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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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406食目 蘇る青き竜使いと黄金の竜

◆◆◆ 闘神ダイク ◆◆◆


暗黒の空を相棒と共に駆ける。

手に持つのは愛の剣、背に受けるは友の声援。

負けられない……心に背負うは愛した女性ひとの最期の願い。


「ダイク! 行くぞっ!!」


「おう、かっ飛ばしてくれ!」


目の前にはフレイベクスの巨大な姿。

それを操るのは鬼に堕ちたハーイン。

全てに決着をつけようじゃないか。


「ハーインっ!!」


「その姿は……ダイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」


ハーインは怒りと憎悪を以って腐食の吐息を吹きかけてきた。

その巨体から放たれる膨大な量のドス黒い息を回避するのは困難と判断し、

俺はその吐息を拳圧でもって圧し返す判断を取ることにする。


……できるはずだ、今の俺であるならば。


「ずあっ!!」


渾身の力を振り絞り愛の剣を手にしていない左拳で虚空を殴る。

懐かしい感覚と共に大気が震え見えない力が解き放たれた。

それは俺の目論みどおり腐食の吐息を押し返しすことに成功したのみならず、

謀らずしもハーインの視界を潰すことになったのだ。


「なぁっ!? ぐわわっ!!」


ハーインは巨大な前足をぶんぶん振り、

顔に掛かった腐食の吐息を払うことに夢中になっている。

どうやら人の姿を捨てたことにより感覚が鈍っているようで、

俺達がどこにいるのかわからないようだ。


「好機だ、マイク!」


「OK、ダイク、わかってるよぉ? ブラザー、準備は良いか!?」


「問題ない! 的を知らせろ!」


「OH、喉から移動したな? 

 もう、どこに行っても無駄だぜ、

 マーキングは既に終えているからよ……そこか。

 ブラザー! ヤツは眉間に移動! 潰れた視界を補おうとしてるようだ!」


「迂闊なヤツめ! 桃力特性『固』! 当たれぃ!!」


相棒の口から桃色に輝く球体が無数に放たれた。

迫り来る桃色の球体に気付いたハーインは

慌ててフレイベクスを動かし避けようとするも、

その巨体が災いして回避には至らなかった。


「し、しまった!? 人間の時の癖で……だが、この程度で!!」


動きを封じられたハーインであったが、

自身の上半身をフレイベクスの眉間から出し抵抗する姿勢を見せた。

そしてフレイベクスの肉体から

無数の触手を生やし俺達に向けて放ってきたのである。

だが、この技を『覚えていた』俺は、手にした愛の剣で難なく切り払う。


「フレイベクスの影も同じ技を使ってきたな……

 覚えているか、アッシュのことを」


「っ!! アッシュ……忘れられるわけがないだろう!」


アッシュ、傭兵の剣士……そして俺達の親友。

彼はフレイベクスの影から放たれた触手からハーインを庇って命を落とした。

少し皮肉屋だが、陽気で仲間想いの良いヤツだった。


「ダイク! いい加減に俺の手に掛かれ! 抵抗は無駄だ!!」


続けてハーインはフレイベクスの目から禍々しい怪光線を放ってきた。

それは命中した崖の岩肌を蒸発させるほどの高熱を秘めている

赤黒く輝く破壊の光線だ。


これも『覚えている』。

いや、忘れたくても忘れられないのだ。


「バクスト。あのおっさんも最期まで一歩も引かずに俺達を護ってくれたな」


「言うな……言うなダイクっ!」


重騎士バクスト……傭兵を小バカにしていた、いけ好かない王国騎士。

だが、彼は重症の身でありながら

撤退する俺達を庇ってフレイベクスの怪光線に焼かれた。

今となっては彼の真意はわからない。

だが彼が言い残した『頼む』という言葉だけは鮮烈に俺達の頭に焼き付いた。


「俺はっ! 俺はっ!!」


フレイベクスから赤黒い鋭利な鱗が飛ばされてきた。

邪竜の鱗は恐るべき強度であり、

放たれたそれは切れ味の鋭い刃と化して襲いかかってくる。


「エストルーゼ……覚えているだろ」


「忘れるわけがない……それをおまえが聞くのか! ダイクっ!!

 俺の最も大切だった人を! 愛した女を!」


エストルーゼ、青髪が美しかったハーインの婚約者。

彼女はフレイベクスの影が散り際に放った鱗に貫かれ

愛するハーインの目の前で息絶えた。


それからだ、彼が人前で決して笑わなくなったのは。

いや、魂が抜けたといった方がいいか。


彼は普通に振る舞っているつもりであったようだが、

俺達からしてみれば、魂が抜けてしまった人形のように見えていたのだ。


「おまえは『エリス』に彼女の面影を重ねているっ!!」


そう、エリスは驚くほどに

ハーインの亡くなった恋人であるエストルーゼに似ていた。

まるで生き写しのように。


俺もそのあまりに似ていた容姿に思わず驚き、不覚にも右足を失ってしまった。


「あぁ、最初はそうだった!

 彼女を幸せにしてやることが、彼女への償いだと自分に言い聞かせていた!」


ハーインが再び無数の触手を放ってきた。

今度は数が多い、相棒に被害が行かぬように切り払うも、

自分のことまで気が回らず数発の触手に貫かれてしまった。


「ダイク!」


「問題ない! 急所は外れている!」


ハーインは更に攻撃を強めてきた。

まるで自分が秘めていた激情を全て吐き出すかのように。


「エリスも俺を利用するつもりで近付いてきたのだろう。

 でもな……肌を重ねてゆく内にわかったよ。

 彼女はエストルーゼではない、エリスという女なのだと。

 震える身体を俺に預ける彼女が堪らなく愛おしかった」


ハーインの攻撃は苛烈を極めだした。

もう自分のスタミナの配分など頭に無いかのようだ。


「それから彼女をエリスとして愛するのに時間は掛からなかった。

 そして彼女も自分を打ち明けていってくれたよ。はぁはぁ……。

 俺に近付いた目的も、今俺のことをどう思っているかも!」


遂にハーインはフレイベクスの持つ攻撃方法を余すことなく使い

辺りを無差別に攻撃を始めた。もう、俺を目標にすらしていない。

ここいら一帯を破壊しつくすつもりなのだろうか。


「エストルーゼを失った俺は苦しんだ!

 ま、まともに眠れた夜などない! ぜぇぜぇ……。 

 気が狂いそうなほどの後悔と罪悪感に苛まれ続けた!

 ダイク! おまえに俺の気持ちがわかるか!?

 最愛の人を目の前で亡くした俺の気持ちを!」


最早ハーインは目に映る物を破壊することのみを目的としているようだ。

ヤツはもう回避などしようがないほどの攻撃で空間を制圧していた。


「はぁはぁ……だがエリスに出会って、

 お互いの気持ちを共有し理解しあったその日の夜……ぐっ!

 お、俺はぐっすりと眠ることができたんだ!」


「ハーイン! おまえは……!! くっ!」


「俺は愛に苦しんだ! だ、だが……俺を救ってくれたのも愛なのだ!

 鬼である彼女が俺を救ってくれた! だから……俺も鬼に堕ちようと決めた!

 ぜぇぜぇ……今度こそ、愛する女と共にあるために!!」


ハーインが放った触手が俺の左頬を掠めるように切り裂いた。

たちまち鮮血が飛び散り鋭い痛みが襲い掛かってきたが、

今の俺には丁度いい気付けとなった。


集中力が落ちてきている、そろそろ決着をつけなければ。

だが、俺はハーインにまだ『答え』を聞いていない。


「ぐっ!? おまえは鬼がなんなのか知らないのか!?

 はぁはぁ、フレイベクスが奪った命のことを忘れたのか!?」


「知っているし忘れてなどいない! 

 ぜぇぜぇ……それでも俺は選んだのだ、鬼としてエリスと生きることを!

 ダイク、我が友よ! それが俺の答えだ!!」


「っ! バカ野郎!!」


もう説得も無意味だ。

ハーインの決意は俺が想像するよりも固い。


「はぁはぁ……相棒、決着をつけてくる。限界まで近づけるか?」


「無論だ、行くぞ!」


黄金の相棒がハーイン目掛けて急降下を始めた。

強烈な突風が顔に当たるも決して目を閉じることはしない。

ハーインが最後の力を振り絞るかのように触手の弾幕を正面に張ってきた。

これが……最後の攻防だ!!


「ブラザー! チャージは終わってる!」


「我らの行く手を阻む汝の執念に、我は純然なる怒りを解き放たん!!

 行けい!『烈火の音玉』!! ダイクの道を作り上げろ!!」


黄金の相棒から放たれる特大の輝く炎の球体は触手の弾幕に飛び込み爆ぜた。

恐るべき突風と炎がまるで花火のように広がり触手を焼き尽くしてゆく。

遂には触手で作られた弾幕の中央にぽっかりと巨大な穴を作り上げたではないか。


「ひゅーっ! た~まや~ってかぁ!? 上手くいったZE!」


「我らにできることはここまでだ! 行ってこい……ダイク!!」


「あぁ、行ってくる!!」


俺は相棒から邪竜の眉間目掛けて跳んだ。

全てに決着を付けるために。


「ハーイン、これで終わりにする!!」


「終わらぬ、終わってなるものか! 俺はエリスと共に生きる!!」


ハーインが全てを賭けて黒い槍を作り出し構えた。

昔、ハーインと何度も手合わせした時と同じ構えだ。


当時ハーインは騎士であり、俺は流浪の傭兵だった。

立場の差は歴然であり、本来ならば手合わせなどもってのほか。

けれども彼は俺の剣の腕を褒め称え友になってほしいと言ってくれた。


嬉しかった、何よりの報酬だと喜び

浴びるほど酒を飲んで二日酔いになった。


それからは二人で行動することが多くなった。

共に好きな人を語り合い酒を飲み明かした。

彼と共に過ごした日々を忘れたことなどない。

忘れることなどできようものか……ハーインは人生で最高の親友だったのだから。


「ハァァァァァァァイィィィィィィィィィィィィンっ!!」


「ダイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」


俺の愛の剣とハーインの暗黒の槍とが激突した。

その瞬間、手に持った愛の剣が俺の想いに応えるように眩い光を放ち始めた。

脳裏に次々浮かぶのは死んでいった戦友達、フィリミシアの人々、

エルティナ達、相棒、リマス王子、そして最後に……

俺の愛したリリィ王女の最高の笑顔。


「リリィ、俺はきみを愛せて……よかった。

 ハーイン、俺はおまえの親友になれて……本当に良かった」


俺は笑った。

昔のように、彼女と共にあった頃のように。

ハーインと酒を片手に語り合った、あの日の夜のように。


愛の剣がより強い光を放ち暗黒に染まった槍を砕いてゆく。


「な、何故だ!? 何故、砕けてゆく!! まだ足りぬのか!

 これほどの怒りを、憎悪を以ってしても足りぬというのか!?」


「ハーイン、おまえならわかるだろう? この力が」


「なんだとっ!? ぐっ……この力は!?」


その瞬間、愛の剣は暗黒の槍を砕き深々とハーインの胸に突き刺さった。

そこからピンク色の輝きが溢れんばかりに漏れ出す。

皆の想いが籠った桃力が鬼に堕ちたハーインに注がれたのだ。


「あばよ……戦友」


「ダイク……そうか、そうだったな。

 俺は愛に苦しめられ、そして救われた。

 そして、この力は……愛なの……だな……」


愛の剣を引き抜き俺は跳んだ。

そんな俺を最高のタイミングで回収してくれるのは黄金の相棒だ。


「ダイク、見事だ」


「おまえさん達のお陰さ」


眼下にはゆっくりと倒れ崩壊してゆくフレイベクスの姿があった。

砂煙に包まれハーインの姿は確認できない。

だが、俺達にはまだやるべきことがある。

感傷に浸るにはまだ早いのだ。


「さ、次だ次。この腐食の雲をどうにかしないとな」


「ふっきゅんきゅんきゅん……それならば俺の出番だな」


フレイベクスを倒したことを確認して飛んできたのだろう。

聖女エルティナの背には虹色に輝く蝶の翅が生えていた。

あのフィリミシアを襲った竜巻でも見せた奇跡の翅である。


「はい、ちょっくらお邪魔するわよ~……げふっ」


「エルティナ、我の背で吐血するな」


「ネ、ネタで女言葉を使ったら吐血した……解せぬ」


どういう体質だ? 我らの聖女様は相変わらずであった。

取り敢えずハンカチで口を拭った彼女は、俺の手にする愛の剣に語りかける。


「初代様、最後の大仕事だ」


「えぇ、今の私達ならそれも叶いましょう」


「愛の力ってヤツでな」


「いちゃつくのは後にしてくれませんかねぇ?」


「今しなかったら、絶対に離ればなれになるだろうが」


「い~や~、貴方と離れたくない~」


「あぁ、エルティナ~」


「おいぃ……シグルド、おまえの魂の相棒って」


「汝に言われたくない」


「時間がないんじゃなかたのか?」


「「「「あ!」」」」


俺は不覚にも大笑いしてしまった。



◆◆◆



消えてゆく腐食の雲。

空は徐々に青い色を取り戻してゆく。

愛の剣が放つ輝きが腐食の雲を消し去ってゆくのだ。


雄大に空を飛ぶ黄金の相棒。

その背に乗るのは俺と聖女エルティナ。

俺が掲げる剣の柄にそっと手を添えて愛の力である『桃力』を注ぎ続けている。


「皆にもらった力を返す……当然だなぁ?」


彼女が桃力を注ぎ込み愛の剣が光を放つ、

その光は空のみならず地上をも蘇らせる凄まじいものだった。


「凄いな、どんどん命が蘇ってゆく」


俺の言葉に彼女は首を振った。


「人の命までは蘇らせることはできない。

 失った者は事実として迎え入れるしかないんだ」


「……そっか」


この戦争でかなりの命が失われた。

ティアリ王家はリマス王子を残して皆死んだ。

この国が再興されるには、かなりの歳月が必要になるだろう。


「……日の光か。

 数十分見てないだけなのに、もう何年も見てないような感覚だぜ」


「ふきゅん、言われてみればそんな感じがするんだぜ」


「我らが勝たなければ、それは現実になっていたであろう。

 自分のおこないを誇れ、ダイク。汝は紛れもなく英雄だ」


「英雄か……泣けるねぇ。相棒、ありがとよ」


輝く太陽が大地を照らした時、腐食の雲は綺麗さっぱりとその姿を消していた。

この日、ティアリ王国を滅亡寸前まで追い込んだ戦争は終わったのだ。

俺は決してこの日のことを忘れることはないだろう。


「ははっ、良い景色だ」


「ふきゅん、まったくだぁ……」


澄み渡る青い空に俺は友といた。俺達が取り戻した空だ。

どこまでも、どこまでも青い空。そこら辺の宝石なんて目じゃない。

これこそが最高の報酬だと感じずにはいられなかった。

吹き抜ける風が疲れた体を労わるように撫でてゆく。

俺は改めて知った、世界がこんなにも広いということを。


「帰ろうか……俺達の帰る場所に」


「あぁ、きっと皆がまってるぞぉ、シグルド、頼む」


「うむ、しっかりと掴まっていろ」


俺達はゆっくりと皆の待つ地上へと降りていった。



◆◆◆



「帰ってきた!」


「お~い! ここだ、ここだっ!!」


「あぁ……噂は本当だったんだ!!」


「青き竜使いと黄金の竜が帰ってきたんだ!!」


「俺達、傭兵の希望の星!!」


「万歳! ばんざ~い!!」


地上の傭兵達が空から降りてきた俺達を見つけて大騒ぎしている。

まったくもって、えらい言われようだった。

俺は青き竜使いになった覚えはない。

確かにその名前は聞いたことはあるが、少なくとも俺ではないことは確かだ。


「……懐かしい通り名だ」


「相棒……やっぱり、おまえさんがそうだったのか」


「昔のことだ。そして、青き竜使いと黄金の竜は死んだ。もういない。

 今ヤツらが目にしているのは『新しき』青き竜使いと黄金の竜だ」


「そっか」


「うむ」


それ以上の詮索も会話も必要なかった。

シグルドに相棒と認識してもらえているのが何より嬉しかったからだ。

久しぶりに地に足を付けると、一人の少年が駆け付けてきた。


「ダイク! 無事で何よりです!!」


「リマス王子……貴方こそご無事で」


リマス王子は顔をくしゃくしゃにして抱き付いてきた。

今まで相当無理をしていたのだろう。

いや、させてきたの間違いだな。俺は相変わらず情けない大人だ。


「う、うう……! ダイク、ダイク!! よかった、本当に、本当に!!」


「もう大丈夫です、この地を脅威にさらしていた者は滅びました。

 これで父君も母君も安心して眠れることでしょう」


俺は国の跡継ぎである年端もいかない少年を力強く、

しかし壊さないように抱きしめた。

リマス王子の戦いはひとまず終わりを告げた。

だが……彼の本当の戦いはここから始まるのだ。


「ヤッシュパパン、エリスとマジェクトは見つかった?」


「いや、恐らくはフレイベクスが倒されたのを確認して逃走したのだろう。

 連中には空間を跳躍できる魔法のようなものが使えるみたいだからな」


「……そっか、エリスは今、何を想っているんだろうな?」


「鬼か……彼らは我々と何が違うのだろうな?」


親子は澄み渡る空を眺め、最愛の恋人を失った彼女に思いを馳せた。

結局ハーインは彼女を救うどころか悲しみを増やしたに過ぎなかったのだ。


聡明なおまえを狂わせたのは愛なのか?

愛ゆえに人は狂うというのか?


「ハーイン……おまえはその答えで本当によかったのか?」


俺はあの青い空を見て祈った。

誰も祈りを捧げないであろう親友のために。

心から……心から。


あばよ、ハーイン……俺の親友。



◆◆◆



ティアリ王国の命運をかけた戦いは

解放軍とラングステン騎士団の勝利で終わった。

戦死者が五千人以上に及ぶ凄惨な戦争は後世にまで語り継がれることだろう。

鬼の恐怖の記憶と共に……。



































◆◆◆ マジェクト ◆◆◆


俺達は負けた。最悪の結果だ。

大地に横たわるのはフレイベクスから崩れ落ちたハーインさんの上半身。

フレイベクスは彼よりも早くピンク色の光の粒となって天に昇っていった。


ハーインさんは辛うじて姿を保っているものの、

それも桃力によって今にも消え去りそうな油断ならぬ状態だ。

エリス姉貴がハーインさんの手を取り

顔をくしゃくしゃにして涙を流し続けている。

桃力に侵食されているハーインさんの手はエリス姉貴の手を焼き続けていた。

だが、それもお構いなしに彼の手を握り続けている。


「ハーイン様! ハーイン様!! しっかり、しっかりして!!

 お願いだから……目を開けてぇ!!」


エリス姉貴は目を閉じたままのハーインさんをずっと呼び続けている。

彼が輪廻の輪に帰ってしまうのは時間の問題だった。

もう残っているのは上半身のみ、

それも徐々にピンク色の光の粒になって空に昇っていっている。


「……エリ……ス」


「っ! ハーイン様!!」


「ハーインさん!」


エリス姉貴の必死の呼びかけが実ったのかハーインさんが目覚めた。

彼は眼だけを動かし自分がどうなっているのかを確認すると

全てを悟った様子で弱々しく語り始めた。


「そうか……私は……敗れたのだな」


「ま、まだ、終わりません! ここからです、ここからなのです!」


「エリス……俺の愛する女性ひとよ……」


彼は震える手を懸命に動かしエリス姉貴の頬を流れる涙を拭った。

その手はピンク色の光に侵されている。

本来ならばエリス姉貴の顔を焼いてしまうであろう輝きは

何故かそれをおこなうことなく静かに二人を見守っていた。


「許せ……俺はおまえと共に……いられぬようだ……ごほっ」


「ハーイン様、しっかりして!

 私と生きるって約束してくれたではありませんか!!」


「あぁ、おまえと一緒であれば……どんなに……幸福でいられたことか……」


ハーインさんの頬を伝う涙。

本島の鬼達は俺達の姿を見て笑うのだろうか?

鬼が涙を流すなど情けないにもほどがあると。


あぁ、俺達は本当に情けないな。

人間を捨て鬼になっても中途半端だ。

だから……また、大切なものを失ってしまう。


俺の頬を涙がつたう。

鬼になって捨てたはずの涙がぽたりぽたりと地面を濡らす。


俺にもっと力があれば……結果は変わっていただろうか?

俺達は結局、また何もできぬまま大切なものを失おうとしている。


何故だ……奪い尽くした俺達からこれ以上奪うというのか?

俺達は幸せを手にしてはいけないのか?

誰か……教えてくれ!! 俺達はなんのためにこの世に生まれたんだ!!


ハーインさんの身体が一際ピンク色の光に包まれ始めた。

ほろほろと崩れ始める彼の身体。

それは、もう残された時間がないことを暗に告げていた。


「そんな……まって、行かないで!!」


エリス姉貴が握っていたハーインさんの手が光の粒になって解けてゆく。

もう、俺達が彼の肉体の崩壊を止める術はない。


「エリス……生きろ」


「ハーイン様と一緒じゃなきゃいや!!

 お願い……だから……いかないでぇ……私を置いてかないでぇ……」


もう、最後の方は言葉として聞き取れない。

泣きじゃくる彼女は子供のように駄々をこねるしかなかった。

俺もハーインさんの最期の姿を見届けようとするも、

視界が歪んで彼の顔が見えない。


悔しい、悔しい、悔しい……!!


「マ……ジェク……ト、愛する義弟よ……エリスを……たの……む」


「ハーインさん……ハーインさん!!」


俺がハーインさんの名前を叫ぶと彼は弱々しく微笑み、

その身を光の粒へと変えて天に昇っていった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


エリス姉貴の絶叫が腐食の雲に覆われた空に飲み込まれていった。

その雲もあいつらによってどんどん取り除かれてゆく。

俺達の空をあいつらは希望ぜつぼうの色に染めていったのだ。


「うっ、うう! 苦しいよぉ、悔しいよぉ……

 なんで私達は奪われてばかりなの? なんで私達は幸せを掴めないの?

 ハーイン様……ハーイン様ぁ……」


俺は肩を震わせて泣きじゃくる姉貴を抱きしめることしかできなかった。

俺の兄貴になってやると言ってくれたハーインさん。

嬉しかった……女神によって奪われた未来が

少しづつ取り戻せているのだと実感できた。


だが……現実は非情であった。


またしても女神の手先達によって俺達の未来は奪われた。

鬼となり力を得ても、その上を行く力に蹂躙され奪われる。


「俺達は後……どれだけ奪われればいいんだ。

 教えてくれよ……ハーインさん」


答えなど返って来ようはずもない。

もう、彼はこの世からいなくなってしまったのだから。

義弟と呼んでくれた彼とは、もう二度と会えないのだから。


「まだ、このようなところにいたのですね」


「デュリンク博士……」


空間が歪みそこから白エルフの男が姿を現した。

タイガーベアー様の側近、デュリンク博士だ。


「さ、帰りますよ。ここにいては桃使いに発見されてしまいます」


「もう……いい。ハーイン様のいない世界にいても……」


「エリス姉貴!?」


こんなに疲れた表情を俺達に見せたのは初めてだ。

本当に本気の恋だったのだろう。全力で人を愛したのだろう。

彼女の瞳には生気がまったくなかった。

もう、エリス姉貴に生きる気力は残っていないのだろうか。


「……そうですか。なら、そこにいるといいでしょう。

 桃使いが貴女を処分してくれるはずです」


「デュリンク博士!? てめぇっ!!」


白エルフの男、デュリンク博士は

非情にもエリス姉貴に向かってそう言い捨てた。

その言葉に激怒した俺は、デュリンクに向かって拳を振り上げようとしたが、

彼は何も言わず横目で俺を制止してきた。


「ですが……貴女はハーイン殿に『生きろ』と言われたのではないのですか?」


「……!」


彼の言葉にエリス姉貴が反応を示した。

この言葉を知っているということは

彼なりに気を利かせて見守っていてくれたのだろう。


「生きなさい、エリス。

 貴女がハーイン殿のことを本当に想っているのであれば」


「……ハーイン様」


エリス姉貴は幽鬼のようにふらりと立ち上がり、

おぼつかない足取りでデュリンク博士の通ってきた空間の歪みに姿を消した。


「デュリンク博士……すまねぇ」


「いえ、お気になさらずに。私も研究材料を失うのは手痛い損失なので」


「……そう言うことにしておくよ」


俺は照れ隠しのようにして

そそくさと空間の歪みに入るデュリンク博士の後を追う。

依然、彼が俺達の本当の味方であるかはわからない。

だが……俺は彼のことがそれほど嫌いではなくなった。



◆◆◆



俺は暗い空間を再び歩く。

あの時と同じだ。

勇者タカアキが残した言葉が俺をこの世に縛り付ける。


「生きろ……か」


生きた先に何があるのだろうか?

俺達『鬼』が辿り着く先はいったいどこなのだろうか?


俺にその答えが見つかるのだろうか?


「ハーインさん……俺は……」


俺は歩き続けた。

答えが見えない闇の中をただひたすらに。

答えがあるかもわからない闇の中をただひたすらに。


答えが見つかるまで、ただひたすらに……。

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