぁ。


私が眠りに落ちるにはまったく時間が掛からなかった。

今日はぐっすりと眠れそうだ……。

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