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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
403/800

403食目 理不尽

「エルティナっ! 忌まわしき記憶と共に消え去れっ!」


「だが断る」


「ぷぎゃっ!?」


顔を真っ赤にさせて向かってきたエリスが

俺の張った桃力入りの魔法障壁にぶち当たって無様な姿を晒す。

この程度も破れないような貧弱な鬼が

無力な赤ちゃん時代を乗り越えた今の俺に勝てるわけがない。


「この程度を破れぬとは……だから、おまえはデカケツなのだぁ!」


「きぃぃぃぃぃぃぃぃっ! くやしいぃぃぃぃぃっ!」


俺は桃師匠のお説教をマネてエリスにはっきりと言ってやった。効果は抜群だ!


ハッキリ言ってエリスは脅威にならなかった。

彼女が脅威たらしめたのはその洗脳能力だったからだ。

ここにいる連中は洗脳されるような柔なヤツはいない。

その殆どが、こうと決めたらテコでも動かない頑固者ばかりなのだ。


「もうエリスは放っておいてもいいな。

 シグルド、メインディッシュが来るぞ!」


「憎魔竜……なるほど、腐りに腐り果てた目をしているな」


赤黒い竜が怒りの咆哮を上げて突進してきた。

こいつにはいくつかのチート能力が備わっているが、

チート能力が備わっているのはおまえだけではない。

そのことを骨の髄まで教えてやるとしよう。


「んん~、久々の戦闘だぁ、暴れるとしようか」


「程々にな」


「約束はできないぞぉ」


桃先輩に窘められるが、彼自身それを強くは言ってこなかった。

つまり、暴れてもいいということである。


「突っ込むだけじゃ俺には届かないんだぜ」


そう、それでは俺には届かない。

砂煙を上げて突っ込んできたフレイベクスがずぶりと地面に頭から埋まった。

こっそりと俺が仕掛けた『落とし穴』に見事にはまったのである。


「ふっきゅんきゅんきゅん、初見殺しの味はどうだぁ?」


「HAHAHA! 相変わらずえげつない術だなぁ、お嬢ちゃん」


「我らも仕掛けるぞ、マイク!」


このチャンスにシグルドがいきなり仕掛けた。

俺も酷い目に遭ったヤツの必殺技『暴虐の音玉』である。

それを忠告なしにぶっ放したのである。


「ちょっ、おまっ!?」


『想定内だ、「耳栓」を起動させる』


慌てふためく俺に代わって

即座に魔法障壁で作った『耳栓』を耳にハメてくれる桃先輩愛してる。

その直後に超威力の音玉がフレイベクスの背中に命中し爆ぜた。


「む、固いな」


「やっぱり、リマス王子の言っていたことは本当だったか」


超威力を誇る音の爆弾が直撃したにもかかわらず、

フレイベクスの被った被害は鱗数枚程度で済んだのである。


「でもまぁ、攻撃が『完全に防がれていない』んじゃあ、甘いよな」


「うむ、そのとおりだ」


桃力以外の攻撃を完全に無効化する鬼と戦っている俺達にしてみれば、

こいつなんぞまだまだ緩い部類になる。


エリスとマジェクト? あのヘタレ共は鬼もどきだからカウントしない。

『本物』と戦った俺は、そのことがよ~くわかったからな。


「よぉし、それじゃあ、やっちゃうかな。クッキング開始だぁ……!!」


俺は魔法障壁で巨大な『チェーンソー』を作り出し起動させた。

鋭い刃がわんさか並ぶ輪が無機質な駆動音を立てて高速回転を始める。

その駆動音は、まるで早く獲物を寄越せ、と鳴いているようにも聞こえた。


「いきなりそれか」


「試し切りには丁度良いだろ?」


俺はもがくフレイベクスの背に向かって高速回転する刃を押し当てた。

するとその刃は少しの抵抗を見せた後に鱗を吹き飛ばし肉を抉り出してゆく。


「ふきゅん、効いてるな」


「うむ……もしかすると、連続攻撃には効果を成さぬのやも知れぬな」


「これはダメージの処理が間に合っていないのだろう」


「あっ、そうだったのか。俺っちも確認したぜ。

 データ的には防いでいる刃と防げていない刃があるな。

 防げているのは三秒間、防げていないのは二秒間だ。

 つまり、継続的なダメージを与える技及び魔法、術が効果的ってわけだな。

 こりゃ、盲点だったぜ」


「しかし、鱗自体がかなりの強度だ。

 並みの武器や魔法では傷を付けられなかったことが、

 より能力を誇張させたのだろう。

 これならば、おまえ達なら問題なくダメージを与えられるな」


蓋を開けてみればフレイベクスの能力はガバガバであった。

こちらにはチート解析の桃先輩が二人も揃っている。

彼らに掛かればフレイベクスなど、あっという間に丸裸にされてしまうのだ。

マイクはまだまだ桃先輩として未熟な部分があるようだが、

俺の桃先輩がいるので特に問題はないだろう。


「ということは、俺が三秒間攻撃を継続した後にシグルドがぶっ放せば決まるな」


「簡単に考えればの話だがな」


「まぁ、肉体は復活するって話だから試しにふっ飛ばしてみるか」


「心得た」


俺は再びチェーンソーをフレイベクスの背中に押し当てる。

バリバリと吹き飛ぶ鱗と肉、吹き出す血が地面を濡らす。

尚、チェーンソーは遠隔操作している。

元は魔法障壁だからこれくらいは容易い。


「ブラザー、今っ!」


続いてシグルドが再び暴虐の音玉を放った。


「エルティナ!」


「応!」


桃先輩の合図に合わせてチェーンソーを消し去り、

即座に魔法障壁を張って音の衝撃に備える。

タイミングはドンピシャだ。


放たれた音玉はフレイベクスの背中に付いた傷に吸い込まれて爆ぜた。

恐るべき爆音と衝撃波に耐えれるはずもなく、

あっけなく粉々に砕け散る赤黒い竜。


「なんと、フレイベクスをこうも簡単に砕くとは! ぐっ!?」


これにはハーインも驚いた様子であった。

その彼は現在オオクマさんの猛攻をしのぐのでやっとのようであり、

やはりフレイベクスを着込んでいない彼は今一つ精細さに欠けるようである。


「ふきゅん、問題はここからだな」


吹き飛んだ肉片。

リマス王子の説明が正しければフレイベクスはすぐに再生するらしい。


「再生するって聞いていたけど……これはないわ」


「これは、まさに脅威だな」


砕けた肉片は大小合わせて数十はあった。

それが全てフレイベクスとして再生を果たしたのである。

しかも、それらは質量保存の法則を無視して巨大化し、

全てが元どおりの大きさになってしまった。

流石はファンタジー世界、なんでもありだぜ。


「ふむ……再生まで十五秒か。意外と遅いな」


「だが、これは確かに厄介だぜ。

 再生を止める方法としてポピュラーなのは

 断面部位を焼くって方法なんだがなぁ。

 ブラザーは魔法が苦手なんだわ」


確かに古今東西すぐに再生する怪物は傷口を火で焼けばいいとされている。

なるほど、試してみる価値はあるな。


「取り敢えずは、こんなにいらないから食ってしまおう。

 出ておいで、闇の枝」


「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォン!!」


久々に元の大きさに戻った闇の枝は嬉しそうに俺から飛び出してきた。

その姿を見た瞬間、フレイベクスは身を強張らせたではないか。


闇の枝の脅威性に本能で感付いたのか、

それとも存在そのものを知っていたのかはわからないが、

野生の戦いにおいてビビったヤツは狩る側ではなく狩られる側だ、

ということを自ら示してしまったのだ。


「闇の枝、一匹だけ残して食っていいぞ」


「ふきゅおん?」


「全部はだ~め」


尻尾を振ってもダメなものはダメだ。

ここはボスとしてしっかりとしつけなくてはならない。

俺の言うことをしぶしぶ了解した闇の枝は一匹のフレイベクスを残し、

あっという間に貪りつくして俺の魂に帰っていった。


『ふきゅお~ん』


「そうかそうか、美味かったか」


俺の中でご機嫌そうに鳴く闇の枝は制御不能の存在ではない。

なんてことはなかったのだ、彼は生き物にとってもっとも親しき隣人

『食欲』そのものであったのだから。


桃使いは食欲をコントロールすることができる。

故に闇の枝をしっかりと管理することも容易であったのだ。

過去に現れたという『全てを喰らう者』は、

この闇の枝が発現した時点で食欲に駆られて

ありとあらゆる物を貪り食ってしまったのだろう。


……桃使いになってよかったぜ(震え声)。


「まったく、汝には驚かされる。もうその大蛇を飼いならしてしまうとはな」


「ふっきゅんきゅんきゅん……今度やる時は前のようにはいかないぜぇ」


「それは我とて同じこと。汝との決着は必ずつける」


流石はシグルド、俺が闇の枝を操れるようになっても臆しもしないとは。

それでこそ俺の宿敵だ。

俄然決着をつけなくてはならない、という意欲がムクムクと湧いてくる。

でも、それは今ではないということは言われなくても理解していた。


まずはこいつらを片付けて落ち着いた後、

果たし状をかいて送りつけ、更にはロマンチックな戦場を用意する。

おっと、ドラマチックな結末を迎えるために

洗練されたシナリオを用意しなくては。


はっ!? そうだ、ギャラリーもいた方がいいかもしれない。

その場合は露店も開いて売り上げの一部をスラム地区の復興資金に……。


『その辺はこれが終わってからにしろ。

 まずはフレイベクスを「調理」するのだろう?』


『ふきゅん、それもそうだな』


『それに手紙を送るにしても、シグルドは家を持っていないと思うが』


『なら、買わせるまでだ』


『おまえは……まぁいい、無限に再生を続けるフレイベクスにどう対処する?』


『簡単だよ、要は切りながら焼けばいいのさ……こんな風に』


魔法障壁の可能性と桃力の力を理解した俺にできないことは割とない。

それに魔法同士の組み合わせは俺の得意分野……つまりはこういうことだ。


「てってててってて~てて~。どこでも『ファイアーチェーンソー』」


俺の目の前には炎を纏った刃が高速回転する悪夢のような電動ノコギリが

早く獲物を寄越せと無慈悲な鳴き声を上げていた。


ふはははは! 怖かろう? しかも遠隔操作もできる。

ぶっちゃけ、こんな物は熱くて直には触れんわ。


「また、よりにもよって……それに日常魔法〈ファイア〉を付与したのか」


「中華包丁にもロマンがあったが、あっちは攻撃が弾かれるだろ?」


「それもそうだな……現在、フレイベクスは落とし穴から抜け出している状態だ。

 落とし穴も警戒していることだろう。どうしかける?」


桃先輩の言うとおり、

フレイベクスは爆発の際に砕け散り再生したので自由に動ける身となっていた。

この邪竜の突撃速度から計算して、

全裸でない俺が自力で回避するには厳しいものがある。

しかし、俺がヤツの攻撃をどうこうすることを考える必要はない。


「問題ない、ヤツは既にまな板に上がっている食材だ」


「む……そういうことか」


先ほどから微動だにしないフレイベクス。

当然だ、ヤツは既に俺達の敵ではないことが判明している。


「桃力特性『固』、汝の身体は『固めた』。最早、自力で動かせぬものと知れ」


見ろぉ、この容赦のない理不尽ぶりを。

桃使いが二人いる、ということはこういうことだぁ。


「んじゃ、調理をおっぱじめるか」


まずは普通のチェーンソーをもう一つ作り出してフレイベクスの首を刎ねる。

再生箇所を全部潰してしまったら無限お肉がなくなってしまうからな。


「あ、そっちの切り飛ばした首も固めておいてくれ」


「承知した」


うんうん、いいぞぉ。

ではいよいよ『ファイアーチェーンソー』の出番だ。

まずは切断した首の根元部分を焼いておくか。


じゅ~……。

焼き肉の良い匂いがする。


切り飛ばした首の部分をファイアーチェーンソーを当てて焼くと、

上手い具合に再生を防ぐことができた。

十五秒以上経っても再生しないことから、この調理法は有用であるようだ。


「うし、部位ごとにバラしていくか。二秒ごとに防御されるのがめんどいな」


まぁ、チェーンソーなら二秒もあれば

かなり切り進められるのでそこまで気にならないが、

俺はスピーディーに料理したい派なのでやはり気になった。


結局、気にしてるじゃないですかやだ~。


「切り終えたぞぉ。よしよし、再生しない。

 次は部位ごとに切り分けた肉を普通に切ったら再生するか調べてみよう」


切断面を焼いて再生を防いだモモ肉を今度は普通のチェーンソーで切断する。

するとどうだ、火で焼いて再生を防いでいた元の肉は再生しなかったが、

普通に切断した部分は再生を開始したではないか。


「ふきゅん、これは……」


十五秒後、そこには試し切りする前のフレイベクスの『モモ肉』が再生していた。

フレイベクス丸ごとではなく、モモ肉が再生していたのである。


「恐らく焼き切った際に元のデータが破損したのだろうな。

 それ故にフレイベクスとしては再生しなかったのでろう。

 部位ごとに焼き切ったのは『調理』として正解だったわけだ」


「ふきゅん、これで無限お肉の目途が立ったというわけか。

 なら、お肉は〈フリースペース〉にしまって戦いを終わらせてしまおう。

 料理はこの戦いが終わってからでもできるしな」


俺はニヤリと笑い、シグルドに親指を立てて突き付けた。

それを見た彼はフレイベクスの戒めを解き、自らは後ろに飛び退いたのである。

すると首だけになったフレイベクスが、あっという間に元の姿に戻った。


「狩りの時間は終わりだ。ここからは戦いの時間となる。

 汝が人々に恐怖された存在であるなら最期まで意地を見せよ」


「安心しろぉ……おまえのお肉は貧しい人々にとっての希望となるだろう。

 あの世にいる閻魔様に恩赦を願っておいてやるから心安らかに旅立つがいい。

 ふっきゅんきゅんきゅん!!」


鬼と桃使いは対極にいる存在であり、

いささか不満であるが対になる存在でもある。

つまり桃使いも戦う相手によっては理不尽で凶悪な存在になるのだ。

恐怖と絶望を振り撒くはずだったフレイベクスの目が恐怖と絶望の色に染まった。

どう足掻いても敵わない相手が自分の目の前に立っているのだから。


おめぇ……これが今まで悪事を働いてきた結果だよ? 観念してどうぞ。


俺達は戦いに決着を付けるべく身構えた。

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