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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
402/800

402食目 ミルクはもう飽きた

オオクマさんとハーインの戦いは熾烈を極めた。

どれだけ熾烈かというと、俺達とエリス達が戦う余裕がないくらいだ。

防御に徹しないと余波でこちらがやられてしまう。


「これは酷い」


俺とシグルドの決闘もかなり酷いと思っていたが、

彼らの戦いはそれを遥かに上回る。

砕け散る大地、引き裂かれる空、荒れ狂う大気、まるで生きた大災害だ。

少し自重してどうぞ。


ん、俺? こんなのに比べたら可愛い可愛い。


「これがダイクの本気か……凄まじいな」


俺は伝家の宝刀〈魔法障壁〉を使って

襲いくる衝撃波やら何やらをシャットダウンしている。

俺には護るべき者が多く特にシグルドは図体がでかいので

魔法障壁を張るのに一苦労だ。

少しはうずめとさぬきを見習って小さくなってほしいぜ。


尚、魔法障壁は大きくした分、

頑丈さがなくなるのでそれを補うべく大量に魔力を消費する。

これは魔法障壁も見直して魔力効率と頑丈さを向上させる必要があるな。


……あれ? 別にシグルドを中に入れなくてもよくね?

つい勢いで入れてしまったが俺がそこまでする必要はない。

何故、俺はこいつを護ってしまったんだぁ……?


ううむ、桃先輩も何も言わないし取り敢えずはこれでいいのだろうか?

モヤモヤするぜ。


勇気を振り絞って死地とも言える場所に参じたリマス王子であったが、

立て続けに色々あって本来の目的を果たせないでいる。

まぁ、この状況は普通じゃないし、仕方がないといえば仕方がない。


「ううっ、私はなんのために……」


「まぁ、落ち込むな。チャンスはまだあるさ」


「早く、ティアリの証をダイクに渡さなければ……

 あのままでは彼はハーインには勝てないのです」


「ふきゅん? わりと優勢に見えるんだが?」


俺が見る分にはダイクことオオクマさんが若干有利に戦闘を進めている。

しかし、よくよく見るとハーインが余裕の表情を見せているのに対して、

オオクマさんの表情は優れていなかった。寧ろ、悪い。


「……! スタミナかっ!」


「それもあります、でも、それだけでは……!」


確かオオクマさんは四十歳に手が届くはず、

いくら規格外の強さを持っていたとしても、

人間である彼は歳を重ねるごとに衰えてゆく運命なのだ。


それに対して鬼に堕ちたハーインは陰の力を使って

肉体を活性化させているはずだ。

恐らくは自分がピークを迎えていた頃まで肉体を若返らせている可能性がある。

純粋な鬼はそもそも年齢と外見が一致しないので意味はないが、

人から鬼に堕ちた者に対しては効果が高いらしい。

あの、岩にへばりついて無様な姿を見せているエリスのように。


彼女は初代とだいたい同じくらいの歳だから、

現在は三十代半ばくらいになっているはずだ。

にもかかわらず、お肌ぴちぴちで若々しいのはそういう仕組みなのだろう。


え? ディアナママン?

……と、特殊な呼吸法かな?

たまに「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」とかいってパパンをぶっとばしてるし。


俺がママンの勇士を思い出し遠い目をしているとエリスが遂に悲鳴を上げだした。


「うぎぎぎ……ハーイン様、激し過ぎぃ! いっちゃう、いっちゃうぅぅぅぅ!」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


あー! マジェクト君、ふっとばされたぁぁぁぁぁぁっ!!


「体力ねぇな、あいつ」


「うむ、鍛錬が足りぬな」


俺とシグルドにダメ出しされたマジェクトは哀れにも頭から壁に突き刺さった。

力なく垂れ下がった手足が非常にシュールである。

鬼だから死なないだろうが、仮に人間がああなったら死んでるぞ。


……シーマは除外とする、あれは人の姿をした何かだ。

敢えて言うなら『元上級貴族』という種族だろか? 生態に謎が多い生物である。


マジェクトが哀れな姿を晒して少しばかりが過ぎた頃、両者の戦いに動きが出た。

優勢に戦闘を進めていたオオクマさんがハーインに圧され始めたのだ。


「ぐっ! このっ!!」


「老いとは悲しいものだな、ダイク。

 最強と謳われた貴様ですら老いには抗えず力を失ってゆく。

 鬼はいいぞ? 老いもなければ、生きることで悩むこともない。

 ただ、弱者を喰らっていればいいのだからな」


ううむ、一騎打ちではあるが、そろそろ介入した方がいいだろうか?

あ、よくよく考えたら一騎打ちじゃない!

あの赤黒い竜がハーインに力を貸してるじゃねぇかっ! 反則だ!


え? シグルドの剣? こまけぇこたぁいいんだよっ!


「桃先輩、介入する!」


「む……しかし、一騎打ちなのだろう?」


「よくよく考えたらハーインは赤黒い竜の援護を受けてるぞ。

 これは重大な反則行為とみなす、よって介入だっ!」


「しかし、我も力を……」


「俺がルールブックだ!」


「むぅ……汝には口では敵わぬ」


「相変わらず無茶苦茶だが……言われてみればそうだな。

 よし、介入しよう。魔法障壁を維持しつつ前進だ」


桃先輩の許可が下りたので俺達は慎重に前進を始めた。

時折、シグルドの角が魔法障壁にこつんと当たって冷や冷やする。

もしこれが『シャボン玉』なら割れているところだ。

おめ~の角って結構鋭いんだから気を付けろっ。ぷんすこ。


「ああっ!? ハーイン様の下に行くつもりねっ! そうはさせないわ!」


エリスは勇ましくそう言うが、

現在、彼女は大きな岩にしがみつき

俺達に向かって大きなお尻を突き出した状態だ。

あまりに情けない姿なので哀れみの眼差しを向けることしかできない。

しかも、この状態では大きな尻がセリフを喋っているようにしか見えないのだ。


「大変そうだな? ケツデカさん」


「ケツデカいうなっ! 大きいお尻が好きな人もいるんだからね!!」


「ふきゅん、まぁ、がんばれ」


「きぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


必死に岩にしがみつくケツデカさんをささやかながら応援しつつ

俺達は再び慎重に前進を開始した。


尚、ケツデカさんは激しい暴風に晒されて全裸になっている。

そのためHな部分が丸見え状態だ。

洗脳の効果を高めるためにエロい格好をしていたんだろうが……迂闊なヤツめ。


俺はエリスの恥ずかしい姿をバッチリ記憶しておいた。

これでヤツの黒歴史が一つ増えたわけだ。

ふっきゅんきゅんきゅん……ネタが一つ増えたぜ。


ゆっくりと前進する俺達に感付いたのは、

ダンディなおっさんことハーインだ。


「む、貴様らは。エリス達はどうした……ぶはっ!?

 エ、エリスっ! なんて格好を! その姿は夜のベッドの上だけにしろ!」



ハーインはオオクマさんを追い詰めていたが、

彼の最愛のエリスがとんでもない姿になっているのを見届けて、

一目散に彼女の下へと駆けて行ってしまった。


期せずして再び戦闘を中断できたのである。

全てケツデカさんのお陰だ、今度からはお尻様と呼んであげよう。


この隙にオオクマさんの下に急いで駆け付けた。

俺達が到着すると、彼は膝を突き肩で息をし始めたではないか。

相当にやせ我慢をしていたに違いない。


「うぐっ、ざまぁねぇな。闘神様も歳にはかてないってか?」


「ダイクっ! それだけではないのです!」


「何? どういうことだ、リマス王子」


「ハーインが身に纏っている憎魔竜フレイベクスのことです。

 アレは彼に力を無尽蔵に供給するだけではなく、

 フレイベクスを纏った者に命中した攻撃を

 ほぼ無効化する能力を持っているんです」


リマス王子によって、

ハーインが纏うフレイベクスのとんでもないチート能力が判明した。

どおりでオオクマさんが激しく攻めても涼しい顔をしていたわけだ。


「なんだと? でも、あの時は攻撃が……

 そうか、俺達が戦ったのは影だったな」


「はい、影とは本体から切り離された肉体が再生した

 劣化コピーだと聞き及んでおります。

 そして今ダイクが戦っているのは影ではなく、

 おそらくは本物の肉体かそれに近い物を持つフレイベクスでしょう」


オオクマさんは昔にフレイベクスだかいう、あの赤黒い竜と戦っているらしい。

またしても戦うハメになるとは因果なものだ。


「リマス王子、フレイベクスの情報を知っているということは、

 それを倒す方法も知っているのか?」


桃先輩がティアリの証を強く握るリマス王子に問い質すと、

彼は首を振って話を続けた。


「残念ながらフレイベクスを倒す方法はないそうです。

 憎魔竜フレイベクスは無限に再生する肉体とは別に

 魂だけが独立して存在できる神に匹敵する竜だということです。

 したがって魂を封印して眠らせることでしか

 肉体の活動を止めることができません。

 故に人である私達にはそうするしか滅亡を免れない、

 と代々王家に伝えらえれております。

 ですが……フレイベクスの魂がどこに封印されているかまでは

 伝わっていないのです。

 恐らくは何代か前で情報が途絶えてしまったのかと」


そう言い終えるとリマス王子は悔しそうに顔を歪めた。

非力な自分を恥じているのだろうか?

だがそれは驕りだ。

最強と謳われたオオクマさんも敵わないのに、

年端もいかないリマス王子がそこまで思い詰める必要はないのだ。

そういうのは一人前になってから感じればいいと思う。


だが、おれはリマス王子の説明を聞いてティンと閃いた。


「ふきゅん、滅ぼすことはできないか……いいじゃないか」


「えっ!?」


リマス王子は俺の呟きを聞いて絶句した。


「ま、待ってください! 滅ぼすことができないんですよ!?

 永遠にフレイベクスの恐怖から逃れることができないんですよ!?」


「まぁ、落ち着け。確かヤツは無限に肉体を再生することができるんだろう?」


「え、えぇ……そう聞き及んでおります」


「なら、無限にヤツの肉が食えるということだぁ」


「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


今度は顔を青くして絶叫する彼。

オオクマさんも目を丸くして驚いている。


「ふっきゅんきゅんきゅん、もうミルクは飽きた。

 俺はがっつりと分厚いステーキを食べたいと思っていたのだ。

 フレイベクスの無限お肉……魅力的じゃないか。

 上手くいけば食べることに困っている人々も救えて一石二鳥だ」


「しょ、正気ですか!? 憎魔竜の肉ですよ!?

 どんな毒や呪いが含まれているかわからないんですよっ!?」


「俺は正気だ、そのための『調理』、そのための『食材の精霊』だ」


俺の口から大量の涎が溢れ出てきた。

鬼は退治して浄化なくてはならないがフレイベクスは別だ。

アレはやたらと陰の感情を撒き散らしているが『鬼』じゃない。

ただの竜だ。


だったら……食うでしょ?


「汝の発想は飛躍し過ぎているな」


「食べたくないのか?」


シグルドが呆れた顔を向けてきたので「食べたくないのか」

と返すとヤツは鋭い牙を剥き出してこう言った。


「我も腹が減ったところだ……ヤツは喰い応えがありそうだな」


「珍しく気が合うじゃないか、なら狩りの時間だ」


「我は調理できぬ、任せることになるぞ」


「なら、しっかりと働け」


「心得た」


俺を突き動かすのはいつだって食欲だ。

次に治療行為。そして、ときどき鬼退治。


「あははははは! そういや、おまえさんはそんなヤツだったな!

 フレイベクスを食うなんて考えたこともなかったぜ!

 いやはや……勝利の後の楽しみができたってもんだ」


オオクマさんが立ち上がり青き大剣を構えた。

その切っ先の向こう側にはハーインと鬼達の姿。


「フレイベクスには攻撃が効かないんですよ!?

 いったい、どうするというんですか!」


リマス王子がわたわたと慌てて問うてきたので俺はこう答えた。


「ん~、そうだなぁ……ゴリ押す」


「我もそれしかできぬ」


「見事な脳筋ばかりだな」


俺とシグルドとオオクマさんの返事を聞き届けたリマス王子は信じられない、

という表情に後に何かを諦めた様子でティアリの証をオオクマさんに託した。


「ダイク、これを……」


「ティアリの証か……いいんだな?」


「もしもの時はダイクに、と母上に託されたのです。

 私にできることはここまで……本当は私も戦いたかった」


「王子は十分戦ったさ。後は俺達に任せろ」


ティアリの証をオオクマさんに託したリマス王子は

チゲに抱えられて大きな岩の影に避難した。

流石はチゲだ、絶妙な位置の岩をチョイスしている。

あそこなら万が一のことがあってもすぐに逃げられるだろう。


「ふん、別れの挨拶は済んだのか?

 もっとも……すぐあの世で再会することになるがな」


「生憎と死ぬ気はないんでな。

 勝利の後のパーティーで何を食べるのか話し合っていたのさ」


「ほう、随分と余裕じゃないか」


「あぁ、今度は相棒と聖女様が一緒に戦ってくれるからな。

 その鎧の特殊能力をぶっ潰してやるぜ」


「ふふ、なるほど。フレイベクスの能力を知ったか。

 リマス王子の入れ知恵だな? だが、わかったところで破れはせん。

 貴様らはここで我らの贄となるがいい」


ハーインが再びフレイベクスと分離した。

はて……なんで分離する必要があるのだろうか?


「これで数においてはこちらが優位。さぁ、絶望を吐き出させてやる」


「……」


そこにすぅっ、と姿を現した者がいた!


「げぇっ!? おまえは……!!」


俺が額に米と書かれた超人ばりに驚くのも無理はない。

その者の正体とは戦闘能力皆無のチゲであったからだ。

彼は壊れかけている胸部装甲を開き内部に手を伸ばすと、

そこからすぅぅぅぅ……っと見覚えのある物を取り出したのだ。


「ふきゅん!? そ、それはぁ……!!」


彼が取り出した物は以前、俺が愛用していた攻防一体の武器兼調理道具

『ミニフライパン』であったのだ! 何故、彼がこれを!!


「ちゅん!」「ちろちろ」


更にはチゲをサポートすべく、

うずめとさぬきがチゲの胸の中で応援をしているではないか!

なんという友情ぱぁうわぁーだ!


「ぶはは! そんなポンコツが加わったくらいでどうにかなるものか!

 なんなら、俺が相手になってやるぜ?」


無事に壁から引っこ抜かれたのか、

リーゼントがペシャンコになっているマジェクトがチゲを挑発してきた。

それに対してミニフライパンの切っ先を向けて受けて立つ意思を伝えるチゲ!

いったい、どうしたというんだ!?


「面白れぇ、まずはてめぇからスクラップにしてやる!」


「うわっ、マジェクト大人げない、流石、マジェクト大人げない」


「折角、真面目にやってんだから付き合えよな!?」


うぬ、マジェクトにツッコまれてしまった。

はなはだ遺憾である。


「なら、俺達はフレイベクスとついでにエリスだな」


「うむ……女か。どうも女は苦手だ」


シグルドはどうも女が苦手の様子だった。

きっとユウユウが張り切り過ぎて彼にトラウマを植え付けてしまったに違いない。


「ついでって……本当に失礼ね! 私をバカにしたことを後悔させてあげるわ!」


ついで呼ばわりされたエリスが怒りをあらわにする。

だが、その格好ではなぁ……。


「歳考えろ、ふぁっきゅん」


「し、仕方がないでしょう!?

 マジェクトがたまたま持っていた服がこれだけだったんだから!」


なんということでしょう、

三十を超えた女が赤い色のブルマーを身に付けているではありませんか?


「黒歴史追加入りま~す」


「お、おまえを殺してなかったことにする!」


いや、無理だろ。

ハーインのおっさんがものっそいガン見しているし。

たぶん、ここを切り抜けてもその格好をするハメになるぞ?


エリスが仕掛けてきたことにより、最後の戦いであろう幕が開けた。

果たして勝つのはどちらになるのだろうか?


勝つか……フレイベクスのカツ丼もいいかもしれない。じゅるり。

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