405食目 愛した女性からの贈り物
放たれるのは腐食の息。
フレイベクス……いや、ハーインは
空を覆い尽くすように暗黒の息を撒き散らした。
「いったい何をする気だ?」
空を飛び回る俺達に向けて吹きかけるわけでもなく、
延々と空に向かって腐食の息を吐き続ける邪竜は
空を黒く染め上げたところでその行為を終了させた。
「はぁぁぁぁぁ……これでいい、これでマイアスは手を出せまい。
この暗黒の雲はおまえ達を確実に葬り去るために用意した物だ」
それは果たしてハーインの言葉だったのだろうか?
もしかしたらフレイベクスの言葉だったのかもしれない。
「滅びろ、マイアスの人形ども……我が滅びの雨をその身に受けて!!」
邪竜がそう言い終わると同時に、ぽつりぽつりと真っ黒な雨が降り注ぎ始めた。
その雨を見た瞬間に強烈な悪寒を感じた俺は、
即座に頭上に魔法障壁を張り雨との接触を防いだ。
「な、なんだこれは!? 雨に当たった部分が腐ってゆくだと!?」
「やろう……とんでもない物を作りだしやがって!!」
まさに悪夢のような光景であった。
世界の終わりとはまさにこういった光景なのだろうか?
どんどん見ている景色が腐り姿を変えてゆく。
木や野生動物達はもちろん、大地までもが腐り異臭を放ち朽ちていった。
このようなことは桃使いとして……
いや、この世界に生きる者として断じて見過ごすことはできない。
「やろう、ぶっころしてやらぁ!」
俺は怒りのあまり咆えた!
もう怒りゲージは限界を越えてメーターが上がりっぱなしだ!
「桃使いは食うこと以外には命を奪わないのではなかったのか?」
「ふきゅん、そうだったな、なら九割殺す!」
シグルドにツッコまれて、
ほんの僅か冷静さを取り戻した俺は発言を修正した。
心優しい俺は一割程度生かしてやることにしたのだ。
俺って、なんて優しいんでしょ。
「かえって一割生かす方が難しいと思うのだが……まぁいい。
それでヤツをどうする? 魂こそ鬼であるが肉体は邪竜だ。
桃力を内部まで届けるには、あの分厚い肉体を通さねばならぬぞ」
「そこなんだよなぁ……
ライオットの拳なら中まで浸透させれるんだが生憎と戦える状態じゃない。
チェーンソーだって肉が分厚過ぎて切っている最中に反撃されちまう。
落とし穴はもう通用しないだろうな。てか……でか過ぎだろ」
その大き過ぎる肉体は既に暴力と言っても過言ではない。
何をおこなっても必殺の攻撃に昇華してしまうのだ。
闇の枝で攻撃しても食い尽くすまでに時間が掛かり過ぎる。
制御中は身動きが取れないという欠点があるため、
邪竜にごり押しされて体当りでもされようものなら
回避できずにぺしゃんこにされてしまうだろう。
ここまでデカいヤツと戦った経験がないので、どうすればいいのかさっぱりだ。
おまけに残された時間も多くはない。
このままではこの国の人々は腐り果てて死んでしまうだろう。
下手をすればティアリ城にいるクラスの皆も危ない。
「エルティナ、これはどういう状況だ」
「ふきゅん、レイヴィ先輩! 実は……」
俺はGDのブースターを吹かして空中までやってきた
レイヴィ先輩に事情を説明した。
「なるほど……やはりこの雨がGDを腐食させているわけか」
「あぁ、時間がない、手遅れになる前に邪竜と頭上の雲をなんとかしないと」
「そのようだな……ナイン、計算が終わったか。わかった。
エルティナ、GDの活動限界は十五分だと予想された。
GDを身に付けていない者もいるが
彼らはモモセンセイの大樹の加護のお陰で腐食を免れているようだ。
こちらの方は後十分足らずで効果がなくなる、
とドクター・モモから連絡が入ってきた」
「実質、俺達に残された時間は『十分』と言うことか」
「そのとおりだ、雲をどうにかするにしても大本を立たない限り意味はない。
おまえには桃使いとしての使命があるようだが、
事は一刻を争う……悪いが仕留めさせてもらうぞ」
レイヴィ先輩はそう告げると
M・カナザワに取り付けられていた
リミッター制御装置であるカバーをパージした後に
フレイベクスに向かって突撃を開始した。
当然、フレイベクスは彼を腐食の息で迎撃する。
ブースターを使用して限界まで速度を上げていたレイヴィ先輩は
姿勢制御サブブースターを思いっきり吹かして
通常では有り得ない回避をやってみせた。
おいぃ……なんだその動きは!?
当然、そのようなことをすれば自身もただでは済まないはずだ。
右足があらぬ方向に曲がってしまっている。
痛くないんですかねぇ?
「何回言えばわかるんだ、あの人は!」
俺はチユーズ達を緊急発進させた。
『きんきゅうはっしんだ』
『だぁ』『だぁ』『だだっだぁ』
『すくらんぶるぅ』『だぁっしゅ』
『おれたち』『ちりょうのぷろに』『まかせろ~』
うん、おまえらはどんな時でも通常運転だな!
わらわらと俺から飛び出してゆく治癒の精霊達は
すぐさまレイヴィ先輩の右足に纏わり付き治療を開始する。
かなりの速度で飛び回る彼に追従しながら治療をおこなう彼らは
自身達が言うように間違いなく治療のプロであった。パネェ。
「そこか、おまえの力は大き過ぎる……消えろ」
レイヴィ先輩がもつ異形の銃『M・カナザワ』から轟音が鳴り響き、
銃口から恐るべきエネルギー量を持った破壊の閃光が放たれる。
次いでM・カナザワが空になったカートリッジを吐き出し、
ガシャリと音を立てて次のカートリッジを接続して射撃命令を待つ。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
破壊の閃光は邪竜の左目を貫き貫通した。
当然、三秒間抵抗されることになったが、それでも貫通せしめたのである。
恐るべきはリミッター解除したM・カナザワであろう。
だが、リミッターを外すと、その分銃にかかる負荷が多くなる。
ってドクター・モモが言っていた。
「強制冷却開始……次弾発射まで三十秒。ちっ、頭では仕留められないか」
発射の反動を利用してフレイベクスの攻撃範囲から離脱した彼は、
再びブースターを吹かして空中を飛び回っている。
だが、そんなに吹かしていたら燃料がもたない。
『レイヴィ先輩、そんな戦い方じゃ燃料が尽きちまうぞ!?』
『燃料など気にしていられるか。俺達には時間がないだろうが』
〈テレパス〉で彼に警告するとそのような返事が返ってきた。
確かにレイヴィ先輩の言うとおりである。
俺達に残された時間は余りにも少なかった。
大いに遺憾ではあるがフレイベクスを仕留めてしまうことが
被害を最小限に留める方法であることは疑いようがない。
「くそっ、ただ見てるわけにはいかない、もう俺達も突撃だぁ」
「まて、エルティナ。闇雲に突っ込んでもヤツには敵わない」
「オオクマさん、でも……」
「俺に任せてくれないか?」
彼には何か作戦があるようだ。
でもオオクマさんも俺達と同じく脳筋タイプに見えるのだが……
いや、でも彼は理由もなく自分に任せろと言う人間ではない。
ここは自分の直感を信じることにしよう。
「わかった、オオクマさんを信じる。俺達はどうすればいい?」
「まずは三分時間を稼いでほしい。
その後、俺がこの青い剣でヤツの急所を狙う」
「オオクマさんはフレイベクスの急所を知っているのか!?」
「いや、知らん」
「おいぃ……」
やはり彼は脳筋だった。
俺の彼を信じた心を返してほしい。
「だが、急所を貫けるほどの力の宛はあるのだな?」
オオクマさんの言葉を聞き、桃先輩が何かを閃いたようだ。
「あぁ、そっちは保証する」
「了解した、ヤツの急所は俺達が調べる。
エルティナはオオクマ殿が準備を整えるまで彼の防衛、
シグルドはレイヴィ君の援護を。
マイク、我々はすぐにヤツの急所の場所を割り出すぞ」
「承知した」
「OK、まかされたZE!」
かなり大雑把な作戦になったが、俺達は基本脳筋であるのでこれが限度である。
もう桃先輩達に考えることは丸投げでもいいのかもしれない。
あれ? いつも丸投げしていたような……?
オオクマさんと俺、そしてチゲを崖の上に降ろしたシグルドは
レイヴィ先輩と合流し、フレイベクスの気を引くことに専念し始める。
その間に俺がするべきことは
オオクマさんと腐食の雨の範囲内にいる生物の保護だ。
そうすれば僅かばかりでも時間が稼げるはずである。
俺は全力で〈桃結界陣〉を腐食の雨が降る範囲内の生物達に張った。
「うごごごごご……桃力がゴリゴリ削れてゆくぅ」
「おまえは騎士団以外の生物達も保護しているのか?」
「当然だぁ……桃使いは救う者なのだから」
「なら〈桃結界陣〉ではなく〈桃結界膜〉を使うがいい。
雨が当たる分には激しい衝撃はないから十分程度なら耐えれるはずだ」
「ふきゅん、そうか。あんまり使えないと思っていた術も使いようなんだな」
〈桃結界膜〉は桃使いが初めに習う防御系の桃仙術だ。
だが〈桃結界陣〉に比べて衝撃に弱く、すぐに破れてしまう欠点がある。
しかしその分、消費する桃力も低く〈桃結界陣〉のように
常に桃力を注ぐ必要もない利点があった。
あれ? 俺って初級防御系桃仙術無視して、
いきなり中級から使わされていた疑惑が……?
「おし、取り敢えずはこれでよし。
桃先生も騎士の皆に使っていたようだけど……
どうやったら〈桃結界陣〉より強力な〈桃結界膜〉を張れるんだ?」
「防御系桃仙術は彼女の十八番だからな……エルティナ、来るぞ!」
「うぬっ! 桃結界……いや、闇の枝! 頼む!!」
膨大な量の腐食の息が襲い掛かってきた。
この量は桃結界陣では防ぎきれないだろう。
仮に防ぎきったとしても周りに被害が出てしまうことは予想できた。
よって、闇の枝に食べてもらうのがベストな答えだろう。
「くそ……久々に長い三分間だな」
援軍は期待できない。
エドワードもハマーさん率いるGD隊も小鬼の掃討で手を回せないでいる。
そもそも、こんなところまで来れないだろうしな。
『っ! エルティナ! そっちに行った! 回避!!』
レイヴィ先輩の叫び声によって思考を中断させられると、
地響きがどんどんと近付いてくることに気付いた。
「うはっ、体当りですか笑えない」
フレイベクスが大地を揺らしながら俺達に向かってくる姿が視界に入ったのだ。
回避しようにも現在は闇の枝で腐食の息を回収中なので動くことができない。
「うぬぬっ! 今動くわけには……!!」
俺の背後にはティアリの証を掲げ、
それに魔力を送り込んでいるオオクマさんの姿があった。
彼もまた動けないのか、迫り来るフレイベクスを見つめることしかでいる。
「ドラゴン! エルティナを回収する! ええい……間に合うか?」
「マイク! 桃力でヤツの足を固められぬか!?」
「とっくにやってるさ! 効果がまるでない! モンスターめ!」
シグルド達も向かって来てくれているが間に合いそうにない。
こちらも動けるようになるには、まだ時間が必要だ。
くそ、どうしようもない……これまでか?
「エルティナっ!!」
その時、俺の横を通り過ぎていったのは紅い閃光。
極限まで集中していた俺には
通り抜けていった者が誰だかハッキリとわかった。
ゆっくりと流れる光景の中に映っているのは大きな背中。
何度も見た頼り甲斐のある大きな背中だ。
「ヤッシュパパン!!」
「俺の娘をやらせはせん!! ぬぅんりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
真紅のガントレットが眩い光を放ち咆えた。
それはフレイベクスの眉間に命中する。
だが、質量が違い過ぎる。
いくらヤッシュパパンでもこの差を埋めることなどできやしない。
……そう考えていた時期がありました。
なんと、彼は二十メートルはあるであろうフレイベクスを
拳一つで吹っ飛ばしたのである。そんなバカな!?
「うおぉ……ヤッシュパパンは超怪力だった!?」
「ほっほっほ、いくらそなたの父君でもアレを吹き飛ばすことなどできぬ。
じゃから、わらわはあの竜とこの星との縁を切った。
わらわは全てを切る能力の持ち主じゃからの。
しかしながら縁とはすぐに繋がってしまうものなのじゃよ……
いちいち切るのも面倒なことよの」
そう言って優雅に歩み寄ってきたのは黒髪が美しい姫君、咲爛であった。
その後ろには景虎とクリューテルもいる。
どうやら、彼女は上手い具合にやったようである。
それにしても、フレイベクスと星との縁を切った? どういうことだろうか?
星との縁ねぇ……縁……あ! まさか!?
「この星とフレイベクスを繋ぐ『引力』を切ったのか!?」
「おぉ、それよそれ、引力じゃったのう。言葉が出てこなんだ」
それならばヤッシュパパンがフレイベクスをぶっとばせたのも理由が付く。
引力がなければヤツは無重力空間に漂うボールみたいなものだ。
ちょいと押してやればふわふわと飛んでゆくだろう。
「ふふ、咲爛様はあの邪竜の『勢い』もお切りになられている。
引力だけ切っても足りないことを、よくお分かりになっておられるのだ」
「流石は我がクラスのチート嬢だぜ、俺のハートがひゅんひゅん言ってやがる」
「ふっふっふ……もっと褒め称えるのじゃ」
だが、そのような支援があっても、
あの巨大な邪竜に躊躇なく飛びかかるヤッシュパパンの勇気を褒め称えたい。
俺は改めて彼の勇気を心より尊敬するのだった。
ヤッシュパパン格好良い、愛してる!
「エル様、この状況はいったい!?」
「クー様、詳しく説明している時間はない、
今はとにかくオオクマさんを三分間防衛することに集中してくれ」
「対人戦闘ならともかく……わたくしの能力では相性が悪過ぎますわね。
でも、わかりましたわ。やれるだけやってみせます!」
「よろしく頼むんだぜ!
チゲ、どれだけ桃力が残っている!?
……やっぱり、かなり減っているようだな。
むむむ、ここはチャージしておくべきか、残しておくべきか……」
チゲのゴーレムコアに桃力が蓄えれるようになっていると判明した今、
彼も立派な戦力となっている。
しかしながらヤッシュパパンのガントレットに貯蓄されている桃力が
かなり減っているのも目に見えてわかっていた。
さて、どちらを優先するべきか。
「答え、両方チャージする。
回れ、俺の桃力! 愛と勇気と努力の風を受けて!
桃使いは全てを選んで完遂する義務があるのだっ!!」
当たり前だなぁ?
どちらかを選ぶだなんて情けないことはできるわけがない。
これしきの苦難を乗り越えれないで
カーンテヒルをタイガーベアーから護れるわけがないのだ。
しかしながらダブルチャージはきつかった。
目が眩み堪らず膝を突くハメになる。
うおぉぉぉぉ……ぷるぷるが止まらねぇ。
だが、限界まで桃力を使い切った俺の耳に……いや、これは耳だけじゃない、
全身で感じる『声』が聞こえてきた。
この『声』はいつか俺が聞いた声だ。
そう……確かに聞こえる、温かい『声』が、切なる『祈り』が!
どこからだ……いや、どこからとかじゃない、
ありとあらゆる場所から『祈りの声』が送られてきている!
木々や動物達、そして皆……あらゆる『命』達が俺達にエールを送っている!
あぁ、そうだった。俺は一人だけど一人じゃない。
いつも皆に支えられてきたんだ。
これは奇跡の祈りだ。だったら……それに応えなければ桃使いではない!!
「無茶だ、エルティナっ! 桃力の残量が危険水域に達するぞ!!」
「無茶はするためにある! 桃先輩は感じないのか?
俺達に送られてくる『皆の声』が!
聞こえないか? 今尚、送られてくる俺達の無事を祈る『皆の祈り』が!!
俺にはハッキリと聞こえるし感じるんだ!」
「エルティナ、おまえは……!!」
「この声と祈りを糧に、俺は更なる奇跡を呼び込もう!
桃力特性『食』! 温かき声よ、切なる祈りよ、俺に力を与えたまえ!!」
うぉん! 今の俺は白エルフ火力発電所だ!
皆の祈りがある限り俺は桃力を皆に送り続ける!!
皆の声がある限り、いくら倒れようとも俺は立ち上がる!!
「俺は……桃使いエルティナだ!!」
俺の身体から桃色の光が溢れ出し
プラチナブロンドの髪を輝く桃色へと染め上げた。
何度も経験してきた『超桃使い化』現象である。
「これは……GDのエネルギーが回復して……?
いけるか、ナイン!『GD・ノイン』のデータを更新しろ!
仕掛けるぞ!! 彼らなら俺達の意図に感付くはずだ!」
「ガントレットのエネルギーが回復してゆく……
エルティナ、無茶はしてくれるなよ!?」
レイヴィ先輩とヤッシュパパンがエネルギーが回復したのを確認して攻勢に出た。
フレイベクスの肉体が損傷しても即座に回復することはわかっているようだが、
お構いなしに破壊を続けていった。
「なるほど、そういう意図か。マイク、我らも続くぞ!」
「OK、しっかし……規格外にもほどがあるぜ、エルティナってガールはYO!」
これにシグルドも加わり攻撃は熾烈を極めた。
おそらくヤッシュパパンがおこなっていることは
フレイベクスのスタミナを奪うことだ。
あれだけデカければ、その分身体を動かすのにより多くの体力を使うはず。
身体を再生させるのだってノーコストでできるわけがない。
『そのとおりだ、エルティナ。
ならば、どうすべきはわかっているな?』
『もちろんだぜ、桃先輩は引き続き調査の方を!』
『あぁ、任せておけ。もう少しで調査が終わる』
流石は桃先輩だ、頼りになるぜ。
俺は彼の代わりに咲爛に頼み事を伝えた。
「咲爛、フレイベクスの再生がおこなわれる際の気の流れは見えるか?」
「わらわには見えぬ」
「ふぁっ!? じゃあ、どうやって引力を切ったんだよ!?」
「エルティナ殿、慌てめさるな。それを見るのは私の役目。
私の能力は『視』……力の流れを見る能力を持っております。
咲爛様の成すことは、私の指示した場所を切るだけでございます」
「うむ、そういったことは下々の仕事であるからの。ほっほっほ」
咲爛の能力も大概だが景虎の能力もかなりのものだった。
彼女の目なら敵の弱点も簡単に見つけてしまうことだろう。
更には力の流れが見えるということは体術において、
特に投げ技において無類の強さを誇るのと同じだ。
力の流れに少しばかり便乗すればポンポン投飛ばせるのだから。
下手をすればフレイベクスもわけなく投げ飛ばせるんじゃないのか?
咲爛の手前、それを実行することはないだろうけど。
彼女は主を第一に考えるから目立つことを良しとしないからなぁ。
「なるほど、エルティナ殿の意図を理解いたしました。
咲爛様、あの邪竜のかかと付近に印を付けます。
バッサリとお切りください」
「うむ、大義である」
「そんなこともできるのか」
「……咲爛様と私は『血の契り』を交わしておりますゆえ」
「『血の契り』?」
「詳しくはまたの機会に、今は戦いに集中なさってください」
「ふきゅん、それもそうだな」
「ほっほっほ、それそれ、バッサリじゃ」
咲欄が扇子をひらりひらりと泳がせるように動かすと、
目には見えなかったが何かしらの力が放たれた。
きっとそれが咲欄の全てを切り裂く能力だったのだろう。
見えない攻撃っていうのも恐怖だな。
「……命中です、お見事でございます」
「これくらいは容易いことよ」
するとどうだ、フレイベクスの身体が再生しなくなったではないか。
恐るべきは咲欄の『斬撃』と景虎の『眼』だ。
この二人に掛かれば本当に切れないものはないだろう。
あ、そういえば弱点も見ることができるんじゃないのか?
よし、彼女に手伝ってもらおう。
その分、桃先輩達も他のことに手を回せるようになるはずだ。
「景虎、頼みたい……うおぉぉぉぉい! 血の涙ぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ……限界が来てしまいました。
申し訳ありません、私の能力は目にかかる負担が尋常ではないので
使用回数が限られております」
俺は血の涙を流し始めた景虎にほんの僅かばかりビビったが、
すぐに立ち直りチユーズに治療させる。
『むりしすぎ』『つぎやったら』『めが』『ぼんっ』
『めが~』『めが~』『あ~』
チユーズが怒りながら目を修復させていった。
彼らの言うことは脅しでもなんでもない。
次に能力を使ったら眼球が負荷に耐えられず破裂する危険があるのだろう。
そればかりではない、下手をすれば脳にも致命的なダメージがいきかねないのだ。
そんなことになれば即死の危険性だってあるだろう。
残念だが、景虎に視てもらうのは諦める方向でゆくしかないな。
「……助かりました、エルティナ殿」
「今日はちと使わせ過ぎたな、許せ、景虎」
「もったいないお言葉であります、咲爛様」
これで頼みの綱は桃先輩とオオクマさんだ。
時間的にそろそろだと思うのだが。
そのように思った時のことだ、
俺達の背後……つまりオオクマさんがいる場所から
とてつもない力が放たれ始めたのである。
その力は咲爛ですら驚愕の表情に変えさせる力を持っていた。
「いいぜ……待たせたな」
「オ、オオクマさん……なのか?」
青き剣を携える戦士は確かにオオクマさんが着ている青い衣服を身に付けていた。
だが、彼は四十歳を迎えた肉体の持ち主であり、
それ相応の歳を取った顔をしていたはず。
だが、今目の前にいる男性は明らかに二十代の風貌を持っている。
はち切れんばかりの肉体、漲る生気、決して折れないであろう精神を
隠すことなく晒していた。
「あぁ、俺が愛した女が最期に残した希望。それを使わせてもらったのさ」
「ティアリの証……でもそれって、
フレイベクスを封印するための物じゃないのか?」
「元々はな、でも彼女は別の使い方をしたのさ。
俺が普通に暮らしてゆけるように、幸せになってほしいと願いを込めて。
そうだ、このティアリの証に封じ込められていたのは『俺の力』だ」
「な……!?」
俺は耳を疑った。
今ですらとんでもない強さを持っているのに、更にパワーアップ……
いや、この場合は力を取り戻したといった方がいいか、をするのだ。
彼の力によって空間がグネグネと形を変えて視界に入ってくる。
尋常ではない、目を疑う、感覚がおかしくなってきた。
「ははっ、笑えるだろ?
俺が幸せになるには彼女の隣にいることが必要だったのに。
でもな、俺は所詮はただの傭兵だったのさ。叶わない夢だったんだ。
だから俺は彼女の言うとおり……全てをこいつに封印して国を去った」
「オオクマさん……」
「でもな……俺は今、感謝してるよ。
俺のぶっ壊すしか役に立たなかった力が役に立とうとしている。
愛した女の最期の願いを叶えてやれる。
俺の愛する連中を護れることができるってな」
少し悲し気な表情をしていたオオクマさんが青き剣を構え、
再び戦士の表情に戻った。
たったそれだけの行為に星が震える。
「桃先輩、目星は?」
「今終わったところだ。
弱点……というかハーインの魂だな。これは都合が良い、ともいえる。
オオクマ殿が手にしている剣でハーインを討てば
連鎖してフレイベクスの肉体も崩壊してゆくだろう。
現在のヤツの居場所は喉だが、ヤツは体内を移動することができるようだ。
まずは魂であるハーインの動きを止めなくてはならない」
「動きを止めるのはブラザーと俺っちでやる。
問題は相棒の剣だ。連続使用で流石に維持が難しくなっている」
マイクの言うとおり、青き剣は俺が見た時よりも輝きを失っていた。
この剣のエネルギー供給源はシグルドの桃力だ。
俺とは違い彼は無尽蔵に桃力を生み出せない……と思う。
ときたま、無茶苦茶にパワーアップするからわかんないんだよなぁ、こいつ。
不確定要素があり過ぎて予測できない。
え? 俺?……黙秘権を行使する!!
『ならば、彼は私が補完しましょう。さぁ、私の愛する人……再び一つに』
『あぁ、頼む。彼に勝利と栄光を』
俺の魂から眠りに就いたはずの初代が飛び出し、
その身を輝ける鞘へと変貌させた。
そして、そのまま青き剣に収まったではないか!
以前は俺を護るためにおこなった行為であったが、
今回はまったく違う結果となったのである。
『俺ときみの力を』
『今、ここに』
眩い光に包まれ姿を現したのは
溢れんばかりの魂の力で覆われている黄金の大剣。
青き輝きと桃色の輝きとが螺旋のように纏わり付いている。
『愛の剣……とでも名乗っておくかい?』
『やだ……シグルドさんったら』
きゃっきゃ、うふふ、は後にしてくれませんかねぇ?
冗談はさて置き、尋常ではない力を秘めているのは一目瞭然だ。
自称『愛の剣』はオオクマさんの力に呼応するかのように
更なる力を放ち始めた。
「ありがたいな……俺にはこんなにも多くの掛け替えのない友がいてくれる。
全てはきみの贈り物なのかい……リリィ」
オオクマさんは愛の剣を勇ましく掲げて咆えた。
「さぁ、決着をつけようぜ、相棒!!」
「うむ、今度は加減はせぬ、振り落とされるでないぞ! ダイク!!」
「ひゃっほぉぉぉぉぉう! 燃えてきたぜ! バーニングってやつさ!!」
オオクマさんがシグルドの首にまたがり暗黒に染まった空へと羽ばたいた。
キラキラと光の軌跡を描き向かうは邪竜と一体化したハーインの下。
俺は予感した。
今度こそ決着が付くと。
「俺達ができることはまだあるぞ! 腐食の被害を最小限に防ぐんだ!」
ティアリ王国の戦いは最終局面を迎えていた。
暗黒の邪竜と蘇った闘神。
どちらが勝つのかは天のみぞ知るといったところか。
「オオクマさん、勝てよ」
俺は全力で彼の勝利を祈ったのだった。